上 下
33 / 97

32,エレノアの戸惑い。

しおりを挟む
 第二の門を越えた先にある中級者向けのダンジョン、“霧晴れの小迷宮”へと俺とエレノアは足を延ばしていた。
 「……涼。少し良いか」
 と、エレノアにダンジョンの隙間へと呼び寄せられたのは、ダンジョン攻略を進めてしばらくしたときのことだ。
 
 「なんですか。ダンジョン攻略は順調だと思いますが……」
 「攻略の話じゃない。それとは少し、違うことについてだ」
 「違うことについて、ですか……? 」
 「こんなことを言うのは気が引けるのだが……」

 そう言ってエレノアが切り出したのは、ほかの冒険者に対する俺の態度についてだった。他人に対して敬意を持って接するのは構わないが、俺の態度はあまりにも下手に出過ぎている、と言うのだ。
 
 「涼、お前が誰にでも礼儀正しいのは分かっている。だが、相手は同じ冒険者だ。丁寧過ぎる態度は舐められる原因になる。それはわかるか? 」
 「わかります……。でも、同じ冒険者だからこそ、相手にはちゃんと敬意を持っておきたいんです」
 エレノアは大きく息を吸って、言った。
 「せめて、敬語を使うことをやめることは出来ないか? 」
 「敬語を、ですか……? 」
 エレノアはやや心苦しそうに、こっくりと頷いた。

 このダンジョンに入ってすぐの時のことだ。
 ギミックの多いこの小迷宮のなかで、自分たちより先に入ったとある冒険者パーティーが魔獣の群れに襲われている場面に遭遇した。
 襲われていたのは四人パーティーで、メンバーは自分よりも年下の若者たちだった。
 そんな彼らを、俺は最近覚えた炎系の中級魔術、“炎槍一閃”で魔獣の群れから救ってやり、傷ついたその身体をハイヒールで癒してもあげた。
 だが、そんな彼らが俺に向けた態度は、

 「余計なことするなよ。自分たちでどうにか出来たんだ」

 という、いかにも不遜な感謝の欠片もない言葉だったのだ。

 「……お前が良くても、どうしても私が許せないんだ。お前は善意で助けてやったのに、なぜあんな口を利かれなくちゃならないんだ? 」

 と、エレノアは珍しく語気を荒げてそう言った。

 「まあ、別に良いじゃないですか。彼らもきっと、プライドが許さなかっただけで、本心では感謝してくれていると思いますよ」
 「本心では、と言うが、本心というのは言葉にして伝えなくては、相手には伝わらないものだ。それに、冒険者に下手なプライドなど必要ない。下手なプライドがあったがゆえに、命を落とした冒険者も多い。あいつらは、それがわかっていない」
 「彼らはまだ若いんですよ。そのうちに、自分たちでその辺りのことにも気が付くと思いますよ」
 「“そのうちに”ではまずいんだ。今すぐ変わらなくては。魔獣は最適な時期など見計らってはくれないからな」
 「でも……」

 と言いかけると、「とにかく! 」と、エレノアはほとんど叫ぶように俺の言葉を遮った。

 「……お前が舐められていると、どうしようもなく私が腹立たしいんだ……! 」

 と、唇を尖らせて頬を赤らめながらそう口にした。

 「エレノアさんが、ですか……? 」
 「ああ……」
 「で、でも、どうして……?? 」
 「~~~~」
 エレノアは、短い前髪をなにやら手で押さえながら、やっとのことで絞り出した、というように、

 「お前は……、私にとって大切な人だからだ……」

 とほとんど聞き取れないほどの小声で言った。
 それから、

 「……いいか、とにかく、冒険者たるもの、同業者に舐められてはいけないんだ! お前は周りの冒険者に下手に出過ぎている! それは良くないことだ! わかったか! 」
 
 と、まるで幼い女の子が我儘を言うような口ぶりで、そう喚く。
 滅多に見せないエレノアの狼狽する姿に呆気に取られていると、エレノアは俺の表情を察したのか、エヘン、と咳ばらいをし、

 「……真面目な話、冒険者にはある程度、強気な態度が求められるんだ」

 と、さっきまでとは打って変わって真剣なトーンでそう口にした。

 「冒険者というのは、強ければ良いというものじゃない。強いと同時に、尊敬される人物でなければならないんだ。……お前は確かに、性格は優しいが、この世界の基準から言うと、少しばかり優しすぎる。もっと横柄に振る舞わないと、この世界では平気で下に見られてしまう。……さっきのようにな」

 エレノアの言うことは、俺にも理解出来た。
 この世界には、確かに人を平気で下に見るような残酷さが潜んでいる。
 エレノアはさらに続けた。
 
 「……それにお前は、そんじょそこらの冒険者じゃない。いずれはS級にもなれるポテンシャルを秘めた冒険者であり、数多くの歴史に名を刻んだ“彼方人”の一人なんだ。困っている人間を助けるのは構わない。人に親切にするのも良いさ。だが、自分がいったいどういう立場の人間なのかは、理解しておいた方が良い」

 そこまで言い終えると、エレノアは深く嘆息して、なにかやりきれないとでも言うように、ちいさく首を振った。

 「……すまない。少しく興奮して話し過ぎたようだ」
 「いえ、そんなことは……」と言いかけると、
 「……どうにも、お前のことになると私は自分を見失ってしまうようだ。なぜなんだろうな。最近、自分でも自分のことが良くわからないんだ……」

 と、エレノアは額に手を当てて、戸惑いも隠さずに苦し気な表情をその顔に浮かべた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※毎週、月、水、金曜日更新 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。 ※追放要素、ざまあ要素は第二章からです。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...