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61,指先の光。
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セナに叩いて貰った短剣を手に取り、工房の明かりに翳す。
ファルシオンほどの曲剣ではないし、レイピアほど極端に尖ってもいない。“神の急所刺し”を多用する俺のために設計された、先端は鋭利であるが切れ味も鋭い特別なデザインだ。
その持ち手は吸い込まれるようでもあり、艶めかしくさえある。恐ろしいほどの名剣だ。
「正直に言いますと、怒りすら覚えますよ」
セナが休憩だと言って席を外したときのことだ。彼女の身の回りを世話をしていた若者がひとり、そう声を掛けて来た。
「え? 」
「僕らはセナさんに教わるためにここに来てますからね。あれほど付きっ切りで教わるなんて、羨ましいですよ」
「それは……、申し訳ない」
「予約を飛ばして剣を造って貰えるのも、異例中の異例です」
「……確か、一年待ちとかいう話でしたっけ」
「もっとですよ。セナさんは気が向かなければ叩きませんから。」
ごめん、と言うのも違う気がして、黙り込む。
「セナさんがなぜあなたを目に掛けるかわかりますか」
“惚れたから”とセナは言うが、本当のところはわからない。セナの言動はいつもどことなくからかいが混じっているし、本音は、彼女の心の鍵付きの部屋に大切に隠されているような気もする。やはり、黙り込んでしまう。
「そんなこともわからないんですか」
若者の口調はますます怒気を孕んでいて、つい、圧倒された。
「……すいません」
若者はこれみよがしに溜息をつくと、
「セナさんが、あるときに言っていましたよ」
「なんて、ですか? 」
「“涼は、私たち世代が挑まなかった戦いに、たった一人で挑んでいる。応援しないわけにはいかないよ”と」
思わぬ励ましの言葉に、俺は顔を上げた。
「……からかってすいません。俺も応援していますよ。階級、無くしちゃってください」
若者は茶目っ気たっぷりに笑うと、こう付け足す。
「セナさんに教わっているのが羨ましいのは本当です。やっぱり、それは、ズルいです」
言葉に皮肉は混じっているものの、その声のトーンはただただ優しさに満ちていた。
◇◇
セナは戻って来ると、良く冷えた飲料水を俺に手渡してくれる。良い仕事をしたとばかりに、彼女の表情にいきいきとした輝きが躍る。
「涼、今お前の冒険者ランクはいくつだ」
「今はCランクです」
「Cランクの冒険で苦労することはある? 」
「ほとんどありません」
「そうだろうな。お前は、自分がどれぐらい強いと思っている? 」
難しい質問だ。俺はほかの冒険者と冒険することがまずないから、強さの比較は、エレノアと比べるしかない。エレノアは元A級冒険者で、S級にもなれたほどの逸材だ。隣にいても、エレノアの冒険者としての有能さは際立っている。
だが、ほかの冒険者比べると、どうなのか。強いのか、弱いのか。
なにが可笑しいのか、鼻先に指を添えてセナがくっくっと笑いだす。
「なにが面白いのですか」
「いや、こんな化け物みたいなやつが、自分の強さを知らないなんて、と思ってさ」
「化け物? 俺がですか? 」
「ほかに誰がいるの? ここにはあなたしかいないわ」
「比べる相手がいないからわからないんですよ。自分が強いのか弱いのか……」
「あなたが強いのは、然るべき時がくればわかるわ。今はまだ知らなくて良い」
「はあ」
「あなたの師匠のエレノアも、お前が完成するまで敢えて知らさないようにしているのだろう」
「そうなんですかね……」
セナの眼は確信に満ちている。凄腕の鍛冶士だけが持つ鑑識眼があるのか、彼女の見通しは常に明瞭で、そして多くの場合、正しい。多分、彼女のもとに大勢の弟子が集まって来るのも、セナの鍛冶士としての腕が高いという理由だけではないだろう。ある種のカリスマ性のようなものが、確かにセナには備わっている。
