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79話 取引
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皇子、アドルフは目の前の光景を信じれなかった。
やつらがこれほどの力を持っていたなんて、全く想定していなかったのだ。教会を潰す時に見せたニアの大爆発を除いたら、やつらに大規模の魔法はないように見えた。
それに、目の前の少年――カイは派手に暴れるよりは、精神操作で敵を操る地味な戦い方をしていたじゃないか。
ヤツの本当の実力は知らないが、所詮は偽物の力が半分こになっただけ。戦うとしてもニア以上の力は発揮できないと、心のどこかで甘く見ていたが……
『……なんだ、これは!!』
今の皇子に見えている少年は、もはや死神か悪鬼に近い存在だった。
彼の全身を纏いながら狂ったように吹きすさぶオーラ。立っているだけでも魔力が含まれた風が吹いて、息が詰まるほどの威圧感を与えてくる。
「なぁ、偽悪魔。取引をしないか?」
一度も感じたことのない恐怖が、皇子の中から生まれる。もちろん、アドルフは意識的にそれを無視しようとするけど、震える声と冷や汗が彼の緊張を物語っていた。
それでも、アドルフには確信があった。目の前の少年は所詮、偽物の悪魔という確信がちゃんとあった。
なにせ、自分は本当の悪魔と取引をしているのではないか。
魂を売り飛ばした代償で、彼はどんどん予言の悪魔に近づいているのだ。
「……取り引き?」
「そうだ」
そして、少しは理性を取り戻したのか、カイは動きを止めて皇子に目を向ける。
ただ見つめられただけでも、膝から力が抜けそうになってしまう。しかし、皇子はなんとか平静を保ちながら、気絶しているクロエを指さした。
「このままだと、あの女は死ぬ」
「―――――――――――――――――――――――――――」
「う、うぁっ!?」
クロエが死ぬと言った瞬間、今まで以上に闇の暴風が吹き荒れて空を黒く塗りつぶして行った。
今まで経験したことのない、次元が違いすぎる威嚇。皇子は無様に声を上げたが、ただちに気を取り直してなんとか声を絞り出した。
「あの女には黒魔法の呪いがかけられている!!今もあの女の細胞が枯れているんだぞ?あと3時間以内に高位の神聖魔法を施さなければ、あの女は枯れて死ぬ。すなわち、今のお前たちに残された時間はほとんどないってことだ!!」
「……………………………………………………………………………」
「くっ……!あ、あの女の命を助けたいだろ?なら、俺の言葉に従え!今すぐここを去れば、お前の仲間たちにはなんの手出しもしないことを約束しよう」
見開かれていたカイの目が少しだけ平静を取り戻し、カイはなにも言わずに皇子をジッと見つめる。
よし、今なら話が通じるかもしれない。これはチャンスだと思った皇子は、さらに声を上げた。
「ちなみに言っておくが、下手な真似はしない方がいいぞ。なにせ、俺は予言の悪魔であり―――そして、この皇室の中には本物の悪魔が滞在してるんだ。人の魂を食い散らかし、すべての黒魔法を操れる怪物が!!もし、お前が約束を破るつもりなら、今すぐその悪魔を召喚してやる!」
「……………………」
「いくらお前らが強いと言っても、短時間であの怪物を倒すのは不可能だ。そのうちに、お前の仲間は呪いで苦しみながら死んで行くだろう。どうだ、話が分かったか?偽悪魔」
少し声を震わせながらも、皇子はなんとか話し終える。実際、皇子の主張は全くのハッタリではなかった。
彼の後ろには確かに、怪物があるのだ。魂を引き換えに自分に黒魔法を授けてくれた、巨大な力を持つ悪霊が。
そして、こいつがいきなり本領を発揮し始めたきっかけはたぶん、あの暗殺者の小娘のせいだ。あの女が死にそうになったから、理性を失って怒り狂ったのだ。
そこまであの女の命を大事にする男が、この事実を聞いてもなお暴れるはずがない。
「…………………………死ね」
しかし、いつの間に現れた少女を前にして、皇子は再びヒヤッとする感覚に襲われた。
「お前ら、死ね。死ね、死ね、死ね、死ね――――――――」
