田村涼は異世界で物乞いを始めた。

イペンシ・ノキマ

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37,ずっとこうしていたいですね。

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 フィヨル広原の近くまで着くと、レーダー上の例の人影は完全に俺たちを見失っているのがわかった。
 「もう大丈夫そうです。……念の為に、これを渡しておきます」
 アニーを地面に降ろしながら、俺はそう伝える。
 「これは……、なんですか? 」

 彼女に渡したのは、輪っかの付いた小さな木の実だが、そこには特殊な魔術が込めてある。
 
 「そこには俺の魔術が込めてあります。もし危険な目に合ったら、その実を潰してください。木の実が割れれば、俺の籠めた魔術も壊れて、どれだけ離れていても、そのことに気づけます」

 元の世界で言うところの“防犯ブザー”みたいなものだが、この装置は音もしなければ、距離の制限もない。
 エンチャントの応用で遊び半分に作ったものだが、案外、実用性は高い気がする。

 「……嬉しい」
 しばらくその木の実を眺めていたアニーだったが、やっとそう呟くと、その実の輪のなかに腕を通し、手首に下げた。
 そしてそれを、まるで大切な恋人に貰ったブレスレットのように、宙に掲げて嬉し気に眺めている。
 そのあまりの嬉し気な表情と、綺麗さに、俺は思わず見とれてしまう……。

 それから、アニーは俺に視線を戻すと、
 「……あの、ひとつお願いをしても良いですか」
 「ええ、なんでも……」
 「……手の震えが収まるまで、手を繋いで歩いてくれませんか」
 「手を繋いで、歩く……。俺とですか」
 「危険が去ったとわかっていても、まだ怖いのです。家までもう少し距離があります。手を繋いで歩けば、それまでには恐怖も消えて落ち着くと思うのです」

 そう言うと、アニーはその真っ白な手を、俺の胸の辺りに掲げた。
 「……失礼します」
 と言ってその手を取ると、アニーは相変わらず怯えてはいたものの、口元に微笑を浮かべ、俺の手を強く握り返した。

 元の世界にいたときも好きな女の子ぐらいはいたが、異性と手を繋いで歩くのはこれが初めてのことだった。
 緊張で手が汗ばみ、顔も赤くなっているのがわかる。
 おまけに、俺が手を繋いでいるのは、この国で一番の美女とも言われる、あの”聖女アニー“なのだ。

 だが……、俺がそう意識したとき、繋いだ手の先でアニーの手がまだ微かに震えているのが、わかった。
 彼女は、本当に、心からこのシチュエーションを怖がっているのだ。

 「……大丈夫ですよ」
 
 と、俺は自分でも思いがけず、彼女をそう励ましていた。

 「もう大丈夫です。つけていた連中はいなくなりました。……それに、誰が来ても、必ず俺がどうにかしますから」

 ツルゲーネが言うようにアニーは俺に恋心を抱いているのかもしれない。
 あるいは、そうではないかもしれない。
 でも、今はそんなことは関係なく、ただただ、このか弱い女性を自分の手で守ってあげたかった。

 やがて、俺の手を固く握り締めていた彼女の手から、小刻みな震えがほぐれ、消えていくのがわかった。

 すると彼女は微笑を浮かべて、俺を見上げ、

 「涼さんといると、すごく安心します。あなたと手を繋いでいると、なにも怖くはありません」
 その夕陽を浴びた笑みがあまりに美しかったので、「アニーさん……」と呟いたまま黙っていると、
 
「ずっと、……ずっとこうしていたいですね」

 と、アニーはフィヨル広原に建つ一軒の家の方を向いて、かすかに弾むような調子で、残りの道のりを風のように軽やかに歩いて行くのだった。


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