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48,私はもう駄目かも知れない。
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“焦熱の空洞”の最奥へと、エレノアと足を進めていたときのことだった。
「姉から聞いたんだが、……貴族の女性に言い寄られているというのは本当なのか? 」
と、エレノアがそう尋ねて来た。
「ああ、そんなことありましたね。そういえば……」
「そんなことって……! 結構重大なことじゃないか! 」
「えっ、そうですか? 俺はあんまりそうは思わなかったのですが……」
「それで……? 」
エレノアは少々、間を開けてからこう尋ねて来る。
「その女性にはなんて答えたんだ……? 」
「いや、断りましたよ? お付き合いするつもりはありませんって」
「な、なんでだ!? 貴族女性と結婚すれば、お前の今後にとっても、かなり良いことじゃないか……! 」
「うーん、そうですかね。あんまりそうは思わなかったんですよ。それに……」
「それに……? 」
「俺は今の生活が気に入っているんです。アニーさんや、エレノアさんや、セシリアさん……。みんなといろんなことをして成長していくのが、楽しいんです」
「わ、私も、そのなかに入っているのか……!? 」
「えっ、そりゃあそうでしょう」
「そりゃあそうって、……ずいぶん軽々しく言うな、お前は……! 」
「エレノアさんと冒険してるの、俺、好きなんですよね。……これからも一緒に居てください、師匠なんですから! 」
振り返ってそう言うと、エレノアはごほんと咳払いし、「お、おう」と言ったものの、なぜか両手で顔を覆い隠してしまうのだった。
◇◇
“焦熱の空洞”と言うだけあって、このダンジョンの最奥は、立っているのもやっとなほどの熱気が籠っている。
岩石の狭間からはマグマが溢れ出し、奥には沼のように赤黒い液体が飛沫をあげていた。
このダンジョンには溶岩のなかでも生息できる、マグマワームが大量発生している。
「良いか、涼。さっきの応用編をここで実践してもらうことになるが……」
「準備は万端です」
「そうか、決して油断はするなよ。応用編は基礎編と違ってさらに魔術コントロールにナイーブな操作が求められる」
「わかっています。……油断はしていません」
「そうか。じゃあ、やってみてくれ……! 」
エレノアに教わった魔術の応用というのは、敢えて反発する要素を扱うというものだった。
例えば、水系の魔術は”放射性“の方向性を持っているが、今回は、それとは相性の悪い魔術やスキルをそこに重ね掛けする、というものだ。
方向性が違う魔術を併用することで、一種の不協和音のような状態が起こり、瞬間的に、魔力が膨れ上がるのだという。
「まずは放射性の水魔術、“アクアバースト”を詠唱して、と……」
掌に魔力を集め、それが水系魔術の形になるよう、俺はそこへコントロールを加える。
「さらに、直進性の風魔術、“ゲールチャージ”を重ね掛けする……」
すると、掌のうえで、相反する魔術同士が激しくぶつかり合い、一気に暴発しようとする。
「涼! そのタイミングで圧を加え、手のなかの魔力をコントロールするんだ! 」
「は、はい! 」
今にも膨れ上がって爆発しそうになる魔力を、今度は抑え込むように、魔力の圧を加えていく。
それは、ただ単に魔術を唱えるのとは違う、超高度な魔力コントロール力が求められる作業だった。
だが……、
「す、すごい……! 凄まじい高濃度の魔術が、出来上がって行く……! 」
エレノアが教えてくれた通り、この工程で造り出した魔術は、普通に唱えたものよりも遥かに濃密で、高温のエネルギー体へと凝縮されていった。
そして最後に……、
「涼、その状態で、最後に自分の思い描いたイメージをその魔術に加えるんだ」
「自分の思い描いた、イメージ……」
今この手の中にある魔術は、“放射性”のものと、“直進性”のものが、矛盾したまま同居している。
そこには水の性質と、風の性質が重なり合っている。
それを、敵に投げつけたら、どうなるのか。
「“テンペスト・サージ”……!! 」
そう唱え、手のなかの魔術を奥にいるマグマワームへと投げつけると……、
ゴオオォォオォオオォオオ!!!
