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13、こんなことでは天国の妻が怒り狂ってしまうだろう。
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「今回のことはすべて父親である私に責任がある。事態を最小限の被害に抑えてくれた涼殿には深い畏敬の念と、感謝、詫びの気持ちがある。もしよろしければいついつどこどこで、直接謝罪させて貰えないだろうか」
と、そのような主旨の手紙がヴィクター・ナイトシェイドから届いたのが、リリスをギルドに送り届けた日の翌週のことだった。
リリスをギルドに送り届けたあと、ギルド内でごく簡潔に簡易裁判が行われた。
ギルド内でも以前からリリスの暴挙には目を光らせていたが、彼女がチャームを使うことで確たる証拠は掴めずに来た。
ところが、今回は不思議なことに、すらすらと本人が自白をする。言い訳もごまかしも一切ない。彼女の冒険者資格はあっさりと剥奪され、おまけに、仲間の冒険者を死の危険に追いやった罪で、ギルド管轄の留置所に一ヶ月監禁されることになった。
「……正直に言って、ようやく、という気持ちだよ。彼女の悪い噂は誰もが知っていたが、これまでどうやっても証拠が掴めなかったんだ。涼、本当にありがとう」
と、ギルド長であるパルサーがそう耳打ちをしてくれた。
そのすぐあとで俺はギルドを後にしたが、後日聞いた話では、そのあとですっ飛んできたリリスの父親、ヴィクター・ナイトシェイドの前でもリリスは同様の自白をし、これまでどんなことがあっても娘の擁護に回っていたヴィクターも、さすがに堪忍せざるを得なかったという。
そして、そこからさらに数日後に届いたのが、先程の手紙である。
ヴィクターの手紙を受け取った当初、俺は彼と会う気にはなれなかった。リリスを甘やかして来た父親と思うと、怒りが先行して、謝罪を受け取る気にもなれない。
ところが、
「会ってやってくれないか」
と言ったのが、ギルド長のパルサーだった。
「どうしてですか? 正直に言って、好きになれませんよ」
「うーん……」
と、パルサーは腕組みをして、しかめっ面を浮かべる。
「ヴィクターもリリスのチャームに掛けられていたから、罪はないって話ですか? それでも、俺は許す気にはなれませんよ。いくらなんでも、どうにかして対処する術はあったでしょう」
「ヴィクターが、リリスにチャームを……? 」
と、どういうわけか、パルサーは首を傾げる。
「? 違うんですか? 」
「……その辺りのことも、会ってみれば、わかる。それに、ヴィクターに恩を売っておくことは、君の今後にとっても無駄にはならないと思う。彼はナイトシェイド家の長男だ。今後、この国の政治に関わる有力貴族だよ」
そんなことを理由に会いたくもなかったが、パルサーの浮かべる意味深な表情にある種の好奇心が掻き立てられ、俺は後日、ヴィクターの指定する場所にひとりで出向いたのだった。
「娘のしたことに対して、心から謝罪する。涼くん、君には深く、深く感謝している」
レストランと呼ぶにはあまりにも広々としたその店に入るなりそうヴィクターに頭を下げられたのは、意外と感じるほかなかった。そして、その言動もさることながら、彼の表情や顔つきに一切の悪人めいたところがないのも意外だった。あのリリスを甘やかしてきた父親なのだ。もっと卑劣そうな、いかがわしい風貌の男だと思っていたのだ。ところがやってきたのは、銀色の長い髪を一本後ろで縛り付けた、いかにも清廉潔白そうな顔つきの男だったのだ。
「この通りだ。どんな対応をされても文句は言えないと思っている。気が済むなら、殴って貰っても構わない」
と、そんなことすら口にする始末だ。
「よしてください! あなたは有力貴族ですよね。僕は第四階級の人間ですよ! 頭なんて、簡単に下げないでください! 」
「……階級なんて、下らない制度だ」とヴィクターが口にしたのも、意外だった。「大切なのは人と人との信頼と絆だ。涼くん、繰り返しになるが、本当に済まなかった」
有力貴族の口からはっきりと階級に対する否定的な意見を耳にしたのも驚きだが、もうひとつ、理解の出来ないことがある。
これほどに澄んだ精神の持ち主、気高い高僧のような風貌の人が、なぜあれほどリリスの我儘を放任して来たのか。その辺りの辻褄が合わないと言うか、俺には理屈が良くわからない。
