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71,受け継がれた技術。

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 翌日、村長の病が癒えたということで、村長の家には村人のほぼ全員が詰めかけていた。

 「涼くん、残りの村人たちにも、同じ治癒を施してあげることは出来るか」
 ガブリエルがそう言うと、もの言えぬ村人たちは、がばりと振り返り、期待の目で俺を見つめる。
 「もちろんです。申し訳ないのですが、全員で協力して、村人みんなの持ち物を一つずつ回収してください。そこへ、エンチャントを掛けてゆくので」
 「わかった。その通りにしておこう」
 「では、またあとでここに戻ってきます」
 「君はどこかへ行くのか? 」
 「ええ、ちょっと試したいことがあるので……。また、すぐに戻ってきます」
 ガブリエルはなにか言いかけたが、すぐにそれを引っ込め、
 「わかった」といかにも性格の良さそうな笑みを浮かべて、俺を送りだしてくれる。
 ガブリエルとはたった数日の付き合いだが、すでに暖かな友情が芽生え始めていた。


 ◇◇

 
 村と湖の中間の道を横に入ったところに、黄色い草の群生地があることに俺は気づいていた。
 草の名前はフィオミント。軽い苦味と清涼感のある、ジュース造りに欠かせない草だ。
 それとおあつらえ向きに、そのさらに奥には”光草“が生い茂っている。

 「光草自体はジュース造りには役立たないが……」
 俺は機嫌が良くなって、そう独り言を零す。
 「この草周辺には必ずルーンビーが棲息する。ルーンビーは光草から蜜を集め、それを自分たちの棲み処に持ち帰る……」

 とすると……、

 「ああ、あったあった」

 そこにはルーンビーの巣があった。良く見なければわからないが、太い樹木の高いところにルーンビーが数匹飛び交っている。
 光草から取れた蜜を集めたこのルーンビーの巣が、得も言えぬほどの絶品なのだ。これこそ、ジュース造りに最高の素材と言える。

 「アイテムボックス! 」
 と唱え、なかから二つの道具を取り出す。
 ひとつは”ミスティバーム“で、これはルーンビーを一時的に鎮静化するための特殊器具だ。いつかルーンビーの巣を見つけたときに使おうと思ってしまっておいたものだが……、買っておいて、本当に良かった。
 
 巣のある樹木の下でミスティバームを炊くと、白い煙が木にまとわりつくように立ち昇ってゆく。
 やがてルーンビーたちは酔ったように巣の周りを飛び始め、静かにその巣へ帰ってゆく。眠りにつくのだ。

 さらに五分ほど様子を見て、俺は木をよじ登ってゆく。そしてもう一つのアイテム、“魔蜂用蜜採り器”を手に握り締める。これもまた、ルーンビーの巣から蜜を取り出すためだけの専用の器具だ。

 近づいて巣を見て見ると、その美しさに、思わず息を飲む。
 その巣は俺がもといた世界の蜜蜂の巣とは違い、虹色に輝いている。巣全体から淡い魔力のオーラが立ち昇り、もはや、神秘的な雰囲気すら感じられる。

 “魔蜂用蜜採り器”を巣の一部にセットし、しばしのあいだ、様子を見守る。
 やがて、巣から抽出された虹色の蜜がチューブを流れてきて、器具のなかへ溜まってゆく。独特な輝きを持った、魔力を感じさせる高濃度の蜜だ。

 「すごいな、ルーンハニー……。ものすごい密度の、魔力液だ」

 “魔蜂用蜜採り器”が気に入っているのは、ルーンビーの巣に負担を掛けないところだ。巣の損傷はごく僅かで、それも”ヒール“を掛けることで修復できる。

 採取が終わって木から降りると、しばらくしたのち、ルーンビーたちは再び目を覚まし、辺りを飛び回った。ミスティーバームは蜂にとって軽い催淫性の性質を持つから、その飛び姿はご機嫌に見える。
 
 「ごめんな、折角集めたのに……。蜜だけ、貰っていくよ」

 俺はそう呟き、再びガブリエルのもとに戻った。


 ◇◇


 「ちょうど良かった。今、すべて集め終わったところだ」

 村長の家の前に戻ると、ガブリエルがそう言った。
 そこにはざっと二十数名分の、アクセサリーが並べられている。

 「ふん」と、様子を見に来たオスカーが、憎まれ口を叩く。「エンチャントを掛けられるのには驚きだが、どうせすぐに魔力が枯渇するに決まっている。こんな二十数個のアクセサリーひとつひとつにエンチャントを掛けていたら、こんなやつ、すぐにぶっ倒れるさ」

