トップランカーだったゲームに転生した俺、クソみたいな国を滅ぼす悪役集団の団長になる。

黒野マル

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62話  勇者の末路

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冷たい風が吹きぬく。クロエの真面目な声が響いて、カルツはショックを受けたような顔をしていた。


「なっ……」
「なに?私を殺そうとしたんでしょ?こうなるのも当たり前じゃん」
「く、クソが……!!よもやそこまで堕ちたのか、クロエ!!」
「……はっ、ふざけたこと言わないで」


クロエは眉根をひそめながら、心底不愉快と言わんばかりにカルツを睨む。


「私を信じずに始末しようとしたのは、どこの誰だっけ?」
「……………」
「私、もうあんたの仲間じゃない。私の仲間は後ろにいる二人と、屋敷にいるある女の子しかないの」
「………ははっ、あはははっ!!」


カルツは空虚な笑い声をあげる。かれこれ長い間一緒にいた仲間に、本格的に殺意を向けられているのだ。

それは、選民思想に毒されているヤツが簡単に受け入れられる話ではなかった。


「どうしてだ……?なんで?なんでこうなる?ははっ、あははははははは………」


自分がクロエにどんなことをしたのかは綺麗さっぱり忘れて、今の状況だけに悔しがる。

自分がやってきたことを客観的に見れない、自惚れているやつらによくあるパターンだ。クロエは呆れてため息をついた後、俺に振り返る。


「いいよね?」
「うん」


俺は直ちに頷いて、クロエに語り掛ける。


「いいよ、やっちゃっても」


もう、勇者を生かしておく必要はないから。

その言葉を聞いたとたん、クロエは駆け出す。一瞬でヤツの首にナイフを刺し込むつもりで。


「―――――――させるかぁああああああ!!」


しかし、ヤツはもはや理性を失ったらしく、体中のすべての魔力を暴走させてクロエを狙った。危機を察知したクロエは、間一髪で剣をよけながら距離を取る。

俺は驚いて、目を丸くしてしまった。まさか、ヤツがクロエの動きに追いつくほどの実力を持っているなんて。

なるほど。毎日のようにダンジョンを出入りした奇行は、決して無駄ではなかったってことか。

ヤツは片手に持った聖剣で再び姿勢を取り、今度は自分から駆け出す。


「死ね、裏切り者!!」
「―――はっ」


しかし、クロエは暗殺の天才だ。戦闘時には誰よりも冷静に判断する逸材でもある。

そんな彼女が、理性を失ったカルツを相手に負けるはずがない。

無造作に放たれる黄色いオーラ―をサッと避けて、クロエは懐からナイフをもう一本取り出す。

その小さなナイフを投擲すると、カルツは素早い反射神経でそれを弾き返した。

そして、次の瞬間。


「くっ――くぁあああああ!?」


投擲されたナイフに気を取られているほんの一瞬で、クロエはカルツの懐に入ってナイフを振るった。

肩にできあがる刺傷。血が噴き出し、カルツは悲鳴を上げながら後ろに下がろうとする。とっさに襲って来た苦痛と困惑が、生きようとする本能的な動きを導き出したのだ。

しかし、そんな甘い動きを見逃すクロエじゃない。


「くっ!?う、うぐっ………!!クロエぇえ!!!」
「――――シャドウ・ダンシング」


勝機を掴んだと思った瞬間、クロエは怒涛のごとくナイフを振るっていく。文字通り、本物の舞を見ているような気分だった。

両手のナイフ刺しこみ、振るい、時々反撃してくるカルツの攻撃を避けてヤツを蹴り飛ばす。


「くはっ!?」


そうやって飛ばした分、距離を詰めてまたいくつものの傷を刻んでいく。一般人の目には絶対に追いつけることのできない、まさしく影に溶け込んだような神業だった。

そして、クロエの成長を全く知らないカルツは、その嵐に飲まされるしかなかった。

肩が刺され、腕が斬られ、首を狙うナイフをどうにか聖剣で防いだものの、その隙に足から血が出る。

ダンジョンのモンスターとは全く違う戦い方に、カルツはかなり困惑しているようだった。ヤツの冷静さが血に滲んでどんどん薄まっていく。


「ふぅ………ふぅ……」
「くはっ、あがぁ………!!くうっ!!」


約30秒間、すべての魔力と精神力を込めて行われた神業。その曲芸はカルツの体をボロボロにすることはできたけど、クロエにもかなりの負担をもたらしていた。

元々、正面で戦う仕方はクロエには向いてないのだ。そして、クロエが若干ペースを落としたその隙に、カルツはありったけの魔力を聖剣に込める。

徐々にかさばる黄色いオーラ―。それは、クロエを殺すつもりだけじゃなく、後ろにいる俺とニアまで飲み込める広範囲なスキルだった。


「この場で、全員………殺してやる!!」


ヤツの判断は理解できる。実際に最善だと思った。