「“修繕”という鍛冶士のスキルがあるのは知っているわね」
「一応、把握しています」
「どのようなものか、言ってみてちょうだい」
「武器を修理するスキルです。鍛冶士にとって最も初歩的であると同時に、魔術コントロールに繊細さが求められるため、術士の腕前が如実に反映される」
「良く言えたわ。こっちへおいで」
少女のような華奢な身体つきの割に、セナの力は強い。手首を掴まれて軽く引かれただけなのに、すっと彼女の胸元にこの身が収まっている。歳の差のせいもだろうが、強くて包容力のあるひとに守られているという安心感が、つい、湧く。
「見ていてちょうだい」
彼女はその膝元に、ぼろぼろとなった古い小刀を置く。
「あなたの言うことも正しい。でも、それよりさらに大切なのは、武器を愛し、癒してあげたいという気持ちなのよ」
「気持ち、ですか」
「真心と言っても良いかもしれないわね。この刀がどのように傷つき、どのように働いて来たのか、そこへ想いを馳せる。……“修繕”というのは傷を埋めるのではなく、再び武器に力を籠め癒してあげる作業なのよ。傷ついた兵士を看病してあげるようにね」
「分かるような気がします」
「偉いわね。素直な鍛冶士は伸びるわ」
セナの指先から薄い青色の光が生じ、それがきらきらと瞬く。驚くほど繊細な魔力コントロールで、思わず、息を飲んだ。
歯こぼれを起こし、黄金色に錆びついていた刀の刃先が、みるみるうちにその鋭利さを取り戻してゆく。
「良く見てこの技を吸収して行くのよ。“修繕”を習得すれば出先で武器に困ることはないわ」
「……俺に出来るでしょうか。凄すぎて、圧倒されています」
「必ず出来るわ」と、彼女はこともなげに言う。「私が好きになった男だもの」
からかいの言葉なのか、彼女の真意なのか。
そのことに頭を巡らせる余裕もなく、彼女の胸元にいることに居心地の良さを覚えながら、俺は彼女の指先の光にしばし見惚れた。
ファルシオンほどの曲剣ではないし、レイピアほど極端に尖ってもいない。“神の急所刺し”を多用する俺のために設計された、先端は鋭利であるが切れ味も鋭い特別なデザインだ。
その持ち手は吸い込まれるようでもあり、艶めかしくさえある。恐ろしいほどの名剣だ。
「正直に言いますと、怒りすら覚えますよ」
セナが休憩だと言って席を外したときのことだ。彼女の身の回りを世話をしていた若者がひとり、そう声を掛けて来た。
「え? 」
「僕らはセナさんに教わるためにここに来てますからね。あれほど付きっ切りで教わるなんて、羨ましいですよ」
「それは……、申し訳ない」
「予約を飛ばして剣を造って貰えるのも、異例中の異例です」
「……確か、一年待ちとかいう話でしたっけ」
「もっとですよ。セナさんは気が向かなければ叩きませんから。」
ごめん、と言うのも違う気がして、黙り込む。
「セナさんがなぜあなたを目に掛けるかわかりますか」
“惚れたから”とセナは言うが、本当のところはわからない。セナの言動はいつもどことなくからかいが混じっているし、本音は、彼女の心の鍵付きの部屋に大切に隠されているような気もする。やはり、黙り込んでしまう。
「そんなこともわからないんですか」
若者の口調はますます怒気を孕んでいて、つい、圧倒された。
「……すいません」
若者はこれみよがしに溜息をつくと、
「セナさんが、あるときに言っていましたよ」
「なんて、ですか? 」
「“涼は、私たち世代が挑まなかった戦いに、たった一人で挑んでいる。応援しないわけにはいかないよ”と」
思わぬ励ましの言葉に、俺は顔を上げた。
「……からかってすいません。俺も応援していますよ。階級、無くしちゃってください」
若者は茶目っ気たっぷりに笑うと、こう付け足す。
