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40,頭に浮かぶ人。
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※今回はアニー目線の話です。
三か月に一度、この国では教会と治癒院と呼ばれる組織との、合同の催し物が行われる。
治癒院は教会員とは別のヒールを扱える人々が結成した組織で、彼らとの催し物は、怪我をした人々を治癒する一種の競い合いの場となっている。
私はこれまで競い合うことから逃げて、この催し物に参加せずに来たのだけれど、今回、初めて、この会に顔を出したのだった。
久しぶりの集まりにかなりナイーブな気持ちになっていたのだが……、
「すごいじゃない、アニー。あなたのおかげで、すっかり治癒院と差をつけられたわ」
と、今までそれほど話したことのない、先輩教会員のベネットが、いささか得意そうな顔を浮かべて、そう話しかけて来る。
この催し物は街中の怪我人、病人を一か所に集め、短時間のうちにどちらが大勢の患者を治癒できるか、という一種のお祭りのようなものなのだが、結果は大差をつけての教会の圧勝だったのだ。
それもこれも、涼さんが渡してくれた“魔術力アップ”のエンチャントが掛けられた腕輪のおかげなのだけれど……、
「正直に言うと、あなたのこと、あまり好きじゃなかったの」
と、片づけをする手を休ませずに、ベネットがそう続ける。
「いつもフードを被っていて、一言も口を利かず、笑いもしない。……私たちみんなのことを避けているんだと思ってた」
「そんなこと……」と私が言いかけると、
「でも、誤解だった」と彼女は言った。「今日話してみて、すぐにそうじゃないってわかった。……多分、あなたが綺麗すぎるせいでしょうね。綺麗な女の子が黙っていると、冷たく見えるものなのよ」
私たちが片づけを済ませている部屋の外で、治癒院の人々が騒いでいる声が聞こえている。
彼らは、私たちに負けたことがよっぽど悔しかったのか、わざと入り口近くで騒ぎ、そのなかには明らかに私に対する悪口も含まれていた。
いくら聖女と言えど、――いや、聖女だからこそなのか、同業者からは疎まれることも多いのだ……。
「悔しいのよ」と、ベネットが手元を見たまま、ぽつりと言う。
「え? 」
「あの人たちね、あなたに負けるのが悔しいの。……だってそうでしょう。治癒院って言うくらいだから、彼らは“治癒”という分野に命を賭けてる。それが、今まで一度も顔を見せなかったあなたに大敗するんだもの」
確かに、この催し物は半分はお祭りみたいなもので、今日のように白熱した戦いになるとは聞いていなかった。
私はつくづく、自分がいかにこれまで真剣に”聖女“という仕事に向き合っていなかったかを痛感する。
恐らく、私がこれまできちんと聖女の仕事を全うし、人々にも自分の熱意を見せていたら、あんなにも治癒院の人々が憤ることもなかったと思うのだ。
彼らは私が勝ったことが悔しいのではない。“ぽっと出の”私に負けたことが、悔しいのだ。
「もっと前から一生懸命やっていたら、なんて思っているんじゃないでしょうね」
と、ベネットは棚のなかのタオルを整理しながら、私に背を向けたまま、そう言う。
「え? 」
「そんなこと考えなくて良いのよ」と、彼女は背を向けたまま言った。「あなたは変わった。変わるのがいつかなんて構わない。あなたは気にせずに自分の道を突き進めば良いの」
それから、彼女は急に振り返って、
「それに、治癒院の連中に勝って、私はすっきりしたわ。あなたが来るまで、私たちもう何年も負け続きだったんですもの」
彼女の笑みはまるで悪戯好きの子供のようで、私はこの笑みで、いっぺんに彼女のことが好きになってしまう。
それから、私は「勇気を出してこの催しものに来て良かった」と、心からそう感じた。
いつからだろう。
