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97話  激突

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「ぐる……ぐっ………」
「………………」


肌は剥がれて、片方の目は赤くなって、腕は歪な形にかさばって。

もはや、完全に人間だとは思えない姿をした昔の仲間を見て、ブリエンは目を細める。

もちろん、彼のことをこころよく思わない時もあった。行き過ぎた正義感や思い込みが嫌になる時もあったし、クロエと一緒に喧嘩をした時もあった。

だけど、こんな姿になって欲しくはなかった。


「……ふぅ」


しかし、そんな私情を混ぜれば動きが鈍くなり、あっという間に首が飛ぶだろう。

既に一度彼に襲撃されたからこそ、ブリエンは知っている。目の前の存在はカルツじゃない。

ただの、敵だ。


「ぐあぁああああああああ!!」
「マグナムショット!!」


ブリエンが矢を発射したのとカルツが飛び掛かったのは、ほとんど同時だった。

決して大きくはないが、鋭い矛先が至近距離まで迫ってきたら体が反応してしまう。カルツは反射的に矢を躱しながら、飛び掛かる勢いを殺す。

そして、その隙を利用してブリエンはできるだけ、カルツから離れた。

近距離戦は明らかにこっちが不利。何とかして打ち勝つためには、みんなのサポートをもらわないと……!!


「ちっ……!!」


こんなに早く相対するとは思わなかったから、ブリエンは顔をしかめる。しかし、計画に狂いが出るのは戦場ではよくあることだ。

彼女はさっそく、赤い色の矢をつがえて空に発射する。間もなくして大きな爆発音と煙が上がり、レジスタンスのリーダーであるキリエルの声が響く。


「強敵が現れた!!前衛部隊は退却しつつ、魔法部隊の半数はブリエン様のサポートに回れ!!」


事前に約束された信号。何時間ものの会議を経て決まった合図は、兵士たちの行動を変化させるには十分だった。

元々、ブリエンたちが図っていたのはゲリラ戦。

カルツの登場でややこしくなったが、威力の高い魔法を何発も敵の後方に食らわせることができた。所記の目的は達成したと言っても過言ではない。

前衛の兵士たちが戦いつつも下がるのと同時に、魔法部隊の標的はカルツになる。

やがて、屋根の上で雄たけびを上げている彼に向かって、魔法が降り注がれた。


「ライトニングスピア!!」
「ファイアボルト!」
「ぐるるっ!?」


退却している味方が巻き込まれないよう、小規模で組み込まれる魔法。

しかし、そういう魔法がいっぺんに10回以上も使われたら、カルツもブリエンを追えなくなる。

そんな状況であるにも関わらず、魔法のほとんどを躱している彼の動きが異常なくらいだった。


「っ……!?なんてヤツ……!」


慌てたような味方の声が聞こえるが、ブリエンは少しも揺るがない。彼女は冷静さを保ったまま弓を構える。深呼吸をして、敵を見つめる。


「アローストレイフ」


そして、速射が始まった。

人間の目には追い付けないスピードで、ブリエンは矢を連射し始める。普通の人の目には弓を構えている姿勢にしか見えないが、その弓からは数十本の矢が放たれていた。

目を見開き、超然と構えてカルツだけを狙うブリエン。魔法と共に行われた突然の連撃に、カルツが悲鳴を上げた。


「がぁああああああああああ!!!」


いくらグールになったとしても、視界を覆い尽くすくすほどの攻撃を躱しきれるはずがない。

結局、カルツの胴体に一本の矢が刺される。間もなくして5,6本の矢が同じところに突き刺さった。

彼の動きが、一瞬止まる。


「……っ!」


ブリエンはそれを見て、さらに速射のスピードを上げる。威力が足りないなら、数で解決すればいい。

いくらあなたでも、私の矢を100本も食らったらさすがに死ぬでしょうね!!


「今だ、魔法部隊!!」


キリエルの命令が下り、標的を正確に捉えた魔法部隊も一斉に魔法を組む。

無数の矢が、火の球が、雷の槍が、鋭い氷柱が一点にだけ集中される。


「勇者カルツを―――我らの敵を、殺せ!!」


地面が揺れるほどの大きな爆発。

ブリエンは、煙がある程度消えた後にようやく、カルツが立っていた建物が崩れているのを確認した。

完全に破壊されて、巻き込まれた敵兵たちの血が飛び散っているのを、彼女はしっかり目に留める。


「時間がない!私たちも早くいくわよ!」
「はい、ブリエン様!」


そして、次々と押し寄せてくる敵の群れを見て、彼女は背を向けた。

さすがに死んだんでしょうね……?生きているならとっくに飛び掛かってきたはずだし。

分からない。でも、今はとにかく作戦に従わないと!


「風魔法を使える者は素早く、味方にバフをかけろ!できるだけ遠く、敵との距離を作るんだ!!」


逃げているように見えるからか、敵兵たちの勢いが増しているように見える。

もとより、彼らは勢いという概念を感じられない人形たちだけど!!


「走れ、走れ!!死ぬ気で走れ、もうすぐだ!!」
「っ!?キリエル、危ないっ!!」
「はっ……!?」


そして、最後尾で敵を攻略していたブリエンは、とっさに隣にいるキリエルを抱えて地面に倒れ込む。

間もなくして、剣が振るわれる殺伐とした音が響き―――キリエルは、目を見開きながら状況を確認した。

振るわれたんじゃない。投擲《とうてき》されたのだ。隣に刺さっているのは、邪悪なオーラを纏っている剣。かつて、教会の聖剣だと言われたものであり――



「……ぐ、ぁ………!!!」
「ちっ……冗談じゃないわよ……!」


完全に肌が剥がれ、ゾンビみたいになったカルツの剣であった。


「敵はあそこにいる!!殲滅せんめつ、やつらを殲滅しろ!!!」


間もなくして遠くから響き渡る、敵将ゲーリングの声。

キリエルの顔が青ざめ、ブリエンは奥歯を噛みしめる。そして、カルツがもう一歩、彼女たちに近づいた時―――。


「……………ぐるっ?」
「殲滅、せんめ………つ」


カルツと帝国軍たちは、目にする。

空を覆うほど巨大な、何個かの黒魔法の塊《かたまり》と。


「オーラウォール!!」


キリエルとブリエンを包む、ドーム型の神聖魔法を。
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