「セナさんに教わっているのが羨ましいのは本当です。やっぱり、それは、ズルいです」
言葉に皮肉は混じっているものの、その声のトーンはただただ優しさに満ちていた。
◇◇
セナは戻って来ると、良く冷えた飲料水を俺に手渡してくれる。良い仕事をしたとばかりに、彼女の表情にいきいきとした輝きが躍る。
「涼、今お前の冒険者ランクはいくつだ」
「今はCランクです」
「Cランクの冒険で苦労することはある? 」
「ほとんどありません」
「そうだろうな。お前は、自分がどれぐらい強いと思っている? 」
難しい質問だ。俺はほかの冒険者と冒険することがまずないから、強さの比較は、エレノアと比べるしかない。エレノアは元A級冒険者で、S級にもなれたほどの逸材だ。隣にいても、エレノアの冒険者としての有能さは際立っている。
だが、ほかの冒険者比べると、どうなのか。強いのか、弱いのか。
なにが可笑しいのか、鼻先に指を添えてセナがくっくっと笑いだす。
「なにが面白いのですか」
「いや、こんな化け物みたいなやつが、自分の強さを知らないなんて、と思ってさ」
「化け物? 俺がですか? 」
「ほかに誰がいるの? ここにはあなたしかいないわ」
「比べる相手がいないからわからないんですよ。自分が強いのか弱いのか……」
「あなたが強いのは、然るべき時がくればわかるわ。今はまだ知らなくて良い」
「はあ」
「あなたの師匠のエレノアも、お前が完成するまで敢えて知らさないようにしているのだろう」
「そうなんですかね……」
セナの眼は確信に満ちている。凄腕の鍛冶士だけが持つ鑑識眼があるのか、彼女の見通しは常に明瞭で、そして多くの場合、正しい。多分、彼女のもとに大勢の弟子が集まって来るのも、セナの鍛冶士としての腕が高いという理由だけではないだろう。ある種のカリスマ性のようなものが、確かにセナには備わっている。
「“修繕”という鍛冶士のスキルがあるのは知っているわね」
「一応、把握しています」
「どのようなものか、言ってみてちょうだい」
「武器を修理するスキルです。鍛冶士にとって最も初歩的であると同時に、魔術コントロールに繊細さが求められるため、術士の腕前が如実に反映される」
「良く言えたわ。こっちへおいで」
少女のような華奢な身体つきの割に、セナの力は強い。手首を掴まれて軽く引かれただけなのに、すっと彼女の胸元にこの身が収まっている。歳の差のせいもだろうが、強くて包容力のあるひとに守られているという安心感が、つい、湧く。
「見ていてちょうだい」
彼女はその膝元に、ぼろぼろとなった古い小刀を置く。
「あなたの言うことも正しい。でも、それよりさらに大切なのは、武器を愛し、癒してあげたいという気持ちなのよ」
「気持ち、ですか」
「真心と言っても良いかもしれないわね。この刀がどのように傷つき、どのように働いて来たのか、そこへ想いを馳せる。……“修繕”というのは傷を埋めるのではなく、再び武器に力を籠め癒してあげる作業なのよ。傷ついた兵士を看病してあげるようにね」
「分かるような気がします」
「偉いわね。素直な鍛冶士は伸びるわ」
セナの指先から薄い青色の光が生じ、それがきらきらと瞬く。驚くほど繊細な魔力コントロールで、思わず、息を飲んだ。
歯こぼれを起こし、黄金色に錆びついていた刀の刃先が、みるみるうちにその鋭利さを取り戻してゆく。
「良く見てこの技を吸収して行くのよ。“修繕”を習得すれば出先で武器に困ることはないわ」
「……俺に出来るでしょうか。凄すぎて、圧倒されています」
「必ず出来るわ」と、彼女はこともなげに言う。「私が好きになった男だもの」
からかいの言葉なのか、彼女の真意なのか。
そのことに頭を巡らせる余裕もなく、彼女の胸元にいることに居心地の良さを覚えながら、俺は彼女の指先の光にしばし見惚れた。
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