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14,最後の最後には、君のチャームに掛かったみたいだ。
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豪勢なディナーを済ませたあと、
「涼くん。良かったら、“銀狼の牙”に入らないか」
とヴィクターが口にしたのは、テーブルの上にいかにも高級な紅茶が運ばれて来たときのことだ。
「僕が、”銀狼の牙“にですか……? 」
「……君の実力はパルサーから聞いている。莫大な魔術量を保有しているということもね。それに、洞窟での活躍もフレックスらから耳にしている。多数の職業のスキルを縦横無尽に駆使し、おまけに快復魔術まで扱える戦闘職の男……。彼らはみんな、君のことをいかにも嬉し気にそう褒め称えていた。君が入ってくれれば、”銀狼の牙“もますます栄えるだろう」
「誘いは嬉しいですが、どうでしょうか……」
そう濁しはしたが、“銀狼の牙”に入るかどうかでは、心のなかで揺れていた。
“銀狼の牙”はギルド内でも最大勢力と言っても良い。しかも、そのギルドの統領はこの国の一、二を争う有力貴族なのだ。
そんなヴィクターが今後俺を保護してくれるのなら、これほど力強いことはない。
だが……、
「すいません。“銀狼の牙”に入ることは、辞めておきます」
と、改めて、きっぱりと断りを入れた。
アニーとの話し合いのときでもそうだったが、なるべく、俺は自分の足でこの世界に立っていたい。
見るものすべてが見慣れないこの異世界で不安ではあるが、それでも、出来るだけ俺は独立してこの世界を生きてみたかった。
多少意固地になっているのは自分でも認めるが、それでも、どうしても俺はこのことが譲れなかった。
「……駄目か」
「……すいません」
「いや、良い決断だと思う。誘っておきながらそう言うのは、変かも知れないが」
「出来るだけ、自分ひとりの力でやってみたいんです。青臭いかもしれませんが」
その言葉にはなにも言わず、ヴィクターは腕組みをしてなにかを考え込んでいた。
だが、やがてふいに立ち上がると、ヴィクターはこんなことを言った。
「……私と、騎士の紋を結んではくれないだろうか」
「僕と、騎士の紋、ですか……? 」
騎士の紋とは、この世界の貴族や冒険者が使う軽い魔術のようなもので、互いの魔術を調節し、一つの印を形成し、それを互いの体内に取り込む。
実際的な効果はなにもないし、他者からも誰と誰が騎士の紋を結びあっているかは見えはしない。
だが、貴族や冒険者のあいだでは、人生において深く信頼し合った相手とだけ、この紋を結び合うという習わしがある。貴族の名において、あるいは冒険者の名において、なによりもこの紋を結び合った相手を尊び、大切に扱うのだ。それはプライドと命を懸けた約束であり、もとの世界で言う「ヤクザの盃」に似たところがある。ヴィクターは、これを俺と結びたい、と言うのだ。
「……繰り返しますが、僕は第四階級の人間ですよ」
「関係ない」と、ヴィクターはきっぱりと、首を振る。「大事なのは人と人との、信頼と絆だ」
「……僕が、それに値する人間だと、そう言ってくれるのですか」
「私は君のことを深く信頼している。“銀狼の牙”に入って貰えないのは残念だが、今後、必ず君の味方をすると約束しよう。それに……」
と、ヴィクターは続けた。
「君が自分ひとりの力を試したいという気持ちはわかるが、君の能力はいささか特殊過ぎる。誰にどう狙われるかわからない。この世界は腹黒い連中の多い階級社会だ。つまらんことで足を掬われることもある。そんなとき、私の名前が役に立つこともあるだろう」
「そこまで考えてくれたのですか……」
と言ったとき、パルサーがなぜヴィクターに会わせたがったのかも、合点が行った。
この有力貴族が俺の後ろ盾になってくれる目算があったために、パルサーは今日ここに来ることを俺に薦めたのだ。
「結んでくれるか、私と」
