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43,どんな危険だって怖くはありません。
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※涼目線に戻ります。
「涼、このあいだ頼まれていた、有能な鍛冶屋を探して欲しいという件についてなんだが……」
と、ギルドでそうパルサーに声を掛けられたのは、Cランクダンジョン“幽影の洞穴”を攻略してオーヴェルニュの街に帰って来た日のことだ。
「ああ、はい。パルサーさんに頂いた武器も上質ではあるのですが、もうワンランク上の武器が欲しくって……」
「君の扱えるAランクのスキルに、武器が耐えられない、という話だったかな? 」
「ええ、そうなんです。Aランクのスキルを使うと、どうしても武器の耐久性を消費してしまって、すぐに駄目になってしまうんです。Aランクスキルに耐え得るような、高品質の武器が欲しくって……」
「君の話をしたら面白がってくれる鍛冶屋を見つけた。暇を見つけて、訪ねてみると良い」
パルサーはそう言うと、住所の書かれた紙を一枚、俺の胸元に差し出した。
「……第四階級の俺でも、大丈夫でしょうか」
と不安になってそう尋ねると、
「……大丈夫だ」
と、パルサーは“安心したまえ”とでも言いたげに、微笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
ところが……、パルサーはその言葉に続けて、こんな思わぬことを口にした。
「……だが問題は、その鍛冶屋が少々“男癖が悪い”ということなんだ……」
「男癖……? ということは、まさか、その鍛冶屋は女性なのですか? 」
「そうだ。名前をセナ・ハンマースミスという」
「男癖が悪い、というのは……? 」
「見た目は鍛冶職とは思えないほどの美人なんだが、昔から気に入った冒険者や同業者は片っ端から自分のものにするタイプでな……。今だって、現在進行形で幾人もの男を囲っているだろう」
「なかなかの、豪傑ですね……」
「そうなんだ」と、パルサーはため息を吐いて、言う。「男だったら、とんでもない傑物になっていただろうよ。涼、君は才能に溢れる冒険者で、しかも、見た目も悪くない。俺が気にしているのはそこなんだ。セラが君を気に入って口説き落としにかかってくるかもしれない」
“そこだけは、充分気をつけてくれ”と言い残し、パルサーはもとのギルドの仕事に戻っていった。
◇◇
翌日、俺はアニーに招かれて、フィヨル広原の家で彼女と昼食を共にしていた。
アニーは俺の為にフィヨル広原で摘んだ菜の花の天ぷらと、旬の野菜を使ったサラダ、それから、家の裏手にある窯で焼いたキノコのピザを用意してくれていた。
「相変わらず、アニーさんの作る料理は、物凄く美味しい……! 」
と、焼き立てのピザを頬張って、思わずそう零すと、
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、作り甲斐があります……! 」
と、アニーも嬉しそうに表情を綻ばせる。
以前から感じていたことではあるが、アニーと俺は、味の好みが非常に良く合うのかもしれない。
アニーは時々、街で買った好きなお菓子やパンをお土産に持たせてくれるが、それも必ずと言って良いほど俺の好みにマッチして、いささかも「外れだ」と感じたことがない。
「涼さんは、キノコは平気ですか。この辺りのキノコは独特な癖があるので、合わないとおっしゃる方も多いんです」
「俺は全然平気ですね。むしろ、この臭みみたいなものが、癖になってとても美味しいです……! 」
そう返答すると、アニーはその美しい顔をぱあっと花開かせて、
「本当ですか! 」と喜びの声を爆発させる。「実は私も、この独特の臭みがすごく好きなんです。……今日も、もし涼さんがこの味が嫌いだったらどうしようと、そのことばかり気にしていたんですよ」
