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35話  真夜中の重い話

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「……で、話すところってここ?」
「……いや、ここじゃちょっと無理だけど」


スラムに到着した後、俺とクロエは廃墟になった宿の残骸を見ながらため息をついた。

まあ、こうなるのは当たり前かもしれない。つい数時間前までは、ダンジョンのモンスターたちがここで暴れていたから。

ゲベルスが呼んだっぽい帝国軍が後始末をして最悪な状況には至らなかったが、街中には家がなくてうずくまっている人がちらほらと見えた。


「カイ、あそこ」
「うん?」


ニアが指差したところに視線を向けると、そこにはちょうど男をゴミのように蹴っている兵士の姿があった。

人々がみんな眠る深夜、突然スラムに呼ばれてしまって帝国軍も相当怒っているのだろう。


「カイ、殺してもいい?」
「……いや、今日はやめておこう。これ以上騒ぎになると、困るのはこっちだしね」


道端に転がっている男を、助けるべきだとは思う。俺の道徳意識はまだ前世に囚われているからだ。

でも、今ここで騒ぎを起こすのはさすがに問題になる。ゲベルスを殺した上に、一応はスラムを助けに来た帝国軍まで皆殺しにすると、俺の計画にヒビが入る。

俺は内側から、この国を崩すつもりでいる。絶対的な悪として扱われるのは、そこまで望ましいことではなかった。


「カイ」
「うん?」
「寝るところ探しているなら、ちょうどここの近くに洞窟あるんだけど……どう?そっち行く?」


クロエがしれっと投げてくる言葉に、俺は目を丸くする。

ああ……そういえばいたな!スラムの近くにある洞窟型の小さなダンジョン……。


「私だけが知っている穴場なの。モンスターも出ないし、入り口はけっこう広いからゆっくり休めるよ。どう?話、したいんでしょ?」


クロエは自信満々といった声で言う。穴場なんて……この子、絶対にその洞窟の正体知ってないよね……。

まあ、でもいいっか。確か、ゲームの記憶通りだと地上ではモンスターが出なかったし、出たとしても倒せばそれっきりだから。


「そうだね。ちょうど静かな場所が欲しいし、行こうか」


これ以上スラムにいると、帝国軍が絡んで厄介なことになるかもしれない。俺たちはなるべく気配を消しながら森の中へ進み、クロエが言った洞窟にたどり着いた。

地下のダンジョンに繋がる入り口は、前世のモニターの画面でも広いなとは思ったけど、実際に見るともっと広いように感じられる。

俺たちはどちらからともなく並んで座る。入り口付近にいるせいで、夜空の星がよく見えた。


「あ……ちょっと待ってて」


そこで、クロエはなにかを思い出したかのように拍手を打ち、急に立ち上がる。森の中に入って行こうと思ったら、しばらく経って薪を何本か持ってきた。


「まあ、私のルーチンってところかな」


苦笑しながら、彼女は薪を積み上げた後に基礎魔法を発動する。火がともって、雰囲気が和やかになる。

それからクロエは俺の向こうに腰かけた。


「あ、そういえば傷は大丈夫?クロエ」
「どれも浅い傷だから問題ないよ。ちょっとかすっただけだし」
「いやいや、何十回もかすったら浅いってもんじゃないって……ほら、見せてみ」
「あ、ちょっ……!」


急に傷のことが気になって、俺は立ち上がってからクロエの横に膝をつく。

抵抗しようとする彼女の腕を掴んで裾を上げたら、やっぱり無数なかすり傷ができていた。

これくらいだと相当痛いだろうに、どうして我慢をするんだろう……あまり、女の子の体に触れるのは慣れてないけど。


「クロエ、ジッとしてて」
「あ………」


俺はさっき、アルウィンから奪った治癒魔法で、クロエの傷を癒していく。

……よかった。俺の魔力は黒魔法に適しているから心配だったけど、ちゃんと神聖魔法は使えるのか。これなら、問題なさそうだ。


「これって、神聖魔法……?あなた、これどうやって―――」
「これが俺の固有スキルだよ。【境界に立つ者】ってね」
「えっ?固有スキルって……」
「まあ、全部説明するよ。とりあえず傷を全部治してから」
「………………………………………………………………」
「……に、ニアさん?これ、これ別にそういうわけじゃ……!」
「……知ってる」
「だったらぶうってするのやめてくれない!?」
「それは、できない。ふん」