「……僕で良ければ」
と俺は言った。少し話しただけだったが、この人のことを信頼できる人間だと感じ、気に入り始めていたのだ。
ヴィクターはここに来て初めて、ふっと微笑みを零し、いかにも嬉し気に頷いた。
テーブルの上にふたりで掌を翳すと、中空にひとつの魔力紋が浮かび上がる。
円形の紋のなかに複雑な線が交差し、それが独自の、この世界にたった一つしかない印となる。
「私ヴィクターは、ナイトシェイドの名において、田村涼と騎士の紋を交わすことを宣誓する」
目を瞑ってヴィクターがそう言うと、見よう見まねで、俺も同じことを口にする。
「私涼は、田村の名において、ヴィクター・ナイトシェイドと騎士の紋を交わすことを宣誓する」
テーブルの上に浮かび上がっていた紋が、二つに分離し、互いの胸の奥へとすうっと沁みこんでいく。
なにか実際的な感覚が湧き上がるわけではない。だが、テーブルを挟んだ目の前の男と深く通じ合ったのだという実感が、ふつふつと、とめどなく湧き上がって来る。
「涼くん。今後、私たちは対等な友だ。君の窮地には必ず駆けつけることを約束する」
「ヴィクターさん。僕もです。困ったことがあったら、僕が必ず駆けつけます」
そう言い合うと、どちらともなく、俺たちはふっと笑い合った。
半分は照れくささと、そして、半分は言いようもない深い喜び故だ。
「……そうそう」
と、笑みを残した表情のまま、ヴィクターが最後にこんなことを言った。
「娘のリリスが君のことをいたく気に入ってね。父親の目から見る限り、あれはあの娘の初恋といったところだろう。……人生で初めて、自分の我儘が通らない男性にぶつかって、恋に落ちたのだ」
「リリスが、ですか……!? 」
と、嬉しいような悪女に気に入られた恐怖のような、なんとも言えない感情が湧いて来た。
ヴィクターはそれ以上押し付けようとするでもなく、嬉しそうな父親の表情を浮かべて、こんなことを口にした。
「チャームを多用して来た彼女だが、最後の最後には、君のチャームに掛かったようだな。正しい男に惚れてくれて、父親としてこれほど嬉しいことはない」
「涼くん。良かったら、“銀狼の牙”に入らないか」
とヴィクターが口にしたのは、テーブルの上にいかにも高級な紅茶が運ばれて来たときのことだ。
「僕が、”銀狼の牙“にですか……? 」
「……君の実力はパルサーから聞いている。莫大な魔術量を保有しているということもね。それに、洞窟での活躍もフレックスらから耳にしている。多数の職業のスキルを縦横無尽に駆使し、おまけに快復魔術まで扱える戦闘職の男……。彼らはみんな、君のことをいかにも嬉し気にそう褒め称えていた。君が入ってくれれば、”銀狼の牙“もますます栄えるだろう」
「誘いは嬉しいですが、どうでしょうか……」
そう濁しはしたが、“銀狼の牙”に入るかどうかでは、心のなかで揺れていた。
“銀狼の牙”はギルド内でも最大勢力と言っても良い。しかも、そのギルドの統領はこの国の一、二を争う有力貴族なのだ。
そんなヴィクターが今後俺を保護してくれるのなら、これほど力強いことはない。
だが……、
「すいません。“銀狼の牙”に入ることは、辞めておきます」
と、改めて、きっぱりと断りを入れた。
アニーとの話し合いのときでもそうだったが、なるべく、俺は自分の足でこの世界に立っていたい。
見るものすべてが見慣れないこの異世界で不安ではあるが、それでも、出来るだけ俺は独立してこの世界を生きてみたかった。
多少意固地になっているのは自分でも認めるが、それでも、どうしても俺はこのことが譲れなかった。
「……駄目か」
「……すいません」
「いや、良い決断だと思う。誘っておきながらそう言うのは、変かも知れないが」
「出来るだけ、自分ひとりの力でやってみたいんです。青臭いかもしれませんが」
その言葉にはなにも言わず、ヴィクターは腕組みをしてなにかを考え込んでいた。
だが、やがてふいに立ち上がると、ヴィクターはこんなことを言った。
