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魂玉石~想いの絆~ 後編
魂玉石~想いの絆~ 後編
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4 姉弟
「う~、気持ち悪い……」琥珀は顔を青くさせ気持ち悪そうにしていると「大丈夫ですか? 琥珀様……」と翡翠は琥珀の背中をさすっている。「オイ、お前吐くなよ。吐いたら殺す」と蓮は馬車を運転し琥珀を見ずさも不快そうに言った。「そんなこと言ったって……うぅ」琥珀は完全にダウンした。「琥珀様?」翡翠が悲痛そうに言う。蓮が「ほっとけ。乗り物酔いだから馬車から降りればすぐ治る」と言い「とりあえずこの方角であっているのか?」蓮の質問に琥珀は「あぁ……うん。あと峠を一つ越えたところに僕の村があるんだ……」と苦しそうに言うと蓮は「じゃあ、お前も家族に会えるんだな。やっぱり嬉しいか? 家族に会うのは……」と聞くと琥珀は少し黙り「……うん、まぁ」と曖昧な返事をした。蓮は琥珀の返答に疑問を持ちながらも馬を走らせた。その日の夜は野宿になり村に着くのは明日になった。琥珀は火の番をし隣で眠っている翡翠を見た。翡翠は無邪気な寝顔で熟睡している。この翡翠からは司教剣と戦った時の翡翠の面影は微塵(みじん)も見られない。だからあれが本当に翡翠なのかも解らない。琥珀が考えていると眠っていたはずの蓮が「お前もやっぱり考えているのか?」と聞いた。「れ……蓮? 起きてたの?」琥珀は驚き連を見た。蓮は「あぁ」と答えた。蓮は起き上がり「妖の中には稀(まれ)に変化の術を使えるものもいるがあれは変化の部類ではない。ハッキリ言えば別物だ……」と真剣な面持ちで言った。確かに妖の中には変化の術を使える者もいる。とは言えピンからキリまでだが。実際、翡翠も人化の術を使い妖狐の耳を隠し人間に化けている。しかし、翡翠にはそれが限界で大人に化けたりするのは出来ない。第一仮に大人の姿に化けられても力までは変わらない。「……翡翠には何か秘密があるのかな? だったら、あの時翡翠の鬼姉さんに聞いておけばよかったかな?」琥珀の言葉に蓮は「鬼姉さん?」と聞き返した。琥珀は蓮に今更ながら翡翠と一緒に旅をしている経緯を話した。すると蓮は「それは随分血も涙もない姉だな……」と言い「しかし、そうなると余計によく解らない……いくら妖狐の掟を破り追放してまるで琥珀に預けるようなことをしたんだ? まるで、何かを試しているような……」と蓮は考え込み「試す……」と呟くと翡翠が寝言で「琥珀様ぁ~」と言い「とりあえずもう見張りは交代の時間だ。琥珀……お前は寝てろ」と言うと琥珀は「じゃあ、お言葉に甘えて……」と言い琥珀は眠りに落ちた。
翌日峠を越え暫くすると村が見えてきた。「あっ? 僕の村が見えてきた!」と言い村の入り口に馬車を停車させ琥珀達は馬車から降りた。「んー、やっぱ地に足が付くってイイなぁ~」と言い背伸びをした。翡翠に至ってはフラフラし「なんか足に力が入りません」と言うと蓮が「長時間馬車に乗っていたから感覚が麻痺(まひ)してるんだろう。大丈夫だ。すぐに馴れる」と言った。「じゃあ、先(ま)ずは馬車小屋に行って北斗(ほくと)号と七星(しちせい)号を預けないと……」と言い馬を引き始めた。「おい、疾風号と流星号じゃなかったのか?」と蓮はツッコんだ。馬車小屋に行く途中一人の娘と出会った。「あっ! 琥珀じゃない? 帰ってたの?」と元気よく気さくに声をかけてきた。「久しぶり菊野(きくの)!」と琥珀が挨拶すると菊野と呼ばれた少女は「いやぁ、おっきくなったわね! 前会ったときはこれくらいだったのに!」と言い親指と人差し指で大きさを表した。「だね。もう五年ぶりだもんね……」と琥珀が笑顔で答えると菊野が「もぉー、ここはツッコまきゃ! こんなに小さくないよって!」と言い琥珀の背中をバンバンと叩いた。「ゴホゴホ! 菊野苦しいって……」と琥珀が咳込むと人化の術で人間化した翡翠が「琥珀様に乱暴しないで下さい!」と言った。「?」菊野は翡翠を見て「様?」と呟き琥珀と翡翠を交互に見た。そして「SMプレイ?」と言い琥珀は「違うから……」と言い菊野に翡翠と蓮を紹介した。
「な~んだなんだ! 一緒に旅してるだけか? 私てっきり琥珀が犯罪に走ったのかと心配しちゃった! アハハ!」と菊野は一人で勝手に笑い転げている。蓮が「おい! この変な女は何だ?」と聞くと琥珀は「この村の神社の巫女(みこ)で祭事(さいじ)を取り仕切っている。見た目はこんなだけど……」と言うと「ちょっとぉー! 見た目はってなによぉ? 私はこれでも巫女の仕事ちゃんとしてるわよぉー!」と菊野は口を尖(とが)らして言った。すると後ろの方から「菊野様!」と言う声が聞こえた。そこには村人の女性がいた。「あぁ、なに? なんか用?」と菊野が面倒臭そうな表情と声色で聞いた。すると女性が「祭事の儀式の練習をさぼって何をしているのです?」と聞くと菊野は「今は休憩休憩! 心の友と折角会えたんだから!」と言うと女性は琥珀を見て「なりません! 菊野様みたいな巫女ともあろうお方がこんな呪われた子と……」と言うが菊野は聞かず「そう言えばもうじき収穫(しゅうかく)祭(さい)ね! ねぇ! 琥珀達いつまで村にいるの? 収穫祭までいるよね? ね?」と菊野が有無を言わさず聞いてきた。すると琥珀が「いや、刀が治ったらすぐに……」と言い掛けると菊野が笑顔で「い・る・よ・ね?」と聞いてきたので琥珀は気迫に負け「……います……」と仕方なく言い「よっし! 私張り切っちゃおー!」とガッツポーズをとると後ろにいた女性は瞬間物凄く嫌な顔をして「さぁ行きますよ! 菊野様!」と言い菊野の首根っこを掴んで引っ張り始めた。「あ! 翡翠ちゃーん! 後で神社に来てー! 後で着せたい服あるからー!」と言い翡翠は「え……あ……はい……」と困惑しながら返答し琥珀が「じゃあ、行こうか?」と先を促(うなが)した。その姿を見ていた菊野は「やっぱり翡翠ちゃん(あの子)瑠璃(るり)姉ぇに似てるなぁ」と小さく呟いた。馬車小屋で疾風号改め北斗号と流星号改め七星号を預けた後村のお婆さんが「おや? 琥珀かい? 帰って来てたんかい?」とゴミでも見るような目で琥珀に聞いてきた。「あ! 久方ぶりです」と挨拶するとお婆さんは「いつまでいるんだい? 早いとことっと出て行ってくれないかい?」と言うとそそくさと琥珀達から離れて行った。「琥珀……貴様本当にこの村出身か? その割にはこの村の奴らはお前に対していい対応をとっていないが……」と蓮が言うと琥珀は「仕方ないよ。僕達姉弟(きょうだい)は変わっていたから……」と言い「そう言えば琥珀様の実家はどこです?」と翡翠が言い「そうだな。お前も家族に会うのは楽しみなんだろ? 早く実家に行って親に顔を見せて来い」蓮の言葉に琥珀は「これから……」と言い丘の上を上り一軒の古民家に辿り着いた。「僕の家族がいるのはここなんだ……」と言い「柘榴(ざくろ)さん……ただいま戻りました」と勝手に家の戸を開けた。すると部屋の片隅には白銀(はくぎん)の長髪の後ろ姿の青年がいた。何かを調合しているようだ。すると、青年が「ハの伍」と言い琥珀は寸分の迷いもなくハの伍の棚を探し当て中から薬草を取り出した。青年は更に「イの三」と言いまた琥珀は寸分の迷いもなく棚を探し当て薬草を取り出した。そんな作業を繰り返して十分後……。「やった! 遂に神経痛(しんけいつう)の薬が完成したぞ!」と青年は嬉しそうに言った。「いやぁ、これも手伝ってくれたキミ達のおかげだ!」