田村涼は異世界で物乞いを始めた。

イペンシ・ノキマ

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75,実在。

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 ※今回はアニー目線の話です。
 


 この日、私は再びシビラさんのもとへ行き、前回の調査結果を報告していた。

 「患者の喉を調べた結果、市販薬である”魔力抑制剤“を使ったときと良く似た状態が観測されました」
 「“魔力抑制剤”か……」

 シビラさんはそう言うと、腕を組み低く唸る。

 「なにか思い当たるフシがあるのですか……?」
 「ふうむ。魔力抑制剤はフレッシャー商会が造っている薬剤なんだが……、実は、昔から良からぬ噂がある」
 「良からぬ噂、ですか」
 シビラさんはこくりと頷き、続ける。
 「魔力抑制剤はダークヴァインという植物を原材料としているのだが、その植物には毒性がある」
 「毒性……」
 「だが、ダークヴァインの毒素を取り除くには莫大な魔術量が必要になるんだ。ところが、それほどの魔術量を必要とする素材である割に、フレッシャー商会の造る魔力抑制剤はあまりにも大量に一般流通している」
 「それは……、要するにどういうことなのですか……?」 
 「要するに、フレッシャー商会は素材として使っているのではないか、と噂されている」
 「まさか……! 毒素を取り切らないまま素材として使ったら、その薬を飲んだ人は、毒を飲むようなものではないですか」
 「その通りだ」
 私は息を飲む。


 「悪い噂はそれだけじゃない。つい先日のことだが、フレッシャー商会は毒素の除去に失敗した“魔力抑制剤”を、どこかの湖に大量廃棄したという噂がある。……ただの噂だと思って、聞いた当時はさほど真剣に耳を傾けなかったのだが……」
 「湖に大量廃棄……。その湖は、いったいどうなってしまうのでしょう」
 「恐らくはダークヴァインの毒素が大量に沈殿し、そこは毒性の湖となるだろう」
 「想像しただけで恐ろしいです……。その湖を水質浄化することは、出来ないのでしょうか」
 「無理だろうな」シビラさんは渋い顔で首を振る。「さっきも言ったように、ダークヴァインの毒素を取り除くには莫大な魔術量が必要になるんだ。そんな毒が溜まった湖だ。まず毒素を取り除くのは不可能だろう」
 「では……、その湖は、二度と水質が改善しないのでしょうか」
 「しないだろう。諦めるしかない。その湖は永久に毒性を持った湖のままだ。仮にもしそんな湖の水質改善を出来るやつがいるとしたら……」
 「いるとしたら……?」
 「まあ、人間ではないだろうな。神話の世界の住人だよ。神とか魔王とかの類だ」
 「魔王……」
 と、思わず私は呟く。そしてすぐに、涼さんのことが頭に思い浮かぶ。

 「安心しろ」とシビラさんが言う。「そんな奴は実在しないから、不安になることはない」
 「実在、しませんかね……」
 と、つい私は、そう口を挟む。
 「知り合いに、それを出来そうな人がいるのですが……」

 「え? 」
 と言ったまま、シビラさんはしばらくかたまっていた。



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