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第2.5章『魔王懐柔編』

115 騎士、救われる

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 様子を伺っていると、貴族の女性は墓の前に来るとそれぞれの墓に花を置いていく。
 初めからここに来るのが目的だったようだ。

「お墓参り……ですか?」
「はい。旦那のために戦ってくれた騎士たちのお墓ですから」
「っ……!」

 女性の言葉にカリウスの手が震える。
 どうしたものか、声を掛けようにも入れない空気だ。

「貴方にも感謝をしなければなりませんね」
「……知ってるでしょう? オレは……何もしていない。何もできなかったんです。戦っていたのは、こいつらです」

 俺がカリウスの立場だったら、同じように感謝は受け取りたくない。
 罪悪感に押しつぶされそうになる。ただ共感しているだけでこんな気持ちになるのだ。カリウスの罪悪感は計り知れない。

「それでも、騎士としてあの場にいたのですからこの感謝を受け取ってください。それとも……旦那を守ろうという意思は無かったのですか?」
「そんなことは!」
「ならよいではないですか。私には分かります。貴方はあの時戦えていたら、きっと全力を尽くしてくれていただろうと」
「それでも……オレにそんな資格はありません」

 俯いたまま動かないカリウス。
 重い空気に目を逸らしたくなる。あ、子供が近づいてきた。
 おーどうしたどうした、お兄ちゃんエルフの王女様といつも遊んでるから遊び慣れてるんだぞー。
 え、お姉ちゃん? お兄ちゃんだって。嘘ついてないよ!!!

「そうですね……なら、亡くなる前の旦那の話を聞かせてください」
「え……」
「貴方しか知らないことです。教えてください」
「お父様の話ですかー?」
「ええ、そうよ。この騎士さんが話してくれるの」
「本当!? 聞かせてください!」

 ああ、子供が俺から離れていく……
 でもまあ仕方ないよね。そういうことなら俺たちは会話には入らず黙っていよう。
 ルインも黙っててくれてるし。興味がないだけかもしれないけど。

「――――という会話をしていました。オレたち騎士にも気楽に接してくれていて……」
「ふふっ、相変わらずですね」
「お父様はすごくお優しいので当然です!」

 騎士と仲良く会話をする貴族か。貴族らしくないな。
 ……あ、俺もか。いや俺は元々普通の人間だし貴族として育ってないからね。
 それにしても、そんな貴族が死んでしまうとは惜しい。生きていたらぜひ会いたかった。

「さて、これで貴方が生き残ってくれた意味ができましたね」
「は……ええっと?」

 ふむ? 生き残ってくれた意味……?
 あっ、そうか。この貴族はそのことを伝えたかったのだ。

「貴方が生き残ってくれたおかげで、旦那の最期の話を聞けたのです。ですから、この感謝を受け取ってください。カリウスさん、生きていてくれてありがとうございます」
「聞かせてくれてありがとう、騎士のお兄ちゃん!」
「ぁあ……」

 二人からの感謝の言葉に、カリウスの目から涙が零れた。
 生き残ったことに意味があった。誰かのためになれた。地獄の中生き残ってしまったことは無駄ではなかった。
 そう思わせてくれるだけで、今のカリウスは救われるだろう。

「は、ははっ……そうか、生きてたから……か……」

 泣きながら笑顔になるカリウス。よかった、これで心置きなく戦ってくれるだろう。
 生きていることに意味を見出す、か。俺はどうなのだろうか。
 淡々と毎日を過ごしていた。一応、俺はあの人のために頑張っていた。それでも、誰かのためになっているという感覚はあまり感じなかった。
 今のこの世界だと、みんなのためになってるのかな。

「っ、レクトくん。あれ!」
「えっ」

 そんなことを考えていると、突然何かが墓の周辺に飛んできた。
 ルインに言われて気付いた。く、気を抜きすぎたか。
 飛んできた丸い物体は、プシューと音を立てて辺りに煙をまき散らした。
 煙玉! 目くらましか、敵はどこからくる?
 ええい面倒くさい、とりあえずこの煙をどうにかしよう。

「〈竜巻トルネード〉!」

 空に向けて〈竜巻トルネード〉を発動させる。
 辺りの空気が巻き上げられ、煙が晴れていく。
 気配で気づいてはいたが、五人の男が俺たちを囲んでいた。丘の陰に隠れていたのだろう。
 そう、あの時のように。

「な、なんだこいつ!?」
「くそっ、どうなってんだ!」

 俺が第三魔法を使ったことにより男たちがどよめく。
 一方それを見たカリウスはあの時のことを思い出したのか口を開けて呆けていた。
 そして拳を強く握りしめると、剣を手に取る。カリウスが強く睨みつけると、男たちはひいっと悲鳴を上げた。

「お前ら、何者だ」
「くっ、逃げるぞ!」
「逃がすかよ! 〔騎士の鎧ナイトオブアーマー〕」

 おお、いきなり全力か。
 〔騎士の鎧ナイトオブアーマー〕はカリウスの武装、鎧の名前だ。騎士としての意志が形になったものだからそういう名前にしたらしい。
 しかし今の動きを見ただけでも男たちは明らかに格下。本気を出すまでもない。カリウス一人でどうにかなるだろう。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」
「く、来るなああああああ!!!」

 お、おい……流石にまずいんじゃないか。
 あそこまでの勢いは過剰すぎる。怒りで我を忘れているのか。

「カリウス! 落ち着いて!」
「絶対に、逃がしてたまるか!!!」
「わー、ありゃダメだ……どうしよう」

 カリウスには俺の声が届いていないようだった。

「ルイン、逃げた残りの四人を殺さずに捕まえて!」
「ん、了解だよー」

 とりあえずカリウスが追っている一人をどうにかしよう。
 残りはルインに任せる。まだ殺しちゃいけない。

「ダメだカリウス! 止まれ!」

 俺もカリウスを追って走り出すが、この距離じゃ間に合わない。
 魔法でも使って止めようかと思うが、それでも間に合わないだろう。
 どうする、どうすればいい。
 短い時間の間に様々なことを考えるも何も思いつかない。とにかく走るしかないと思ったその時。
 カリウスが転んだ。

「ぐあっ」
「ひっ……」

 今まさに斬りかかってきた騎士が転んだ。なんとも間抜けだが、死ぬ寸前だった男はそれどころではない。
 腰を抜かして青い顔をしている。生きててよかったね。

「ハァ……ハァ……殺さないと、今度こそ!!!」
「ひ、ひぃぃ……!」

 転んでもなおカリウスの殺意は消えていなかった。
 全員逃がさないつもりなのに一人を狙う。もう正気を保っていられないのだろう。

「こーの馬鹿野郎! おバカ!!!」

 ようやく追いついた俺は、立ち上がろうとしているカリウスの頭をぶん殴ったのだった。
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