と言い青年は振り向いた。青年はまだ若く整った顔をしていた。「……って琥珀? 帰ってたの?」と青年はきょとんとした顔で言った。「柘榴さんまた薬作りに没頭していましたね……」と琥珀はやれやれと言った表情で言った。柘榴と言われた青年は「熱中しちゃって、つい……ね!」とてへっという表情をした。「……で、この人達は?」と柘榴が聞くと翡翠が「翡翠です!」元気よく自己紹介をし蓮は「蓮だ……」とぶっきらぼうに自己紹介をした。「自己紹介どうも。ならば私も自己紹介をしよう。私の名は柘榴。元、王室お抱えの薬師(やくし)と霊術師であり琥珀の剣の師匠だ」と言うと蓮が驚いた。何故なら柘榴はどう見ても二十代半ばだ。いくら何でも若すぎる「こんな若者が王室お抱えの薬師だと……確かに薬師になる年齢は決まってないがこんな若者が……」と呟くように言うと柘榴は「安心してこの姿は薬で見た目だけ若くしてあるだけだから。こっちの姿の方が女子受けいいし! 実際は五十代半ばのおじさんだよ!」柘榴はけらけら笑いながら言った。「それより柘榴さん……」と琥珀が口を開き立ち上がり「あぁ、琥珀の大切な宝物はちゃんと保存してあるよ。じっくり挨拶してきなよ……」と言い立ち上がると壁にあるふすまを開けると地下へと続く階段が現れ「これから二人に会わせたい人がいるんだ」と言い琥珀は地下へと降りていき翡翠と蓮も続いて降りて行った。その様子を柘榴は気の毒そうな表情で見ていた。地下は寒く所々氷が張っている。「うぅ~、さぶいです……」翡翠がガタガタ震えると琥珀が「もうちょっとだから我慢して……」と言い先を急ぐ「ここまで来て何もなかったら斬るぞ」と蓮は言った。そうこうしてるうちに最下層に着いた。最下層は開けており、より一層寒かった。その部屋の中央に棺があった。棺の周りに花がいくつも供えられており棺を囲むように供えられていた。琥珀達は棺に近づいた。棺の中には十七、八くらいでこの間の成長した翡翠に似た金髪の少女が眠るように横たわっていた。「琥珀様……この人は?」と翡翠が聞くと「僕の姉さん。瑠璃姉さん……と言ってももう僕の方が年上だけど……」と琥珀は複雑な表情をして言った。「姉さんはずっと眠っているんだ。十年前のあの日から……」と言うと蓮が「眠っているならオレの法術で目を覚めさせてやる」と言い蓮は瑠璃の額に人差し指を当てた。その瞬間蓮が「……無理だ」と言った。「え? なんでです?」と翡翠が聞くと「こいつは……瑠璃は……死んでいる……」と言った。すると琥珀は「姉さんは死んでなんかいない! 眠っているだけだ!」と言い死体の瑠璃に問いかけるように「姉さん……久しぶり。五年ぶりだね。紹介するよ、僕の友達の翡翠と蓮。二人ともイイ人なんだ……」死体の瑠璃は当然クスリとも笑わず黙って横たわっている。「やっぱり姉さんは笑わないね……」と悲しそうに言い「じゃあ上に上がろうか?」と言い三人は上に上がり琥珀は刀鍛冶の所へ行くと言い村へ向かい翡翠と蓮は柘榴特製のお茶をご馳走になっている。やがて蓮は「琥珀は精神的に病(や)んでいるのか?」と柘榴に聞くと柘榴は「……病んでないよ。どちらかと言えば正常な方だ」と言った。だが蓮は「……あれは死体だろ。魂を感じられないし異常なほど冷たい……」と言うと「薬で腐敗(ふはい)を防いでいる。それが、私の弟子になる交換条件だし何より彼は壊れてしまう……」と辛そうに言った。「一体琥珀様とお姉様は何があったんですか?」と翡翠は心配そうに聞いた。すると柘榴は「私も琥珀から聞いただけだからよくは知らないけどあの子……琥珀にとっては瑠璃と言う姉は姉であり母親らしい……」と言った。そして柘榴は続ける。柘榴の話によれば琥珀の親は琥珀が小さい頃亡くなったらしい。だから親と過ごした記憶はあまり無くその代わりいつも年の離れた姉瑠璃が面倒を見ており一身になって育てた。その為琥珀にとって瑠璃は母親みたいな存在らしかったらしい。ところが、琥珀が十歳の頃、村に野盗が押し寄せ野盗に襲われた琥珀を瑠璃が庇い死んでしまった。「……私はちょうどその頃王室で薬師をしていたがやめて生まれ育ったこの村に帰郷した時に姉の死体の前で泣きじゃくってる琥珀を見てこの子には剣の才能があると見抜き弟子になる代わりに死体の腐敗を防ぐ薬で瑠璃をこの家の地下に安置した。それから私は琥珀に剣、霊力のコントロールの仕方、薬草の作り方、呪符の作り方等私の知識を余すところなく教えた。実際あの子は呑み込みが早く薬草以外は半分我流が入っているがほぼ完璧にマスターした。ゆくゆくは私の後継者にしたかった。だけど彼はどんな願いも叶えると言われる秘宝魂玉石の伝承を知りそれ以来あの子は魂玉石の話に憑(と)りつかれて私の制止も聞かずに五年前……十五の頃魂玉石を探すと言い出て行ってしまった。そんなあるかも解らないものを……」柘榴は溜め息をつきお茶を啜り「結局のところあの子は姉の瑠璃に依存している大人になりきれていない大人なんだよ。更に言ってしまえば姉が死んだということを精神的に受け止めきれていない子供みたいなものだ……気の毒なものだよ……」と気の毒そうに言いお代わりのお茶を注(そそ)いだ。「あ……お代わり自由に。これはレンゲの蜜から作ったお茶だから美味しいよ」と言い柘榴は自分で作ったお茶を遠慮なく飲んでいる。その時蓮は疑問に思っていたことを聞いた。「なんで貴様薬師やめたんだ? 王室の薬師と言えば役人というほどではないが将来が安定している仕事だぞ……」と言うと柘榴は「女性問題でいざこざ起こしちゃったからやめちゃった!」とテヘペロとして言った。(なんだコイツ……かわい子ぶるな……)と蓮は思い内心イラァッとした。「琥珀様……」と言い翡翠は琥珀を心配した。その時玄関の戸がバァン! と開きぎらついた瞳の菊野が立っており「やっぱり待ってられない……」と言い翡翠と蓮は後ずさり「逃がさないわぁー!」と言い翡翠の首根っこを引っ張りそのまま嵐の様に走り去って行ってしまった。「何事だ……?」と蓮は茫然と呟いた。その頃琥珀は刀鍛冶屋にいた。「えぇっ? 今は刀を作っていない?」琥珀は驚きの声を上げた。「ええ……親父の代は作ってましたけど……刀は人を傷つける道具なので私は……」と若い店主は申し訳なさそうに言った。「……ですか。それじゃあ仕方ありませんよね……」と琥珀残念そうに言い俯いた。その様子を見た店主は少し気の毒に思ったのか「あの……一応親父が作った刀がこの村に一振りだけあるのですが……」と言うと琥珀は顔を上げ「どこですか?」と聞くと店主は気まずそうに「仙道神社です。今は護神刀桃仙(とうせん)として祀(まつ)られてますが……」と言った。(菊野の神社か……)琥珀は速攻で無理そうと思った。何故なら菊野はあれだが菊野の父親は厳格な神主だ。そして、菊野の父親は琥珀達姉弟を嫌っており特に琥珀に対する風当たりは強い。そんな琥珀が護神刀を譲ってくれなんて言った日には……結果は火を見るより明らかだ。琥珀は店主に礼を言い店を出ると溜め息をついた。「これからどうしよう?」と言い歩いていると「なにがどうした?」と後ろから声がしたので振り向くと蓮がいた。琥珀は蓮に事の事情を説明した。そして、蓮が「ならその護神刀を貰いに行けばいいだろう?」と言った。「そうなんだけど……娘の菊野はあれだけど父親は厳格な神主なんだ。そのせいか凄い神経質で僕は……少し苦手……かな……」そう菊野の父親は神経質どころでは済まされない程病的に神経が細かくて自分の思った通りに事が進まないととても不機嫌になり人前でも平気で怒鳴り散らす。だから琥珀は昔から菊野の父親が苦手なのだ。「そういえば、翡翠は? 一緒じゃないの?」琥珀は蓮に聞くと蓮は「あぁ、さっきまでは一緒だったが途中あの菊野と言うイカレ女に捕まって攫われた……」と不機嫌全開で答えた。「菊野が?」琥珀は嫌な予感がして翡翠を迎えに仙道神社に向かった。その頃の翡翠は「さぁ……もう逃げられないわよ!」と菊野は言いじりじりと翡翠に迫っていた。翡翠は怯え「助けて下さい……琥珀様ぁ……」と言い壁に張り付いていた。
