田村涼は異世界で物乞いを始めた。

イペンシ・ノキマ

文字の大きさ
上 下
46 / 125

45,そんなお人好しなところに。

しおりを挟む
「実は今日集まって貰ったのは、ジュース造りのことに関してではないんです」

 セシリアの誤解が解けて、俺がそう切り出したのは、アニーの手配してくれた紅茶とケーキを食べて、小休止を挟んだあとのことだった。

 「ジュース造りではないと言うと、また新しい発明でも思いついたのね? 」

 と、まだカップに残っていた紅茶を啜りながら、セシリアがそう問う。

 「ええ、そうなんです。実は、少し前にエレノアさんとともにシャドウスパイダーを膨大に討伐するクエストを引き受けたのですが、そのときに思いつくことがあって……」
 
 そう言いながら、俺は三人の中心にある小テーブルに、用意して来たものを置いた。
 
 「これは……、魔獣の核ね? 」
 「そうです。正確に言うと、シャドウスパイダーの核です」
 「それで? これを使ってなにを造ろうと言うの? 」
 「魔獣の核はそれぞれに特徴が違うのはみなさんもご存じだと思います。ゴブリンの核は動物の心臓のような形ですし、スライムの核は――」
 「やや粘着質なのよね。触れると少し粘っこいというか……」
 「そうです。それで、このシャドウスパイダーの核は、幾重にも糸が織り込まれたような形状をしています。……まずはみなさん、これを見てください」

 三人の見ている目の前で、慎重に、俺はシャドウスパイダーの核を指で解きほぐしていく。

 この核をエレノアとともに初めて見たとき、この世界にある普通の繊維とは違っていることに俺は気が付いたのだ。
 この世界の繊維はほぼすべてが「綿」と「麻」で出来ているのだが、この糸は、どこか肌触りが「ウール」に似ていたのだ。

 「この糸をほぐすのに若干のコツが必要なのですが、エレノアさんに教わった魔術コントロールを応用しながら行うと、核が崩壊しないように上手く糸だけを取り出せるんです」

 三人はすっかり俺の工程に魅入っており、もはや誰も一言も相槌すら打たない。

 「その次に、“加工士”だけが持っている、“織力”というスキルを用います。これは言うまでもないですが、“物乞い”を使って手に入れたスキルです。……そこにさらに、“聖騎士”の“聖なる共鳴”というスキルアップのバフを重ね掛けする……」
 
 “織力”は加工士が繊維を加工する際に用いるスキルだが、普通、シャドウスパイダーの核に用いることはない。
 魔獣の核は通常、極めて取り扱いが難しく、そんなものを繊維として加工するなどということは、この世界の常識からは極めて逸脱しているのだ。

 「……すると、柔らかで暖かな、ふわふわとした素材が出来上がるのです。これを用いれば、今ある繊維よりもずっと保温性に優れた、暖かな衣服が造れると思うんです」

 この世界には羊に当たる動物がいない。
 元の世界ほど文明の発達していないこの国では、その為、麻や綿が発展して来た。
 だが、俺が使ったこの技術を駆使すれば、元の世界で言うところの「ウール」に当たるものが、こちらでも製造できると考えたのだ。

 「物凄い技術だわ……、それに、触ると、とっても暖かい……! 」
 
 出来上がった繊維に掌を当てて、セシリアがそう感嘆する。

 「すごい……! すごい発明ですよ、これ……! 」

 と、アニーが俺の隣で、両手を胸の前で握り締めて、ぴょんぴょんと跳ねている。

 「……発想もすごいが、技術力が凄すぎるな……」と言ったのは、パルサーだ。「普通は魔獣の核を加工して繊維を作ろうなんて考えない。……これは、多分、君にしか出来ない特殊技術だと思う……! 」

 “良くこんなことを思いついたな”とパルサーが続けた一言に、俺はつい、

 「この国の冬の寒さは本当に辛いですから。なかには、冬を越せない第四階級の人もいるくらいなんです……」

 と、過去のことを思い返し、暗いトーンでそう零していた。

 なにかを察したのか、さっきまで明るいムードだったこの部屋に、葬式のあとのような暗い雰囲気が広がって行った。

 「あ……」と、その空気の変化を感じて、「す、すいません! つい、暗いことを言ってしまって……! 」と言うと、

 「いや、違うんだ」
 と、パルサーが顔の前で手を振って、こう続けた。
 「……僕はただ、感心したんだよ。涼くん、君は本当に、いつも他人のことを考えてくれているね。“チート”と呼ばれる特殊なスキルを持っていても、その力に溺れることがまったくない。今だって、自分が昔寒い想いをしたということより、”今も“寒い想いをしている第四階級の人々の為に、この繊維を考えたって感じだ。……そのことに、つい感激してしまったんだよ」
 
 「パルサーさん……」
 「そうね」と、セシリアがそれに賛同する。「涼くんは本当に、自分以外のひとのことばかりを考えているわね。……もっとも、そんなお人好しなところに、私たちは惹かれているのかもしれないわ」

 気がつくと、ここにいるみんなが、暖かい目で俺を眺めてくれていた。
 その暖かな眼差しに触れると、“もっと頑張りたい”、“もっとみんなの役に立つことがしたい……!”、そんな思いが、俺の奥から次々と溢れ出て来る。

 「それじゃあ、これを商品化する段取りを決めましょうか。最近、繊維工場を作ったという話ですから、この話に、きっとロジャーさんも噛んでくれると思うわ。さあ、みんな、気合を入れるわよ。……新しい繊維の発明ですからね、この国の繊維業界に、大きな革命が起きるわよ」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

パーティーを追放された落ちこぼれ死霊術士だけど、五百年前に死んだ最強の女勇者(18)に憑依されて最強になった件

九葉ユーキ
ファンタジー
クラウス・アイゼンシュタイン、二十五歳、C級冒険者。滅んだとされる死霊術士の末裔だ。 勇者パーティーに「荷物持ち」として雇われていた彼は、突然パーティーを追放されてしまう。 S級モンスターがうろつく危険な場所に取り残され、途方に暮れるクラウス。 そんな彼に救いの手を差しのべたのは、五百年前の勇者親子の霊魂だった。 五百年前に不慮の死を遂げたという勇者親子の霊は、その地で自分たちの意志を継いでくれる死霊術士を待ち続けていたのだった。 魔王討伐を手伝うという条件で、クラウスは最強の女勇者リリスをその身に憑依させることになる。 S級モンスターを瞬殺できるほどの強さを手に入れたクラウスはどうなってしまうのか!? 「凄いのは俺じゃなくて、リリスなんだけどなぁ」 落ちこぼれ死霊術士と最強の美少女勇者(幽霊)のコンビが織りなす「死霊術」ファンタジー、開幕!

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...