「お世辞抜きに、ものすごく美味しいですよ。……もしかしたら、俺たちは、味の好みがすごく合うのかもしれませんね」
彼女の反応を窺うつもりでそう言ったのだが、アニーは「ええ、ほんとうに」と、いかにも嬉しそうに微笑み、照れなのか高揚なのか、その真っ白な頬を赤く染め上げさえするのだった。
昼食を食べ終えてふたりで紅茶を飲み始めたときのことだった。
「……少し前に、私たちをつけて来た人たちのこと、なにか分かりましたか」
と、アニーが心配そうにそう切り出して来た。
謎の二人組に尾行されて以来、俺は街の知り合いに働きかけてその二人組の正体を調査して来た。
アニーが問いただして来たのも、そういった経緯があったからなのだ。
「実は……、誰が雇ったかまでは今もって分かっていないのですが、やはり、彼らは貴族に雇われたごろつきではないか、というところまでは見えてきました」
「貴族に雇われた、ごろつき……」
俺はゆっくりと頷き、続けた。
「セシリアさんが言うには、この街には俺のことを良く思っていない貴族が、少なからずいるようなのです。あの日も、果たして俺の命を狙ったのか、なんらかの調査目的でつけてきたのかはわかりませんが、……とにかく、危険なことは確かです」
アニーはこの事実を受け止めようとするように、俺の言葉にじっと耳を澄ませている。
「ですから……」と、俺はこの日の本題を、切り出した。「もしかしたら俺たちは、もう会わない方が良いのかもしれません」
そう言ったときのことだ。俺はアニーのあまりにも予想外な反応に、思わず「えっ」と驚きの声を出してしまっていた。
アニーは、真っ直ぐ俺を見据えたまま、その両の目からぽろぽろと大粒の涙を流していたのだ。
「ア、 アニーさん……!? 」
「す、すいません……、急なことで、涙が溢れてしまって……! 」
「良かったら、これを使って下さい」
と、ズボンのポケットからハンカチを取り出して差し出すと、アニーはぽつりとこう言った。
「無理です。涼さんに会わないなんて、耐えられません」
そのあまりの率直な言葉に、俺はなにも反応することが出来ず、しばらくのあいだじっと彼女を見つめるほかなにも出来なかった。
「俺も、耐えられません」
と、自分の口からそんな言葉が出てて来たのは、そのときのことだ。
「え? 」
と、その青い瞳に大粒の涙を湛えながら、アニーがその顔を上げる。
「……アニーさんと会えなくなるなんて、俺も嫌です。でも、俺のせいで、アニーさんに危険な目になんてあって欲しくありません」
「危険なことは承知しています。でも、それは始めから分かっていたことではないでしょうか」
「……わかってはいました。でも、あんなふうに尾行されるまでは、それほど深くは考えていなかったんです。……アニーさんは、今後もああいった尾行が行われても、耐えることが出来ますか」
そう問いかけると、アニーは短く天井辺りを見つめ、それからふいに俺の方へと向き直り、こんなことを口にした。
「それも耐えることが出来ません」
「だったら……」と言いかけると、
「ですから、涼さんにはこう言って欲しいのです」
「……? 」
「俺が必ず守るから、今後も一緒に居ましょう、と。……それだけ言って貰えれば、私はどんな危険だって怖くはありません」
そう言うと、アニーはその両の手を俺の掌へと伸ばし、静かに俺の手を包み込んだ。
その手は冷たかったが、彼女の魂の芯から湧いて来る強さが、熱を持って俺の掌へと伝わって来た。
そのとき、俺のなかからある感情が、ごく自然と湧き上がって来た。
誰も知り合いのいなかったこの世界で、第四階級の仲間を除けば、アニーだけが最初に俺のことをまともに人として扱ってくれたのだ。
その感謝や、喜びや、この人のことをもっと大切にしたいという想いが、とめどなく溢れて来る。
「アニーさん」と、俺は彼女の美しい瞳を真っ直ぐ見据えて、こう言った。
「俺が必ず守ります。ですから、これからも一緒に居てください」
すると……、
