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19、それほどの男なの。

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※今回は”至高の美食会“で話をした双子の熟女のひとり、エレノア視点の回です。


 私が冒険者として限界を感じたのは、一昨年のことだった。
 以前は当たり前に出来ていた瞬間的な判断が難しくなり、同じパーティーである仲間たちに迷惑を掛けることも多くなった。
 「パーティーを抜けるわ。冒険者から足を洗おうと思うの」
 と言ったときも、同じパーティーの仲間たちは誰も私を引き止めはしなかった。もともと優しい性格の彼らは決して口にはしなかったが、私はすでに全盛期を過ぎており、今まさに彼らの足手まといになりつつあるのは誰の目にとっても歴然としていたのだ。
 
 「冒険者を辞めるのなら、王都にある騎士学園で講師をやらないか」
 と声を掛けてくれたのは、昔から良くギルドで顔を合わせていたガブリエル・スターフォードだった。
 「私が、講師? これまで魔獣と戦う一辺倒でやってきた、私が? 」
 私は皮肉を込めてそう笑ったが、ガブリエルは真剣な表情を崩さずにこう続けたのだった。
 「本気で言っているんだよ、俺は。君は魔術のコントロールが上手だし、年少者と接するのにも長けている。冒険者としての功績としては申し分ない。君は否定するかも知れないが、君は講師に向いているよ」
 「私が、人に戦い方を教える、講師……」
 私はそう呟き、私たちの立っている城壁から見える地平線の夕陽の明かりを眺めた。
 今まさに彼方へと沈みゆく陽の明かりを眺めながら、そこに自分の冒険者としての終わりを重ねて郷愁に耽っていたのだった。

 ガブリエルは私の為に自ら王都へ赴き、古いツテを伝って騎士学園の学園長と直接話をつけてくれた。
 冒険者としての私がどれほど有能であったか、いかに人柄が優れているかを、頼んでもいないのに学園長に熱弁してくれたのだ。

 「戻って来たよ、エレノア。騎士学園の学園長と直接話をつけてきたんだ。先方も君の冒険者としての有能さには納得してくれた。なにしろ、このA級冒険者であるガブリエル・スターフォードが太鼓判を押した人物だからね。初年度の講師としては破格の待遇で出迎えてくれるって話だ」
 「ガブリエル。なぜ私の為にそこまでしてくれるの? 」
 私がそう問うと、ガブリエルはその気さくな性格をひとつも隠すことなく、
 「だってもったいないじゃないか」と、笑う。「君の有能さは僕が誰よりも知っている。冒険者を辞めて、ただくすぶっているなんて君らしくないよ」
 「ガブリエル……。ありがとう。私の為にそこまでしてくれるなんて。講師の話、やってみることにするわ」
 「君はなにかに挑戦しているときが一番輝いて見えるよ」
 ガブリエルは飾り気なくそう笑い、こんなことは何でもないさと言いたげに顔の前で片手を振ったのだった。


 だが、彼の運営する”暁の探索者“のアジトに、今まさに私は断りを入れに来ていた。

 「エレノアかい? 入って」

 通された奥の部屋のドアをノックすると、奥からそうガブリエルの声が聞こえた。
 言われた通り中に入ると、
 「どうしたんだい、エレノア」
 と、彼は普段通りの優し気な笑みで、私を見据えている。
 「あなたに紹介して貰った騎士学園の講師の話なんだけど」
 「ああ。あったね。行くのは来週からだったかな。準備は出来ているかい? 」
 「その話なんだけど」
 と、私は一呼吸置いて言った。
 「やめておこうと思うの。別のやりたいことが見つかったのよ」
 だが、ガブリエルは驚いた様子もなく、相変わらず口元に薄い笑みを浮かべたまま、私を眺めている。
 「やりたいことって? 」とだけ、彼は言うのだ。
 「どうしても自分の手で教えてあげたい新人が見つかったの」
 「名前は? 」
 「田村涼」
 「どのくらいの才能なのかな」
 「少なくとも、私やあなたを上回るほどの」
 「僕はともかく、君すらも? 」
 私は頷く。それからこう言った。「多分、あのヒュデルを上回るほどの才能よ」

 「それはとんでもない才能だね」と呟いて、ガブリエルは元の書類仕事に視線を落とした。

 「彼に魔術のコントロールの仕方を教えてあげたいの。マンツーマンで。私でないと教えてあげられないのよ。あれほどの才能を、みすみす放っておくことは出来ない。このままでは、きっと潰れてしまう」
 「騎士学園の学長は君のことをすごく気に入っている。期待している、と言っていたよ」
 「わかってる」と、私は地面に視線を落として、言った。
 「授業が始まるのは来週からだ。急にそんなことを言われては、向こうも困ってしまうだろうね」
 「それも、わかってる」
 「それでも、君はその田村涼という子を選ぶのかな」
 「ごめんなさい」と、私は言った。「多分これは、今後二度と回ってこない奇跡のような機会なの。大きなチャンスなのよ」
 「チャンス? 」と、ガブリエルは問うた。「いったい、なんのチャンスなの? 」
 「……私が冒険者として生きた証を残す、最後のチャンスよ」

 ふーと長い嘆息をガブリエルは吐いた。
 持っていたペンを書類の上に置き、椅子から立ち上がると部屋にたった一つ開いている窓辺に背を向けた。

 「どうしてかわからないけど、講師の件を頼んだ時から、君はいずれこの話を断るような気がしてた」
 と言った。
 私は頷いた。それから彼の言葉を待った。
 「君にはもっと大きな仕事があるんじゃないかという違和感が、僕のなかにもずっとあった。君は講師なんていう小さな枠に収まる人じゃないと思っていたんだ。……でも、君は講師という仕事よりも、さらに小さな仕事を持って僕の前にやってきた。……それはなぜなんだろう? 」
 私は首を振って言った。
 「違うの、ガブリエル。私は予感しているの。“これは大きな仕事なのだ”と。それも、“この世界を根底から変えかねないほどの大きな仕事なのだ”と」
 この言葉はガブリエルの心を強く揺すぶったようだった。
 彼は目を見開き、驚愕した表情で言った。
 「田村涼という男は、それほどの男なのかい? 」
 私は彼から目を逸らさずに頷き、こう言った。
 「それほどの男なの。断言するわ。彼はこの世界の変えるわよ」



 

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