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110話  真逆の運命を歩く

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カイがすべての力を振り絞った一撃は、見事に案内人の胴体を貫いた。

黒魔法同士のぶつかり合いだとは思えないほどの光が溢れ、ニアが再び目を開いた時には―――カイが、空中から落ちていくのが見えた。


「……………………………ぁ」


さっき、案内人と同じくお腹辺りを串刺しにされてしまった人間。

ニアは自分も気付かないうちに、大声を出しながら彼に駆け付けていた。


「カイぃ!!!!!!!!!!」


涙が溢れて、視界がぼやける。心臓に穴でも開いたかのような恐怖と痛みが彼女を襲って。

彼の体を確認し、その心臓が止まっていると認識した時は―――息が詰まって、言葉が上手く出なくなった。


「…………あ、ぁ……か、か…………」
「……っ!!!」
「し、神官様たちはここにお集まりください!!神聖魔法を!!直ちに神聖魔法を!!」
「……ウソ、でしょ」


彼の頭を抱き寄せながら、呆然と涙を流しているニア。その姿を見ていられないとばかりに、どこかに逃げていくクロエ。

パニック状態に陥りながらも無造作に神聖魔法を発動させるアルウィン。脱力したようにその場で倒れる、ブリエン。


「い、いや………いやだよ………」


幸せにしてくれると言ったじゃない。

私のこと、ずっと幸せにしてくれるって……この先なにがあっても、一緒にいてくれるって……。


「いや、いや………いや、いやいや……お願い……やだ、やだよ………」


どれだけ揺さぶっても、冷たくなった彼の体は動かない。プリストたちが集まって一気に神聖魔法をかけるも、カイは指一つ動かなかった。


「わたしが、私が悪かったからぁ……私が、私が悪かった。お願い、お願い……起きて、カイ…………」


ニアは何度も何度も、好きな人の頬を撫でながら言う。


「カイがいないと私、幸せになれない……お願い、お願い………カイ……カイぃいい…………おきてぇ………」


誰もが口をつぐみ、悲しむニアを目の前にして涙を浮かべる。

悪魔だった少女はやがて、悲嘆に濡れた声で泣き始めた。感情の変化が薄かった悪魔の少女は、喉が裂けられそうなくらい泣きわめく。

すべてだったから。彼の存在こそが、自分のすべてだったから。

……彼がいない世界なんて、地獄でしかないから。


「カイぃいいいいいいい!!!!!!!!!」


しかし、次の瞬間。


プシュッ!!と何かが刺される音と共に、彼女の懐の中にいた頭がびくっと動いた。


「うわあっ!?!?はぁ、はぁ…………!!!」
「………………え?」


ニアがようやく横に目を向けると、そこには涙で顔がぐちゃぐちゃになりながらもキューブを持っている………クロエがいて。

そして、そのキューブはカイの肩辺りに刺さっていた。


「……カイ?」
「…………………カ、イ?」


二人の少女―――ニアとクロエは、震える声で大好きな人を呼ぶ。そして、戦いに勝った英雄は………。


「あ…………えっ、と」


ちょっと気まずい顔になりながらも、苦笑を浮かべて見せるのだった。


「ただいま」
「………………………」
「………………………」
「え、ちょ…………んん!?!?!??」


次の瞬間、カイは二人の少女に息ができないくらい強く抱きしめられて。

約1時間以上も泣かされながら、二人を精一杯慰めるハメになるのだった。








「……そっか、ヤツの中にあったキューブだったんだ」


状況がある程度収まった後。

プリストたちの集中的な治癒魔法で本調子に戻ったカイは、案内人が倒れていたところに足を運んでいた。

ヤツの心臓に埋め込まれていたはずのキューブが見当たらない。それも当たり前な話だった。

生命力を蓄えたそのキューブを引き抜いてカイに刺したのは、他ならぬクロエだったから。


「しかし、その場でよくそんな策を思い出したんだね。さすがはクロエ」
「………あなたが倒れてるの見て、もうそれしかないと思ったし」
「そっか、そっか。ところで、クロエさん?」
「なに?」
「……もしかして、まだ怒ってるの?」


