田村涼は異世界で物乞いを始めた。

イペンシ・ノキマ

文字の大きさ
上 下
38 / 125

37,ずっとこうしていたいですね。

しおりを挟む
 フィヨル広原の近くまで着くと、レーダー上の例の人影は完全に俺たちを見失っているのがわかった。
 「もう大丈夫そうです。……念の為に、これを渡しておきます」
 アニーを地面に降ろしながら、俺はそう伝える。
 「これは……、なんですか? 」

 彼女に渡したのは、輪っかの付いた小さな木の実だが、そこには特殊な魔術が込めてある。
 
 「そこには俺の魔術が込めてあります。もし危険な目に合ったら、その実を潰してください。木の実が割れれば、俺の籠めた魔術も壊れて、どれだけ離れていても、そのことに気づけます」

 元の世界で言うところの“防犯ブザー”みたいなものだが、この装置は音もしなければ、距離の制限もない。
 エンチャントの応用で遊び半分に作ったものだが、案外、実用性は高い気がする。

 「……嬉しい」
 しばらくその木の実を眺めていたアニーだったが、やっとそう呟くと、その実の輪のなかに腕を通し、手首に下げた。
 そしてそれを、まるで大切な恋人に貰ったブレスレットのように、宙に掲げて嬉し気に眺めている。
 そのあまりの嬉し気な表情と、綺麗さに、俺は思わず見とれてしまう……。

 それから、アニーは俺に視線を戻すと、
 「……あの、ひとつお願いをしても良いですか」
 「ええ、なんでも……」
 「……手の震えが収まるまで、手を繋いで歩いてくれませんか」
 「手を繋いで、歩く……。俺とですか」
 「危険が去ったとわかっていても、まだ怖いのです。家までもう少し距離があります。手を繋いで歩けば、それまでには恐怖も消えて落ち着くと思うのです」

 そう言うと、アニーはその真っ白な手を、俺の胸の辺りに掲げた。
 「……失礼します」
 と言ってその手を取ると、アニーは相変わらず怯えてはいたものの、口元に微笑を浮かべ、俺の手を強く握り返した。

 元の世界にいたときも好きな女の子ぐらいはいたが、異性と手を繋いで歩くのはこれが初めてのことだった。
 緊張で手が汗ばみ、顔も赤くなっているのがわかる。
 おまけに、俺が手を繋いでいるのは、この国で一番の美女とも言われる、あの”聖女アニー“なのだ。

 だが……、俺がそう意識したとき、繋いだ手の先でアニーの手がまだ微かに震えているのが、わかった。
 彼女は、本当に、心からこのシチュエーションを怖がっているのだ。

 「……大丈夫ですよ」
 
 と、俺は自分でも思いがけず、彼女をそう励ましていた。

 「もう大丈夫です。つけていた連中はいなくなりました。……それに、誰が来ても、必ず俺がどうにかしますから」

 ツルゲーネが言うようにアニーは俺に恋心を抱いているのかもしれない。
 あるいは、そうではないかもしれない。
 でも、今はそんなことは関係なく、ただただ、このか弱い女性を自分の手で守ってあげたかった。

 やがて、俺の手を固く握り締めていた彼女の手から、小刻みな震えがほぐれ、消えていくのがわかった。

 すると彼女は微笑を浮かべて、俺を見上げ、

 「涼さんといると、すごく安心します。あなたと手を繋いでいると、なにも怖くはありません」
 その夕陽を浴びた笑みがあまりに美しかったので、「アニーさん……」と呟いたまま黙っていると、
 
「ずっと、……ずっとこうしていたいですね」

 と、アニーはフィヨル広原に建つ一軒の家の方を向いて、かすかに弾むような調子で、残りの道のりを風のように軽やかに歩いて行くのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

最弱引き出しの逆襲 ― クラス転移したのはいいけど裏切られたけど実は最強だった件

ワールド
ファンタジー
俺、晴人は普通の高校生。だけど、ある日突然、クラス全員と一緒に異世界に飛ばされた。 そこで、みんなは凄い能力を手に入れた。炎を操ったり、風を呼んだり。でも、俺だけが"引き出し"なんていう、見た目にも無様な能力を授かった。戦いになんの役にも立たない。当然、俺はクラスの笑い者になった。 だけど、この"引き出し"、実はただの引き出しではなかった。この中に物を入れると、時間が経つにつれて、その物が成長する。最初は、その可能性に気づかなかった。 でも、いつしか、この能力がどれほどの力を秘めているのかを知ることになる。 クラスメイトたちからは裏切られ、孤立無援。でも、俺の"引き出し"が、みんなが見落としていた大きな脅威に立ち向かう唯一の鍵だったんだ。知恵と工夫で困難を乗り越えて、俺は最弱から最強へと変貌する。 工夫次第で幾らでも強くなれる引き出し能力で俺は成りあがっていこう。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

わけあって美少女達の恋を手伝うことになった隠キャボッチの僕、知らぬ間にヒロイン全員オトしてた件

果 一
恋愛
僕こと、境楓は陰の者だ。  クラスの誰もがお付き合いを夢見る美少女達を遠巻きに眺め、しかし決して僕のような者とは交わらないことを知っている。  それが証拠に、クラスカーストトップの美少女、朝比奈梨子には思い人がいる。サッカー部でイケメンでとにかくイケメンな飯島海人だ。  しかし、ひょんなことから僕は朝比奈と関わりを持つようになり、その場でとんでもないお願いをされる。 「私と、海人くんの恋のキューピッドになってください!」  彼女いない歴=年齢の恋愛マスター(大爆笑)は、美少女の恋を応援するようになって――ってちょっと待て。恋愛の矢印が向く方向おかしい。なんか僕とフラグ立ってない?  ――これは、学校の美少女達の恋を応援していたら、なぜか僕がモテていたお話。 ※本作はカクヨムでも公開しています。

同級生の女の子を交通事故から庇って異世界転生したけどその子と会えるようです

砂糖琉
ファンタジー
俺は楽しみにしていることがあった。 それはある人と話すことだ。 「おはよう、優翔くん」 「おはよう、涼香さん」 「もしかして昨日も夜更かししてたの? 目の下クマができてるよ?」 「昨日ちょっと寝れなくてさ」 「何かあったら私に相談してね?」 「うん、絶対する」 この時間がずっと続けばいいと思った。 だけどそれが続くことはなかった。 ある日、学校の行き道で彼女を見つける。 見ていると横からトラックが走ってくる。 俺はそれを見た瞬間に走り出した。 大切な人を守れるなら後悔などない。 神から貰った『コピー』のスキルでたくさんの人を救う物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...