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47話  教皇の過ち

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俺たちが向かったのは、辺鄙にあるジンネマンさんの鍛冶屋だ。

この3週間ずっと部屋に閉じこもっていたので、中々ジンネマンさんに訪ねる時間がなかったのだ。

人々の需要に合わせるために奴隷のようにパワーエリクサーを作っていたし、なによりイェニチカさんを必ず治せるという確信もなかったから。

しかし、だいぶ時間が経った今は違う。パワーエリクサーは前世のゲームと同じ効果を持つことが証明されたし、少し余裕もできた。


「あぁ……来たか、君たち!」
「はい。お久しぶりです」


パワーエリクサーの噂を聞いたのか、ジンネマンさんはすぐに安堵した顔で俺たちを迎えてくれる。

俺は上に続く階段を見た後に、懐からパワーエリクサーの瓶を取り出した。


「アーティファクトの話は後でしましょうか。これを先ず娘さんに飲ませなきゃいけませんし」
「ああ、ありがたい……!こっちに来てくれ!」


それから案内されたところは、ベッド一つと丸椅子、小さなテーブルしかない簡素な部屋だった。

その壁際で、死体のように眠っている女の人がいる。イェニチカさんだ。

ゲームで見た時と同じ見た目で薄笑みを浮かべていると、ジンネマンさんが心配気な声で言う。


「本当に……本当に治せるのか?今度こそ信じてもいいのか?」
「ああ、大丈夫だと思いますよ?これ、実は市場に出回っているパワーエリクサーより効果があるやつなんで」
「なっ……!?そ、それをどうやって!?」
「まあ、色々ありましてね~~ははっ」


血色がまるでなく、生命力が極限まで削り取られている状態。

やっぱり、イェニチカさんの体内には黒魔法の呪いが仕込まれていた。魔力視野で確認するだけでも、その魔力の流れが顕著に見えるから。

しかし、このパワーエリクサーには神聖魔法の属性を持つ薬草がたっぷり入っている。

ゲームの解毒剤の作り方を参考にして、元のパワーエリクサーに新たな薬草を一つだけ加えた。俺の体で既に検証まで済んだんだから、大丈夫なはず。

俺は瓶の蓋を開けて、零さないようにしながら中身を飲ませていく。

ほんの少し意識はあるのか、嚥下する喉の動きは見えた。ポーションをすべて飲ませて、しばらく経った後。


「……………………お父、さん」


奇跡のような声が、静かな部屋に鳴り響く。


「……イェニ!!!!!!!!」
「お父、さん」
「イェニ、イェニ……!!あああ、ああ……!よかった、よかった……!イェニ……!!」


ジンネマンさんのために一歩下がりながらも、俺は魔力視野でイェニチカさんの魔力の流れを確認する。

癌みたいに固まっていた黒魔法の残滓は、綺麗に消えている状態だった。


「やったじゃん、カイ」


クロエが微笑ましそうにしながら、俺の肩をトントン叩いてくる。いつの間にか俺の手を握ったニアも、暖かい表情を湛えていた。

俺たちはジンネマンさんが落ち着くまで静かに、その光景を眺めた。

そして、30分くらい経ってイェニチカさんがまた眠った後。


「本当にありがとう、ありがとう……!君たちがいなかったら、わしはもう二度とイェニと話せなかった……!」
「……再開ができてよかったですね。あ、ジンネマンさん。約束したアーティファクトの代金なんですが―――」
「いや、やはり金は要らない」
「へ?」


予想もしてなかった言葉が飛んできて、俺は思わず目を丸くする。

しかし、ジンネマンさんは当たり前と言わんばかりに俺の両手をぎゅっと握ってきた。


「イェニの病状が治ったら、俺もまた仕事に集中できるだろう。それに、娘の命の恩人に500万という代金を支払わせるなんて、わしにはできない」
「あっ、いえ。でも、そのアーティファクトは大事なお宝なんじゃ……」
「そんなに価値がある物だからこそ、資格のある人間に渡されるべきだろう。そうは思わないか?」
「………………」
「もらおう、カイ」