 「それはそうだろう」
 と、試験官のムッサが、そう追随する。
 「A級エンチャント士でもこの量をこなすのは大変なことだ。……第四階級の物乞いにそんな芸当、出来るはずがない」
 親し気に話すその姿を見て、このふたりは初めからグルなのではないか、と思う。
 “この国の上層部は腐り切っている”と言ったのはセシリアだが、その片鱗を覗いた気分だ。

 「ひとつひとつやれば確かに時間は掛かりますね。……でもまあ、魔力枯渇はしませんが」
 「え? 」 
 と、とぼけた声を漏らしたのは、ムッサだ。
 「ひとつひとつにエンチャントを掛けるのではないのか? 」 
 と、ガブリエルも驚きの声を上げる。
 「ええ。面倒なので、いっぺんに掛けます」
 「で、出来るのか、そんなこと……?? 」
 「アーキメイジという職業に”グラウンドウェーブ“というスキルがあるのですが、そのスキルを使うと、魔力の源を網のように広げることが出来るんです」
 「あまり有能なスキルとは思えないのだが……? 」 
 「そうですね。単体で見るとそうです。でも、ほかのスキルと併用すると、魔術やスキルを“全体化”することが出来るんです」
 「全体化、とは……? 」
 「要するに、ここにあるアクセサリーは一回ですべてエンチャント出来ると言うことです」
 「??? 」
 魔術自体は本来、併用するものではない。
 併用などというアクロバティックなことをしているのは、多職業を自分のものにしている俺とエレノアだけだ。
 さらに言えば、”二つの職業を持って産まれる“という異端児のエレノアが、長い経験を通じてものにした特殊技術だ。そしてそれは、歴史を繋ぐように彼女の手から俺へと引き継がれてきた。
 エレノアとの出会いがあったからこそバックフラッシュを起こすこともなく多用出来る、唯一無二の秘儀だ。

 だから、こうした併用によるスキルの特殊使用について説明しても、通常、まったく伝わることがない。
 その証拠に、ムッサとオスカーも「な……???」 と言ったっきり、顔を見合わせて困惑を浮かべている。

 とにかくやれば分かるだろうということで、俺は体内でスキルを生成し始める。
 今回使うスキルはエンチャントA、アーキメイジのグラウンドウェーブ、聖人の祝福。例によって、魔力の方向に矛盾を生じさせ、効果を倍加させる……。

 「“浄化”のエンチャント」
  
 と唱え、いっぺんにエンチャントを済ます。
 半信半疑の村人たちは顔を見合わせ、やがて思い思いに自分の持ち物を手や首に掛けてゆく。

 「……声が、出る」

 という歓喜の声が次々と上がったのは、それから間もなくのことだ。

 「……何か月ぶりだろう、自分の声が、当たり前のように出せる……! 」

 なかには泣き出す者もいる。この治療がよほど嬉しかったのか、村人たちはついに互いを抱きしめ始めた。

 「すごいな。エレノアから聞いていた以上だ。ほとんど奇蹟じゃないか」
 「A級エンチャント士でも、いっぺんにエンチャントを掛けるなんてことは出来ないぞ……?? 」
 ムッサが思わず近づいて来て、そう呻く。
 「なにかがおかしい、なにかがおかしい……」
 困惑し切った様子で、オスカーは同じ場所をぐるぐると回っている。
 ユリもいつの間にかすぐそばに来ていて、
 「凄すぎますよ……! なぜ、こんなことが出来るんですか……?? 」
 と、村人と俺の顔を交互に見遣っている。

 涙を流しながら喜び合っている村人たちに、俺は声を上げた。
 
 「せっかくなので、みなさん。宴をひらきませんか。さっき素晴らしい素材が採れたので、それを配合して極上の酒を造ります。めでたいことなので、みんなで騒ぎましょう」

 今や一丸となっている村人たちは、一斉に歓声を上げ、やがてそれは拍手に変わった。





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