「……はい。私は絶対に、涼さんのそばを離れたりしません」
アニーはそう呟くと、再びぽろぽろと大粒の涙を零し、何度も何度も俺へと頷き掛けるのだった。
「涼、このあいだ頼まれていた、有能な鍛冶屋を探して欲しいという件についてなんだが……」
と、ギルドでそうパルサーに声を掛けられたのは、Cランクダンジョン“幽影の洞穴”を攻略してオーヴェルニュの街に帰って来た日のことだ。
「ああ、はい。パルサーさんに頂いた武器も上質ではあるのですが、もうワンランク上の武器が欲しくって……」
「君の扱えるAランクのスキルに、武器が耐えられない、という話だったかな? 」
「ええ、そうなんです。Aランクのスキルを使うと、どうしても武器の耐久性を消費してしまって、すぐに駄目になってしまうんです。Aランクスキルに耐え得るような、高品質の武器が欲しくって……」
「君の話をしたら面白がってくれる鍛冶屋を見つけた。暇を見つけて、訪ねてみると良い」
パルサーはそう言うと、住所の書かれた紙を一枚、俺の胸元に差し出した。
「……第四階級の俺でも、大丈夫でしょうか」
と不安になってそう尋ねると、
「……大丈夫だ」
と、パルサーは“安心したまえ”とでも言いたげに、微笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
ところが……、パルサーはその言葉に続けて、こんな思わぬことを口にした。
「……だが問題は、その鍛冶屋が少々“男癖が悪い”ということなんだ……」
「男癖……? ということは、まさか、その鍛冶屋は女性なのですか? 」
「そうだ。名前をセナ・ハンマースミスという」
「男癖が悪い、というのは……? 」
「見た目は鍛冶職とは思えないほどの美人なんだが、昔から気に入った冒険者や同業者は片っ端から自分のものにするタイプでな……。今だって、現在進行形で幾人もの男を囲っているだろう」
「なかなかの、豪傑ですね……」
「そうなんだ」と、パルサーはため息を吐いて、言う。「男だったら、とんでもない傑物になっていただろうよ。涼、君は才能に溢れる冒険者で、しかも、見た目も悪くない。俺が気にしているのはそこなんだ。セラが君を気に入って口説き落としにかかってくるかもしれない」
“そこだけは、充分気をつけてくれ”と言い残し、パルサーはもとのギルドの仕事に戻っていった。
◇◇
翌日、俺はアニーに招かれて、フィヨル広原の家で彼女と昼食を共にしていた。
アニーは俺の為にフィヨル広原で摘んだ菜の花の天ぷらと、旬の野菜を使ったサラダ、それから、家の裏手にある窯で焼いたキノコのピザを用意してくれていた。
「相変わらず、アニーさんの作る料理は、物凄く美味しい……! 」
と、焼き立てのピザを頬張って、思わずそう零すと、
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、作り甲斐があります……! 」
と、アニーも嬉しそうに表情を綻ばせる。
以前から感じていたことではあるが、アニーと俺は、味の好みが非常に良く合うのかもしれない。
アニーは時々、街で買った好きなお菓子やパンをお土産に持たせてくれるが、それも必ずと言って良いほど俺の好みにマッチして、いささかも「外れだ」と感じたことがない。
「涼さんは、キノコは平気ですか。この辺りのキノコは独特な癖があるので、合わないとおっしゃる方も多いんです」
「俺は全然平気ですね。むしろ、この臭みみたいなものが、癖になってとても美味しいです……! 」
そう返答すると、アニーはその美しい顔をぱあっと花開かせて、
「本当ですか! 」と喜びの声を爆発させる。「実は私も、この独特の臭みがすごく好きなんです。……今日も、もし涼さんがこの味が嫌いだったらどうしようと、そのことばかり気にしていたんですよ」
「お世辞抜きに、ものすごく美味しいですよ。……もしかしたら、俺たちは、味の好みがすごく合うのかもしれませんね」