俺が迷っているところで声をかけてきたのは、クロエだった。


「ジンネマンさんがここまで言っているし、好意を無下にするのも失礼じゃん」
「クロエ……」
「ありがとうございます、ジンネマンさん。あ、よろしければパワーエリクサーの宣伝もお願いしますね!教会の聖水なんかよりずっと効果あるので!」
「はははっ、それは当たり前だろう。この目で見て確かめたんだから!」
「はいっ!」


その後、ジンネマンさんは一階の奥の部屋で小さい円形のペンダントを持って、クロエに渡した。

それから店を出てリエルの屋敷に向かっている途中、クロエは急に呆れたような声を出す。


「カイはさ……全然悪魔じゃないよね」
「えっ?なんで急に」
「やり方とか、接し方とかが丁寧すぎ。悪魔が取るような態度じゃないじゃん、全く」
「へぇ~~やっと俺の魅力に気づいてくれたのかな?」
「……そんなもん、とっくに気づいているし」
「えっ?ごめん、よく聞こえなか――――きゃあああっ!!!!痛い、痛い!!ニアぁあ!!」


彼女は俺とニアを見てゲラゲラと笑いながらも、ぽつりと小さな本音をこぼす。


「本当、勇者がカルツじゃなくあなただったらいいのに」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そして、その頃教会では――――


「どうしてラウディ商会に制裁を下せないんだ!!ヤツらを孤立させろと命令したはずなだぞ!?」
「パ、パワーエリクサーの影響力が大きすぎます!それに、今までずっと交渉を拒んでいた他の商会も徐々に、ラウディ商会と取引を行うようになっていまして、今から手を付けようとしてもどうにでもならな―――」
「それをどうにかしろと言ってるんだ!ラウディ商会は聖水の価値を汚した異端組織だぞ?皇室にも一声かければいいじゃないか!」
「し、失礼ながら、皇室の騎士たちにも既にパワーエリクサーが広まったらしく、もはや手遅れかと………」
「くそがぁあああああ!!!」


教皇だとは信じれないくらいの俗物的な話が、どんどん流れ出す。怒りに耐えれず、教皇は何度も机を叩いた。

ふう、ふうと気持ちを落ち着かせようとするが、落ち着けない。状況はどんどん悪化していた。

あまりにも優秀で廉価なパワーエリクサーのせいで、もう聖水なんかどうでもいいっていう認識が人々の中に根付いてしまったのだ。

それを証明するかのように、昨日の聖水販売量はたったの数十個だった。何千、下手したら何万も売り飛ばしていた聖水の価値が、地に落ちたのである。

だからといって、今の状況を打破できる解決策も見つからなかった。やるなら、物理的にやるしか―――物理的に。


「……異端組織、か」


ラウディ商会は昔から、教会や皇室にほんのわずかな忠誠心すら見せなかった。だからこそ、色々と制裁を加えて評判を悪くしていくのができたのだ。

商会のボス、リエルの本質が異端者であることは変わらない。だからといって、今更人々の頭からパワーエリクサーを消せることなんてできない。


「ふふっ、ふふふふっ……」


なら、奪えばいいじゃないか。

商会の者を脅迫したり、リエルに難癖をつけたりしてパワーエリクサーの製造法を探り出せばいい。

それを逆に利用すれば、こっちの勝ちだ。

ちょうどいいタイミングで浮かんだ考えに、教皇は卑劣な笑みを浮かべる。さて、その脅し方をどうするかの問題だが……。


「……ふふっ、ちょうどいい駒があるじゃないか」
「はい……?」
「おい、十字軍のうちに5人を選抜して、ラウディ商会に派遣しろ。そこに行ってパワーエリクサーの製造法かリエルの身辺か、そのどちらかを確保するようにと伝えろ」
「ら、ラウディ商会に直接ですか!?そういうことをしたら、教会の評判が落ちるのでは……!?」
「バカめ。ラウディ商会のイメージは元々最悪だったから、少し尋問をしたところで何事にもならない。そして、後に教会からそのパワーエリクサーやらを販売すれば、むしろ教会の評判は上がるじゃないか」
「は、はいっ!今すぐ準備してまいります!」
「ああ……ふふふっ、楽しみだな。あの小娘の絶望に満ちた顔が……」


しかし、この時の教皇は知らなかった。

この判断が後々、自分の墓穴を掘る選択だという事実を。
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