涙を流している少女は、赤い目をさらに光らせながら両手をパッと合わせる。間もなく、空が黒雲に覆われて再び地獄が訪れようとしたところで――――
「………ニア」
カイの低い一言が響いて。
ニアはとっさに、動きを止めて隣にいるカイを見上げた。
まだ悪魔の形相は消えていない。カイの目も赤いままで、未だに殺気に満ち溢れている。
しかし、何が一番大事なのかを判断できるほどの理性は残っていて。
カイにとってもっとも大切なのはやはり、クロエの命だった。
「クロエを、よこせ」
「……………………まずはこの皇室から出て行け。入り口付近でこいつをよこす」
気合で負けてはいけない。
そう思って言い放った言葉だけど、間もなくして皇子は自分の発言を後悔した。
「―――――――――――――――」
「……う、ぐっ!?」
さっきのニアと同じように、カイの目がさらに光り始めたのだ。その憤怒はそのまま殺意に移り変わって、激しい嵐にも変換される。
まともに立つこともできなくなるほどの、圧倒的な殺気。皇子はただちに、自分のミスに気付いた。
こいつは怒りを収めたのではなく、クロエの存在でなんとか殺意を押し殺しているだけだったのだ。
「二度は言わないぞ」
「あ…………ぐっ……!」
「クロエを、よこせ」
全身がぶるぶる震えそうなほどの、圧倒的な恐怖。
生まれて初めての恐怖に耐えきれず、皇子は拳をぐっと握りながら言い捨てる。
「わ、分かった!!渡せばいいだろ、渡せば!!」
「…………………………………」
「チッ……クソが……!」
なんでこうなるんだ。
皇子はとんでもない屈辱感と違和感に取りつかれて、狂いそうになる。どうして、どうしてだ?
なんで偽物のくせに、こんな力を発揮できる?なんで予言の悪魔の俺にこんなことが起きる?
あの怪物は言った。予言の悪魔は俺だと。だからお前にやってきたんだと。
魂さえくれれば、お前が望む魔力を存分に与えてあげると。しかし……しかし。
これは、話が違うじゃないか……!!
「………ゲーリング」
「は、はっ!!」
「あの小娘を渡せ」
「し、しかし、皇子様……!!」
「渡せって言ったら渡せ!!!!!!!」
言葉を遮るように放たれた怒声に、ゲーリングはビクンと体を震わせる。
それから、仕方ないとばかりにクロエをかかえていた腕をほどき、背中を押した。
「―――クロエ!!!」
「クロエ!!!!!!!」
その瞬間、悪鬼に近かった二人はすっかり悪魔の形相を消して、クロエに飛び掛かった。
カイは倒れそうになるクロエを全身で受け止めて、ニアはクロエの顔を両手で包みながら荒い息をこぼす。
「ヒーリングウェーブ!!」
さっそくカイが神聖魔法を施すと、気絶していたクロエが少しだけ動いて、徐々に目を開く。
「クロエ………クロエぇ………」
それから入ってくる光景に、クロエは笑うしかなかった。
下の唇を噛みながら怒りに堪えているカイと、子供みたいに涙を流しているニア。
全身に力が入らず、首が徐々に絞められるような状態の中でも、クロエは感じたのだ。自分は本当に、この二人に大切にされていると。
「カイ、ニア………ごめん……」
「……………………っ!!」
カイは思わずクロエをぎゅっと抱きしめて、何度も深呼吸を重ねる。
皇子の言った言葉は正しかった。これは、高位の神聖魔法―――すなわち、アルウィンくらいの実力者が治療しないと、呪いは消えない。
歯を食いしばりながら、カイは目の前の二人を見つめる。名前は覚えた。
ゲーリング。そして、アドルフ皇子。クロエをこんな目に遭わせたやつら。
絶対に、絶対に許さない。最大限の苦痛を与えてから殺してやる。改めて決心しながら、カイはお姫様抱っこで抱き上げて、背を向ける。
「……帰ろう、ニア」
「………うん」
完全に理性を失っていたニアも、クロエの顔を見て少しは落ち着いたんだろう。
彼女は大人しく首を縦に振りながら、カイの隣に立つ。そして、皇室から離れる前――――
カイは、一瞬ふっと笑いながら、アドルフ皇子に振り向いた。
「おい、皇子」
「……なんだ?」
「お前の寿命、いくら残っている?」
「…………………………………………………………………………………は?」
「鏡をよく見た方がいいぞ」
そして、最後に呪いでもかけるように。
カイは無表情で、吐き捨てるように言った。