こんなふうに外に出て、人と関わり、なにかに一生懸命挑戦することが楽しいと感じるようになったのは。
ふと、私の頭に涼さんの姿が思い浮かぶ。
そうだ、すべてはあの人と話をするようになったのがきっかけだったのだ。
母の死と、“聖女”という役割に私は疲れ切り、自分でも気づかないうちに、深い絶望の底に生きるようになっていた。
人との関りを避け、人々がなにを考えているかわからず、人間みんなを恐れるようにさえ、なっていた。
でも、それを涼さんが壊してくれて、暖かい陽射しを私の頭の上に降り注いでくれたのだ。
“もしあの人がいなかったら、私は今も憂鬱の底にいて、氷の聖女と呼ばれ続けていた”だろう。
そう思うと、涼さんのくれた腕輪に私はそっと指を這わさずにはいられないのだった。
「あなたのこと、アニーって呼んでも良いかしら」
ベネットは再び手元の作業に視線を落として、そう言う。
「ええ。もちろん……! 」
と、私は頷く。なんだか、涙が込み上げてくるのを感じながら。
「アニー。良かったら、このあと食事に行かない? 」
「ぜひ、行きましょう……! 」
この催し物の片づけが済み、ベネットとふたりで食事に向かおうとしているときのことだ。
ベネットが私にぐいと肩を寄せて、こんな思いがけないことを囁いて来た。
「良い? アニー、さっき治癒院の連中が騒いでいたのはね、あなたに負けてムカついたからだけじゃないの」
「え? 」
「……あなたの気を惹きたかったのよ。治癒院の男たち、今日の催し物が始まる前、実際にその目で見るあなたがどれだけ綺麗かってみんなで大騒ぎしていたんだから」
その話が本当かどうか、私にはわからないが、確かに、私たちがその部屋を出るとき、治癒院の男たちは気を付けをしたように硬直し、顔も真っ赤に染まっていた。
呆気に取られている私をぐいとベネットが押し、まるで古い親友のように私の腕に手を回して、彼女はからからと爽やかに笑って言ったのだった。
「さあ、これから大変よ。ずっと被っていたフードを絶世の美女が脱いだのですもの。大勢の男が、あなたを口説こうと押し寄せて来るわよ」
三か月に一度、この国では教会と治癒院と呼ばれる組織との、合同の催し物が行われる。
治癒院は教会員とは別のヒールを扱える人々が結成した組織で、彼らとの催し物は、怪我をした人々を治癒する一種の競い合いの場となっている。
私はこれまで競い合うことから逃げて、この催し物に参加せずに来たのだけれど、今回、初めて、この会に顔を出したのだった。
久しぶりの集まりにかなりナイーブな気持ちになっていたのだが……、
「すごいじゃない、アニー。あなたのおかげで、すっかり治癒院と差をつけられたわ」
と、今までそれほど話したことのない、先輩教会員のベネットが、いささか得意そうな顔を浮かべて、そう話しかけて来る。
この催し物は街中の怪我人、病人を一か所に集め、短時間のうちにどちらが大勢の患者を治癒できるか、という一種のお祭りのようなものなのだが、結果は大差をつけての教会の圧勝だったのだ。
それもこれも、涼さんが渡してくれた“魔術力アップ”のエンチャントが掛けられた腕輪のおかげなのだけれど……、
「正直に言うと、あなたのこと、あまり好きじゃなかったの」
と、片づけをする手を休ませずに、ベネットがそう続ける。
「いつもフードを被っていて、一言も口を利かず、笑いもしない。……私たちみんなのことを避けているんだと思ってた」
「そんなこと……」と私が言いかけると、
「でも、誤解だった」と彼女は言った。「今日話してみて、すぐにそうじゃないってわかった。……多分、あなたが綺麗すぎるせいでしょうね。綺麗な女の子が黙っていると、冷たく見えるものなのよ」
私たちが片づけを済ませている部屋の外で、治癒院の人々が騒いでいる声が聞こえている。
彼らは、私たちに負けたことがよっぽど悔しかったのか、わざと入り口近くで騒ぎ、そのなかには明らかに私に対する悪口も含まれていた。