「謝られても、仕方がないですよ。もう済んだことですから。それに、問題はそこではないでしょう。リリスはこれまでにも散々似たようなことをやってきたと思いますよ。謝罪しなきゃいけないのは、僕ではなく、そのときに被害を被った被害者じゃないんですか」
厳しい口調でそう言うと、ヴィクターは頷きつつもそれには答えず、
「……うちには古い宝物庫があり、そこに“永劫の呪縛”という呪われた指輪がある」
「呪われた、指輪……」
「その指輪にはスキルを禁じる呪いが掛けられている。……リリスにはこの指輪を嵌めることにした。彼女が”チャーム“を使うことは二度とないだろう」
「でも、解呪するっていう可能性はないんですか」
ヴィクターは首を振った。
「解呪は出来なくもないが、複雑で高い金銭が要求される。彼女一人の手でそこまで行き着くことは不可能だろう」
「……ひとつだけ聞かせてください」
と、俺は言った。
「……なんでも」
と、ヴィクターは俺の目を真っ直ぐ見据え、そう頷く。
「ヴィクターさん、あなたの気持ちはわかりました。リリスが今後、スキルが使えないということも信用します。……でも、なぜこんなことになったのですか。なぜあなたほどの方が、あれほど我儘な……、失礼ですが、我儘な娘を育ててしまったのですか? 」
「我儘だ、確かに」と、ヴィクターは首を振った。
それから、彼はゆっくりと、しかし、いささか苦痛に満ちた表情で、リリスと自己の関係について、打ち明け始めた。
ヴィクターはまだ若い二十代の始めにリリスをもうけたが、そのあとに妻は病ですぐに他界してしまった。
その後、ヴィクターはリリスを男手でひとりで育て、今日まで見守って来た。
「あの娘には母親がいないことで寂しい想いをさせてきた。寂しい想いをさせてはならないという想いから、ついつい、甘やかして来たんだろう。……確かに、悪い噂は絶えず流れて来た。娘を疑う気持ちもあった。だが、リリスは私の前では、従順で可愛い一人娘だった。今となっては間違っていたとわかるが、世間の噂を信じるよりも、彼女を守り、味方してやることが、たった一人彼女の肉親である私の役目だと信じて来た。……もちろん、彼女の犯して来た罪を思うと、こんなことは言い訳にもならないが……」
ヴィクターはそう言い、言葉を継いだ。
「彼女が自らの口で罪を自白するまで、私はどこかで、娘は無実なのだと思っていた。あるいは、そう信じたかったのかもしれない。……だが、あの日、娘の口から自分のしたことを耳にしたとき、彼女のこれまでの悪い噂すべてが、本当にあったことなのだと気がついた。まったく、愚かなことだ……。娘を保護したい気持ちのあまり、彼女がしでかした悪事に目を瞑る結果になってしまったのだ」
そしてヴィクターはもう一度深々と頭を下げ、こう言葉を発した。
「今回のことがなければ、私は娘の悪事にずっと気づけなかったかもしれない。その意味で、君が私を目覚めさせてくれたのだ。深く感謝している。繰り返しになるが、君には心からお礼を言う。本当に、ありがとう」
あとになって知ったことだったが、ヴィクターはリリスの悪事の被害にあった人々に、その都度、多額の賠償金と、保護を行っていたらしい。
噂に過ぎないと思いこもうとしながら、どこかで、娘の悪事に勘づいてもいたのだろう。
「では、リリスから”チャーム“を掛けられていたのではなかったのですね」
「“チャーム”……? 私が……? 」
「ええ。街の噂では、そういうことになっていますよ」
と、俺がそう言うと、ヴィクターはふっと笑い、
「チャームか……」
と零す。それから、
「……私の職業は、モンクなんだ。一応こう見えてAランクの冒険者でもある」
「あ……」と、私は合点が行き、思わずそう零す。
「そう。パッシブスキルの“心眼”持ちなんだよ。彼女のチャームは私には効かない」
「そうでしたか……」
「だが……」と、ヴィクターは皮肉な笑みを浮かべて続けた。
「私もまたある意味で彼女のチャームに掛かっていたようなものだ。愚かなことだが、すべての父親は自分の娘のチャームに掛かっているようなものだ。正しく生きなければと思っていても、自分の子どものことになると、我を見失ってしまう……」
そう言うと、ヴィクターは哀し気な目つきをし、床の一点を見つめた。
