41 / 65
抜山蓋世
しおりを挟むそうだっ、ユキちゃん!
背後にいるユキちゃんの存在を思い慌てて振り返ると、彼は顔を真下に向けていた。未だぼろぼろと涙が地面へ落ちていく。土は雨が降ったかのように所々色を濃くしていた。
「ユキくん・・・・・・」
「ふっ――
小さく声をかけると、ユキちゃんは声を漏らしてしゃがみ込んでしまった。手で次から次へと流れてくる涙を拭い取り、静かに泣いている。まさにしくしくという言葉が当てはまるような泣き方だ。見ているだけで胸が締め付けられた。
どう声をかけていいかわからない。目の前で思いきり泣いている人を励ましたりするなんて、今まで友達すらまともにいなかった俺にとっては難易度が高い行為なのだ。
どう声をかければ良い?なんて言えば良い?肩を優しく叩く?背中を擦る?それともやさしく抱きしめる・・・・・・?
最近コンからもの凄く拒絶されたことが頭に残っており、行動に移すことが憚られた。突然身体に触れたら、嫌われてしまうかもしれない。
結局俺は、何を言うことも何をすることもできず、落ちて潰れてしまったおにぎりを黙って拾うことにした。手に触れる米粒の塊は、まだ温かい。せっかくユキちゃんが心を込めて握ってくれたおにぎり。俺の、懐かしき故郷の食べ物。
湯気を立てていたものは、今は割れて中身が零れてしまっていた。悲しい。
トレーの砂を払い拾い上げたおにぎりを二つ、その上に置く。中身がほとんど零れてしまったお椀も、外側に垂れた汁を拭って隣に置いた。
もったいない・・・・・・。砂に塗れた食事を見て、そう思った。味噌汁の方はほぼ残っていないが、おにぎりなら砂を払えばギリギリいけるか・・・・・・?
「昨日、両親から送られてきたんです・・・・・・」
おにぎりを手に取り食べられるか考えていたら、少し涙が引いたらしいユキちゃんが涙声で話し始めた。
「僕の両親、近くの農場で畑やってて・・・時々作ったものを送ってくれるんです。か、顔のせいで米しか作らせて貰えなくて経済的にもぎりぎりのところだったんですけど、ナナミさんのお陰で段々その味が認知されるようになって、それで売れ行きも良くなってきて。だから、そのお礼だって、昨日店宛てに届いたんです。だから、今日はおにぎりにしようって思って・・・・・・」
そこまで言うと、ユキちゃんの目から再び涙が滲んできた。今手の上にあるおにぎりに、そんな背景があったなんて。普通の、いや普通と言ったら語弊があるけど、近くの卸業者の人から入手したいつもの米とはひと味違うとは思っていたが、まさかユキちゃんのご両親が作られたものだったとは思わなかった。
「せっかく、父さんたちがつくってくれたのにっ・・・・・・」
潤んだ瞳で俺の手の中の崩れたおにぎりを見て、ユキちゃんは再び泣いた。
自分の親が作ってくれたものがこんな目に遭わされたら、それは悲しいよな・・・・・・。ユキちゃんの泣き声に心臓がズキズキと痛む。鼻を啜る彼の横で、俺も目の奥がじんと熱くなってきた。
砂の付いたおにぎりが滲んでくる。俺は考えるよりも先に手を動かしていた。
「なっ、ナナミさんっ!!?何やってるんですか!?汚いですやめてください!!!」
砂粒の付いた面を剥って無事な部分を口に入れた俺にユキちゃんは驚愕し、細い腕からは想像できない程の強い力で腕を掴み、さらに口に運ぶのを阻止してきた。驚きのためか涙は吹き飛んでおり、食べ物ではない物を口に含んだ赤ん坊に対して『ぺっしなさい、ぺっ!』と言っている母親のようになってる。
「おいしい。ユキちゃんのご両親が作ってくれたお米、めちゃくちゃおいしいよ」
少しだけ涙が出てしまったかもしれない。恥ずかしながらやや震えた声でそう告げると、ユキちゃんはまたまた泣いてしまったのだった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
元Sランクパーティーのサポーターは引退後に英雄学園の講師に就職した。〜教え子達は見た目は美少女だが、能力は残念な子達だった。〜
アノマロカリス
ファンタジー
主人公のテルパは、Sランク冒険者パーティーの有能なサポーターだった。
だが、そんな彼は…?
Sランクパーティーから役立たずとして追い出された…訳ではなく、災害級の魔獣にパーティーが挑み…
パーティーの半数に多大なる被害が出て、活動が出来なくなった。
その後パーティーリーダーが解散を言い渡し、メンバー達はそれぞれの道を進む事になった。
テルパは有能なサポーターで、中級までの攻撃魔法や回復魔法に補助魔法が使えていた。
いざという時の為に攻撃する手段も兼ね揃えていた。
そんな有能なテルパなら、他の冒険者から引っ張りだこになるかと思いきや?
ギルドマスターからの依頼で、魔王を討伐する為の養成学園の新人講師に選ばれたのだった。
そんなテルパの受け持つ生徒達だが…?
サポーターという仕事を馬鹿にして舐め切っていた。
態度やプライドばかり高くて、手に余る5人のアブノーマルな女の子達だった。
テルパは果たして、教え子達と打ち解けてから、立派に育つのだろうか?
【題名通りの女の子達は、第二章から登場します。】
今回もHOTランキングは、最高6位でした。
皆様、有り難う御座います。

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜
月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。
蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。
呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。
泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。
ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。
おっさん若返り異世界ファンタジーです。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる