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102話  運命の捨て駒

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「ちょっ、本当に大丈夫なの!?光は消えたのに……!?」
「ニアさん!」


隣から聞こえてくる、クロエとアルウィンの声。

目を見開くと、自分の頬を両手で包んだまま慌てているクロエが見えた。ニアは、しばらくその姿を見つめた後に淡く笑って見せる。


「……ニア!!」


次の瞬間、苦しいくらいに強く抱きしめられる。大好きな親友の温もりを感じながら、ニアは正面を見つめた。

黒ずみになって倒れているカルツが、視界に入ってくる。


「………………ぐ、るぅ………」
「クロエ、あれって」
「……うん」


クロエは頷くと同時に、ニアを抱きしめていた腕をほどく。カルツの全身からは煙みたいなものが上がっていた。

裂けられた体の内部には、ヒビが入ったキューブが入っていて―――そのキューブは、聖剣の剣先に刺されていた。

かすかに白く光ってはいるが、その様はすぐにでも消えてしまいそうな生命を表しているみたいだった。


「……カルツ、さん」


アルウィンの沈んだ声が響く。そう、カルツはもう助からない。

聖剣の中の世界、魂たちが混在したあの世はもう破壊された。カルツの魂もあそこで死んだ。

魂が無くなった体が、動くはずがない。その証拠として――聖剣にも少しずつ、ヒビが入り始めた。


「あっ、聖剣が……!!」


光が漏れていた聖剣も、少しずつ塵になっていく。柄から光の粒になって、宙を舞う。

閉じ込められた魂たちを弔うように、聖剣が崩れていく。

黄色く光っていた剣はやがて消え失せ、カルツの体だけが残った。

ニアを含めた4人は、抜け殻になった勇者に近づく。


「……うぅ、ぁ………」
「…………」
「…………」
「…………」


誰も、なにも言わなかった。

体は片っ端から焼かれて黒ずみになり、キューブのしつこい生命力だけが体中を駆け回っているけど、もう助からない。

キューブの光も薄まりはじめ、命の終わりが見えてくる。カルツは動かなかった。

クロエは大きくため息をつき、ナイフを取り出す。しかし、その瞬間……。


「………カルツさん」


アルウィンが片膝を曲げて、彼の頭に手を置いた。


「あなたを尊敬しようとしたのですが、最後までそうすることはできなかったです……あなたを信じようとしたんですが、それもまた難しかったです」
「………」
「………」
「あなたは多くの不幸から目をそむき、自分の信念と世界に閉じこもりました。死を……たくさんの死を、呼び寄せました。あなたを許してはいけないと思います」


静かに鳴り響く、かつて仲間だった者としての声。

アルウィンは目をつぶりながら、最後の言葉を紡ぐ。


「……さようなら、私たちの敵」


少しの寂しさが混じっている声と共に、キューブの光が完全になくなる。

目を見開いたまま、動きが止まった体。開かれた目をそっと手で撫でると、完全なる終焉が訪れる。

敵に回った勇者が死んだ。しかし、それでもなお戦争は終わらない。

また遠くから、砂埃と共に大軍の足音が聞こえてくる。4人は顔を見合わせた後に、頷いた。


「戦争は、これから」
「はい」
「そうね」


ニアの言葉に、アルウィンとブリエンが気を引き締める。すべてを出し尽くす凄絶な戦いは、これからだ。


「勝とう、みんな」


クロエの声が鳴り響き。

4人の英雄は、決然とした顔で敵を見つめた。






「なん、で……!!!」


第2皇子、アドルフは感じる。感じるしかなかった。自分の最高傑作がただ今、死んだから。


「すべてを……けほっ、げほっ……ヤツに……!!」


そう、ほとんどすべてのキューブだった。

こっちから攻撃すると決めた時から、皇室の周りに配置していたキューブは役立たずになってしまった。

まだ、魂の半分を売る前。

彼はそのキューブをすべて持ってきて、要らない兵士たちの生命力を無理やり引き取って、巨大なキューブに注入し――――不死身に近い勇者を、誕生させたのだ。

だと言うのに、カルツはあっさりと死んでしまった。あまりにもあっけなく、少しの手ごたえもなしに、死んでしまった。

アドルフは、この状況が許せなかった。


「ぷはぁああ!?!?ぐはっ、けほっ……!!」


彼はまた黒い血を吐き、全身に串刺しにされるような激痛が走る。苦しみに悶え、玉座から滑り落ちてしまった。

充血した瞳を見開いて、彼は考える。このままだと、また昔の弱っちい自分に戻ってしまう。

父と兄に、貴族たちに無視され軽蔑され、道端のゴミクズでしかなかった弱者になってしまう。それだけが原動力だった。

昔には感じられなかった全能感に浸っていたい。この世の中を、自分の好きなように染め上げたい。昔の、何者でもなかった少年になりたくない。

そのために父と兄に呪いをかけた。そのために魂を売った。そのために、この苦痛に耐えてきた。


「私は………私は……!!」


しかし、それがすべて台無しになったら?すべて虚像だったら……どうなる?

どう足掻いても、昔の弱々しい子供でしかないとつきつけられたら、どうする?

認められない。絶対に、認められない。その負けん気みたいな衝動が、彼の声を大きくさせた。


「………あ、くまぁああああああああ!!」


玉座で転び落ち、醜く地面で悶えている自分をただ見つめている者。

人間とは思えない怪物を見て、皇子は叫ぶ。


「きっ、さま……!!か、つと……勝つと……!!」
「ああ~~もうダメか。そろそろ精神が崩れて行ってるな」
「なっ………かはッ!ゲホッ!!」
「苦痛と劣等感が同時に迫ってきたら、そりゃイかれるだろうな……まぁ、魂が半分も売られた時点で、この結果は予想通りだったが」
「が、ぁああああ………!」
「運命の捨て駒よ。そんなにうまくいくと思ったか?」


怪物―――案内人は皇子の頭を指でつかんだまま、淡々と話し始める。


「悪魔に魂を売って、その未来に光があると思ったのか……?いつまでも過去に囚われた、哀れな魂よ」
「ぐ、ぉッ………!!」
「お前は、断続的な快楽を求めただけだ。家族に復讐し、世の中に復讐し、神になった気分ですべてを見下ろしたかっただけ……信念も思想もなにも持たなかった、哀れな悪役よ」


徐々に、太い指が頭の中に食い込む。

霞んでいく意識の中、皇子は自分の頭の何かが破裂しているような気がした。


「次の人生は、運命のサイコロに転がされるなよ?まぁ、次がある時の話だが」


血しぶきがあがる。

頭が両側から押しつぶされた皇子の体からは、たちまち力が無くなる。頭部が破裂している死体を両手でつまんで、案内人はゆっくりと立ち上がった。

そして、後ろにいる大きな台――――真っ黒な目から血を流している、この国の王と皇太子の隣に、そっとその死体を置いた。


「さて、そろそろすべてを終わりにするか」


残るのは、クライマックスだけ。


「この世界を、元の運命通りにする時間だ」


決まっているエンディングに導くために。

そのために生まれた怪物は、ゆっくりとした足取りで謁見室の中を出た。
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