渦を巻いた水の飛沫がぐるぐると回転しながら突撃し、それは巨大な水の竜巻へと発展し、周囲一帯にあったマグマワームを、跡形もなく消し飛ばす。
「す、凄まじいエネルギだ―……!! 」
と、隣にいたエレノアが、風圧を手で遮りながら、そう零す。
「す、すごすぎますよ……! コ、コントロールが、効きません……!! 」
俺の放った水の竜巻は今や、洞窟内の壁にぶつかり、それをゴリゴリと削り取り始めていた。
その影響で、天井からはぱらぱらと石つぶてが落ちてきている。
このままでは、洞窟自体が崩落してしまいそうな勢いだ。
「涼、いっそ、すべてを出し切ってしまえ! その方が、かえってコントロールが効く! 」
「良いんですか!? ……どうなっても、知りませんよ! 」
「ああ、……やってしまえ! 」
エレノアにそう叫ばれ、制御しようとしていた魔術を解き放つと……、
それまで渦を巻いていた水の飛沫が、途端に方向を失い、
ブシャァァァァァァ!!!!
という音とともに一気に四散すると、辺りに水をばら撒いて形を無くしてしまった。
高度な状態で保たれていた均衡が、制御を失ったことで、形を保てなくなったのだ。
「……コントロールを失ってしまったときは、いっそ、出し切ってしまった方がかえって被害は最小で済むんだ……」
と、エレノアが俺の隣でそう零す。
……魔術は最後には霧散してしまったが、俺は思わず、自分の掌を見つめてしまう。
”魔術の方向性を意識するだけで、魔術の可能性はこれほどまでに広がるのか”と、その効果の高さに身が震えたからだった。
だが、そのとき、思わぬ形で彼女に被害を加えてしまっていたことに、俺は気がつく。
彼女は俺が暴走させた魔術の影響で、頭上から大量の水しぶきを浴び、全身がずぶ濡れとなっていたのだ。
そして……、普段着ている薄い素材の白いローブが、そのせいで、すっかり透けてしまっていた……。
「エ、エレノアさん……! 」
と、思わずそう零すと、
「……!?!? 」
エレノアは透けた胸元を見つめ、一瞬、俺の目を見据えた。
それから、ガバッ、と彼女はその可愛らしい胸元を、両手で覆い隠す。
そして、その場に、へなへなと、蹲ってしまった。
「だ、大丈夫ですか……? 」
と、膝を抱えて俯いている彼女にそう問うと、
「い、いや、私はもう、駄目かもしれない――」
と、濡れた髪の毛の隙間から耳を真っ赤にさせたエレノアが、声を震わせてそう呟くのだった。
「姉から聞いたんだが、……貴族の女性に言い寄られているというのは本当なのか? 」
と、エレノアがそう尋ねて来た。
「ああ、そんなことありましたね。そういえば……」
「そんなことって……! 結構重大なことじゃないか! 」
「えっ、そうですか? 俺はあんまりそうは思わなかったのですが……」
「それで……? 」
エレノアは少々、間を開けてからこう尋ねて来る。
「その女性にはなんて答えたんだ……? 」
「いや、断りましたよ? お付き合いするつもりはありませんって」
「な、なんでだ!? 貴族女性と結婚すれば、お前の今後にとっても、かなり良いことじゃないか……! 」
「うーん、そうですかね。あんまりそうは思わなかったんですよ。それに……」
「それに……? 」
「俺は今の生活が気に入っているんです。アニーさんや、エレノアさんや、セシリアさん……。みんなといろんなことをして成長していくのが、楽しいんです」
「わ、私も、そのなかに入っているのか……!? 」
「えっ、そりゃあそうでしょう」
「そりゃあそうって、……ずいぶん軽々しく言うな、お前は……! 」
「エレノアさんと冒険してるの、俺、好きなんですよね。……これからも一緒に居てください、師匠なんですから! 」
振り返ってそう言うと、エレノアはごほんと咳払いし、「お、おう」と言ったものの、なぜか両手で顔を覆い隠してしまうのだった。
◇◇
“焦熱の空洞”と言うだけあって、このダンジョンの最奥は、立っているのもやっとなほどの熱気が籠っている。
岩石の狭間からはマグマが溢れ出し、奥には沼のように赤黒い液体が飛沫をあげていた。
このダンジョンには溶岩のなかでも生息できる、マグマワームが大量発生している。
「良いか、涼。さっきの応用編をここで実践してもらうことになるが……」
「準備は万端です」
「そうか、決して油断はするなよ。応用編は基礎編と違ってさらに魔術コントロールにナイーブな操作が求められる」
「わかっています。……油断はしていません」
