弓兵は銃を握らない

agane

文字の大きさ
上 下
1 / 1
一章 少女の出会い

一話 襲撃

しおりを挟む
 揺れる馬車の客席。
 八人が腰掛けられる様に製作された木造の二対の椅子は、やはり安価な運賃であっただけに座り心地は悪い。今日始めて体を通す制服の、小綺麗なスカートに皺が出来てしまわないか案じながら、窓の外の殺風景な景色を眺める。

 絶え間なく続く魔人との戦争と、劣勢に成りつつある前線の戦況。それらを考慮し、一時的に国家と国境という概念を排除した大陸ベルトランの辺境にて、馬車は駆けていた。
 目的地は戦役国家、そこに位置する前線都市。魔人との戦争において将来的に重大な意味を担う、謂わば兵士養成都市のようなものである。
 その都市は、かつて人類内における戦争ににおいて、高名な貴族の家でさえ不満を口に出来ないほどの偉大な戦果を挙げたオスカーという名の士官が、その戦果に対する褒賞として国王より賜った都市とされる。彼の名をそのままに、前線都市オスカーと、そう呼ばれている。
 そして、彼の願いによって建てられた一つの士官学校も、同様にオスカー士官学校と名付けられた。夜闇のように真っ黒な衣に紅い線が数本入った、特徴的な制服。それはその士官学校における生徒の纏う制服であり、この魔人との闘争が絶えぬ現代においてその衣服を纏うことは、誉れであり、同時に嘆かわしいことでもあった。

 魔人。魔法と呼ばれる世界の理を否定する人智の極みへと到達した技術を容易く扱う、人のような見た目をした、僅かな異形を抱える存在。人より遥かに個体数は少ないものの。その単騎の実力は人を遥かに上回る、そんな彼らとの戦争が、一繋ぎになってしまった魔人大陸リディアと人間大陸ベルトランの間で行われていた。

 そもそも、世界には二つの大陸のみが存在した。
 それらは海を隔てて遥か遠くに離れており、互いが互いに不干渉でありながら悠久にも等しい、世界が構築されてからの数億年を生きてきた。しかし、およそ百年ほど前、魔人の中でも頂点に位置する一匹――――或いは一人の魔人が、その離れていた大陸を魔法によって繋ぎ止めた。それを契機に始まったのは、人の皮を被った悪魔の、戦争という名の一方的な奇襲であった。そして、奇襲により始まった魔人と人間との闘争は人間の劣勢という形で続いている。
 故に、若者さえもが戦線に駆り出される世となった。

 艶やかな夜空の月を思わせる銀の髪と、海の底から見上げる太陽のような鮮やかな蒼色の瞳。それらを備えた、黒い制服姿の十五歳ほどの少女――――サクラ=ライアズは、隣に腰掛けた親子の邪魔にならない程度に、ひっそりと窓枠に頬杖を突き、外を眺めていた。馬車内は細やかな雑談と穏やかさに包まれており、その居心地の良さに思わずうたた寝をしてしまいそうになりながらも、何とか眼を開けておく。そんなサクラに、隣の親子の内、母親の方から声が掛かった。

「士官学校に入学されるんですか?」

 歳下に対するそれとは思えないほどに丁寧な問い掛けだ、とサクラは視線を彼女へ向けながら思った。頬杖を外し、僅かに身なりを整え、それに応じる。

「ええ、明後日が入学式なので、明日までに寮に荷物を置かなければいけなくて。そちらは、ご旅行で?」

 サクラは人当たりの良い笑みを浮かべ、眼下で物珍しげに自身を見上げる少女へと小さく手を振る。それだけで、三歳ほどに思われる小さな少女は、嬉しそうに手を振り返してきた。
 そんな光景を微笑ましそうに眺めた母親は、小さく頷きを返すと、少女の小さな頭部を優しく撫で、語るように呟く。

「はい、この娘が出掛けたい出掛けたい、ってうるさくて」
「ふふ、元気なお子さんですね」

 そんなことを話しながら、馬車は人気の少ない田舎の舗装されていない道を駆けていく。
 サクラはあと数時間は掛かるであろう馬車の揺れに耐えねばならないのか、と尻の痛みを気にしながら、ふと向かいの椅子に腰掛けた、自分と同様にオスカー士官学校の制服を纏った少女を見る。

