上 下
22 / 111

22話  勇者に足りないもの

しおりを挟む
「そっか……私から盗んだダークサイトスキルで、目に見える魔力を消して……」


クロエはようやく合点がいったように頷く。俺はニアと手を繋いだまま、小声で彼女に言いかけた。


「俺たちの魔力は基本的に感知されやすいからね。ダークサイトは気配と共に他人に見える魔力も消せるし、便利だなと思って」
「……だからあの時、手を繋いだんだね?」
「ちょっ、ニアの前でそんなこと言うなよ!!って、くあぁああっ……!?手が、手がぁあ……!!」


急に頭に来たのか、目に包帯を巻いているニアは我慢できないとばかりに、繋いだ手に力を加えてきた。

自然と、少しでも痛みを逃すために俺の体勢は前かがみになる。そんな俺の姿を見て、クロエは拍手まで打ちながら笑い始めた。


「あははっ、本当にもう……でも、ニアの魔力はどうやって隠したの?魔力視野でも、ニアの中の悪魔は見えないんだけど?」 
「最大限抑えて欲しいって頼んだんだ。なんとか悪魔の顔までは見えないようにできるみたい」
「へぇ……本当すごいよね、ニアも」


まあ、そりゃこの世界のラスボスですからね……今は俺と魔力が半分こになっているから、コントロールするのがもっと容易くなったのかもしれないけど。

とにかく、勇者たちに気づかれないよう綿密に確認をしながら、俺はクロエとニアと並んで前を歩く。間もなくして、クロエから怪訝そうな声が飛んできた。


「今更だけどさ、どういうつもり……?どうしてここまで来たの?」


クロエは最大限に声を抑えながら、後ろで俺に語り掛ける。

俺は勇者が見てないのを確認した後、しれっと肩をすくめて見せた。


「なに言ってるのかさっぱり分かりませんな、あははっ。というより、さっきの演技よかっただろ?」
「いや、誤魔化せないでよ!なんらかの目的があって来たんでしょ!?ああ、もう……」


クロエは呆れながらも嬉しそうに微笑む。

何故か、包帯を巻いているはずのニアの目が光っている気がするけど……うん、気のせいにするか!気のせいに……


「ニア、浮気じゃないから!」
「……ぶぅうう」
「あはっ、ニアは相変わらずか」


ダンジョンの中にいるとは思えないほどの、和やかな雰囲気が流れる。

そう、俺たちは今15層に来ていた。前を歩いている勇者―――カルツは休憩エリアで俺たちを助けると決めてはいたものの、一度街に戻るのを極力嫌がったのだ。


『いや、このまま攻略を続けるぞ。そもそも今日は17層突破を目指していただろ?』
『で、でも、カルツさん!さすがに今は前に進むより、この子たちを安全な場所へ帰すべきだと思います。この先になにがあるかも分かりませんし、二人とも幼い子供じゃないですか!』


無理強いをした勇者に抗議をしたのは、案外ヒーラーのアルウィンだった。

彼女は聖職者だから、行き場を失った子供たちに対して色々思うところがあったのだろう。だけど、アルウィンの主張は受け取られなかった。


『なら、ちょうどいいな。いつかは人質を抱えたまま戦う場面があるかもしれない。この子たちを守りながら15層を突破しよう』
『ちょっ、カルツ!?15層は本格的にボス部屋に近いところでしょ?何が出るかも分からないのに、子供たちを守りながら戦うなんて普通に無理じゃん!』
『……ブリエン。君さえもクロエと同じようなことを言うのか。俺がさっき言ったはずだろ?いつかは誰かを守りながら戦う場面が来るかもしれないと。そのための予行演習としてはちょうどいいじゃないか』
『で、でも……!!』
『休憩は終わりだ。さぁ、さっさと行くぞ』


