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ハルさんの提案

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遊郭を退店して1年後、私が19歳になるのを待ち、私たちは籍を入れて、夫婦となった。

ハルさんには、日本の家族がいたため挨拶に行ったが、さすがに遊郭のことは伏せていた。

フランス人の私に色眼鏡を使うことなく、お父さんもお母さんも優しくて暖かくて陽だまりのようだった。2人を見て、ハルさんは、こんな環境で育ったから優しくなったのかと心に染みた。


そして、結婚3年目の4月。

私は、ハルさんにある提案をされた。

「僕は長男で、いずれ両親の面倒を見る必要がある。テッサちゃんもお母さんも、妹たちも日本語がうまくなってきたし、みんなで来日したいと考えている」

私は、その気持ちが痛いほど分かった。それにハルさんは、私の家族も大切にしてくれている。お義父さん、お義母さんも優しいし、2年前は会うことができなかったハルさんのお姉さんとも、たくさんお話をしてみたい。

「お母さんと、話して決めてもいいかな」

私は、妹たちのことが気がかりだった。2人とも日本語を話すのが上手になっていた。

しかしながら、エミルはイスタンブールに来たときは、実年齢の3学年下に所属したが飛び級を繰り返し4月から、年相応の中学1年生になり新生活を始めたばかりだったし、アニーは、成績の遅れが見られ5年生の年だが4年生のクラスにいた。

エミルは、何とかなるにしてもアニーはきっと5年生として新生活をスタートする。日本の学力のレベルは、どれくらいか分からないし、二人は、話すことはできても書くことができないため、新生活に予測がつかなかった。


「ハルさんが、こういっているんだけど、どうかな」

私がそういうと、お母さんは困ったような顔をしてこう言った。

「私は、テッサと同じようにエミルやアニーも大切。二人は、故郷を捨ててイスタンブールで、大きくなった。それにここにはエマのお墓もある。だから、私たちはイスタンブールに残る。でも、家族離れるのはダメ。だから、テッサは、日本に行きなさい」

その言葉を聞いて、私は涙が溢れた。母と離れるなんて嫌だ。でも、ハルさんとも離れたくない。

どうしたらいいのか分からなかった。


だから、その思いをハルさんにぶつけた。

「テッサちゃんの気持ちは分かったよ。これからもイスタンブールで暮らそう」

ハルさんは、優しいからそう言ってくれたが、さみしそうな眼をしていた。

ハルさんは、私たちと同じように日本の家族が大切なのだ。

しかし、私は未熟だったためその時は、気づけなかった。


その話をして1か月後。1本の電報が届いた。ハルさんのお父さんが亡くなり、家業である農業を継いでほしいという電報だった。

「テッサちゃんの気持ちは、この前話をしたから分るよ。この話は断るつもりだ」

家族会議の中で、ハルさんにそう言われ、ありがとうと言おうとしていた時、ある声が聞こえてきた。

「ハルさん、そんなのダメ」

お母さんの声だった。お母さんは、この前私に言ったこと同じことをハルさんに言った。そして、最後に日本語で私にこう言った。

「テッサ。お母さんは、エミルとアニーがいるから大丈夫。日本に行け」


私は、1晩考え抜いた末にある結論に至った。

「ハルさん、私1人で日本に行くよ」

「テッサちゃん、本当にいいの?」

「私たちは家族。日本の家族も私の家族だから」

お母さんの言う通りだ。私はお嫁に行ったのだ。香月テッサになったのだ。

ここには、妹たちがいてくれる。エマのお墓もあるから、たまに帰ってくればいい。

お母さんたちを捨てるわけじゃない。

そう考え、この結論となった。


出発の前日。私は、一人で馬車である場所に向かっていた。

そう、ミラーボールだ。

結婚と同時にマリアさんから紹介された仕事を辞める報告に来たのが最後なので、みんなに会うのは2年ぶりになる。

門番の雑用係に、案内され支配人室のドアをノックする。

「テッサ。来たのね。入って」

マリアさんにそう言われ、中に入るとマリアさんとアメリアさんが待っていた。

マリアさんからの手紙で聞いていた話だが、アメリアさんは、ヘルプにも客引きにもならず、マリアさんの秘書として働いているそうだ。

私たちは、二年の溝を埋めるようにして、思い出話に花を咲かせた。

マリアさんは、最初の方は『エマや私を適齢前に客引きにしてエマが死んでしまったこと』を、謝っていたが、私がそれを言うのは、やめてほしいと伝えると、その話をしなくなった。

「あなたが日本に行ったら寂しくなるわ」

私がそう言うと、アメリアさんはうつむいてしまいながらも、涙をこらえてこう言った。

「テッサさん、エマさんのお墓の管理は任せてください。お母様と妹さんのことも、たまに様子見に行きますから。手紙書きますから」

「アメリアさん……」

「私も、あなたの家族とエマさんのことは、気に留めておくから心配しないで」

「マリアさん……」

遊郭時代は、先輩後輩の関係だった私たち。正直、マリアさんやアメリアさんから、きつい言葉や暴力をされたこともあった。

しかし、私が遊郭を退店した後からこの場所は変わっていった。現在は、暴力も暴言もここで、見ることはできなくなっている。

エマが亡くなったことで改善されたこの事に、私は複雑な思いを持ちながらも感謝している。

翌日の朝の便で、私たちは日本へと旅立った。
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