 ふと、目が合った。
 美しい瞳であった。緋色、或いは紅色か。
 燃えるような情熱的な、それでいて理智的な色を失わない吸い込まれるような瞳。そしてそれらに馴染むように、しかしその存在感を失わない艶やかな朱の髪と白い雪兎のような肌。何よりも彼女と出会った万人が美しいと謳うであろう容姿。
 そして、その緋色の剣を腰に差す姿は驚くほど様になっており、彼女が凄腕の剣士であることが傍目にも理解できた。馬車に乗り合わせた時もサクラは思ったのだが、随分と美しく苛烈で、何よりも可憐な印象を覚える少女であった。

 彼女はサクラと目が合うと、僅かに眉を上げる。

「アンタも、士官学校に通うのか」
「まあ、こんな世の中だし。そういう貴女も?」
「そりゃ、こんな世の中だしな」

 互いに僅かな笑みを浮かべる。
 それにしても随分と綺麗な人だ、とサクラは見蕩れるように眼を奪われていた。片頬を吊り上げる気障な仕草でさえ、随分と様になっている。良い家柄であったりするのだろうか、等と彼女の顔を見ながら考えるが、しかし、あまりにも不躾に眺めていたのか、その視線に彼女は眉を寄せた。

「なんだ、そんなに見つめてきて。顔に何か付いてるか?」
「あ、いや………………眼、赤いなって」

 彼女の訝しげな視線から逃れるように口にしたあまりにも稚拙な言い訳は、余計怪しまれることになるだろう。しかし、彼女はあまり気にした様子もなく物珍しげな視線を返してきた。

「別に大したモノでもないだろ。こっちからすればアンタの蒼い瞳も結構珍しいぞ。銀色の髪だって」
「あー、うん。私の地域でもこれは珍しい方だったかな。銀髪は幼い頃の事故で、眼の方は生まれついて色素がおかしくなってたらしい」

 サクラは彼女の言葉に、苦笑と共に前髪を弄る。
 しかし、然程気にしていることでもないのは余程の馬鹿でもない限りその飄々とした様子から窺えるだろう。故に、彼女は素っ気ない返答と共に腕を組み、再び窓の外を眺め始める。サクラも同様、することもなく手持無沙汰になった為、再び窓枠に頬杖を突いて窓の外を眺める。
 馬車は未だ人通りの少ない田舎の一本道を進んでいた。辺りには薄暗く木々が乱立しており、木漏れ日がどこか眩く感じる。

 しかし、どこか異質な気配を覚えた。

 まるで何者かから監視されているかのような、不快な感覚であった。始めこそ思い過ごしかと判断しかけたが、しかし僅かに感じる敵意の滲んだ悪意は勘違いなどではないだろう。
 サクラは辺りの張り詰めた空気に眉を寄せ、窓の外の木々の影へと視線をやる。しかし、不自然な程に辺りには何も見えない。まるで意図して何者かから隠れているかのように、それも素人のそれではなく、卓越した隠密の技術である。
 まるで盗賊のような。

 そこまで思考が至ると、サクラは先程の彼女へと視線を向ける。この気配に気づいているか、賊を見つけたか。この馬車に腰かける八人の中でも取り分け優れた腕を持っていることが窺える彼女ならば、この事態に気づいているのかもしれない。そういった希望を込めて彼女を見れば、彼女は鋭い瞳を辺りに向けていた。

「…………気づいたか?」
「賊か、魔人か。どちらかな」
「後者なら構わず殺しに来てるさ。慎重に動くのは腰抜けらしい人間のやることだ」

 吐き捨てるような言葉と、鋭い眼光。
 そのただならぬ様子に、乗り会わせた老夫婦が僅かに困惑と畏怖を滲ませて彼女を見る。

「ど、どうしたのかね?」
「落ち着いて聞け。いいか、この馬車は賊に狙われている」

 途端、馬車内にざわつきが訪れる。
 その喧騒はそのような事態に対する困惑と、恐怖から来る不満。それと同時に一介の少女にしか見えない彼女の言葉に対する疑念が滲んでいた。その言葉に僅かな苛立ちを覚えるサクラであったが、しかし同じ立場に立てば彼等の感情も理解できるサクラは何も言わずに彼女を見た。その視線を受けた彼女は、何も言わず、しかしその口をつぐませるように、一度大きく床を踏み鳴らす。ドン、という鈍い音と、彼女の並々ならぬ気配に、気の弱そうな老夫婦や先程の親子は口をつぐんだ。
 それを見届けた彼女は、