琥珀と蓮は仙道神社の前に着き連が「村にしては随分立派な神社だな……」と感心したように言いまじまじと神社を見た。「まぁ、歴史は凄いあるしね……」と言い裏口に周り勝手に上がった。「いいのか? 勝手に上がって?」蓮の質問に琥珀は「勝手知ったる他人の家ってやつだよ! それに子供の頃はよくこうして勝手に上がってたし!」と平然と返した。それに対して蓮は(子供の頃と今は別なんじゃ……一歩間違ったら不法侵入だぞ)と心の中でツッコんだ。「えーと、菊野の部屋は……」と言いながら廊下を進んでいくと「きゃー!」と悲鳴が聞こえた。琥珀が「くっ! やはり遅かったか!」と言い声のした部屋の向かい障子を勢いよくガラッ! と開けた。そこには「きゃー! その恰好ならどんな殿方(とのがた)もイチコロだわー!」と狂喜(きょうき)乱舞(らんぶ)する菊野と神社の巫女(みこ)装束(しょうぞく)を着た涙目の翡翠がいた。(やっぱり……)と琥珀は思った。しかし、そう思っている間も菊野は色んな服を出してきて翡翠に着せようとする。蓮は事情が呑み込めず「どういう事だ?」と聞いてきた。それに対して琥珀はげんなりした様子で「見ての通りだよ」と答え「菊野は小さくてかわいいものに弱いんだ」と答えた。翡翠は琥珀を見ると「琥珀様―!」と駆け寄り琥珀の後ろに隠れ足元にしがみついた。「あー! なんで逃げるの! 次は着物、あ? でもこっちもいいなぁ!」と菊野は勝手に話を進めている。それに対して琥珀が「いい加減にしろ……」と言い菊野の頭をゴチンとぶった。「いった! なにするのよ!? って琥珀に蓮!? なんでいるのよ!? 不法侵入で訴えるわよ!」菊野の言葉に「菊野は(外見)未成年(みせいねん)略取(りゃくしゅ)でしょ? 人の事をとやかく言えないよ……」と冷静に返答した「琥珀様~、この人なんか私に色んな服を着せてきます」
すっかり怯えた表情で琥珀の足元をガシッと掴んで震えていた。「菊野。少しは他人の迷惑を考えようよ? 翡翠は嫌がってるから……」と琥珀は言うと菊野は「迷惑がってないわよ! 私は小さくてかわいいものを純粋に愛(め)でているだけ!」聞く耳持たず。琥珀と蓮は溜め息をついた。「とりあえず翡翠の服返してくれないかな? 翡翠困ってるし……ね?」と翡翠に聞くと翡翠は涙目でコクコクと頷いた。「~っ。解ったわよ……じゃあ、あと最後に一着だけ……」と言って来た。「菊野……」と琥珀は物凄いいい笑顔で菊野を見た。その時廊下をどしどしと足音を立てて歩いてくる人物がいた。そして「うるさーい!」という怒声と共にいかにも厳格なそうな中年の神主が現れた。(貴様の方がうるさい……)と蓮が心の中でツッコんでいると「お……お父さん」と菊野が言うと蓮が「お父さん?」と珍しく驚いた。菊野の父親は「うるさい! 静かにしろ! 後なんだ菊野! その部屋の散らかりようは部屋を片付けろ! あとそこの二人もなに勝手に人んち上がっているんだ? 不法侵入で訴えるぞ!」と怒鳴り散らしてきた。すると琥珀が「おじさん……久しぶりです」と遠慮がちに挨拶すると「誰がおじさんだ! 私はまだまだ若い! あと誰だ! お前は?」と尚も怒鳴り散らしながら「ぼ……僕です。琥珀です……」と言い菊野の父親は「琥珀……?」とまじまじ琥珀の顔を見ると「なんだお前か……相変わらず人の家の娘ちょっかい掛けやがって……娘は絶対やらん!」と力強くいうと琥珀は「絶対いりません」とはっきり言うと菊野に怒られた。
琥珀は要件を伏せ護神刀を見たいと言い一行は大広間に行き護神刀桃仙を見せてもらった。琥珀は桃仙を鞘から抜くと氷のように冷たい輝きを放つ刀身が鏡の様に自身の姿を写し琥珀はその姿を見ると「流石名工(めいこう)要作(ようさく)の刀だ」と言い刀を鞘に戻し「さぁ見せたんだ。とっとと帰ってくれないか? 目障(めざわ)りだから……」と追い出すように言うと蓮は「コイツ言わせておけば……」怒りかけたが琥珀は蓮に「落ち着いて……」と言い蓮を制止させ「名工要作の刀はこの村にはもうこれ一本しかありませんか?」と琥珀が聞き菊野の父親は「あぁ、そうだが」とぶっきらぼうに答えた。琥珀は少し考え「良ければこの刀を譲ってほしいのですが……」と言うと菊野の父親は琥珀をギロリと睨むと「今なんて言った?」と聞いた。「だからこの刀を譲ってほしい……ってやっぱり無理ですよね?」と言うと菊野の父親はマグマが噴き出さんばかりの顔で怒り「当たり前だ!」と怒鳴って「これは私の母親があの頑固者に作らせた名刀だ! それを何でお前みたいな呪われた子にやらなければならないのだ!?」と怒鳴り散らし「さぁ早くとっとと帰れ! そして娘の前に二度と姿を見せるな!」と言い境内の放り出された。「琥珀様……平気ですか?」と翡翠が心配し「あのジジイ……」と蓮が怒りを露(あらわ)にして言った。「いたた。ちょっかいかけてるのは菊野なのになぁ……」と琥珀はぼやいた。
「……ったく何なんだ、あのジジイは? いくら何でもあの対応は横暴すぎる!」と蓮は怒り心頭で言うと翡翠も「頑固頭です!」と珍しく怒り菊野の父被害者の会でも設立しそうな勢いだった。「まぁまぁ、あの人は昔からああだから……」と琥珀が窘(たしな)めると「なんでお前はそんな平気そうなんだ? あんな風に言われて!」と蓮が言い「いくら村の神社の神主だからって言っていいことと悪いことがあります!」と翡翠もムキになって反論した。(なんなんだこの二人……?)と琥珀は思い少したじろいだ。「それにさっきのお姉さんもだけど琥珀様が呪われ子なんて失礼しちゃいます!」と翡翠はふくれっ面で言った。さっきのお姉さんとは村の入り口で琥珀と村の入り口で話していた菊野を引っ張った女性だ。「あぁ。彼女はこの村の長老の娘で村が野盗に襲われたのは僕達姉弟が呪われているからだと今でも思っているんだ」と言い「じゃあ柘榴さんのうちに戻ろうか?」と言うと「お前の生家は?」と聞くと「……ないよ……」と言った。「十年前野盗がこの村を襲撃した時に生家は焼かれた。それにもし焼かれてなくても姉さんのいない家に帰る意味はないから……」と寂しそうに言った。「琥珀様……」「琥珀……」しかし琥珀は二人の心配をよそに「それにしても刀どうしようかなー? あの親馬鹿頑固神主は刀くれなかったしー」とさり気に毒を吐いた。(あ……やっぱり腹が立っていたんだ……)と翡翠と蓮は思った。こうして三人は柘榴の家に戻った。