「お前、余命僅かの病人みたいな格好をしているからな」
やつらがこれほどの力を持っていたなんて、全く想定していなかったのだ。教会を潰す時に見せたニアの大爆発を除いたら、やつらに大規模の魔法はないように見えた。
それに、目の前の少年――カイは派手に暴れるよりは、精神操作で敵を操る地味な戦い方をしていたじゃないか。
ヤツの本当の実力は知らないが、所詮は偽物の力が半分こになっただけ。戦うとしてもニア以上の力は発揮できないと、心のどこかで甘く見ていたが……
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今の皇子に見えている少年は、もはや死神か悪鬼に近い存在だった。
彼の全身を纏いながら狂ったように吹きすさぶオーラ。立っているだけでも魔力が含まれた風が吹いて、息が詰まるほどの威圧感を与えてくる。
「なぁ、偽悪魔。取引をしないか?」
一度も感じたことのない恐怖が、皇子の中から生まれる。もちろん、アドルフは意識的にそれを無視しようとするけど、震える声と冷や汗が彼の緊張を物語っていた。
それでも、アドルフには確信があった。目の前の少年は所詮、偽物の悪魔という確信がちゃんとあった。
なにせ、自分は本当の悪魔と取引をしているのではないか。
魂を売り飛ばした代償で、彼はどんどん予言の悪魔に近づいているのだ。
「……取り引き?」
「そうだ」
そして、少しは理性を取り戻したのか、カイは動きを止めて皇子に目を向ける。
ただ見つめられただけでも、膝から力が抜けそうになってしまう。しかし、皇子はなんとか平静を保ちながら、気絶しているクロエを指さした。
「このままだと、あの女は死ぬ」
「―――――――――――――――――――――――――――」
「う、うぁっ!?」
クロエが死ぬと言った瞬間、今まで以上に闇の暴風が吹き荒れて空を黒く塗りつぶして行った。
今まで経験したことのない、次元が違いすぎる威嚇。皇子は無様に声を上げたが、ただちに気を取り直してなんとか声を絞り出した。
「あの女には黒魔法の呪いがかけられている!!今もあの女の細胞が枯れているんだぞ?あと3時間以内に高位の神聖魔法を施さなければ、あの女は枯れて死ぬ。すなわち、今のお前たちに残された時間はほとんどないってことだ!!」
「……………………………………………………………………………」
「くっ……!あ、あの女の命を助けたいだろ?なら、俺の言葉に従え!今すぐここを去れば、お前の仲間たちにはなんの手出しもしないことを約束しよう」
見開かれていたカイの目が少しだけ平静を取り戻し、カイはなにも言わずに皇子をジッと見つめる。
よし、今なら話が通じるかもしれない。これはチャンスだと思った皇子は、さらに声を上げた。
「ちなみに言っておくが、下手な真似はしない方がいいぞ。なにせ、俺は予言の悪魔であり―――そして、この皇室の中には本物の悪魔が滞在してるんだ。人の魂を食い散らかし、すべての黒魔法を操れる怪物が!!もし、お前が約束を破るつもりなら、今すぐその悪魔を召喚してやる!」
「……………………」
「いくらお前らが強いと言っても、短時間であの怪物を倒すのは不可能だ。そのうちに、お前の仲間は呪いで苦しみながら死んで行くだろう。どうだ、話が分かったか?偽悪魔」
少し声を震わせながらも、皇子はなんとか話し終える。実際、皇子の主張は全くのハッタリではなかった。
彼の後ろには確かに、怪物があるのだ。魂を引き換えに自分に黒魔法を授けてくれた、巨大な力を持つ悪霊が。
そして、こいつがいきなり本領を発揮し始めたきっかけはたぶん、あの暗殺者の小娘のせいだ。あの女が死にそうになったから、理性を失って怒り狂ったのだ。
そこまであの女の命を大事にする男が、この事実を聞いてもなお暴れるはずがない。
「…………………………死ね」
しかし、いつの間に現れた少女を前にして、皇子は再びヒヤッとする感覚に襲われた。
「お前ら、死ね。死ね、死ね、死ね、死ね――――――――」
涙を流している少女は、赤い目をさらに光らせながら両手をパッと合わせる。間もなく、空が黒雲に覆われて再び地獄が訪れようとしたところで――――
「………ニア」
カイの低い一言が響いて。
