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89話  動き出す危険

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「うひひっ、うひひひ……」
「……………」
「……………」
「だから、なんで俺を見てるんだよ!!」


朝、珍しく食堂に全員が揃ったというのに、ニアとクロエはジト目で俺を睨んでいた。

原因はなんとなく分かる。たぶん……俺の横に座っているリエルが、あまりにも幸せそうに笑っているからだろう。

頬を染めて、急に足をバタバタさせたと思ったらまた「ひひっ……」て子供みたいな笑い声をあげて。

どう見てもなにかがあったとしか思えない状態で、二人はさっそく俺に矛先を向けてきたのだ。

そのタイミングで、リエルが昨日のことをあっさりバラしちゃって―――食堂の空気が冷え切っているのである。


「…………カイが二股どころか、三股をかけてる」
「そうよね~~ニアにも私にもいい思いさせたから、次はリエルだよね~~そうよね~~~」
「だから、俺はなにもやってな―――――っ」


精一杯反論しようとしたが、隣のリエルの顔を見たとたんに言葉が出なくなる。

さっきの幸せ顔はどこへやら、リエルは目をうるうるさせながらすぐにでも泣き出しそうにしていた。

確かに、なにもやってなかったわけではない。3時間か4時間くらいずっと抱き合っていたから。


『あの……ずっとハグしてもらってもいい?』


大好きだと、俺の懐の中で告白をした後。

リエルはそのまま体を離さず、俺にお願いをしていた。


『ずっと……ずっと、ハグしてもらってもいい?告白の返事は、今すぐもらえなくてもいいから』
『……俺が返事したいとしたら?』
『じゃ、ハグでして。言葉じゃなく、ハグで……』


見た目はニアより大人しいのに、リエルのお願いはあまりにも幼く感じられて、可愛くて。

俺は思わず、リエルを抱き返してから返事をしていた。


『……俺も好きだよ、リエル』
『ふ、ふぇっ!?い、いいって言ったのに……!!』
『あははっ、ごめんって。まぁ、そうだね……しばらくこうしていようか』


その後、俺たちはなにも話さず、ずっと抱き合ったまま時間を過ごした。

心が溶けて温もりに包まれるような感覚。頭が痺れるほどの刺激はないけど、奥底からじんわりと熱が広がるような気持ちよさ。

しかし、俺の欲望は思った以上に馬鹿正直で。


『あ……あの、リエル』
『……うん?』
『その、もうそろそろ離れてもらわないと……!!』


こんなにいい雰囲気だと言うのに、ずっと密着しているせいで余計に変な気持ちになってしまって。

だけど、俺の言葉を拒絶と捉えたらしいリエルは、すぐに目を潤わせながら上目遣いで俺を見てきた。


『………ダメ?』
『だ、ダメじゃないけど……!!ダメじゃないけど……!』
『じゃ、あと10分だけ。10分だけ抱きしめて……』
『あ、ぐっ………!』


そして、10分後。


『……リエル?10分経ったけど?リエル!?』
『……あと10分だけ』
『リエル!?!?!?』


結局、その10分が何回ほど続いてリエルが寝てからようやく、俺は解放されたのである。

想像以上にしんどくて大変な、生殺しの時間だった。

だから、罪状を読み上げるなら4時間ほどハグをしましたしかないけど……!!ここはむしろ俺を褒めるべきだろ!?あんな場面で手を出さなかったんだぞ、俺!?


「……………………ふん、浮気者」
「ちょっ!?!?」


特に、そこ!クロエ!!

なんでぷいっとそっぽ向くんだよ!!お前のために我慢したんだからな!?

先にリエルを襲ったらどう見ても一生根に持ちそうだから、せっかく必死に我慢したのに……!!くっ、こんの……!


「あの、クロエ」
「……なぁに?」
「カイ、本当になにもしてなかったの」


そこで、悲しそうにしていたリエルはすぐに表情を和ませて、クロエを見つめた。


「その気になれば、いくらでも……その、そういうことすることできたのに。カイはずっと、我慢してたの」
「………そう?」
「うん。それはたぶん、クロエのためだと思うんだ。クロエのために、わざわざ我慢したんだから……カイはクロエのことすごく、大好きなんだと思う」
「~~~~~~~っ!?!?り、リエル!?なんてことを――――!!」


急にとんでもない爆弾を投げかけられて、顔に熱が一気に上がる。

そして、その言葉をすべて聞いたクロエは――――


「……そ、そっ」


非常にそっけないけど、もう目に見えて分かるほど顔を真っ赤にさせて俺からの視線をそらし始めた。

なんなんだ、この空気。本当に、この最近なにが起きてるんだ……!!

あまりにも愛が重い仲間たちのせいで頭を抱えていると、ずっとぶう~~と頬を膨らませていたニアが言う。


「……リエルは、それでいいの?カイが襲ってくれなかったのに」
「うん?私はいいよ?私は3番目で全然満足だから!」
「3番目とか言うな!!平等に愛するから!!ちゃんと一人も欠かさずに幸せにしてあげるから!!」
「……ふん、1番目はどうせニアのくせに」
「おい、クロエ!!!」


帝国を脅かす悪役集団、影は今日も平和だった。






「…………いひっ、いひひひっ……」
「おお~~なかなかイカれてるじゃないか。まぁ、魂が5割も奪われたらそうなるか」


たった今、魂を奪われた青年はベッド際に座りながら、狂ったような笑い声をあげた。

自分の中に循環する巨大な魔力。あの偽悪魔と厄介な帝国民たちなんて、すべて駆逐できそうなほどの素敵な力。


「殺せる……ふははっ、殺せるぅ……すぐにでも、やつらを潰せなければ……」
「………………」


しかし、男の目は虚ろで唇はぶるぶる震えていた。唇の周りには唾液が流れていて、ずっと頭をあちこちに動かしている。

人間としての大切な何かを失った姿だった。いわば、狂人。


「……俺の案内はここまでだ、アドルフ」


そして、そんな狂人を見下ろしながら化け物の皮を被った悪魔は、小さく言う。


「お前にはもう、この声すらも届かないだろう……ははっ、そうだ。エンディングのための準備は終わった。残るは、主人公の選択のみ」
「………潰す。つぶすぅ……首都オーデルを、潰す………」


怪物の言う通り、話し声が全く聞こえないせいか。

皇子はさっきまで同じような言葉を繰り返しながら、何度も頭をぐるぐる回した。

それを見て、怪物はニヤッと笑った後に言う。


「これで、そろそろフィナーレか」
「……つぶ、す……」
「全部見届けよう。この世界が元のあるべき姿に帰るところを……この俺がすべて導いて、見届けよう」


皇子は怪物の言葉を全く理解できないのか、もしくはただの気違いになったのか。

何度も目を転がしながら、潰すという言葉しか発さなくなった。怪物は、曇って灰色になった夜空を見上げながら言う。


「さて、そろそろ動くとしようか」
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