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6,連名。

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シスターという仕事の大半は「雑用」で出来ている。
 教会にやってくる人々の言葉に耳を貸し、彼らの困っていることに手を貸し、教会の掃除をし、”生活の広場“で炊き出しの為の料理をし、傷を負った者がいればヒールを掛けに行く。
 “聖女”であるアニーは本来は現場に出る必要はなかったが、彼女自身の請願によって、ほかのシスターと同じ雑務に従事していた。

 あれから、彼女は西のフィヨル広原のあの小さな家に移り住んだという話だった。

 そのおかげだろうか、街で偶然出くわすと、彼女は以前には見られなかったような弾んだ笑みを向けてくれる。
 
 「涼さん」と小声で口を動かし、手を振ってくれる。まるで彼女の胸に刺さっていた小さな棘が、一本抜け落ちたかのように。


 ◇◇


  
 一方の俺はと言うと、ギルドでの仮契約が済み、簡単なFランククエストの受注を開始していた。
 パルサーが薦めるようにいきなりもっと困難なクエストを行うことも可能ではあったが、それはやらないようにしている。あくまでも階段を一段一段上るように、一番簡単なものから始め、徐々に困難なものへと段階を踏むようにしている。

 確かに俺のポテンシャルはチートと呼べるほど並外れたものがあった。
 だが、それはまさにチートで手に入れた能力であり、俺が地道に手に入れた能力ではない。
 だから、“使いこなす”ことに若干の「乱れ」のようなものがある。
 例えば、俺はヒュデルとの”繋がり“を通じて「黒の雷光」という魔術が使えるが、この超上級魔術を扱うにあたって、上手く制御ができずにいる。おかげで、一度森の深くで試し打ちをしているとき、激しいバック・フラッシュ(※高難易度の魔術を連発した際に稀に起こる激しい反動)を起こし、その場で意識を失ってしまった。幸い、辺りにめぼしい魔獣はいなかったものの、これがダンジョンのなかであったら命を落としかねない事態だ。
 この状況を野球で例えるなら、俺は「超筋肉量の多いまったくの野球ど素人」であり、果たして自分の能力が試合で使い物になるかはわからない、という状況にある。
 だからひとまずは、野球を習う人が行う練習メニューを段階を飛ばさずに一から順々に行っていき、着実に強くなる道を選ぼう、と考えたのだ。

 この日の俺は薬草採取の為にオーデンブロック・ブリッジを出てすぐの草原、ブルース草原に来ていた。
 薬草採取なんてFランク冒険者の行う下っ端仕事だと笑う者もいるが、俺はそうは思わない。
 なにより、ずっと憧れだったオーデンブロック・ブリッジを、ついに自分の足で渡ったのだ。
 
 「ここがブルース草原か……、素晴らしい景色だ……」

 ブルース草原はまだまだ魔物の少ない平穏な地域で、辺りには浅い緑色をした草が生い茂っている。
 その草のなかに“ポーション草”と呼ばれるポーションのもととなる草が点在しており、それを採取することが今回のクエストの目的となる。

 「ポーション草は葉の形に特徴があり、さらに、葉の先端部分に黄色い斑点がある……。確か街の新米“採取士”がそう言っていたな……」

 本来であれば生い茂る草に身を屈め、一枚一枚葉の形状を確かめながら採取するのがセオリーだが……、

 「その新米採取士に”物乞い“をしておいたからな。おかげで、先日彼が手に入れたふたつのスキルを俺も扱うことが出来る」

 そのうちのひとつが、“薬草鑑定”。
 草むら全体を広く見渡してこのスキルを発動すると、視界のなかで自分の探している薬草が光って見える。

 「お、ポーション草は、この辺りに結構生えているな……」

 見えているだけで、軽く十数本はポーション草が生えていた。
 そして俺が”繋がり“によって手に入れたもう一つのスキルは……、

 「”採取“! 」

 俺がそう唱えると、足元のポーション草がふわりと持ち上がり、自動的に背中に担いだ籠のなかに収納された。
 地味なスキルではあるが、わざわざ身を屈める必要がない、というのは案外大きなメリットでもある。このスキルのおかげで、身体に疲労感がまったく溜まらないのだ。

 ただし……、

 「採取、採取、採取! 」

 と俺がこのスキルを連発していると、あるときに急に、


 クラッ


 と、激しい立ち眩みのようなものを覚えた。
 多分、これもバック・フラッシュの一種なのだ。
 きっとチートスキルに身体が適応し切っていないのだろう。やはり、油断は禁物で少しずつクエストのレベルを上げた方が良いと俺は再確認した。


 ◇◇


 一通りポーション草を採取し終わると、俺はオーデンブロック・ブリッジを渡ってギルドに戻った。すでに陽は暮れかかっていた。
 橋の左右では第四階級の仲間たちが居座り、かつての俺のように物乞いを行っている。
 彼らに出来得る限りの”施し“を与えるが、