「何ごとも、ままならならないものだな。こんなことでは、天国の妻がきっと怒り狂ってしまうだろう」
と、苦労を滲ませる顔で、誰にともなく、そう零すのだった。
と、そのような主旨の手紙がヴィクター・ナイトシェイドから届いたのが、リリスをギルドに送り届けた日の翌週のことだった。
リリスをギルドに送り届けたあと、ギルド内でごく簡潔に簡易裁判が行われた。
ギルド内でも以前からリリスの暴挙には目を光らせていたが、彼女がチャームを使うことで確たる証拠は掴めずに来た。
ところが、今回は不思議なことに、すらすらと本人が自白をする。言い訳もごまかしも一切ない。彼女の冒険者資格はあっさりと剥奪され、おまけに、仲間の冒険者を死の危険に追いやった罪で、ギルド管轄の留置所に一ヶ月監禁されることになった。
「……正直に言って、ようやく、という気持ちだよ。彼女の悪い噂は誰もが知っていたが、これまでどうやっても証拠が掴めなかったんだ。涼、本当にありがとう」
と、ギルド長であるパルサーがそう耳打ちをしてくれた。
そのすぐあとで俺はギルドを後にしたが、後日聞いた話では、そのあとですっ飛んできたリリスの父親、ヴィクター・ナイトシェイドの前でもリリスは同様の自白をし、これまでどんなことがあっても娘の擁護に回っていたヴィクターも、さすがに堪忍せざるを得なかったという。
そして、そこからさらに数日後に届いたのが、先程の手紙である。
ヴィクターの手紙を受け取った当初、俺は彼と会う気にはなれなかった。リリスを甘やかして来た父親と思うと、怒りが先行して、謝罪を受け取る気にもなれない。
ところが、
「会ってやってくれないか」
と言ったのが、ギルド長のパルサーだった。
「どうしてですか? 正直に言って、好きになれませんよ」
「うーん……」
と、パルサーは腕組みをして、しかめっ面を浮かべる。
「ヴィクターもリリスのチャームに掛けられていたから、罪はないって話ですか? それでも、俺は許す気にはなれませんよ。いくらなんでも、どうにかして対処する術はあったでしょう」
「ヴィクターが、リリスにチャームを……? 」
と、どういうわけか、パルサーは首を傾げる。
「? 違うんですか? 」
「……その辺りのことも、会ってみれば、わかる。それに、ヴィクターに恩を売っておくことは、君の今後にとっても無駄にはならないと思う。彼はナイトシェイド家の長男だ。今後、この国の政治に関わる有力貴族だよ」
そんなことを理由に会いたくもなかったが、パルサーの浮かべる意味深な表情にある種の好奇心が掻き立てられ、俺は後日、ヴィクターの指定する場所にひとりで出向いたのだった。
「娘のしたことに対して、心から謝罪する。涼くん、君には深く、深く感謝している」
レストランと呼ぶにはあまりにも広々としたその店に入るなりそうヴィクターに頭を下げられたのは、意外と感じるほかなかった。そして、その言動もさることながら、彼の表情や顔つきに一切の悪人めいたところがないのも意外だった。あのリリスを甘やかしてきた父親なのだ。もっと卑劣そうな、いかがわしい風貌の男だと思っていたのだ。ところがやってきたのは、銀色の長い髪を一本後ろで縛り付けた、いかにも清廉潔白そうな顔つきの男だったのだ。
「この通りだ。どんな対応をされても文句は言えないと思っている。気が済むなら、殴って貰っても構わない」
と、そんなことすら口にする始末だ。
「よしてください! あなたは有力貴族ですよね。僕は第四階級の人間ですよ! 頭なんて、簡単に下げないでください! 」
「……階級なんて、下らない制度だ」とヴィクターが口にしたのも、意外だった。「大切なのは人と人との信頼と絆だ。涼くん、繰り返しになるが、本当に済まなかった」
有力貴族の口からはっきりと階級に対する否定的な意見を耳にしたのも驚きだが、もうひとつ、理解の出来ないことがある。
これほどに澄んだ精神の持ち主、気高い高僧のような風貌の人が、なぜあれほどリリスの我儘を放任して来たのか。その辺りの辻褄が合わないと言うか、俺には理屈が良くわからない。
「謝られても、仕方がないですよ。もう済んだことですから。それに、問題はそこではないでしょう。リリスはこれまでにも散々似たようなことをやってきたと思いますよ。謝罪しなきゃいけないのは、僕ではなく、そのときに被害を被った被害者じゃないんですか」