ニアはとっさに、動きを止めて隣にいるカイを見上げた。
まだ悪魔の形相は消えていない。カイの目も赤いままで、未だに殺気に満ち溢れている。
しかし、何が一番大事なのかを判断できるほどの理性は残っていて。
カイにとってもっとも大切なのはやはり、クロエの命だった。
「クロエを、よこせ」
「……………………まずはこの皇室から出て行け。入り口付近でこいつをよこす」
気合で負けてはいけない。
そう思って言い放った言葉だけど、間もなくして皇子は自分の発言を後悔した。
「―――――――――――――――」
「……う、ぐっ!?」
さっきのニアと同じように、カイの目がさらに光り始めたのだ。その憤怒はそのまま殺意に移り変わって、激しい嵐にも変換される。
まともに立つこともできなくなるほどの、圧倒的な殺気。皇子はただちに、自分のミスに気付いた。
こいつは怒りを収めたのではなく、クロエの存在でなんとか殺意を押し殺しているだけだったのだ。
「二度は言わないぞ」
「あ…………ぐっ……!」
「クロエを、よこせ」
全身がぶるぶる震えそうなほどの、圧倒的な恐怖。
生まれて初めての恐怖に耐えきれず、皇子は拳をぐっと握りながら言い捨てる。
「わ、分かった!!渡せばいいだろ、渡せば!!」
「…………………………………」
「チッ……クソが……!」
なんでこうなるんだ。
皇子はとんでもない屈辱感と違和感に取りつかれて、狂いそうになる。どうして、どうしてだ?
なんで偽物のくせに、こんな力を発揮できる?なんで予言の悪魔の俺にこんなことが起きる?
あの怪物は言った。予言の悪魔は俺だと。だからお前にやってきたんだと。
魂さえくれれば、お前が望む魔力を存分に与えてあげると。しかし……しかし。
これは、話が違うじゃないか……!!
「………ゲーリング」
「は、はっ!!」
「あの小娘を渡せ」
「し、しかし、皇子様……!!」
「渡せって言ったら渡せ!!!!!!!」
言葉を遮るように放たれた怒声に、ゲーリングはビクンと体を震わせる。
それから、仕方ないとばかりにクロエをかかえていた腕をほどき、背中を押した。
「―――クロエ!!!」
「クロエ!!!!!!!」
その瞬間、悪鬼に近かった二人はすっかり悪魔の形相を消して、クロエに飛び掛かった。
カイは倒れそうになるクロエを全身で受け止めて、ニアはクロエの顔を両手で包みながら荒い息をこぼす。
「ヒーリングウェーブ!!」
さっそくカイが神聖魔法を施すと、気絶していたクロエが少しだけ動いて、徐々に目を開く。
「クロエ………クロエぇ………」
それから入ってくる光景に、クロエは笑うしかなかった。
下の唇を噛みながら怒りに堪えているカイと、子供みたいに涙を流しているニア。
全身に力が入らず、首が徐々に絞められるような状態の中でも、クロエは感じたのだ。自分は本当に、この二人に大切にされていると。
「カイ、ニア………ごめん……」
「……………………っ!!」
カイは思わずクロエをぎゅっと抱きしめて、何度も深呼吸を重ねる。
皇子の言った言葉は正しかった。これは、高位の神聖魔法―――すなわち、アルウィンくらいの実力者が治療しないと、呪いは消えない。
歯を食いしばりながら、カイは目の前の二人を見つめる。名前は覚えた。
ゲーリング。そして、アドルフ皇子。クロエをこんな目に遭わせたやつら。
絶対に、絶対に許さない。最大限の苦痛を与えてから殺してやる。改めて決心しながら、カイはお姫様抱っこで抱き上げて、背を向ける。
「……帰ろう、ニア」
「………うん」
完全に理性を失っていたニアも、クロエの顔を見て少しは落ち着いたんだろう。
彼女は大人しく首を縦に振りながら、カイの隣に立つ。そして、皇室から離れる前――――
カイは、一瞬ふっと笑いながら、アドルフ皇子に振り向いた。
「おい、皇子」
「……なんだ?」
「お前の寿命、いくら残っている?」
「…………………………………………………………………………………は?」
「鏡をよく見た方がいいぞ」
そして、最後に呪いでもかけるように。
カイは無表情で、吐き捨てるように言った。
「お前、余命僅かの病人みたいな格好をしているからな」
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