彼女の反応を窺うつもりでそう言ったのだが、アニーは「ええ、ほんとうに」と、いかにも嬉しそうに微笑み、照れなのか高揚なのか、その真っ白な頬を赤く染め上げさえするのだった。
昼食を食べ終えてふたりで紅茶を飲み始めたときのことだった。
「……少し前に、私たちをつけて来た人たちのこと、なにか分かりましたか」
と、アニーが心配そうにそう切り出して来た。
謎の二人組に尾行されて以来、俺は街の知り合いに働きかけてその二人組の正体を調査して来た。
アニーが問いただして来たのも、そういった経緯があったからなのだ。
「実は……、誰が雇ったかまでは今もって分かっていないのですが、やはり、彼らは貴族に雇われたごろつきではないか、というところまでは見えてきました」
「貴族に雇われた、ごろつき……」
俺はゆっくりと頷き、続けた。
「セシリアさんが言うには、この街には俺のことを良く思っていない貴族が、少なからずいるようなのです。あの日も、果たして俺の命を狙ったのか、なんらかの調査目的でつけてきたのかはわかりませんが、……とにかく、危険なことは確かです」
アニーはこの事実を受け止めようとするように、俺の言葉にじっと耳を澄ませている。
「ですから……」と、俺はこの日の本題を、切り出した。「もしかしたら俺たちは、もう会わない方が良いのかもしれません」
そう言ったときのことだ。俺はアニーのあまりにも予想外な反応に、思わず「えっ」と驚きの声を出してしまっていた。
アニーは、真っ直ぐ俺を見据えたまま、その両の目からぽろぽろと大粒の涙を流していたのだ。
「ア、 アニーさん……!? 」
「す、すいません……、急なことで、涙が溢れてしまって……! 」
「良かったら、これを使って下さい」
と、ズボンのポケットからハンカチを取り出して差し出すと、アニーはぽつりとこう言った。
「無理です。涼さんに会わないなんて、耐えられません」
そのあまりの率直な言葉に、俺はなにも反応することが出来ず、しばらくのあいだじっと彼女を見つめるほかなにも出来なかった。
「俺も、耐えられません」
と、自分の口からそんな言葉が出てて来たのは、そのときのことだ。
「え? 」
と、その青い瞳に大粒の涙を湛えながら、アニーがその顔を上げる。
「……アニーさんと会えなくなるなんて、俺も嫌です。でも、俺のせいで、アニーさんに危険な目になんてあって欲しくありません」
「危険なことは承知しています。でも、それは始めから分かっていたことではないでしょうか」
「……わかってはいました。でも、あんなふうに尾行されるまでは、それほど深くは考えていなかったんです。……アニーさんは、今後もああいった尾行が行われても、耐えることが出来ますか」
そう問いかけると、アニーは短く天井辺りを見つめ、それからふいに俺の方へと向き直り、こんなことを口にした。
「それも耐えることが出来ません」
「だったら……」と言いかけると、
「ですから、涼さんにはこう言って欲しいのです」
「……? 」
「俺が必ず守るから、今後も一緒に居ましょう、と。……それだけ言って貰えれば、私はどんな危険だって怖くはありません」
そう言うと、アニーはその両の手を俺の掌へと伸ばし、静かに俺の手を包み込んだ。
その手は冷たかったが、彼女の魂の芯から湧いて来る強さが、熱を持って俺の掌へと伝わって来た。
そのとき、俺のなかからある感情が、ごく自然と湧き上がって来た。
誰も知り合いのいなかったこの世界で、第四階級の仲間を除けば、アニーだけが最初に俺のことをまともに人として扱ってくれたのだ。
その感謝や、喜びや、この人のことをもっと大切にしたいという想いが、とめどなく溢れて来る。
「アニーさん」と、俺は彼女の美しい瞳を真っ直ぐ見据えて、こう言った。
「俺が必ず守ります。ですから、これからも一緒に居てください」
すると……、
「……はい。私は絶対に、涼さんのそばを離れたりしません」
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