「気づいたことを悟られれば、今すぐに襲いかかってくる。いいか、助かりたいなら私の言うことを聞け。まずは問うが、この中に賊に狙われる心当たりのある奴は?」

 その問いかけに、顔を見合わせる乗客たち。
 老夫婦は互いの顔を見合せ、親子は心当たりが無いのか、困惑したように成り行きを見守っていた。そんな彼等の中、ふと、サクラや赤髪の彼女と同年代と思われる豪奢な服装の少女が 恐る恐るといった様子で手を挙げた。

「ち、父が……富豪で…………」
「………………それだな」

 言葉を受けた彼女は、嘆息と共に前髪を掻く。
 富豪の娘を襲う盗賊、そのフレーズだけで何の目的があってのことかは理解できるというもの。言うまでもないだろうが、身代金という奴だろう。これの悪質な所は、生殺与奪権を握られている立場で憲兵や王族直属の騎士団に賊の討伐依頼を出せないということ。つまりこの場で彼女が賊に捕らえられれば、彼女は無傷で帰ることこそできるものの、不要なそれ以外の人間は良くて奴隷、悪ければ殺処分といったところか。

 それを理解したのだろうか。
 辺りには畏怖の色が濃くなっていく。何よりも、富豪の娘が乗り合わせているという事実が彼女の言葉の信憑性を後押ししたのだろう。
 しかし、この事態をどうしたものか。
 サクラがそんなことを考えていると、ふと一人の男が立ち上がった。

「ええい! それならばこちらから出向いて始末すれば良い話だ! 君は士官学校に入学予定の生徒なのだろう!?」

 私服と思われるそれなりに高価そうな服に、それなりに質の良い剣を提げた男である。齢は二十代半ばといった所か。騎士と思われる風貌をしているが、しかし何処か頼りない印象を受ける。
 彼のそんな言葉を無視し、赤髪の彼女は辺りを見回す。

「継いで聞きたい。私以外に賊の存在に気づいていた奴はいるか? 現状、藁にも縋りたい状況だ。すまないが正直に手を挙げてくれ。無茶を強いるつもりはない」

 そんな彼女の言葉に、サクラは手を挙げる。
 同時に、先程啖呵を切った青年も憮然とした様子で、僅かに躊躇った後に挙手をした。しかし、どこか頼りないのは錯覚だろうか。そして、もう一人、富豪の娘が恐る恐るといった様子で手を挙げた。実に全体の半数近くが気づいていた訳だが――――

 彼女は騎士の青年に視線を向けると、

「――――ふむ、気づいていた割にはアンタ、反応が薄かったが、本当に気づいていたか? 悪いが、そうだと言うならば私と一緒に奴等に突貫して貰うことになる。現状武器を持っているのは実力云々以前に私とアンタだけだ、使い慣れた武器以外は不要な事故を招く原因になる。再度問うぞ、本当に気づいていたか?」
「む、無論だ………………だが、突貫には異議がある」
「ほう?」

 彼はそう言うと、腕を組んで告げた。

「君の理屈で言うなればまともに戦えるのは私と君だけということになる。そうだとするならばここで待機する者を守る者はどうする?」
「む」

 確かに、とサクラは彼の言葉を肯定する。
 言動にこそ僅かな不信感を抱くが、しかしその言葉は事実である。彼等の目的はあくまで富豪の娘であり、突貫していく予定の二人ではないのだ。それには一理あるのか、彼女も唸るようにしてそれを肯定する。しかし、それならばどうするかという彼女の疑問に、予想外の形で応じるように、青年は口を開く。

「故に、私と君がここに残り、残りの二人に無茶でない範囲内で突撃をして貰うのが一番良いだろう。なぁに、不利と悟れば帰ってくればいい」

 その言葉には賛成できないなぁ、と苦笑を漏らす。
 結局は自己保身からの提案であったか、と。前半の主張には多分に首肯くことは出来たが、しかし後半の言葉は既に出ている情報から導きだしたとすれば勝手と言う他無い。それを理解しているのか、赤髪の彼女は苛立ちを隠そうともせず口を開きかけ、しかしそれを閉ざした。