「ん、何気に美味い!」と柘榴は絶賛し蓮は「調味料一つで味はこんなに変わるものなのか……!」と言い山菜の天ぷらを食していた。「ありがとうございます! ここ調味料があるんで頑張っちゃいました! 琥珀様どうですか?」と聞くと琥珀は笑顔で「美味しいよ! 多分翡翠はいいお嫁さんになると思うよ!」と言うと翡翠は少し不機嫌になり小声で「琥珀様……女心解ってなさすぎます……」と呟いた。それに対して柘榴がニヤニヤした笑顔で「はは~ん! そういうことか?」と言った。「何がそういことなんだ?」蓮の問いに柘榴はわざとらしく「殿方は女の手料理に弱いよ~! 男性の心を掴むには先ず女の手料理が……」「あー! ご飯のおかわりいりますかー?」と翡翠が柘榴の言葉をわざとらしく妨害した。それにより蓮も意味が解った。(海老(えび)で鯛(たい)を釣る……か)「? じゃあ、おかわりもらうね!」と言い琥珀は茶碗を出した。それに対し柘榴は「夫婦みたいだねー!」と言うと翡翠は顔を赤らめて「夫婦……」と呟くと琥珀が「どちらかというと世話が上手な妹みたいなものだって!」と言うと翡翠がむくれ「琥珀様は自分でご飯盛って下さい……」と言いふくれっ面をした。「え? うん。いいけど……ってか、なんで翡翠怒ってるの?」と琥珀が聞くと翡翠が黙りやがて不機嫌全開の表情で山菜の天ぷらをものすごい勢いで食べ始めた。「?」琥珀は訳が分からずそれを見ていた蓮と柘榴は(天然鈍感大王……)と思った。こうして晩御飯を食べ終えた後四人は思い思いの時間を過ごし翡翠が寝静まった後琥珀は外へ出た。空には満月が浮かんでいた。「もうすぐ祭りの日か……五年ぶりだな」と昔を懐かしむ様に呟いた。そして、姉瑠璃の事を思い出した。瑠璃は昔から変わっており人間と妖は共存できると信じていた。確かに実際は遥か昔は共存していたとお伽噺程度では聞かされているが今は互いが互いを憎しみあい相容れない存在だ。そんな中で瑠璃みたいな存在は疎(うと)まれる存在でしかなかった。そのせいか琥珀自身も村の人間から疎まれ二人は呪われた子と罵(ののし)られ村の連中から忌み嫌われていた。その中において菊野は二人に友好的で菊野は瑠璃の事を瑠璃姉ぇと慕っていた。だが、菊野の父は琥珀達姉弟が気に食わなかった。まず琥珀が男で菊野が琥珀に気があるのが見え見えだからだ。鈍感な琥珀は気が付かないが周囲から見ればバレバレである。そして、菊野の父が更に琥珀を気に食わないのは姉瑠璃の存在である。妖と共存できるという瑠璃の考えは神を冒涜する行為とみなされている。神を崇め奉る神主にとってはそれは許されざる行為でしかない。それらの事が重なり菊野の父親は琥珀が嫌いなのだ。そして、この村では神主は長老よりも権力があり神主の命令で村の方針全てが決まる。そして、菊野の父親が琥珀達姉弟を吊るし上げた。一番の権力を持つ神主に逆らう人間はいない。それが原因で琥珀達姉弟は昔から嫌がらせをされてきたが琥珀は不思議と姉瑠璃の事を一度たりとも憎んだことはない。幼い琥珀にとって瑠璃は唯一の心の拠(よ)り所だった。だけど今、瑠璃は……。「はぁ」と琥珀が溜め息をつくと「溜め息をつくと幸せが逃げるぞ……」気付くと蓮が隣に立っていた。「なんだ、蓮か……びっくりした……何しているの?」琥珀が聞くと蓮が「夜風に当たって詩を考えているんだが……それじゃ不満か?」と蓮が聞いてきたので琥珀が慌てて「あ……ごめん。そういうわけじゃ……」と取り繕った。「大方姉の事を考えてたんだろ?」蓮の言葉に琥珀は「まぁ、ほぼ当り……」と答えた。「……お前、今のままでいいのか?」蓮の問いに「何が?」と琥珀は聞くと「姉の事だ……」と蓮は冷静に答えた。「お前本当は分かってるんだろ。姉は死んでいることを……」「……」蓮の言葉に琥珀は黙った。「いい加減に現実を……」蓮が言いかけると琥珀が「僕の姉さんはかなり変わってて人間と妖は共存できるって言ってたんだ。だけど、周りの人間はそんなこと無理だって言ってそれでも自分の考えを曲げず信じてたら今度は村中の人間から疎まれ僕達姉弟は村の皆から敵視された。だけど、僕は一度も姉さんを憎んだことはないんだ。むしろ心の拠り所だった……本当は分かっている。姉さんはあの時死んだ。僕が殺した……」と言うと蓮は「オレも人のことをとやかく言えないがそんなに自分を責めるものか? その時お前は十(とお)の子供なのだろう。オレみたいに殺しの専門教育受けてなきゃ十の子供が出来ることなんてたかが知れてる……」そう返答した。しかし、琥珀は「違うんだ! 僕が姉さんを斬ったんだ……この手で……」琥珀の言葉に「どういう意味だ?」と蓮は少々驚きながら聞いた。琥珀の言葉によると琥珀は十歳の頃の夜(よ)に野盗が攻めてきた。その時他の村人同様二人も避難していたが野盗の一人に見つかり姉瑠璃は弟の琥珀を身を挺して庇ったが野盗は琥珀から瑠璃を引き離して襲い始めた。十歳の子供でも野盗が何をしようとしているのかは解った。「……気が付いたら僕の目の前には姉さんを襲おうとしていた野盗が血まみれで倒れていたんだ。刺した記憶はないけど感触は覚えている……硬くて力いっぱい刺した感触を……そして、刀は野盗を貫いたけど……」「姉をも貫いた……か」蓮の言葉に琥珀は小さく頷き「あの時姉さん笑っていたんだ……苦しい筈なのに笑って僕に生きてって……」「……」蓮は黙って聞いた。「それから少し経った後柘榴さんが現れて僕が殺した野盗の死体を見て『キミには人を守ろうとする力がある』って言われて弟子になったんだ。だから鍛錬(たんれん)に励んだ。でも、いくら鍛錬に励んでも姉さんは戻ってこない。あれ以来僕はずって罪の意識に捕らわれていたんだ。自分が姉さんを殺したことに……旅の最中もずっと……そんな中翡翠に会ったんだ……僕は姉さんの面影を持つ翡翠を助けることであの時姉さんを助けられなかった罪滅ぼしをしている気になったんだ。翡翠が笑う度姉さんに許されてる気がして……」「贖罪(しょくざい)のつもりか?」蓮の言葉に琥珀は少し黙り「そうだね……きっと僕は翡翠を助けることで贖罪をしているつもりなのかもね。だけどそれは贖罪でもなんでもなくてただの逃げ道なんだ……自分を無理に正当化するだけの……」琥珀は呟くように言い更に「他人に自分のイメージを重ねるのは凄い失礼だとは解っている……僕は最低な人間だ……」と自分を責めた。それに対し蓮は「あぁ、確かに最低かもな……どこまで行っても他人は他人。別物だ。所詮代わりでしかない。今の貴様は翡翠に依存しているだけだ……」と冷たく言い放ち「一つ聞くが仮にもし魂玉石が手に入り姉が生き返ったら貴様どうするんだ?」と聞いてきた。「え? どうするって……」琥珀が言い淀んだ。「このまま村に残るのか? そしたら姉の代わりとしていた翡翠はどうする。犬や猫みたいに捨てるのか?」蓮の言葉に「何を言ってるんだ? そんなことするわけがないだろ!」琥珀が言うと「じゃあ一緒に暮らすのか? 姉と……やめとけ。今の貴様では姉が生き返ったら翡翠は用済みとなりいずれやっかむ。以前貴様に魂玉石の在り処を聞かれた時言わなかったが今は教えてやる。文献通りなら魂玉石は翡翠だ!」蓮の言葉に琥珀は驚き「それってどういう?」と蓮に聞くと「魂玉石は人間と妖の心が交わった時想いの結晶として生まれる奇跡らしい。つまり翡翠をとるか姉をとるかのどちらか一方だ。もっとも今の貴様では魂玉石は手に入らないがな……それだけだ」そう言うと蓮は家の中に入った。家の中の玄関には翡翠が柱に寄りかかり突っ立っていた。「……聞いていたか?」蓮の問いに翡翠は小さく頷いた。蓮は「翡翠……貴様はどうするんだ?」と翡翠に聞いた。翡翠は「私は……琥珀様の力になりたいです!」と言うと蓮は「それは何故だ?」と聞いた。翡翠は「私は琥珀様のことが好きなんです! 恋愛対象として!」と断言した。すると蓮は「やめとけ……人間と妖の恋愛なんて聞いた事がない。仮にその恋が実ったとしても辛い思いをするのは貴様だ。人間と妖は生きる速さが違う。どんなに頑張っても先に人間の方が早く死ぬ。そして貴様は辛い思いをする。だからやめとけ……」と言い部屋に戻ると柘榴が起きており「随分辛辣(しんらつ)なことを言うね?」と言った。「確かに妖と人間の恋は厳しい……辛い思いをするのはお互い様だし」と言った。「……貴様最初から翡翠が妖って気付いてたんじゃないのか? あのお茶……妖の力を制御するやつだろ?」と聞くと柘榴は「なんのことかな?」とはぐらかした。(この男……)と蓮は心の中で怒りながらも布団にヨコになり(人間と妖の恋、か……)と思いフゥとため息をついた。