「そうか。じゃあ、やってみてくれ……! 」
エレノアに教わった魔術の応用というのは、敢えて反発する要素を扱うというものだった。
例えば、水系の魔術は”放射性“の方向性を持っているが、今回は、それとは相性の悪い魔術やスキルをそこに重ね掛けする、というものだ。
方向性が違う魔術を併用することで、一種の不協和音のような状態が起こり、瞬間的に、魔力が膨れ上がるのだという。
「まずは放射性の水魔術、“アクアバースト”を詠唱して、と……」
掌に魔力を集め、それが水系魔術の形になるよう、俺はそこへコントロールを加える。
「さらに、直進性の風魔術、“ゲールチャージ”を重ね掛けする……」
すると、掌のうえで、相反する魔術同士が激しくぶつかり合い、一気に暴発しようとする。
「涼! そのタイミングで圧を加え、手のなかの魔力をコントロールするんだ! 」
「は、はい! 」
今にも膨れ上がって爆発しそうになる魔力を、今度は抑え込むように、魔力の圧を加えていく。
それは、ただ単に魔術を唱えるのとは違う、超高度な魔力コントロール力が求められる作業だった。
だが……、
「す、すごい……! 凄まじい高濃度の魔術が、出来上がって行く……! 」
エレノアが教えてくれた通り、この工程で造り出した魔術は、普通に唱えたものよりも遥かに濃密で、高温のエネルギー体へと凝縮されていった。
そして最後に……、
「涼、その状態で、最後に自分の思い描いたイメージをその魔術に加えるんだ」
「自分の思い描いた、イメージ……」
今この手の中にある魔術は、“放射性”のものと、“直進性”のものが、矛盾したまま同居している。
そこには水の性質と、風の性質が重なり合っている。
それを、敵に投げつけたら、どうなるのか。
「“テンペスト・サージ”……!! 」
そう唱え、手のなかの魔術を奥にいるマグマワームへと投げつけると……、
ゴオオォォオォオオォオオ!!!
渦を巻いた水の飛沫がぐるぐると回転しながら突撃し、それは巨大な水の竜巻へと発展し、周囲一帯にあったマグマワームを、跡形もなく消し飛ばす。
「す、凄まじいエネルギだ―……!! 」
と、隣にいたエレノアが、風圧を手で遮りながら、そう零す。
「す、すごすぎますよ……! コ、コントロールが、効きません……!! 」
俺の放った水の竜巻は今や、洞窟内の壁にぶつかり、それをゴリゴリと削り取り始めていた。
その影響で、天井からはぱらぱらと石つぶてが落ちてきている。
このままでは、洞窟自体が崩落してしまいそうな勢いだ。
「涼、いっそ、すべてを出し切ってしまえ! その方が、かえってコントロールが効く! 」
「良いんですか!? ……どうなっても、知りませんよ! 」
「ああ、……やってしまえ! 」
エレノアにそう叫ばれ、制御しようとしていた魔術を解き放つと……、
それまで渦を巻いていた水の飛沫が、途端に方向を失い、
ブシャァァァァァァ!!!!
という音とともに一気に四散すると、辺りに水をばら撒いて形を無くしてしまった。
高度な状態で保たれていた均衡が、制御を失ったことで、形を保てなくなったのだ。
「……コントロールを失ってしまったときは、いっそ、出し切ってしまった方がかえって被害は最小で済むんだ……」
と、エレノアが俺の隣でそう零す。
……魔術は最後には霧散してしまったが、俺は思わず、自分の掌を見つめてしまう。
”魔術の方向性を意識するだけで、魔術の可能性はこれほどまでに広がるのか”と、その効果の高さに身が震えたからだった。
だが、そのとき、思わぬ形で彼女に被害を加えてしまっていたことに、俺は気がつく。
彼女は俺が暴走させた魔術の影響で、頭上から大量の水しぶきを浴び、全身がずぶ濡れとなっていたのだ。
そして……、普段着ている薄い素材の白いローブが、そのせいで、すっかり透けてしまっていた……。
「エ、エレノアさん……! 」
と、思わずそう零すと、
「……!?!? 」
エレノアは透けた胸元を見つめ、一瞬、俺の目を見据えた。
それから、ガバッ、と彼女はその可愛らしい胸元を、両手で覆い隠す。
そして、その場に、へなへなと、蹲ってしまった。
「だ、大丈夫ですか……? 」
と、膝を抱えて俯いている彼女にそう問うと、
「い、いや、私はもう、駄目かもしれない――」
と、濡れた髪の毛の隙間から耳を真っ赤にさせたエレノアが、声を震わせてそう呟くのだった。
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