 男が懐からあるものを出したのである。

 何も危険なモノではない。
 それは彼が戦役国家アルベリア、王族直属の騎士団であることを示す紋章の刻まれたペンダントであった。つまりこれからサクラや赤髪の彼女が通うオスカー士官学校の所属する国家の騎士であった。兵士と違い、魔人との戦争には参加せずに国内におけるゴタゴタを解決する役割を持つ。つまり現状の解決が彼の、ひいては彼の所属する騎士団の仕事であり、それを拒絶するのは彼女の立場を危うく仕掛けるものである。

「すまないが私の指示に従って貰おう」

 そして何よりも、その紋章が持つ効果はそれだけではない。
 言葉と共に、周りの視線がその騎士を肯定するような雰囲気に変わる。名も知らぬ少女よりも、名の知れた騎士の方が信頼に足るのだから当然と言えば当然か。それよりも、それに応じるように、富豪の娘の顔が僅かに青ざめていく。彼の言葉が通ったならば、サクラ同様彼女も死地に赴くことになるのだから当然のこととも言える。賊の存在に気づいたとはいえ、実力に自信は無いのだろう。見ていて可哀想な程に顔を青ざめさている。
 サクラは小さく気取られない程度に嘆息すると、小さく手を挙げた。

「主戦力を貴女たち二人とすれば、その戦力を集中させるのは愚策でしょう。取り分け、王族直属の騎士様ならばお一人でも完璧な護衛を達成して頂けるとは思いますが、均等な戦力の分担として私と彼女で突撃をさせて頂きたい。無論、全員で待機するという案もありますが、奇襲を待つばかりでは人数差と戦力差を考えれば不利になる。ここらが妥当な所では?」

 折衷案、とでも言おうか。彼は目下は安全な位置に、富豪の娘も同様に待機できる。
 サクラは赤髪の彼女を一瞥し、青年にそう告げる。
 彼は僅かに難しい顔をするが、しかし自身の立場を考えればまさか守って欲しいとも言えないのだろう。そう、彼はあくまで守る側。つまるところその提案は妥当な所であり、彼としても頷かざるを得ないのだろう。
 しかし、赤髪の彼女は案じるようにサクラを見た。

「大丈夫なのか? アンタ、武器は――」
「大丈夫、持ってるから」

 そう言うと、サクラは右の腕を前に差し出す。
 すると、その動作に呼応するように手首に付けられたブレスレットが淡い青色の光を帯びて形を変えていき、音もなく、ただ静かに光を纏っていった。その神々しいまでの輝きと不可思議な現象は、見慣れた者ならば即座にその正体に気づいただろう。

 魔法。
 そう呼ばれている存在である。
 存在するが存在しないとされる妖精の力を授かり、自身の持つ、魔力と呼ばれ不可視の力を代償に不可能を覆す術のことをそう呼んでいる。誰にでも扱うことは出来るが、誰にでも使える訳ではない、果てし無い修練を積む必要がある技術である。

 サクラの右腕に在ったそれは、次第に大きな弓へと形を変えた。サクラの身長より僅かに小さい程度、ピンと弦を張った黒塗りの、まるで光を吸い込むかのような艶の無い一張であった。

「弓兵か、時代遅れな…………」

 そう告げる彼の目は侮蔑するようで、しかし騎士団の人間にとっては剣以外の異教徒だと教育されているとサクラは聞いていたため、あまり気にすることもなく赤髪の彼女へと視線を向ける。

「そんな訳で。どうしようか?」
「………………とりあえず、まず間違いなく戦闘員の数は向こうのが上だ。となると、防戦一方じゃ守りきれる確証は無し、かといって全員で特攻しても討ち漏らしが一人でもいればアウト、堅実な一手は戦力を分断することだが、この作戦は攻撃と防衛に各一人ずつそれなりの実力者が必要になるんだが…………」

 そう言うと、赤髪の彼女は青年を一瞥する。
 彼はその視線に、視線を逸らしながら「小娘が…………」と吐き捨てるように呟く。年下の少女に侮られているのが腹立たしいのだろうが、ならばせめて嘘は吐かないでほしいものだ、とサクラは内心でぼやく。

「考えても仕方がない。向こうに攻勢に出られれば、こっちは打つ手無しだろうよ。私一人だったら何とでも出来るんだが、流石に見捨てるのは後味も悪い。可能な限りは助けるように動くさ。アンタらも、乗り合わせたのも何かの縁だと思ってくれ」