というのが、今までの大まかな展開だった。ブリエンとアルウィンは結局勇者に従うしかなく、クロエはそもそもカルツを止めることを諦めたらしい。

……こいつ、マジで原作通りだなと、ため息をつきそうになった。

シナリオでもこういう性格だったのだ。正義感と責任感があってそれなりにリーダーシップもあるものの、カルツには決定的に足りない部分がある。


『……やっぱり人の気持ちを汲めないな、お前は』


共感能力。それこそが、カルツにもっとも足りない能力だった。

自分の理想を周りに突き付けて、その理想に従わないヤツを勝手に悪として規定してしまう。相手の事情を聞く気もない、サイコパスに近い英雄。

それこそが、このゲーム世界―――ダーク・ブラッドオンラインの主人公なのである。


『クロエを助けるついでに、ヤツの性格も確かめておきたくて来たんだけど……これはもう、ダメだな』


少しばかり複雑な気持ちが湧いた。彼は俺が4年もゲームキャラとして接してきた人物なのだ。簡単に敵に回したくはない。

――でも、カルツの行き過ぎた正義は反吐が出るほど醜くて、自分勝手なものだ。シナリオを全部見た俺には分かる。

やっぱり、敵対することになるか……そうやって観念していた瞬間。

急に周りから光が消え、不吉な音が空間を満たす。


「――――っ!?敵だ!みんな気をつけろ!」


カルツの鋭い声が鳴り響き、間もなくしてシャーシャーっとモンスターたちの音が聞こえてくる。

この音、そして周りが真っ暗になるパターン……これは、タランチュラだ!


「っ!?アルウィン!!」
「きゃあっ!?あ、ありがとうございます、クロエさん……!!」
「くそ、なんだこの糸は……!」


クロエが身を投じてアルウィンを助け、4人は困惑した顔で上を見つめる。

魔力視野で確認すると、敵は大体10匹くらい。毒蜘蛛モンスターたちはいつの間にか俺たちを包囲していて、糸と毒の唾液を吐こうとしている。


「……カイ、殺してもいい?」


魔力視野を使ったニアは、俺やクロエと同じく状況をしっかり把握できていた。

すぐにでも目の包帯を解こうとするニアの手を、俺はぎゅっと握る。


「いや、俺たちの出番じゃない。ここは一旦隠れよう」


今の俺たちはあくまで、ダンジョンの中で遭難してしまった哀れな少年少女だ。勝手に行動に出るわけにはいかない。

それに、万が一にも正体がバレたらやっかいなことになる。だから、俺たちは隅っこで息を潜んで、勇者たちの戦闘を眺めることにした。

幸い、カルツはすぐに魔力視野を働かせて、壁にくっついている蜘蛛に向かって飛び立つ。


「死ね―――ディバイン・カッター!!」


―――早い。

たった一瞬で、忌々しいCランクモンスターのタランチュラは5等分に切り裂かれ、消滅してしまった。

カルツが今使ったスキルは、Bランクの神聖スキル。思ってたよりずっと成長が早くて、つい目を丸くしてしまう。

伊達に聖剣に選ばれたわけじゃないってことか。でも――――


「ライジングアロー!どうよ、これが世界樹の力―――っ、きゃあっ!?」
「ぶ、ブリエンさん!?」
「ブリエン!!!」
「あ……ぅっ」


……戦型を整えながら戦うとか、仲間を守りながら戦うとか。

こいつにはそういう概念が、薄い。前で仲間を守るべきヤツがモンスター狩りにだけ集中しているから、後衛がやられるのだ。

実際に、毒針に刺さったっぽいブリエンは肩を掴みながら苦しそうに悶えている。

アルウィンはパニック状態で、クロエは歯を食いしばりながら敵の攻撃を短刀で弾いていた。


「っ!?ブリエン、怪我をしたのか!!」


ようやく状況を把握したカルツが戻るものの、状況はもう最悪。

すっかり包囲されていて、このままじゃみんな毒針でハリセンボンになってしまう。


「……カイ」
「………………」


……仕方ない。ここはクロエのためにも前に出るべきか。はあ、なんでこんなことに……。

そうやって嘆いていた、その瞬間。


「これはこれは、危なっかしいですね~~」


一人の男が、暗闇から姿を表す。

腰まで伸びているベージュ色の長髪に、糸目。流し目で見ただけでも、俺は彼の正体に気づいてしまった。

ゲベルス・ゾディアック。

勇者にクロエを殺すよう促した黒幕が、目の前に登場したのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について

ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに…… しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。 NTRは始まりでしか、なかったのだ……

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...