上 下
4 / 111

4話  初めて触れる優しさ ~5014番サイド~

しおりを挟む
私にだって、母親はいた。

でも、あの人は親と呼んでいいのかと思えるくらい、酷い人間だった。隙あらばと私を殴って、蹴って、髪を引っ張って爪で肌をひっかいたから。

もちろん、その人の振る舞いもある程度は納得がいく。

私の体には、悪魔が宿っているから。


『憎いだろ?あの女を殺したいだろ?一回だけでいい。一回だけ、出てきてと言えば君は楽になれるんだぞ?』
『……黙って』


いつから体に悪魔がいたのかは、分からない。

ただ、あの人が言うには生まれた時かららしい。事実だと思った。幼い頃からずっと、頭の隅っこでは悪魔が喋っていたから。

それに、私が生まれ持った魔力はどうやら、悪魔が司る黒魔法に属するものらしい。

だからこそ悪魔の力とも相性がよく、その膨大な魔力を持っているせいか……生まれた瞬間から呪いをかけられたというのが、あの人の説明だった。

そして、私にそのすべてを語った翌日、母は首を吊って自殺した。


『お母さん?』
『………………』
『……死んだんだ』


死体は喋らない。いくら声をかけても目は閉じられたままで、口が開かれることもなかった。

母の死に開放感を抱きながら、私はようやく一人になった。

だけど、私の中にある悪魔が見れる人たちはみんな、私を煙たがっていた。毛嫌いしていた。

小石を投げられて、卵を投げられて、罵声を浴びせられた。

幸い、スラム街で運営される養護施設に預けられたけど、そこでも私はずっと一人で。

そして、施設を管理してくれた管理人さんが死んだ後―――私は、施設を脱出してある場所へ向かった。


『シュビッツ収容所。行き場を失った孤児たちが、一番手っ取り早く死ねるところ』


不法の人体実験が行われ、一日に50人以上の子供が殺される地獄。

ここへ来たら、私も死ねると思っていた。ようやく、すべてから解放されて楽になれると思っていた。

だけど、ここに来ても私は一人だった。みんな私を怖がっていて、魔術師たちは私に生体実験も施してくれなかった。

死にたい、死にたい、死にたいと毎日願った。

でないと、悪魔の言葉に頷きそうになるから。殺人が甘く感じられそうだから。


『………もう、いいっか』


でも、そろそろ限界だった。悪魔の声は24時間私の頭の中に詰まっていて、魔力が溢れる体は疲れという概念を知らなくて……無限に動く。

私はただ、楽になりたかっただけなのに。でも、死ぬことで楽になれないなら―――他に方法はない。

そう、悪魔になろう。悪魔になって、すべてを……私を捨てたこの理不尽な世界を、潰してしまおう。

黒い靄が魂を飲み込んだ。あと一言、出てきてと言いかけていたその時に―――


『これ飲んで。この三日間、ほとんどなにも食べなかったでしょ?喉も乾いているだろうし、ほら』


私は、私の運命を変えてくれる人に出会って。

未来永劫、自分が恋してしまう人に出会ってしまった。





何故だか、その少年はやけに私を気にかけていた。

生まれつきの感知能力があるから、私には分かる。この少年は、誰よりも鮮明に私の中の悪魔を目にしているはずだ。

なのに、彼は一切態度を変えなかった。むしろ初めての時より丁寧に、優し気に、私に接してきた。


『あなたの名前は?』


だから、私もこんなくだらないことを聞く。

裏切られるかもしれないのに。捨てられるかもしれないのに、軟弱な私は聞く。

少年はしばらく間をおいて、5025番と答えた。その答えに、私はがっかりした。

やっぱり、信じてはもらえないんだ。やっぱり、私のことを化け物だと認識しているんだ。

だけど、違った。彼曰く今までの記憶がまるでないようで、ウソだとは思えない真面目な声で説明をしてくれた。

そして、なにより――――


『一つ、かけをしない?』


出会ってたった一週間で聞いたその言葉に、私の疑いは完全に吹き飛ばされてしまった。

死にたいと何度も繰り返して言ったというのに、私の死を認めてはくれないのだ。私が生き残ったら、彼の勝ちで。

そのかけに負けることはないと、私を助けると……あの子は言ってくれた。


『………………………』


人生で初めて触れる優しさ。

人生で初めて感じる温もり。言葉に表現できないものが心の底から湧き上がって、どうにかなりそうだった。

だから、気づいた時には自然と口が動いていた。あなたのために生きると。

あなたのために生きると、2回くらい繰り返しで言った。私は本気だった。

私を助けたいと言ってくれたのは、あなた一人だけだったから。

それだけでも、私のすべてを捧げる十分な理由になる。


「………どうしてそんなに見てるの?俺の顔になんかついてる?」
「ううん、なにもついていない」


……といっても、私の存在が彼の危険になったら、いつだって消え去るつもりだった。

私は結局、化け物だから。私が傍にいることで、彼が傷つくかもしれない。彼が危ない目に遭うかもしれない。

それを想像するだけでも、背筋がゾッとして反吐が出そうになる。

そっか、私の心はもうこの子のものなんだと心底感じていた、その時。


「おい、なに寝てるんだよ、お前ら!起きろ!家畜に睡眠は要らねーんだよ!!」


印象の悪い男が、ベッドが連なっているこの部屋に入ってきて。

それから、何人かの子供たちを見た後―――まるで自慢するように、口角を上げながら言った。


「今から、ここで実験体を選び出してもらうぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...