ぷいっとそっぽ向かれてしまった。たじろいでいる俺に対し、クロエはなにが面白いのかクスクスと笑っている。

というか、クロエってこんなによく笑うんだな……ゲームの中だとほとんど無表情かクールな感じだったから、あまり知らなかったけど。


「うん、腕の傷はこの辺りかな。えっと………つ、次は……」
「ふふっ、そうだね~~私、足とかお腹とか、わき腹とかにもかすり傷あるけど?」
「だからなんでそんなことを言うんだよ!!せっかく気にしないようにしてたのに……!!」
「あははっ、大丈夫、大丈夫。ポーション持ってるから、それ飲んだらたぶん治るでしょ~」
「持ってるなら初めから言ってもよかったよね!?」
「だって、カイが急に迫って来たし」
「…………………………………………………………………」


……ヤバい。ニアが地獄みたいな顔で俺たちを睨んでいる。

これ以上はさすがにマズいと思ったのか、クロエも冷や汗を掻きながら必死に弁明をし始めた。

その後になんとかニアを宥めてから、俺は本格的な話を始める。


「どこから話そうかな……とりあえず、俺は元々こっちの世界の人間じゃないんだ」
「えっ……それって」
「この世界はさ、俺が前世でプレイしていたゲームの世界なんだよ」


それから、俺はすべてを説明して行った。自分はこの世界、ダークブラッドオンラインをもとにしたゲームのトップランカーだったこと。

何故か目を開けたらこっちの世界に飛ばされていたこと。持っているスキルとステータスバーと、俺と出会わなかったときのニアの運命まで、全部。

二人が理解しやすいよう細かく説明をしながらも、俺は二人の反応に注意を向けた。

当たり前というべきか、想像もしてなかった話に二人はかなり驚いている。表情変化の薄いニアさえも目を見開いて、俺を見ていた。


「えっと……話をまとめると、私たちは元々ゲームのキャラクターみたいな存在だってことだよね……?」
「うん。そして、俺はそのゲームのトップランカー」
「なんで急にドヤ顔なの……?まあ、実際に役に立ったからなんとも言えないけど。でも、カイは……その、戻りたくないの?」
「え?」
「元の世界に戻るとか……ほら、急にこっちの世界に飛ばされてきたんだから、ある日に元の世界に戻ったとしても全然おかしくはないでしょ?だから……」
「ああ、いや。それは大丈夫だよ。もちろん飛ばされる可能性が全くないとは言えないけど、元の世界に戻りたくはないかな」
「……なんで?」
「俺、元の世界ではかなりいじめられていたからさ」


その言葉を聞くと同時に、今度はクロエの瞳が驚愕に滲んだ。それを見て、俺はミスしたのを感じて自分の発言に後悔する。

……あんまりいい癖じゃないんだけどなぁ。誰かに愚痴ったり、自分語りをするのは。


「あの、面白くない話だから別に無視してくれても―――」
「なにを言ってるの」


だけど、その瞬間。

クロエは瞬く間に真面目な顔になり、誤魔化そうとした俺の言葉を断ち切る。

その瞳にはちゃんとした意志と、好奇心と……信頼が浮かんでいた。


「私たち、仲間なんでしょ?」
「…………えっと」
「それに、あなたは私の命の恩人だし……聞きたい。そんな話、無視できるわけないじゃん」


……あれぇ?まだ仲間じゃないんだけど。まだ一緒に行動してください!!とか言ってないけど……?

でも、ニアもクロエと同じ気持ちなのか、俺と繋いでいる手にもっと力を込めながら目つきで問い詰めてくる。早くすべてを語りなさい、と。

……仕方ないなと思いつつ、俺は苦笑を浮かべてから口を開く。


「まあ、簡単に言うと―――俺は家族に見捨てられたんだよ」


そして俺は、忘れたかった過去の記憶を一つずつ引き出していく。
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