魔力を集中させてクロエだけを狙ったら、たとえ彼女を倒したとしても俺たちに負けるはずだし。

また、すべてを込めたスキルをクロエが躱したりしてたら、正にすべてが終わるから。避けられないよう、規模を大きくして3人を一瞬で殺そうとしているのだろう。


「カイ、クロエが危険かも」
「…………」


聖剣のオーラ―は激しく渦巻き、やがて巨大な球体になっていく。

この期に及んでも、またそれほどの魔力を出せるなんて。やっぱり才能だけはあるんだなと思いつつ、俺はその球体がどんどん巨大になっていくのを見つめた。

ニアの言う通りだ。あれはクロエが避けられるような規模の攻撃じゃない。

カルツがすべての魔力を消費した分、威力も膨大だろう。しかし―――


「いや、クロエを信じよう」


俺は懐から何かを取り出すクロエを見つめながら、静かに言った。


「クロエは、そんなに弱くないから」


そして、カルツは目を剥きながらクロエじゃなく、俺を見つめてくる。


「死ね、悪魔!!死ね、裏切り者!!死ね、死ね――――邪魔者は全員、死にやがれぇええ!!」


そのまま、俺たちに魔力を放とうとした瞬間――――

ザクッ、と。

爆発音とは全く違う鮮明な音が、空間を切り裂いた。


「……………………………………………………………………………………は?」


カルツは見つめる。一瞬で目の前で消えていく光の粒子と、クロエが持っているペンダントを。


「なん…………………だ?」


さっきまですべてを覆いつくす勢いだった球体は、チリになって完全に消えてしまって。

カルツはその時になってようやく、地面に落とされている聖剣を見つめる。そして――――


「な、な、なっ……………!!!」


綺麗に切り落とされている、自分の腕まですべて、確認してしまう。

カルツは驚愕して、ただただ変な声を上げるしかなかった。


「くっそぉ………!!なんだ、なんなんだ!!てめぇら、なんなんだぁああああああああああ!!」
「…………」


クロエは静かに、目の前で狂っていくカルツを見つめる。アーティファクトの能力だった。

空間を繋ぐアーティファクト、シュペリアキューブ。

俺たちまで巻き込まれると判断した瞬間、クロエはアーティファクトに魔力を流し込んで空間を繋いで、ナイフを振るったのだ。

すべての希望が踏みにじられたカルツは、悲鳴に似た奇声を上げる。

……4年間、俺が操作してきたキャラではあるが。

もう、この辺で終わりにするべきだと思った。


「クロエ」
「うん」


クロエがナイフを握り直して、カルツに近づく。死が襲ってくるのを直感したカルツは、もう片方の手で聖剣を持って対抗しようとした。

しかし、次に広がった光景を見て。


「………………………………え?」
「な、な、な…………!!なんでだ!!なんで!!!」


クロエを含んだその場にいる全員が、驚愕してしまった。

地面に落ちた聖剣が、動かないのだ。カルツがいくら持ち上げようとしても、魔力を流し込んでみてもなんの動きを見せないのだ。


「なんで、なんでだ!!なんでぇえええええ!!!」
「……………そっか」


カルツはもはや、地面に倒れたまま片方の腕で、精一杯聖剣を動かそうとする。

でも、できなくて。いくら足掻いても、いくら力を込めても、聖剣はびくともしなくて。

それからや溢れるカルツの悲鳴を聞いて、俺は直感する。

―――――こいつは、資格を失ったのだと。


「あ、あああ……………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


痛烈な叫び。もはや涙まで流しながら、カルツはなんとか聖剣を持ち上げようとする。


「……………………」


クロエはゆっくりと、昔の仲間に歩み寄った。堅苦しいところはあっても、最初はそこそこ仲間想いだった男。ずば抜けた才能を持っていた男。

しかし、その仲間はもうどこにもいない。

ヤツは周りに自分の信念を押し付け、クロエを疑って勝手に殺そうとして、俺たちが親切に見せてあげた現実さえすべて正当化して、忘れようとした。

勇者として必要な成長と熟慮が、明らかに足りなかったのだ。

その結果、ヤツは極端な思想と正義感に狂って、最後には勇者としての資格を失ってしまった。

人間としての資格までも、失ってしまった。


「ああ、あぁあああ……どうして、なんでだ……ああ、あああああああああああ………………………」
「…………さよなら、カルツ」


クロエは深呼吸をした後、地面にはいつくばっているヤツの首に向かって、ナイフを投げる。


「これは因果応報だよ、すべて」


鋭いナイフの先は、カルツの首を的確に突き抜けた。
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