いくら聖女と言えど、――いや、聖女だからこそなのか、同業者からは疎まれることも多いのだ……。
「悔しいのよ」と、ベネットが手元を見たまま、ぽつりと言う。
「え? 」
「あの人たちね、あなたに負けるのが悔しいの。……だってそうでしょう。治癒院って言うくらいだから、彼らは“治癒”という分野に命を賭けてる。それが、今まで一度も顔を見せなかったあなたに大敗するんだもの」
確かに、この催し物は半分はお祭りみたいなもので、今日のように白熱した戦いになるとは聞いていなかった。
私はつくづく、自分がいかにこれまで真剣に”聖女“という仕事に向き合っていなかったかを痛感する。
恐らく、私がこれまできちんと聖女の仕事を全うし、人々にも自分の熱意を見せていたら、あんなにも治癒院の人々が憤ることもなかったと思うのだ。
彼らは私が勝ったことが悔しいのではない。“ぽっと出の”私に負けたことが、悔しいのだ。
「もっと前から一生懸命やっていたら、なんて思っているんじゃないでしょうね」
と、ベネットは棚のなかのタオルを整理しながら、私に背を向けたまま、そう言う。
「え? 」
「そんなこと考えなくて良いのよ」と、彼女は背を向けたまま言った。「あなたは変わった。変わるのがいつかなんて構わない。あなたは気にせずに自分の道を突き進めば良いの」
それから、彼女は急に振り返って、
「それに、治癒院の連中に勝って、私はすっきりしたわ。あなたが来るまで、私たちもう何年も負け続きだったんですもの」
彼女の笑みはまるで悪戯好きの子供のようで、私はこの笑みで、いっぺんに彼女のことが好きになってしまう。
それから、私は「勇気を出してこの催しものに来て良かった」と、心からそう感じた。
いつからだろう。
こんなふうに外に出て、人と関わり、なにかに一生懸命挑戦することが楽しいと感じるようになったのは。
ふと、私の頭に涼さんの姿が思い浮かぶ。
そうだ、すべてはあの人と話をするようになったのがきっかけだったのだ。
母の死と、“聖女”という役割に私は疲れ切り、自分でも気づかないうちに、深い絶望の底に生きるようになっていた。
人との関りを避け、人々がなにを考えているかわからず、人間みんなを恐れるようにさえ、なっていた。
でも、それを涼さんが壊してくれて、暖かい陽射しを私の頭の上に降り注いでくれたのだ。
“もしあの人がいなかったら、私は今も憂鬱の底にいて、氷の聖女と呼ばれ続けていた”だろう。
そう思うと、涼さんのくれた腕輪に私はそっと指を這わさずにはいられないのだった。
「あなたのこと、アニーって呼んでも良いかしら」
ベネットは再び手元の作業に視線を落として、そう言う。
「ええ。もちろん……! 」
と、私は頷く。なんだか、涙が込み上げてくるのを感じながら。
「アニー。良かったら、このあと食事に行かない? 」
「ぜひ、行きましょう……! 」
この催し物の片づけが済み、ベネットとふたりで食事に向かおうとしているときのことだ。
ベネットが私にぐいと肩を寄せて、こんな思いがけないことを囁いて来た。
「良い? アニー、さっき治癒院の連中が騒いでいたのはね、あなたに負けてムカついたからだけじゃないの」
「え? 」
「……あなたの気を惹きたかったのよ。治癒院の男たち、今日の催し物が始まる前、実際にその目で見るあなたがどれだけ綺麗かってみんなで大騒ぎしていたんだから」
その話が本当かどうか、私にはわからないが、確かに、私たちがその部屋を出るとき、治癒院の男たちは気を付けをしたように硬直し、顔も真っ赤に染まっていた。
呆気に取られている私をぐいとベネットが押し、まるで古い親友のように私の腕に手を回して、彼女はからからと爽やかに笑って言ったのだった。
「さあ、これから大変よ。ずっと被っていたフードを絶世の美女が脱いだのですもの。大勢の男が、あなたを口説こうと押し寄せて来るわよ」
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