 「いつかは、彼ら自身も、自分の足で立って欲しい」

 と、そう思う。

 「きっと、俺のようなチートスキルとまではいかなくても、彼らにもこの世界で役に立つ有能な能力が備わっているはずだ……」

 第四階級の人々はどれほど貧しくても明るい人々が多く、誰一人、俺に嫉妬する者はいない。
  
 「涼―! 期待してるぜ! ……駆け上がれよ! 」
  
 と、俺が通るたびに、そう声援を掛けてくれる。
 そんな彼らの為にも、いつか俺が彼らの“隠された有用さ”を見つけ出してあげたい、とそう思うのだ。



 
 橋を渡ってギルドに続く道へ出ると、街道の角に見慣れた姿が立っているのが見えた。

 「アニーさん! 偶然ですね! 仕事終わりですか? 」
 
 と、思わず小走りになり、声を掛けた。

 「……まったく、あなたという人は……」

 と、なぜだか呆れたような笑みを向けられる。

 「へ? なにか、変なことしましたか? 」
 「もう忘れてしまったのですか? 今日はあなたがギルドと本契約を結ぶ日でしょう? 」
 「あ……」
 そう言えばそうだった。ギルドとはこれまで仮契約を結んではいたが、本契約には至っていない。ギルドが本契約を結ぶには数週間の仮契約期間が必要で、その間に本当にギルドにとって必要な人材かどうかが見定められるのだ。
 
 「あはは、そうでした、毎日クエストをこなすのに夢中で、すっかり忘れていました」
 「まったく。仮契約は結べても、本契約には至れない、という冒険者は結構いるんですよ? 」
 「そうらしいですね。パルサーにも同じことは言われていたのですが……」
 「忘れていた、のですか? はあ、まったく……」
 
 修道服のフードを目深に被った彼女は、そのフードのなかで朗らかに笑った。

 「冒険者がギルドと本契約を結ぶには、保証人が必要というのはご存じですよね? 」
 
 ギルドへの道を歩きながら、アニーがそう問うた。

 「知っていますよ。それも、三人の保証人が必要だとか」
 「三人もそうですが、正確には、“第二階級以上の保証人が三人”、ですね」
 「ああ、そうでした。第三階級の生活職の人々、それと、第四階級の人々では、保証人扱いされない、のでしたね……」

 この制度があるから、余計に冒険者になるのは新規参入が難しい、という側面がある。俺たちのような被差別階級である第四階級の人間が突然「冒険者になりたい! 」と言ったところで、第二階級以上の保証人を三人も集めることが出来ないのだ。

 「保証人にはアニーさんと、パルサーがなってくれましたが……」
 「もう一人がどうしても見つけられなかった、のですよね……? 」
 「パルサーは直前まで俺がどうにかする、と言ってくれたのですが……」
 「見つからなければ、どうにもなりませんね……」

 仮契約の状態で一月が過ぎると、契約は自動的に破棄となる。
 俺の場合も、もうすぐその期限が迫っていた。

 すでに暗くなり始めている道を歩いて行くと、ギルドの扉の横に誰か見知った人が立って俺たちを待ち受けているのが見えた。

 「涼ー! 待っていたよ、ほら見てくれ、君のギルドカードだ! 」

 と、その人物が片手に一枚のカードを持って、俺たちにそれを掲げている。
 アニーと顔を見合わせてその人物に近づくと、徐々に顔形がはっきりと見え始め、その人物がギルド長のパルサーであることがわかった。

 「……おめでとう、涼。本日付で君はギルドと本契約だ。改めて、我がギルドにようこそ! 」
 「これが、俺のギルドカードですか……? 」
 彼が差し出してくれたギルドカードを受け取りながら、俺はそう声を震わせる。
 「そうだ。大事にしろよ。改めて発行するには、ちょっと手続きが面倒だからな」
 俺はそのギルドカードを明かりに翳して、表面に記された文字を読んだ。

 田村涼、物乞い、Fランク冒険者

 そこにはしっかりと、俺自身の名前が刻まれている。
 物乞いの冒険者。前代未聞の冒険者の始まりだ。

 そして……、
 
 「感謝しろよ。君の保証人になってくれる人を探していると、ある大物が君の為に手を挙げてくれたんだ」

 パルサーにそう言われ、ギルドカードの最下部に目を走らせると、そこには保証人、“アニー”、”パルサー“という名前に続いて、

 
 “ヒュデル”


 という名前が刻まれていた。


 「ヒュデルさん……! 」
 「なぜ涼の保証人になってくれるのですか、と聞いたら、彼、なんて言ったと思う? 」
 「なんて言ったのですか……? 」
 「橋の隅にいた頃から彼には期待しているって、……そう答えたんだ」


 “橋の隅にいた頃から彼には期待している”。


 まるで俺の背中を力強く押してくれるような一言だった。
 胸の奥から熱い感情がふつふつと込み上げ、思わず、俺は俯いて大粒の涙を零した。
 “アニー”、“パルサー”、”ヒュデル“。
 この三人が、今俺の肩をそっと抱きしめてくれている、そんな感覚さえ、湧いてきていた。
 これまでこの異世界で受け続けた差別の数々が、瞬く間に、脳裏に蘇る。
 だが、今の俺には、俺を支えてくれるこの三人、第四階級の人々がいる……。

 俺のなかで、元の世界に戻りたいという気持ちが完全に消えたわけではない。
 あの世界には俺の好きだった友人、家族、仲間たちが大勢いる。もう一度あの世界に戻って、彼らと同じ時間を過ごせるなら、過ごしたい。
 でも、それが叶わないのなら……、せめて“こっちの世界”で、元の世界で作った人間関係に匹敵する関係を、どうにか構築したい。
 ……もしかしたら、俺は少しずつ、その夢が叶い始めているのかもしれない。

 そんなことを思い、泣き崩れそうになる俺を、アニーがそっと修道服で包み込んでくれた。

 「いくらでも泣いてください。今この場所には、あなたを蔑む人はいませんから」

 彼女は修道服の上から俺の背中を優しく擦り、暫くのあいだ、俺の肩をじっと抱きしめてくれるのだった。

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