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47,この世界で最も強い存在になってくれ。

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 ※涼目線に戻ります。
 

 「……涼、少しのあいだ、手を握らせてくれないか」

 エレノアにそう言われたのが、ふたりでCランクダンジョン、“焦熱の空洞”へ冒険に来たときのことだ。

 「え……、手ですか。……なぜです……? 」
 「魔力コントロールのもう一つ上のステップを教えてやりたいんだが、それには、手を握って直接、魔力の流れを体感させた方が早いんだ」

 エレノアはそう言うと、俺がイエスと言う間もなく、俺の手を握り締める。

 “冒険者の手”ということで硬い感触を想像していたのだが、エレノアの手は、想像よりも遥かに柔らかかった。まるで、ふくよかな女性の太ももの裏の肉に、手を埋めているような感じがする。
 
 エレノアは指と指の間に、自分の指を入れてゆく。
 いわゆる、“恋人繋ぎ”というやつだ……。
 
 そして彼女はぐっとその身を俺の胸元へ近づけ、上目遣いに俺を見つめて来る。
 その身長は“翡翠の魔女”と呼ばれていたとは思えないほど小さく、ほとんど強制的に、俺は彼女が“女性なのだ”ということを意識させられる。
 
 「基礎的な魔術コントロールについては教え終わったつもりだ。最近は、どうだ……? バックフラッシュもほとんど起きないのではないか……? 」
 「ええ……。おかげで、意識が朦朧とすることはほとんどなくなりました……」
 「それは良かった……。戦闘中に意識が飛んでしまえば、命に関わるからな……」
 「ええ……。そのことでは本当に、感謝しています……」
  「相変わらず……凄まじい魔力量だな……。私も長く冒険者をやっているが、これほどの魔力量の持ち主は、かつて見かけたことがない……! 手を握っているだけで、こちらの意識が飛んでしまいそうだ……」

 まるで、恋人同士が、狭い車の中で密着して話しているかのようだ。
 エレノアの体温や、甘い匂い、そして改めて間近で見る、彼女の顔の造形の可愛らしさ。
 それらすべてが、俺の胸を高鳴らせ、息を苦しくさせる。


 「今からお前の掌に私の魔力を流すぞ……、少し苦しいかも知れない……、我慢できるか……? 」
 「魔力を、直接流すのですか……? 」
 「ああ……、初めは慣れなくて、変な感じがすると思うが、気にしないでくれ……」

 そう言うと、エレノアは自らの掌に意識を集中させ、ぐっと瞑目した。
 
 その瞬間、奇妙な感じが俺の掌に流れ込んで来る。
 生温かな液体のようなものが手の内部に流れ込んできて、それが痛いような苦しいような、それでいて、微かに気持ち良いような、そんな感じにさせられる。
 なにか、剥き出しとなった臓器を、直接掌で触れられているような感じだ。
 
 「うう……うっ、うぐ……」
 「苦しいか……? すまない。すぐに慣れるから、我慢してくれ……」
 「大丈夫です……、続けてください……! 」

 エレノアは心配そうに俺を見つめたあと、囁くような声色のまま、こんな説明を始めた。

 「……いいか、魔術やスキルには五大属性とは別に、もうひとつ、違う特性があるんだ」
 「違う特性、ですか……? 」
 「ああ」と、エレノアは頷く。「すべての魔術やスキルには、”方向性“というものがある」
 「方向性……」
 「例えば、火や水系の魔術というのは”放射性“の方向性を持っているし、風や刺突系のスキルは”直進性“の方向性を持っている。……すべての魔術やスキルには、こうした方向性というものがあるんだ」

 そう言うと、エレノアはひと際強く、俺の手を握り締めた。

 「……今、おまえに流している魔力の流れが、“直進性”のものだ。……わかるか? 」
 「うぅ……、あぁぁ……」

 思わず漏れてしまうその呻きのなかで、俺はエレノアから流される魔術の流れを感じていた。
 それは確かに、“直進”と呼称するに相応しい流れ方だったのだ。

 「次は、こうだ……。どうだ……、感じるか……? 」
 「か、感じます……、これは、”放射性“、ですね……! 」
 「そうだ……、おまえが上手く感じてくれて、私も嬉しい……」


 と、そのとき、エレノアがぱっと俺の手を離した。
 加えられていた力が突然解放されたことで、俺は思わず、「うぅ……あぁっ」と嗚咽を漏らしてしまう。

 このやり方はエレノア側にも負担があるのか、俺のすぐそばで、エレノアも頬を真っ赤に染め、額に汗を浮かべている。

 「方向性が同じものは併用しても反発を起こさないが、逆に方向性が違うもの同士では、術士の内部で強い反発が起こる。ほとんど知られていないが、これが魔術というものの隠された特性なんだ」
 「このことを」と、俺はやっと息を継いで、そう尋ねる。「知っている人はほかにいるのですか」
 「さあな。独自に知っている人はいるかもしれないが、普通には、全く知られていない。……多分、ふたつの職業を持って産まれた私だからこそ、この特性に気づいたのだろう」

 エレノアは俺の目を真っ直ぐ見据え、最後にこう付け足した。

 「術士の力量は、突き詰めれば“魔力に対する理解度”によって決まると言って良い。この特性についてお前に教えたのは、より高次の理解をお前にして欲しかったからだ。この特性が分かっていれば、より高度な魔術の併用が可能にもなる。……いいか、涼。あらゆる魔術とスキルが使用可能なお前には、この世界のすべての魔術の特性を深く理解出来る可能性が秘められている」

 “いつかすべての魔術の特性を理解して、この世界で最も強い存在になってくれ”

 エレノアはそう言うと、まるで”思わずそうした“とでも言うふうに、そっと俺の胸に額を預けたのだった。






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