それはまるでジョークのように

らるふ

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それはまるでジョークのように

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 この世は神の発したジョークでできたようなものだと言ったのは誰だったか。誰でもないか。俺なのか。しかし笑えないジョークだ。いや、笑えるな。俺はどうも混乱している。俺の目の前に恋人の死体があることとそれを殺したのがどうも俺らしいということしか今はわからない。それ、というのは恋人なのか?それとも恋人の死体なのか?さあ後者だとしたら俺は死体撃ちをしたんだな。まったくむごい話だ。惨たらしくて笑えてしまう。すると俺は犯罪者か。いや違う。俺は死体を撃ったのか?撃ってない。撃った。なぜそんなこともわからないんだ。拳銃を持っているじゃないか。だからって撃ったといえるとでも?そらこの部屋は一つ窓が開いている。濃い緑のレンガがそこから俺を覗いている。なんて近い距離にホテルを建てるんだ。あれはホテルか?たぶんそうだ。ちょうど窓の向こうで男と女がワインを飲んでいる。どっちもそれが良いものか区別がつかないくせに、まるで視神経から脳幹にかけてじっくり味わってるかのようにグラスの色を見つめるのさ。あれはホテルだ。じゃあ俺はどこにいるんだ?さあ周りを見てみたら良い。薄い緑の壁に赤いカーペット。そしてベージュのベッドを赤茶色に汚していく死体。どうも俺の家という気はしないが、そうなんだと言われたらそう思い込むだろうな。いやまったく。俺の記憶はどこをほっつき歩いているんだか知らない。しかしそろそろ銃を隠した方が良いんじゃないか。いずれにしても俺は疑われる。仮に俺が何もやってなくとも、この状況以上のものが見つからなければ俺はそうだ疑われるまでもなく犯人になる。そりゃいけない。なんでか?それも知らない、でも普通に考えて犯罪者ってのは悪いものだろう?悪いものになっちゃあいけない。残念なことに知恵の実は阿呆が作り出せるものじゃないのさ。だったら証拠隠滅するのがそのルールに則ったちょうど良い抜け道だ。そら指紋を拭き取れ。いや拭き取らないのがいい。俺のハンカチはどうしてか今日汚れてやがる。俺は綺麗好きだからちょっと縒れたらそれが使った証になる。一体何に使いやがった。知るものか。じゃあどうするってんだ。そもそも汚れたハンカチを使うことの何が悪い。そりゃ俺なりの美学さ。美学だって?俺は華麗な犯罪者のつもりか。ああたぶんそうさ。犯罪者は恋人を犯さずに殺すのがきっといい。じゃあ俺はやっぱりそうしたんだな?いやわからない。だったら隣人に聞いてみたらいい。あんなに近けりゃ銃声だって聞こえてる。なのにあの男女と来たら。どれだけ強い酒を飲んだんだか。窓二枚と数十センチの空間、ただそれだけに頼って殺害を無かったことにしようとしていやがる。なんてことだ。俺の大事な恋人が殺されたってのにあいつらは呑気に口開けて、あれじゃまるで雛鳥の口にエサを流し込むツバメだ。いやだいやだ。映画でもないってのに他人のあんなものを見せられたらたまったものじゃない。窓を閉めよう。いや閉めた途端にあいつらは血相変えて警察を呼ぶんだ。今はただ殺人鬼の俺に目をつけられないよう必死で取り繕ってるんだ。たいして強くもないワインなんか流し込んでな。俺たちは無関係だ、事件すら起こってない。そう俺に教えてるのさ。なら俺はどうしたら良いんだ。さあ知らない。俺は俺に知りうるものしか知らない。知る?いや知る必要はない。今どうすりゃいいか考えればいい。これは神よりアダムのせいか。考えちまう。アホのくせにな。そして至った結論てのが、あいつらも殺すことだった。まったくもって合理的だ。それ以外の余計な要素を排除すればの話だが。さてこんなことを考えているうちにも男女の密着性が増していく。早々に殺さなきゃならない。銃の中の弾はあと二発だ。外す可能性を考えてもう一つ入れておこう。弾はベッドのサイドテーブルの上になぜか置いてある。さあ用意はできたか。いやまだだ。殺すのは至って簡単だが俺は酒を飲んでおきたい。これも美学か。美学なんかじゃないさ、そこに酒があるから飲むんだ。クロード・ヴァル。安くて美味い。グラスが二つあるのは必然か。なら割ってやろう。テーブルに叩きつけると俺の腕と足から血が出てきた。痛くはないが熱い。焼けるようだ。このジョークの世界が終わるときにはみんなこの熱さに見舞われるに違いない。さあそろそろ良いだろう。窓辺に立つと後ろから冷風が吹いて傷が震えた。おや振り返れば死体の眠るベッドの横の窓が開いている。あれは元からだったろうか。わからない。結局俺がわかったのはやはり恋人が死んでいることだけだ。いや本当にそれだけか?俺のそばの窓と隣のホテルの窓の大きさはまったく同一だろう。まったく同じ形をしてまったく同じベッドの上に死体によく似た女が寝ている。ああしかしなんという俺の愚かさ。俺の頭は何かを悟るようにはできていない。なんだかよくわからないものが目の前に置かれていて、それを本能のままに食らうのが俺にできる唯一のことなのだ。神よアダムよ知恵というのはここまでひどいものか。阿呆はただ引き金に指をかけてお前を殺すことしかできない。そして殺す相手すら間違えるのだ。きっと先に止めねばならないのは、今、こちらを凝視してベッドのサイドテーブルから何かを取り出そうとする、そう、この俺にそっくりなあいつ。なのに俺は無抵抗の方をなぜか選ぶ。撃つ。その二秒後に俺も俺に撃たれる。
そして一応は終わるのだ、このジョークのような世界が。



  この世は神の発したジョークでできたようなものだと言ったのは誰だったか。誰でもないか。俺なのか。しかし笑えないジョークだ。いや、笑えるな。俺はどうも混乱している。俺の目の前に恋人の死体があることとそれを殺したのがどうも俺らしいということしか今はわからない。
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