上 下
24 / 93

23,見てはいけないもの。

しおりを挟む
 クエストを済ませ、ギルドへの報告も終わると、俺はアニーの住むフィヨル広原へと向かった。
 この日のクエストが終わったら一緒に夕食を食べませんか、とアニーから招待を受けていたのだ。
 
 ところが……、
 「ようこそいらっしゃいました。涼さん、どうぞ中に……」
 と言いかけたアニーが、玄関先で俺の顔を見て動きを止めた。
 「アニーさん、な、なにか……? 」
 すると突然、がばりと彼女が俺の顔にその美しい顔を近づけ、
 「……どうされたのですか、この傷……! 」と言った。
 「傷……? ああ、グリムホウンドに噛まれたときのやつかな。そう言えば、ヒールを掛けていなかったかもしれない」
 「じっとしててください」
 アニーは俺の頬に手を添えたまま、もう一方の手でヒールを唱える。
 「“快復魔術”! ……すぐに済みますからね。待っていてください」
 そして、俺のこめかみに出来た傷はみるみるうちに癒えていった。
 「良かった。跡も残らなそうです。……涼さん。無理は決してしないでくださいね」
 と、微かに潤んだ瞳で、アニーがそう心配そうに声を掛けて来る。
 そのあまりにも綺麗な青い目と、あまりにも長い睫毛を至近距離で見てしまい、俺は思わず、しどろもどろになる。
 「え、ええ……」
 と顔を真っ赤にさせて答えるが、その顔を見てようやく察したのか、アニーは突然さっと俺から手を離して距離を取ると、
 「すいません……! 突然涼さんの身体に触れてしまって……」
 「いえ、構いません。俺は大丈夫ですから」
 と、俺はあたふたとしながらそう答える。
 アニーの顔も真っ赤に染まっていたように見えたが、さっと踵を返してキッチンに引っ込んでしまったので、真相はわからない。多分、俺の自意識過剰なのだろうが……。

 ◇◇

 この日のディナーのメニューはハーブ香るローストポークと、レモンガーリックシュリンプ、それから、この地域で採れるポテトを使ったマッシュポテト、そして、食後にはシナモンの香るアップルパイが出て来た。
 相変わらずアニーの料理の腕は絶品で、とても上流階級出身とは思われない素晴らしい家庭料理の数々だった。
 「この地域では城の背後にある漁港から新鮮な海の幸が取れるんです。このシュリンプも、今朝水揚げされたもので、こんなに瑞々しいものはほかに地域では食べられないんですよ」
 「確かに、身がぷりぷりに詰まっていて、ものすごく美味しい……! 」
 と、俺たちはこの絶品料理に「ん-! 美味しい! 」と声を上げて舌鼓を打つのだった。

 食後のアップルパイが運ばれてきたとき、
 「涼さん。本日のクエスト達成で、Dランクに昇格が決まったと聞きました」
 と、アニーが話題を振った。
 「そうなんです。エレノアさんのおかげで、無事に“第二の門”をくぐることが出来、階級も上げることが出来ました」
 「ギルドで働いている知り合いから聞きました。なんでも、毎回、涼さんの持ってくる素材は素晴らしく鮮度が高いそうですね」
 「ええ。俺はアイテムボックス持ちなので、取って来る素材の鮮度が落ちないんです」
 「知人がものすごくびっくりしていましたよ。なぜ彼はまだDランクなんだって、会うたびにそう詰問されます。とっくにAランク、いや、Sランクに達していてもおかしくないって」
 「はは、大袈裟ですよ」と俺は笑う。「まだまだ、俺なんて駆けだしの冒険者ですから」

 それから、話題は“至高の美食会”とのやり取りで発生した多額の資金のことへと移った。
 彼らにジュースを販売したことで、それなりにまとまった金が手に入ったのだが、俺はそれを、第四階級の人々、通称“橋の下の住民”たちの寝床確保のための資金に回したのだ。
 