「……私と、騎士の紋を結んではくれないだろうか」
「僕と、騎士の紋、ですか……? 」
騎士の紋とは、この世界の貴族や冒険者が使う軽い魔術のようなもので、互いの魔術を調節し、一つの印を形成し、それを互いの体内に取り込む。
実際的な効果はなにもないし、他者からも誰と誰が騎士の紋を結びあっているかは見えはしない。
だが、貴族や冒険者のあいだでは、人生において深く信頼し合った相手とだけ、この紋を結び合うという習わしがある。貴族の名において、あるいは冒険者の名において、なによりもこの紋を結び合った相手を尊び、大切に扱うのだ。それはプライドと命を懸けた約束であり、もとの世界で言う「ヤクザの盃」に似たところがある。ヴィクターは、これを俺と結びたい、と言うのだ。
「……繰り返しますが、僕は第四階級の人間ですよ」
「関係ない」と、ヴィクターはきっぱりと、首を振る。「大事なのは人と人との、信頼と絆だ」
「……僕が、それに値する人間だと、そう言ってくれるのですか」
「私は君のことを深く信頼している。“銀狼の牙”に入って貰えないのは残念だが、今後、必ず君の味方をすると約束しよう。それに……」
と、ヴィクターは続けた。
「君が自分ひとりの力を試したいという気持ちはわかるが、君の能力はいささか特殊過ぎる。誰にどう狙われるかわからない。この世界は腹黒い連中の多い階級社会だ。つまらんことで足を掬われることもある。そんなとき、私の名前が役に立つこともあるだろう」
「そこまで考えてくれたのですか……」
と言ったとき、パルサーがなぜヴィクターに会わせたがったのかも、合点が行った。
この有力貴族が俺の後ろ盾になってくれる目算があったために、パルサーは今日ここに来ることを俺に薦めたのだ。
「結んでくれるか、私と」
「……僕で良ければ」
と俺は言った。少し話しただけだったが、この人のことを信頼できる人間だと感じ、気に入り始めていたのだ。
ヴィクターはここに来て初めて、ふっと微笑みを零し、いかにも嬉し気に頷いた。
テーブルの上にふたりで掌を翳すと、中空にひとつの魔力紋が浮かび上がる。
円形の紋のなかに複雑な線が交差し、それが独自の、この世界にたった一つしかない印となる。
「私ヴィクターは、ナイトシェイドの名において、田村涼と騎士の紋を交わすことを宣誓する」
目を瞑ってヴィクターがそう言うと、見よう見まねで、俺も同じことを口にする。
「私涼は、田村の名において、ヴィクター・ナイトシェイドと騎士の紋を交わすことを宣誓する」
テーブルの上に浮かび上がっていた紋が、二つに分離し、互いの胸の奥へとすうっと沁みこんでいく。
なにか実際的な感覚が湧き上がるわけではない。だが、テーブルを挟んだ目の前の男と深く通じ合ったのだという実感が、ふつふつと、とめどなく湧き上がって来る。
「涼くん。今後、私たちは対等な友だ。君の窮地には必ず駆けつけることを約束する」
「ヴィクターさん。僕もです。困ったことがあったら、僕が必ず駆けつけます」
そう言い合うと、どちらともなく、俺たちはふっと笑い合った。
半分は照れくささと、そして、半分は言いようもない深い喜び故だ。
「……そうそう」
と、笑みを残した表情のまま、ヴィクターが最後にこんなことを言った。
「娘のリリスが君のことをいたく気に入ってね。父親の目から見る限り、あれはあの娘の初恋といったところだろう。……人生で初めて、自分の我儘が通らない男性にぶつかって、恋に落ちたのだ」
「リリスが、ですか……!? 」
と、嬉しいような悪女に気に入られた恐怖のような、なんとも言えない感情が湧いて来た。
ヴィクターはそれ以上押し付けようとするでもなく、嬉しそうな父親の表情を浮かべて、こんなことを口にした。
「チャームを多用して来た彼女だが、最後の最後には、君のチャームに掛かったようだな。正しい男に惚れてくれて、父親としてこれほど嬉しいことはない」
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