翌朝一番遅くまで寝てたのは琥珀だった。「ふぁ~、おはよう……」と大欠伸(おおあくび)をしながら起きてきた。「遅いぞ、琥珀! もう八時だ!」と蓮が言うと「皆が早すぎなんだよ……」と琥珀が答えた。「琥珀様~、また夜更かししてましたね? ダメですよ!」と翡翠が腰に手を当てぷんすかと言う擬音語が似合いそうに怒ってきた。「あ……あぁ、ごめん翡翠。次から気を付けるよ……というか翡翠こそ目の下に隈(くま)出来てるよ……」と琥珀は言うと翡翠は無言で「ごめんなさい……少し考え事してて……」と申し訳なさそうに答えた。その様子を見ていた蓮は(原因はオレか……)と思った。「とりあえず朝ご飯にしよう? 折角翡翠が作ってくれたんだし!」と柘榴の一声に琥珀達は席に付き一同は朝食にした。
「ふ~、食べた食べた!」と言い柘榴はお腹をさすった。「お前はどこの亭主だ?」と蓮はツッコむと「それいいね! 僕が長男で連が次男で末っ子の妹が翡翠……」と琥珀が言うと蓮が鬼の様な形相で「斬り殺されたいか?」と刀を琥珀の目の前に突き付けて来た。「冗談! 冗談!」と琥珀はいつものホンワカした笑顔でマイペースに言った。その様子を見ていた柘榴は「私……こんな息子は嫌だなぁ……」と言い「お前も黙れーっ!」と蓮はツッコんだ。その時翡翠が「妹……」と呟き下を向き落ち込んでいるのに琥珀は気付いた。「……翡翠? どうしたんだい? 何か元気ないけど……」と琥珀が聞くと翡翠が笑顔で「な……何でもありません! 今、お茶淹(い)れますね!」と言いお茶を用意し始めた。「どうしたんだろ、翡翠?」琥珀の呟きに蓮と柘榴は(鈍い!)と思った。その時窓から風の音に乗り笛の音が聞こえて来た。「祭囃子(まつりばやし)か……」と言い琥珀が目を瞑り笛の音に聞き入っている。笛は軽快なリズムを刻みやがて途中から大太鼓の力強い音が加わった。「そういえば明日は収穫祭か……」琥珀の言葉に翡翠は「収穫祭って何ですか?」と聞いてきた。「あぁ、村の作物の豊作を祝う行事だよ。屋台やご馳走が振舞われて村で一番の活気を見せるんだ。小さい頃姉さんと一緒に祭りを見物したっけ……」と琥珀は昔を懐かしむ顔をして言った。一瞬翡翠が暗い顔をしたが「そうだ! 琥珀様! 一緒にお祭りに行きましょう!」と手を引っ張った。「え? でもお祭りは明日……」琥珀が言うと翡翠が「祭囃子の音聴いてたらもうちょっと近くで聞きたくなりました!」と言い琥珀の腕を引っ張り琥珀はしょうがないと言わんばかりに「じゃあ神社に行こうか……」と言い「蓮、柘榴さん! 僕達ちょっと神社に行ってきますね!」と言い柘榴の家を出て神社に向かった。
神社は祭囃子で賑わっていた。笛の軽快な音と大太鼓の力強い音が交わり舞台の中央で主役の巫女が狐の面を被り刀の代わりの棒を持ち演舞を披露し祭事を取り仕切る村の人間が楽器の音を鳴らし巫女がリズムに合わせて演舞を披露し最後に棒を握りしめた手を力強くブンと振り回し神楽鈴(かぐらすず)を持った祭り関係者がリィン! と神楽鈴を鳴らした。演舞が終わると主役の巫女が舞台から降り狐の面を外した。主役の巫女は菊野だった。顔は汗だくで疲労困憊(こんぱい)だ。琥珀は声をかけるのはまずいし昨日の様に菊野が暴走するのはヤバいと思い神様仏様見つかりませんようにと思いそろ~とその場を立ち去ろうとすると菊野が琥珀達の方を向き「あっ? 琥珀に翡翠ちゃん!」と大声で叫び手を振った。この瞬間琥珀は(この世には神も仏もいないっ!)と痛感した。そして同時に村人が白い目で琥珀達を見たが菊野はそんなこと気にせず琥珀達に駆け寄り「いやぁ~、もう暑くてやんなっちゃう。面は熱いし蒸れるし舞いはキツイし本番ではこの棒より重い刀……護神刀を使うしやんなっちゃう……これぞ神社の巫女として生まれた逃れられない悲しい宿命ってやつよね」と菊野はフゥとため息をつきながら勝手にペラペラ喋った。「それよりもさー、翡翠ちゃん祭りの巫女衣装見たい? っていうか見るよね? と、いうより私が小さい頃着ていた巫女装束着せたい! じゃあそういうわけで琥珀。翡翠ちゃん借りるね?」菊野の言葉に琥珀は「貸しません」と断言した。「ちぇー、けちぃ!」菊野の言葉に「ケチもヘチマないから……っていうか翡翠はキミの着せ替え人形じゃないんだから……」そう返した。その時、琥珀の方に小石が飛んで来た。(?)翡翠が不思議そうな顔で石を拾うと更に石が飛んで来その石は翡翠の方目掛けて飛んで来た。翡翠は目を瞑って痛みに耐えようとしたがいつまでたっても痛みは来なかったので翡翠は恐る恐る目を開けると琥珀が抱き抱えるように庇っていた。「琥珀様!」翡翠の言葉に琥珀は優しい笑みで「大丈夫かい? 翡翠……」と聞いた。翡翠は顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いた。「ちょっ、ちょっとアンタ達―、何やってるのよー!」と言うと村人が菊野を琥珀から離し「なりません、菊野様! こんな呪われた子に関わっては……」と言い更に「そうだ! こいつの姉はキチガイだ! 呪われている! あの女の弟もきっと呪われているに違いない!」「出てけ! 晴れの日に不吉だ! 出てけ!」と嵐のように罵倒(ばとう)と小石が飛んで来た。「っ!」と琥珀が痛みに耐えていた。「琥珀様!」「平気だから、僕は……」琥珀は尚も優しく微笑んで答えて「行こう……」と言いそして表情をキリっと変え「一つ聞きますけど翡翠に……この子に石を投げたのは誰だい?」と聞いてきた。その瞬間場の空気は冷たい空気に包まれシンとした。村人は怯(ひる)み誰も答えなかった。「僕個人の事をどう風潮しようが石をぶつけようが構いません……ただし、この子に危害を加える事だけは許しません。何人たりとも……」と琥珀はこの場を凍りつかせる程の冷たい声で言い放ち神社を後にすると村人の誰かが「やっぱり呪われた子だ……」と呟いた。
神社を出た二人は河原に着き翡翠が「そ……そうだ! 琥珀様! 今から琥珀様に凄いもの見せますね!」と言い河原から一つ小石を拾い「たぁっ!」と翡翠が川に向かって投げた。小石はぽちゃんと音を立てて川に沈んだ。「あ……あれぇ?」と翡翠は言い「も……もう一度!」と言い川に向かってもう一度投げたが石はやはりぽちゃんと音を立てて川に沈んだ。「も~、なんでぇ? この間は上手くいったのにぃ!」と翡翠は手をバタバタさせた。琥珀は翡翠が何をしたいのかなんとなく察し「もしかして翡翠水切りかい?」と聞いた。翡翠が下を向き「ち……違うんですよ! この間は上手くいったんです! 今日はたまたま調子が悪かっただけで……」翡翠が涙目で訴えていると琥珀が小石を拾い「とぉっ!」と言い低く小石を投げた。すると小石は見事に十回くらい水切りをして対岸に辿り着いた。「す……すごいです」翡翠は感嘆の声を漏らした。「翡翠……水切りをするときは先ず小石はなるべく平らな石で胴体に回転をかけて低く投げるんだよ……やってみてごらん?」と琥珀に促され翡翠は琥珀のアドバイス通り平らな石を探して川に投げてみた。すると投げた石は琥珀ほどは跳ねなかったが五回は跳ねた。「わ……わぁー! やったぁ! 五回も跳ねたぁ! 琥珀様凄いです!」翡翠はそう言い嬉しそうな表情をし琥珀は微笑みながらパチパチと拍手をし「やったのは翡翠だよ! だから翡翠が凄いんだよ!」