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「お嬢様」

 門番が言伝ことづてにやってきた。

 ベルタは玄関方向に背を向け椅子に座っている。

 高々とした背もたれに巻き上げた髪の後頭部をトントンと軽く打ちながら、眉を大きく上げ、小さくため息をついた。

 ベルタの父は小一時間ばかりその辺をウロウロして、戸棚から取り出した本をパラパラとめくったりするが頭には入っていない。

 レシカはそんな二人の様子を不審者を見るような横目で観察していた。

「では行きましょうか」

 今夜の会食の供をするバッサがベルタの背中に声を掛けた。ベルタとしてはレシカに供を頼みたかったが、今回ばかりは身分柄、レシカは同席は許されず、下級貴族で執事の彼が供に選ばれたのだ。

「ガニ股で行こうかしら」

「ベルタ」

 さすがに品のない冗談と思ったのか、ベルタは父に向けて笑顔を送った。

「そう、その笑顔だよ。今の笑顔はね、お前が2歳の時から同じ笑顔なんだよ。誰もがその笑顔の虜になってきた。お前のお母さんと同じ笑顔さ」

「結婚って何なのかしら。何なんですか、お父様」

「幸せさ」

「本気で聞いてるの」

「試練という名の幸せさ」

「後者だけいただけない?」

「幸せだけだと不満が出るんだよ。欲ってやつさ」

「わざと試練をこしらえて、乗り越えたつもりの、幸せのつもり。つもりつもって凍えそう」

「人はね、漫然と自分の為だけには生きられないんだよ。そういう生き方をする人は、最期は本当の空っぽになって死んでいく」

「偽りの家庭で生きながらに死ぬよりはそちらを選ぶわ」

「子を持つと変わるさ」

「私ね、子供って大嫌い」

 埒が明かないと思ったバッサが咳払いをした。続けてレシカが「さあさあ」と小さく促すと、ベルタはなぜか微笑んだまま椅子から立ち上がり、バッサに手を委ねた。

「それじゃあ、お父様。豚の丸焼きにかぶりついてきますわ」

 豚とはペルネ公のことか、はたまた豪華な食事のことなのか。父とレシカとバッサはほぼ同時に同じことを思ったが、聞けば長くなると思い口をつぐんだ。

 
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