 「……涼さんが資金を出してくれたおかげで、かなりの人数にテントが行き渡ったそうです。まだ全員に、とはいかないそうですが……」
 「本当ですか……! 良かった。外で眠る辛さは知っていますから、テントがあるだけでも、きっと助かるはずです」
 「本当は私たち教会の人間がすべきことなのですが……」
 と、アニーは哀し気な表情を浮かべて言う。
 「教会は必ずしも第四階級の人々に親切ではありません。この辺のことも、意識改革を進めるべき箇所です……! 」
 
 「そうそう……」と、俺はアニーの哀し気な顔を掃うために、あるプレゼントを荷物から出して、テーブルに置いた。
 「これは、ジュース、ですか……? 」とアニー。
 「ええ。新作のジュースです。グリムホウンドの巣には大抵、特有の湿気と独特の魔力が臭気の様に充満するようになります。そこでしか育たない果実が、いくつかある」
 俺は瓶に入ったそのジュースをグラスに注ぎながら続ける。
 「ひとつはナイトベリー。夜にだけ輝く、甘酸っぱい小ぶりな果実です。それから、ムーンフラワーにシャドウフルーツ。丁寧に洗ったナイトベリーとシャドウフルーツを絞り、そこに専用の液に浸したムーンフラワーのエキスを注ぐと、甘酸っぱいなかに豊潤な花の香りのする美味しいジュースになるんです。……良かったら、ぜひ飲んでみてください」
 「とても、綺麗な色ですね……! 」
 と、アニーがグラスを掴みながら、そう零す。
 それから、
 「……美味しい! ……すごく!! 」
 と、その大きな瞳をさらに大きくして、俺にこくこくと頷く。
 滅多に見せない彼女の子犬のような仕草に、思わず俺は、にっこりと微笑みで返す。
 「美味しいですよね! このジュースは、自分でも自信作なんです……! しかも、このジュースも前回と同様、美味しいだけではありません。きちんと薬品としての効能があるんです……! 」 
 「薬品としての、効能……? 」

 俺の言葉を受けてアニーはきょとんとし、しばらく目を天井付近に泳がせ、自分の身体に起こった異変を探す。
 それから、やがてハッとなり、指先を自らの腿に辺りに当てると、

 「……傷が、薄くなっている……?? 」
 こくり、と俺は頷く。
 「身体治癒の効能があるのですが、それも、“古傷”に特に効くジュースなんです。跡の残った傷が、ものによってはかなり薄らいでいるはずです」
 アニーはテーブルに隠れたところで着ていたロングスカートをまくり上げ、その目で、腿に出来た傷が薄くなっていることを確かめた。
 やがて、
 「本当に、薄くなっている……! 」
 と目を丸くしてかつて傷のあった箇所を凝視すると、
 「涼さん、見てください! ここにあった、子供の頃に木登りから落ちて出来た古傷が、かなり目立たなくなっています! 」
 と、ロングスカートをたくし上げたままその真っ白な腿を俺に顕わにして、見せた。
 「た、確かに、一見すると傷は見当たりませんね……」
 と、俺はびっくりして、そう零す。
 「で、でも、その……、その傷は、俺が見ても良いものなのでしょうか……???? 」
 と、恐る恐る彼女に尋ねる。
 するとアニーは、ロングスカートをしばらくたくしあげたまま俺を見つめ、しばし静止し、
 「……!!! 」
 と無言の大声を上げ、がばりとスカートを降ろすと、
 「これは……見なかったことに……してください……!! 」 
 と顔を真っ赤にしてキッチンへと歩き去ってしまった。


 「涼さん」
 と、キッチンからひょっこりと顔を出してアニーが言葉を継いだのは、しばし経ってのことだ。
 「……下着は、見えませんでしたよね……?? 」
 「はい、それは、大丈夫です……」
 と答えたが、一瞬、ちらりと薄い青色の下着が窺い見えたのは、彼女には秘密だ。

 「もし見ていたら、……責任を取って下さい……」
 と、キッチンの奥から聞こえた気がしたが、その声は掠れてしまい、終わりの方はほとんど聞き取れなかった。

 俺はというと、ただただ「なにも見ていません……! 」と言って、恐縮して汗をかくばかりだ……。
 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...