と言った。「え……えへへ! 琥珀様に褒められましたぁ!」と翡翠は照れた。「翡翠……ありがとう……元気づけてくれようとしたんだよね?」琥珀の問いに翡翠はバツが悪そうに笑い「一人じゃ出来なかったですけど……」と言い「……」「……」やがて二人は無言になりやがて「翡翠……あの人達を憎まないで欲しいんだ。皆悪い人じゃないから……」琥珀の言葉に「どうしてですか? 皆琥珀様に石投げたり呪われ子とか言って罵倒したり……おかしいです……そんなの……」翡翠は下を向き言うと「翡翠は追放される前や追放された後自分の生まれ育った里の事を一度だって憎んだことあった?」琥珀の言葉に翡翠は黙った。「僕はこの村や皆の事が好きだ。姉さんが好きだったこの村の景色も風景も……だから僕はこの村を作った人達とこの村が好きなんだ」と言うと翡翠が「……琥珀様にとってはお姉様が一番なんですね……」と寂しそうに呟いた。「翡翠?」琥珀が翡翠を見ると翡翠は瞳に涙を浮かべて「琥珀様はこの村に来てからずっとお姉様の事ばかりいつも姉さん姉さんって……恥ずかしくないんですか? いい大人が!」「あ……うん。恥ずかしいよね。この年でシスコンなんて……」琥珀は下を向いた。琥珀は分かっている。この年で姉離れできない自分は子供なんだということが。だけど、どうしても姉に依存してしまう。思い出の中の姉瑠璃に。「ごめん。翡翠達に不快な思いをさせてしまっているよね? もう少し控え……」琥珀が言いかけると「もしかして私を助けたのはお姉様に似てるからですか?」翡翠の言葉に琥珀は「え?」と言い淀(よど)み黙った。そして翡翠は続ける。「私は知っています……琥珀様は私を見る時いつも別の誰かを見ていることを……それはお姉様ですよね?」琥珀は黙ったままだ。「琥珀様はお姉様を守れなかった。だから、私を身代わりにして守って自分の罪を少しでも軽くしようとしている! 違いますか?」「だ……ま……れ……」琥珀は振り絞るような声で呟いたが翡翠は黙らない。「私は琥珀様のお姉様でもないし代わりでもない!」と翡翠が言うと「黙れっ!」と琥珀が珍しく声を荒げて怒鳴った。河原には琥珀の荒い息づかいが聞こえる。怒鳴った後「黙っててくれ……頼むから……」と琥珀が言うと翡翠が瞳から涙をボロボロと零(こぼ)し何も言わずにどこかに駆けて行ってしまった。河原には琥珀が呆然と立ち尽くしやがて小さく「最低だ……僕……」と呟いた。
その頃千里眼で二人の様子を見て頭を抱える人物がいた。玉髄だ。「あの馬鹿!」玉髄は大声で独りごちた。「どうしましたです? 玉髄姉様……」黄玉の質問に玉髄はヒステリーの如く地団太を踏んで大声で「あの琥珀って男凄い馬鹿……っていうか女心解っていない!」と怒鳴り黄玉に事のいきさつを説明した。「まぁ鈍感ですわねです……」と黄玉が片手を頬に添えながら言った。「ここは嘘でもキミは代わりじゃないとか言うべきでしょ! なのにっ! あーっ! もうっ!」「まぁ、男はいつの世も鈍感ですから……それはどの種族も共通です」玉髄のヒートアップする怒りに対して黄玉は冷静に対処した。そして黄玉が「でも、翡翠は今情緒(じょうちょ)不安定、そろそろが試練です」と怪しげに言った。
その頃翡翠は一人とぼとぼと河原を歩いていた。「私……なんであんなこと言っちゃったんだろう?」翡翠はそう呟き先程の自分を思い返した。二人の喧嘩の原因は元の発端は琥珀だが翡翠もムキになって言い返してしまったからである。しかも翡翠はまだ見た目も精神年齢も子供だ。こんな奴に精神的なことを言っても分かるわけがない。とは言え、琥珀と翡翠は今まで一度も喧嘩をしたことが無かった。仮にしたとしてもそれはふざけ程度の喧嘩でいつも琥珀が笑って謝る。しかしさっきの琥珀は違っていた。本気で怒っていることが見て取れた。その時翡翠は河原に落ちている石をおもむろに拾い「琥珀様のバカ―ッ!」と叫びながら石を投げた。石は見事な水切りをし川に沈んだ。その時後ろからパチパチパチ! と拍手をする音が聞こえた。翡翠が後ろを振り向くと長い黒髪をした女性がいた。黒い髪の女性は翡翠のところに駆け寄って「お主水切り上手いのう!」と笑顔で言い翡翠は嬉しくなり思わず人化の術を解いてしまった。その時翡翠は(や……やばい!)と思った。黒い髪の女性は目をまん丸にし「お主……もしかして妖なのか?」と聞いて来た。翡翠があたふたしていると「妾(わらわ)はそういうのは平気じゃ、気にするでない……」とくすくすと笑い翡翠は顔を赤くし下を向いた。「自己紹介まだじゃったのう? 妾は珊瑚(さんご)。お主の名は?」と聞いて来たので翡翠も自己紹介をした。そして珊瑚が「じゃあ翡翠……一応聞くがなぜこのようなところにおる? 何か思い詰めているようじゃったが……」と翡翠に聞いて来たので翡翠が事情を説明した。「ふむ。姉の代わりか……」珊瑚の言葉に翡翠は力なく頷いた。「でも……心の中では解っていたんです。琥珀様の心の中には別の誰かがいるってことに。それにいくら思っても妖と人間の恋は成就されないってことも……」翡翠は黙りやがて「やっぱりさっきのは私が悪いですよね? 琥珀様が怒るのは当然です……私やっぱり謝ってきます。誠意をもって謝ればどんな相手にも通用します。琥珀様は怒ると怖いですけど普段は温和な方ですから……」と言い翡翠がすくっと立つと珊瑚が「本当のお主が謝る必要があるのか?」と翡翠に聞いて来た。「悪いのはその人間ではないか。お主の気持ちを解っておるのにお主の気持ちを弄んで……このままいったらお主はその姉が生き返ったら用済みとなってゴミの様に捨てられるじゃろう」珊瑚は翡翠の瞳を見て言った。「のう、お主が捨てられない方法がある……。それは、お主が人間となってその姉以上の存在になればいいのじゃ……」珊瑚の目が妖しく光る。その目は翡翠を捕らえて目を離さない。(な……に? 目が逸(そ)らせない……)翡翠が怯えていると珊瑚は「妾の言う通りにすればいいのじゃ? 翡翠?」と珊瑚は妖しくも心地よい声で翡翠に囁(ささや)いた。
「じゃあこの豊穣祭は元は鬼神(きじん)を祀るお祭りだったのか……」蓮と柘榴は家でお茶を飲みながら雑談をしていた。「そうだよ。もともとこのお祭りは元は神の御使(みつか)いとされてきた鬼神様を祀るお祭りなんだ。鬼神様は人間達に知恵を与え崇め奉られてきた。とはいっても今は鬼神様に感謝する人間はいないし風習も廃れてしまって年に一度のお祭りとして残る程度だけどね……」蓮はお茶を啜りながら言った。「人間と妖は昔は共存してきた。妖は人間に知恵を与え人間は知恵を与える妖を尊敬していた。しかし、人間は知恵をつけるとその知恵を悪用しあまつさえ自分より上の妖の存在を認めなくなり妖を迫害するようになった。妖と人間の絆は失われてしまった……我が家にひい爺さんの代から伝わる話だが……」柘榴が遠くを見るように話した。その時家の戸が開き「ただいま……」と言う力ない声とともに琥珀が帰って来た。「……? おかえり。どうした? そんなに落ち込んで」蓮の言葉に「ちょっと翡翠と喧嘩した……」と答えると「お前と翡翠が喧嘩? 随分と珍しいな……」と蓮が言うと「……そうだね」と琥珀は机に突っ伏した。「え~、それじゃあ今日の晩御飯は~?」柘榴の問いに蓮が「お前らには任せられん……オレが作る……」と言い割烹(かっぽう)着(ぎ)を手に取った。