少しぎこちない声で尋ねると、クロエは待っていたとばかりに目を細めてまくしたて始める。


「私、言ったよね?自分のことをもっと大切にしてって言ったよね!?カイも、ずっと一緒にいようって私に誓ったよね!?」
「う、うわっ!?」
「なのに、何なのよあの攻撃は!!!もう信じらんない!!あんなのただの自殺攻撃じゃん!!自分の命なんか放り投げて、残された私たちの気持ちなんかはちっとも考えなかったじゃない!!言っとくけど私、あなたが刺されるの見て頭真っ白だったからね!?!?」
「だ、だから~~その時はもうそれしか方法がなかったというか……!!」
「………カイは嘘つき」
「に、ニア!?」
「絶対に許さない。絶対に、絶対に許さない。一生恨む。絶対に、何があっても一生恨む」


ニアは未だに涙を流しながらも、カイの右手をぎゅうっと握っていた。もはや骨が折れてしまいそうなほど強く、ニアは手を握っていた。

対するクロエも同じで、彼女はカイの左手を握りしめながらも鋭い目つきで彼を睨んでいた。その瞳にも正に、恨みがたっぷり込められている。

しかし、二人とも一刻たりともカイから離れる気配がなかった。自分たちの一番大切な人の温もりを、少しでも感じたいから。

後ろに兵士たちがいるにも関わらず、二人は好きな人に体を密着させていて。

生き残ったレジスタンスの兵士たちと、二人の新たな英雄―――ブリエンとアルウィンは、その姿をただただ微笑ましく見つめていた。


「……これか」


そして、彼らはついに案内人の死体がある場所―――もはや焼け野原になってしまった森の中心にたどり着く。

キューブが引き抜かれた死体は、もう冷え切っていた。

よくよく見ると、心臓のちょうど下あたりに巨大な穴が空いて、下半身がかろうじて繋がっているような状況だった。


「…………はっ。まさか、最後にミスったのがこんな結果に繋がるなんて」


俺は深い息をつきながら、口の端を吊り上げる。そう、俺の最後の攻撃はほんの少しだけ、軌道がズレてしまった。

本来、俺が狙おうとしたのはヤツの心臓、すなわちキューブだったのだ。生命力を限りなく供給するそのキューブを完全に破壊して、その後に剣を爆発させてヤツの体を吹っ飛ばす計画だった。

でも、最後に視界が光に覆われたからか、もしくは力が足りなかったのか。俺の剣先はヤツの心臓の下あたりに刺さって、思い通りにはいかなかった。

……まぁ、そのミスのおかげで、死ぬ寸前だった俺が生き返られたんだけど。


「でも、こいつはほとんど死んでたよ?キューブは何故か頑丈だったけど」


クロエの言葉の通り、ヤツの体の真ん中には大きな穴が空いている。ヤツを殺しかけたことだけは間違いないだろう。

実際、クロエが案内人を最後に見た時には、意識もなくてキューブだけが光っていたと言ってたし。

しかし、このキューブは本当に頑丈だな……皇子め、これを作るためになにをしていたのやら。


「……………」


案内人の黄色い目が光ることは、もう二度とない。

次元の境界線で交わしたあの会話が、きっと最後なのだろう。新たな案内人は現れないというヤツの言葉。そして、最後に言っていた個人的な好意。

……もう二度とヤツに会いたくはないけど。

厄介な敵であったことは、確かだ。


「みんな」


俺は短く声を出した後に、みんなに振り返る。


「君たちがいてくれなかったら勝てなかった。本当にありがとう、みんな」


もう、このこりごりな戦争に終わりを告げるべきだ。

すべてが破壊されて滅亡してしまう未来とは、真逆の運命を歩く時間だ。


「この戦争、俺たちの勝ちだ!」


高らかに宣言すると、間もなくして兵士たちの間から大きな歓声が上がる。

戦争が終わっても、人生は続いて行く。後片付けもしなきゃいけないし、これからもたびたび辛いことが訪れるだろう。

でも、それでいい。これこそが、俺たちが選んで作り出した運命だから。

綺麗な青空に真っ白な雲が流れ、地面には歓喜と安堵が溢れる。

俺たちは見事に、クソゲーのシナリオをぶち壊してみせた。
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