 そう告げる彼女に、富豪の娘とサクラは頷きを返す。
 青年は苦い顔をしながらも、しかし頷きを返した。

「それじゃ、最後に動きを確認しよう。私は左、銀髪のアンタは右側の敵に突っ込んで見つけ次第無力化してくれ。ただし、生死は問わん、アンタの命と賊の命は秤にかけるまでもないないからな」
「了解、検討を祈るよ」
「ああ。んで、騎士のアンタは馬車の外に出て可能な限り注意を逸らして攻撃を避けてくれ」

 その言葉に、青年は顔色を変えて叫ぶ。

「待て! その役割は私じゃなくても問題ないだろう!」 
「最低限の戦力としてカウントしているとはいえ、一介の少女に矢面に出ろと剣幕変えて言うのか? 騎士様ってのは随分と偉い役職だな?」
「そういう問題ではない! 私が死んだら最後の砦が無くなるだろう!」
「そういう問題だ、現状、私はアンタに不信感しか抱いていない。だがその紋章を持つ以上はアンタを王族直属の騎士として扱う」
「ぐっ……………………」

 その沈黙を肯定と見なしたのか、彼女は富豪の娘へと視線を寄せる。彼女はその視線を受けてビクリと身を震わせるが、しかしそれを意に介すことなく言葉を告げる。

「アンタは馬車内に籠って入ってきた連中に抵抗をしてくれ。敵の狙いがアンタである以上、多分アンタに手荒なことはしづらい筈だ。それに付け入って捨て身で特攻しろ」

 その言葉に、彼女はビクリと体を震わせる。
 その光景にサクラは深々嘆息し、首を振った。

「無茶を言っちゃダメだよ…………大丈夫、貴女に関しては捕まっても死にはしない筈だから、貴女がどう動きたいか、それだけを考えよう」
「は、はい…………」

 サクラの言葉に、少女は涙目で頷きを返す。
 気の弱い少女だ、と嘆息するが、しかし仕方の無いことでもある。むしろ、赤髪の彼女の肝が座りすぎているのだ。余程実力に自信があるのか、或いはそれだけ高い志を抱えているのか。どちらにせよ、頼れる人物であるのは間違いない。

「そんな所か…………」
「そうだね。不安が残るとすれば敵対戦力の数と、後はこちらの戦力の不鮮明さ。お互いに手の内を話し合う余裕も無さそうだし、ね」

 そう告げると、サクラは弓を構え、左手に矢を作り上げた。
 それも弓と同様魔法により構築されたものであったが、弓がブレスレットを構築し直したのに対し、矢はゼロから作り上げたものである。つまりは魔力の続く限りは無限であり、同時に行動を制限する要素は皆無であることを示した。
 それを見届けた赤髪の彼女は、最後に小さく呟く。

「一応名乗っておく。万が一にも無いとは思うが、死んだら偉大なる剣客として誇張込みで後世にまで語り継いでくれ。フィーラ=クリアライムだ」
「それじゃついでに私も。サクラ=ライアズと」

 そう告げると、二人は立ち上がる。
 サクラはフィーラのその堂に入った構え姿に小さく口笛を吹くと、矢をつがえ、走り続ける馬車の出口に足をかけた。
 そんな様を、どこか不安そうに乗客たちは眺める。
 サクラは最後、未だに青い顔をし続ける富豪の娘を一瞥し、小さく微笑んでから、フィーラの合図に合わせて馬車から飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

神よ願いを叶えてくれ

まったりー
ファンタジー
主人公の世界は戦いの絶えない世界だった、ある時他の世界からの侵略者に襲われ崩壊寸前になってしまった、そんな時世界の神が主人公を世界のはざまに呼び、世界を救いたいかと問われ主人公は肯定する、だが代償に他の世界を100か所救いなさいと言ってきた。 主人公は世界を救うという願いを叶えるために奮闘する。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

少し残念なお嬢様の異世界英雄譚

雛山
ファンタジー
性格以外はほぼ完璧な少し残念なお嬢様が、事故で亡くなったけど。 美少女魔王様に召喚されてしまいましたとさ。 お嬢様を呼んだ魔王様は、お嬢様に自分の国を助けてとお願いします。 美少女大好きサブカル大好きの残念お嬢様は根拠も無しに安請け合い。 そんなお嬢様が異世界でモンスター相手にステゴロ無双しつつ、変な仲間たちと魔王様のお国を再建するために冒険者になってみたり特産物を作ったりと頑張るお話です。 ©雛山 2019/3/4

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...