琥珀は気付くと花びらの舞う風景の中にいた。「ここは?」琥珀は周囲を見渡す。その時「琥珀様~!」と言う翡翠の声が聞こえた。琥珀が声をする方を振り向くと翡翠が花束を持って駆けて来た。その時、翡翠の後ろに黒い霧のようなものが見える。「翡翠! 後ろ!」しかし、翡翠には琥珀の声が聞こえていないのか翡翠は気付かない。そして、黒い霧のようなものは翡翠に迫り翡翠を包み込んだ。琥珀は翡翠に駆け寄るが翡翠との距離は縮まらない。それでも翡翠は琥珀の名を呼ぶ。その間に黒い霧のようなものは翡翠を侵食し飲み込んだ。「翡翠―!」と琥珀が叫ぶと周囲が光り輝き翡翠を飲み込んだ黒い霧のようなものが四散して光の中にぼんやりと妖狐の女性の様のシルエットが浮かんだ。妖狐の女性のようなシルエットは琥珀に手を差し伸べた。「翡翠?」と琥珀は片手を掴んだ時……「はっ?」目が覚めた。手には何かを掴んでいる。見ると蓮の手だった。琥珀が「ハァ……蓮、か」と溜め息をつきながら言うと蓮が不機嫌全開の顔で「なんだ……オレじゃ悪いか?」と聞いた。「別に……ところで今何時?」琥珀はうつ伏せになっていた机から上体を起こして目をこすりながら聞いた。「今か? もう昼だ」と蓮は答えた。「そっか。翡翠、帰って……きてないよね?」琥珀の問いかけに「この状態を見れば解るだろ?」と蓮は答えた。部屋はお通夜の様にシーンとなっている。「……琥珀……お前……昨日寝ずに待ってたのか?」蓮の言葉に琥珀は少し苦笑いをして「寝てたけど……あんまり……寝て……ないかな……?」と答えた。そう、実は昨夜琥珀は翡翠がいつ帰って来てもいいように寝ずに待っていた。しかし、翡翠は帰って来ず琥珀も睡魔に負け明け方眠りに落ちてしまった。「目……隈出来てるぞ。少し寝ろ……柘榴は外出してるからオレがちゃんと見ててやる」蓮の言葉に「蓮が優しいって珍しいね。何かあったの?」琥珀の言葉に「お前オレを何だと思っている? オレだって人を労(いた)わる気持ちくらいは持っている。とりあえず少し寝てろ。昼飯出来たら起こしてやるから」と蓮がぶっきらぼうに言うと「えぇ? 蓮の料理? いやだなぁ。とても食べれる代物じゃないから……」ととても嫌そうに言った。そう。昨晩蓮が作った晩御飯のきんぴらごぼうはごぼうのささがきは危なかっしく見てられない上に調味料の砂糖と塩は間違えている。味も異様にしょっぱい。挙句に柘榴が釣ってきた魚は真っ黒焦げ。とても食べれる代物ではなく作った本人の蓮ですら料理をひと口くちに入れた瞬間に黙り後は任せたと言い退散し琥珀達はやむなくその料理を二人で食べた。「蓮って何でも出来そうで意外と結構出来ないこと多いんだね……」琥珀の言葉に蓮は「仕方ないだろ。オレはずっと妖怪退治をしてきたんだから。妖退治に家事なんて必要ない!」と開き直って言った。
(じゃあなんで自分から任されたんだろう?)
琥珀はそう思ったがツッコまないことにした。その時「ただいま~」と呑気な声と共に柘榴が帰宅した。手には大量の食糧を持っている。「いやー、村に行ったら今日豊穣祭でってことで日頃の薬のお礼にって野菜たくさん貰っちゃったよ! 今日は雑炊にでもしようか!」と上機嫌で喋り土鍋を用意した。そして蓮が「ならオレが作ろう。リベンジだ」と言うと「蓮は絶対作らないで!」と琥珀と柘榴が止めた。その時外から祭囃子の音が聞こえた。
「やっぱりご飯が美味しく食べれるっていいなぁ!」と柘榴が言うと蓮が「それはオレに対する嫌味か?」と物凄い形相で聞いて来た。「半分当り」柘榴は平然と答え蓮に殴られた。琥珀はその様子を見ながら少し微笑んだ。しかし同時に溜め息もついた。「ごめん……僕食欲無いから……」と言いお膳を片そうとした。「琥珀……お前半分も食べていないぞ。そんなんじゃいざとなった時に体がもたない……」蓮が言いかけていると柘榴が蓮に目配せし蓮は言うのを止めた。家の中は静かになりカチャカチャと食器の音だけがする。(翡翠……どこに行ったんだ?)琥珀はそう思い居ても立ってもいられず「僕翡翠を探しに行ってくる!」と外に出ようとすると周囲の空気が変わった。「大気中の妖力が集まってくる……」と琥珀が言い蓮が「琥珀っ! 今すぐその場を離れろっ!」と言う言葉と共に家の戸が吹き飛ばされた。「あ……危なかったぁ……」琥珀と柘榴は蓮がすぐ張った結界に守られ怪我一つ追わずに済んだ。「ちょっとぉ、何するんだよぉ? 私の家壊れたじゃないか!」と吹き飛ばした相手に文句を言った。すると吹き飛ばした相手が姿を現した。その人物は美しい絹のような金色の髪に白い肌に翡翠色の瞳。今の琥珀達と外見年齢はそう変わらない妖狐の少女「……翡……翠?」だった。「翡翠? どういうことだ!? 翡翠はもうちょっと……というかかなり外見幼かったような……」柘榴の言葉に「でも……あれは……」と琥珀が言いかけると蓮が結界を解き「お前今迄どこで何してた? オレや琥珀達がどれだけ心配したと……」「わた……に……ん……なる……」翡翠らしき妖狐は蓮の言葉など聞こえておらず何かをブツブツ言っている。そんな翡翠らしき妖狐に蓮は「人と話をするときは人の顔をしっかり見て話せ! あとブツブツもの言うな!」と説教した。そして、翡翠らしき妖狐は言った。「私は……人間に……なる……」と。その時物凄い突風が吹き蓮が吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。「蓮! 蓮!」と琥珀は呼びかけ蓮を揺すった。「あまり揺らすな……それより……」三人は目の前の翡翠らしき妖狐を見た。妖狐の瞳は虚ろで心がまるでないかのようだった。妖狐は一歩。また一歩歩く。その都度鈴の音が聞こえた。琥珀は直感した。この妖狐は間違いなく翡翠だと。「翡翠!」と琥珀が呼びかけるが翡翠には聞こえておらず翡翠は手をかざし何かを唱えた。その時地下室で異変が起こった。琥珀の姉瑠璃が淡く輝き宙に浮かびそのまま地上へと向かった。そして地上の琥珀達の目の前を通過して翡翠の両手に収まった。「姉さん!」琥珀は声を上げた。そして、翡翠は瑠璃を両手に抱えたまま上空を飛び北へと向かった。「翡翠―! 姉さーん!」と琥珀は声を上げた。
「本当にあれは翡翠なのか?」柘榴の問いかけに琥珀が「間違いない。鈴の音がしたから……」と答えると「鈴?」と柘榴は聞き返した。「あぁ……翡翠がいつもつけている組紐についている鈴か?」蓮の言葉に琥珀が頷いた。柘榴が「その鈴は何か特注品なのかい?」と聞くと琥珀は「ええ……温泉宿で買ったお土産店で売っていたものです。その組紐はその温泉宿でしか売ってない品物ですから……」と琥珀は答えた。「しかし、翡翠が誰かに渡したってことは?」柘榴の問いに「ありえないな。しかも翡翠が琥珀から渡されたものを粗末にすることはない。現に翡翠はそれを大事にしていた」蓮の答えに柘榴は納得したのか頷いた。「そういえば今更だけど翡翠って一応いくつなの?」柘榴の質問の問いに「貴様は今この状況で何を聞いている?」蓮は物凄い形相で聞いた。「ちょっちょ―っと待って! ほんと待って! 結構シリアスな質問だから!」柘榴は慌てふためき弁解した。「確か翡翠本人曰く五百歳って言ってたけど……」琥珀の言葉を聞き柘榴はふむ、と言い少し考えこんだ。「それは少しおかしいな。妖狐の五百歳であの外見は……。いや、正確に言えば普段のあの子供の姿は……むしろさっきの大人の姿の方がしっくりくる」柘榴の言葉に琥珀が「どういうこと?」と聞くと蓮が「妖狐で五百歳はハッキリ言えばもう大人だ。にも拘らずあの幼児の姿はおかしいと言っているんだ。オレも前々から思っていたが少しおかしいと思っていた……」と言いそして「……お前、本当に何者なんだ? 翡翠を最初から妖狐と見破るし、やたら妖に詳しいし……」と蓮が刀を構えた。それに対して琥珀は「え? 柘榴さん翡翠の正体最初から解ってたの?」と聞いた。「うん、まぁ最初から分かってたよ。だって私は……」「妖狐だからよ」と柘榴の後ろから声がした。柘榴が振り向くと「あ、翡翠の高飛車なお姉さん」玉髄がいた。「誰が高飛車よ! あと指さすな!」と怒鳴り散らした。(確かにキツそうだ……)蓮はそう思った。「まぁまぁ玉髄姉様落ち着いて下さいです」と黄玉が現れ玉髄を宥(なだ)めた。「やぁ、久しぶりですね。何十年ぶりでしょうか?」柘榴の問いに玉髄はゴミでも見るような目と声で「知らないわよ。混血児」とつっけんどんに言った。
