上 下
34 / 111

34話  なんでもするよ

しおりを挟む
状況が落ち着いた後、カイはクロエとニアの手を引きながらスラムに向かっていた。

さすがにその街に愛着があるわけじゃないけど、どんな被害が起きたのかくらいはしっかり見ておくべきだと思ったのだ。

そして、カイに手を引かれているクロエは、森の中で彼の後姿をみつめる。

彼女の頭の中には、カイの言葉が浮かんでいた。


『命が惜しけりゃ、この先クロエには指一本でも触れるなよ……?もし触れたら、文字通りズタズタにしてあげるからさ』


……あれで、聞こえないつもりだったんだろうか。

クロエは幼い頃から幾度となく、命の危機にさらされた少女だ。

当然、周りの話し声や動きに敏感だし、暗殺者という彼女のクラス自体もその鋭敏さに拍車をかけている。

だから、クロエには全部聞こえていたのだ。カイがわざと自分に聞こえないようにして、カルツに警告した言葉を、すべて。


「……本当に、もう」
「うん?今なんか言った?」
「いや、なにも言ってない。ていうかさ、カイ」
「うん?」
「ニアの頬、もう弾けそうになってるけど」


クロエの言葉を聞いた途端に、カイは驚愕した顔でさっそく振り返る。そうすると、クロエの言葉通り不機嫌っていう文字を凝縮したようなニアの顔が見えた。


「に、ニア!?違う、違うから!!これはクロエを無理やり連れ出すために手を繋いでいるのであって、浮気なんかじゃ……!」
「カイ、実験室に出る前にアルウィンって子とも手を繋いだ。これは死刑」
「い、いやいやいやいや!!それはスキルを奪うためであって、本当にやましい感情とかは一切なかったから!!」
「カイはヤリチン」
「その言葉どこで覚えたの!?ねぇ、どこで覚えたの、ニア!?!?!?」
「……ぷふっ、ぷははっ」


本当に、なんなんだろうこの子は。

さっきまでカルツをぼこぼこにしていたとは思えないほどのギャップ。想像を絶するほどの魔力を持っているくせに、ニアの言葉一つに振り回されるなんて。

カイが必死にニアを宥めているところを見ながら、クロエは自由になった自分の左手を何度か握る。

……もっと繋いでいたかったとか言ったら、さすがにダメかな?


『……本当に、変なヤツ』


カルツに最後の警告をした後、カイは一瞬でカルツを気絶させて、立ち上がった。

それと同時に、クロエの隣にいたブリエンとアルウィンが体を震わせてていた。当たり前の反応だった。

決して勝てない相手が、自分たちのリーダーを手のひらで弄んでいたのを見たから。

でも、カイは二人に全然手を出さなかった。むしろ複雑な顔で二人をジッと見つめた後、すぐに立ち去ろうとするだけで。

そして、そのことを不審に思ったブリエンが、カイよりも先に口を開いていた。


『……私たちをどうするつもり?』


カイはその言葉を聞いて、肩をすくめるだけ。


『別に何もしない。君たちをどうこうする理由はないし』
『っ……あ、あなたは悪魔でしょ!?』
『なに言ってるの?悪魔はあっちにいるじゃん』


カイが顎で指した方向には、仲良く倒れているゲベルスとカルツがいて……クロエはその言葉に共感せざるを得なかった。

本当に、クロエの立場からしたらあの二人こそが悪魔だから。


『……ああ、そうだ。ブリエン、アルウィン』
『え、えっ……!?ど、どうして私たちの名前を……』
『うん?ああ~~あはっ、説明しちゃ長いから省略することにして……二つほどお願いがあるんだけどさ、聞いてくれるかな』
『……お願い、ですか?』


まさか悪魔の言葉からお願い、という単語が出るとは思わなかったのだろう。

アルウィンが目を丸くすると同時に、カイは先に手を差し出した。


『5分ほど握手できるかな?ああ、もちろん危害は加えないよ?』
『え、えっ!?きゅ、急になんで……』
『まあ、一応は敵同士だし細かな理由までは教えられないかな……って、ニア!?違う、違う!!俺のスキル分かってるよね!?!?』


……カイの驚くほどのギャップに、ブリエンもアルウィンも呆然としていた。

その姿は、さっきまでカルツを一方的に殴っていた悪魔にはとても見えなかったから。


『……二つ、お願いがあると言ったでしょ?一つはアルウィンとの握手で、もう一つは?』
『ああ、そうだね……』


カイは施設の惨状を見た後に、ニヤッと笑いながらブリエンに語り掛けていた。


『ここ、この状態のままにしてくれると助かるかな』


……それが、カイの最後のお願いだった。

その後にカイはアルウィンとの握手を終えた後、すぐにクロエとニアの手首を掴んで実験室を抜け出していた。

クロエはもちろん、抵抗しなかった。ブリエンとアルウィンには悪いけど、これ以上カルツとは顔も合わせたくなかったから。


「ぶぅ……罰で1000回なでなでを要求する」
「1000回もなでなでしたら髪が抜けちゃうよ~?髪を大事にしないと!」
「私、髪の毛多いから問題なし」
「喧嘩売ってんのかお前!!!」
「ぷふっ、カイがなんで怒るのか理由が分からない」
「こんのぉおおお………!!」
「………ふふっ、あはははっ」


本当に、愉快だ。

一緒にいると気が楽で、楽しくて、落ち着くことができて……やっぱりこの子たちの隣にいたいと、クロエは思ってしまう。


「ねぇ、カイ」


だから、はっきりしないとダメだとクロエは思った。

カイには既に、返せないほどの恩をもらってしまったから。


「これから私、どうすればいいの?」
「え?」
「なんでもするよ?君のためなら、なんでも。だって、私の命を助けてくれて、私の復讐まで手伝ってくれたじゃん。私はもう勇者パーティーのメンバーでもないし、完全にフリーだから。なんでも言って」


文字通り、クロエはカイのためならなんだってするつもりだった。

もちろん、これはクロエに自我がなく、ただ命令に振り回されるバカだから言っていることではない。彼女がこんなにも極端なことを口にする理由は―――

クロエは心から、カイを信頼するようになったからだった。


「なんでもって……女の子がそういうこと気安く言うんじゃないよ~?」
「ふうん、ニアの目がまた光ってるけど」
「ひいっ!?ああ、もう……ほら、ぎゅ~~」
「……カイに調教されているみたいで複雑」
「よしよし、よちよち~~」


……変な言葉と共にニアをぎゅっと抱きしめながら、カイは顔を上げる。

溜飲が下がって清々しい顔をしているクロエを見て、彼は満面の笑みを浮かべる。


「そうだね……まあ、気持ちとしては君をすぐにでも仲間にしたいところだけど」
「…………」
「でも、クロエの意志もあるし無理強いはできないかな。その変わり、スラムに到着した後で俺の話をちょっと聞いてくれない?」
「……話?」
「うん」


その笑みは、悪魔が身に宿っているとは思えないほど、純粋なものだった。


「俺の秘密、二人にはちゃんと話しておきたいんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について

ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに…… しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。 NTRは始まりでしか、なかったのだ……

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

処理中です...