厳しい口調でそう言うと、ヴィクターは頷きつつもそれには答えず、
「……うちには古い宝物庫があり、そこに“永劫の呪縛”という呪われた指輪がある」
「呪われた、指輪……」
「その指輪にはスキルを禁じる呪いが掛けられている。……リリスにはこの指輪を嵌めることにした。彼女が”チャーム“を使うことは二度とないだろう」
「でも、解呪するっていう可能性はないんですか」
ヴィクターは首を振った。
「解呪は出来なくもないが、複雑で高い金銭が要求される。彼女一人の手でそこまで行き着くことは不可能だろう」
「……ひとつだけ聞かせてください」
と、俺は言った。
「……なんでも」
と、ヴィクターは俺の目を真っ直ぐ見据え、そう頷く。
「ヴィクターさん、あなたの気持ちはわかりました。リリスが今後、スキルが使えないということも信用します。……でも、なぜこんなことになったのですか。なぜあなたほどの方が、あれほど我儘な……、失礼ですが、我儘な娘を育ててしまったのですか? 」
「我儘だ、確かに」と、ヴィクターは首を振った。
それから、彼はゆっくりと、しかし、いささか苦痛に満ちた表情で、リリスと自己の関係について、打ち明け始めた。
ヴィクターはまだ若い二十代の始めにリリスをもうけたが、そのあとに妻は病ですぐに他界してしまった。
その後、ヴィクターはリリスを男手でひとりで育て、今日まで見守って来た。
「あの娘には母親がいないことで寂しい想いをさせてきた。寂しい想いをさせてはならないという想いから、ついつい、甘やかして来たんだろう。……確かに、悪い噂は絶えず流れて来た。娘を疑う気持ちもあった。だが、リリスは私の前では、従順で可愛い一人娘だった。今となっては間違っていたとわかるが、世間の噂を信じるよりも、彼女を守り、味方してやることが、たった一人彼女の肉親である私の役目だと信じて来た。……もちろん、彼女の犯して来た罪を思うと、こんなことは言い訳にもならないが……」
ヴィクターはそう言い、言葉を継いだ。
「彼女が自らの口で罪を自白するまで、私はどこかで、娘は無実なのだと思っていた。あるいは、そう信じたかったのかもしれない。……だが、あの日、娘の口から自分のしたことを耳にしたとき、彼女のこれまでの悪い噂すべてが、本当にあったことなのだと気がついた。まったく、愚かなことだ……。娘を保護したい気持ちのあまり、彼女がしでかした悪事に目を瞑る結果になってしまったのだ」
そしてヴィクターはもう一度深々と頭を下げ、こう言葉を発した。
「今回のことがなければ、私は娘の悪事にずっと気づけなかったかもしれない。その意味で、君が私を目覚めさせてくれたのだ。深く感謝している。繰り返しになるが、君には心からお礼を言う。本当に、ありがとう」
あとになって知ったことだったが、ヴィクターはリリスの悪事の被害にあった人々に、その都度、多額の賠償金と、保護を行っていたらしい。
噂に過ぎないと思いこもうとしながら、どこかで、娘の悪事に勘づいてもいたのだろう。
「では、リリスから”チャーム“を掛けられていたのではなかったのですね」
「“チャーム”……? 私が……? 」
「ええ。街の噂では、そういうことになっていますよ」
と、俺がそう言うと、ヴィクターはふっと笑い、
「チャームか……」
と零す。それから、
「……私の職業は、モンクなんだ。一応こう見えてAランクの冒険者でもある」
「あ……」と、私は合点が行き、思わずそう零す。
「そう。パッシブスキルの“心眼”持ちなんだよ。彼女のチャームは私には効かない」
「そうでしたか……」
「だが……」と、ヴィクターは皮肉な笑みを浮かべて続けた。
「私もまたある意味で彼女のチャームに掛かっていたようなものだ。愚かなことだが、すべての父親は自分の娘のチャームに掛かっているようなものだ。正しく生きなければと思っていても、自分の子どものことになると、我を見失ってしまう……」
そう言うと、ヴィクターは哀し気な目つきをし、床の一点を見つめた。
「何ごとも、ままならならないものだな。こんなことでは、天国の妻がきっと怒り狂ってしまうだろう」
と、苦労を滲ませる顔で、誰にともなく、そう零すのだった。
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