「え? 今何と?」琥珀の問いに柘榴は「あぁ、黙っていて済まない。私にも妖狐の血が流れているんだ。と、言っても妖狐の血はかなり薄いから妖術は使えないし年の取り方も人間と同じだ。最も霊術は妖術とは違うから使えるけど!」と柘榴はどや顔で言った。(何を威張っている?)蓮は心の中で冷静にツッコんだ。その時玉髄が「まず一言……」と言い大きく息を吸いそして「馬鹿?????!」と大声で怒鳴った。男性陣は一瞬ポカンとした。「アンタ達少しはフォローとかなんとか出来ないの? というか少しは女心解らないわけ? ほんっと男達ってお子ちゃまなんだから?」と玉髄はまくし立てた。「え? なんで怒ってるの?」琥珀の質問に玉髄は「ねぇ、今アンタにビンタかましてイイ? かましてイイわよね? これ」と鬼のような形相で琥珀の胸倉を掴んだ。「落ち着いて下さい玉髄姉様……」と黄玉が冷静に玉髄を宥(なだ)め「琥珀さん以外にはお初にお目にかかります。私は妖狐の族長玉髄姉様の妹、次女黄玉と申します。一応お見知りおきを……です」と丁寧にお辞儀した。「族長だと?」蓮は刀を構えたが琥珀が制した。「一体何がどうだというのですか? 急にヒステリーの様にまくしたてたり急に現れたり……まさか翡翠を連れ戻しに? だとしたら随分ムシのいい話だ。自分達から捨てておいて……」琥珀の言葉に黄玉は「確かにただ連れ戻しに来たならそれは非常にムシのいい話です。ですが、事態はそれどころではない状態ですから来たのです」と言い「二年前。貴方と翠。いえ今は翡翠でしたか。二人が初めて会った時何故貴方に預けるような真似をしたか考えたことありますかです?」と聞き「え? それは一応……」と琥珀は口ごもった。それは確かに考えたがそれが今もって解らないのだ。どうして琥珀に預けるような真似をしたのか。「それはアンタに託したからよ」と玉髄は言った。「託す? 一体何を?」琥珀は玉髄に問うと「あの子を……翡翠を元に戻せる可能性に!」と答えた。「元に戻す? 一体どういうことだ?」蓮の問いに柘榴は「成程……そういう事か」と静かに頷き「先程の姿の翡翠が本来の翡翠……なんだよね?」と言った。「? 柘榴さん……それってどういう?」琥珀の問いに玉髄が「話すわ……翡翠の正体を……」と言い語り掛けるように口を開いた。
5 想いの絆
二百年前、妖狐の里。湖の上を大きな船がある城門に向かい進んでいた
「はははははっ! 見つけたぞ! ついに妖狐の里を!」声を高らかに笑う人間に対し「人間共の侵略だ!」「どうする?」他の妖狐達が城壁で慌てふためいていると一人の妖狐の少女が通り過ぎた。
「さぁ! 行け! 妖狩りだ! そして宝物を奪え! 金目のある宝は我々の物だ!」と敵の総大将らしき中年の男は叫んだ。船は容赦なく進むと湖面の上を白い素肌をし金色の長い髪をした妖狐の少女がゆっくりと船の方へと歩み寄って来た。そして立ち止まると同時に船の上の人間達の頭に声が響いた。『人間共……これより先は我々妖狐の世界……何人たりとも入らせはしない……大人しく引き返せば今なら手出しはしない……』船の上の人間の一人が「た……隊長。なんか寒気がします。引き返しましょう」と言うと「貴様臆病風(おくびょうかぜ)にでも吹かれたか? 臆するな相手はたった一人だ!」と言い火のついた矢を一斉に放った。その時妖狐の少女はキッと顔を上げた。年の頃は十七、八くらいで澄んだ翡翠色の瞳をし芯の強そうな美しい妖狐だった。そして、妖狐の少女は頭上に手をかざすと火のついた矢を止め湖に沈めた。そして「愚かな……」と言い宙に浮き手を眼前に突きだしやがて巨大な火球を作り出しそれを敵の船に放った。船はたちまち炎に包まれ人間共々灰と化し「哀れな……与えられた力に過信し散漫(さんまん)になるとは……」妖狐の少女は悲しそうにそう呟くと宙を飛びながら城門へと戻って行った。「翠姉様!」城壁へ戻ると紫色の髪を肩(けん)甲骨(こうこつ)まで伸ばした一人の幼き妖狐の少女が駆け寄り先程の翠と呼ばれた金色の髪をした妖狐の少女に抱き着いた。「翠姉様! 平気? 怪我してない?」とあたふたしながら金色の髪をした妖狐翠に聞いて来た。翠は優しく微笑み「玉髄、平気よ……」と言った。「族長! お疲れ様です!」城壁の見張り番の妖狐が敬礼をした。すると翠はすぐに厳しい表情をし妹を引き離すと無言でその場から離れていった。城壁の兵士が「強い……」と言いもう一人が「族長に任せておけば安心だ!」と言い幼い玉髄が「その通りよ! 翠姉様は強いんだから!」と偉そうに言った。翠は城の中の中庭の池のほとりに立ち下を向き体を抱え込んだ。すると後ろか「翠姉様……」と心配そうな声が聞こえた。翠が後ろを振り向くと翠と同じ金色の髪をセミロングにした幼い妖狐の少女次女の黄玉が立っており「お疲れ様です」と声をかけた。「……」翠は後ろを振り向かず「ねぇ、黄玉。この鯉は幸せなのかしら? 水もきれいで餌も貰えて何不自由ない生活をしているのにどこか窮屈で……この鯉だってたまには自由に池の中を泳ぎたいんじゃないかしら?」と言い「私って何だろう?」と呟き池の中の鯉を見た。そして来る日も来る日も人間達は攻めてきてはその度に族長である翠は撃退していった。だが人間達の相次ぐ侵略で妖狐はすっかり人間不信に陥り人間を恐れていった。
そんな、ある日妖狐が治める土地に青灰色の長い髪をしており満身(まんしん)創痍(そうい)の一人の人間の少年が倒れていた。妖狐達は怯え族長の翠に何とかしてもらおうと翠を呼んだ。翠は少年を処分しようとしたが少年は息も絶え絶えで今にも死にそうだったので翠は自分が手を下さなくてもそのうち死ぬと思い手を下さなかった。その時少年が一言「助けて……」と苦しそうに言って気を失った。翠はこのままではさすがに寝覚めが悪いと思い妖狐達に命じ自分の城で手当てするよう命じた。
「ん?」少年は城の中の布団で目を覚ました。「気が付いた?」と玉髄が嫌そうに聞いて来た。「翠姉様に感謝するのね……瀕死のアンタを翠姉様が救ったんだから……」と嫌味全開で言って来た。少年はまだ少し意識がはっきり戻ってきてないのかボーっとしている。「ちょっとぉ! アンタ聞いてるのぉ?」と少年に詰め寄ると急に手を伸ばし玉髄の狐耳をモフり始めた。「ちょっ、ちょっとぉ? あは、なにす、くすぐ、んのよぉ? アハハ!」玉髄がくすぐったさに笑ってると少年は更に耳をモフモフ「すごい! 妖狐だ! 耳がモフモフしてる!」と感激している。「ちょーとぉ、あは、こら離し、あはは、なさいよぉっ!」と言いながら少年を思いっきりビンタした。少年はビンタされた衝撃で本棚に激突し棚にあった本が少年の頭に落ちて来た。「どうしたの? 玉髄姉様! さっき凄い音が?」黄玉が先程の本棚の音を聞き医務室へ駈け込んで来た。「黄玉っ! こいつさいってー! 妖狐の証である私の耳をモフり始めた!」と玉髄は怒り心頭で黄玉に言い「翠姉様に言ってコイツ極刑! 死罪! 痴漢行為! 変態!」と少年を罵倒した。「玉髄姉様、落ち着いて……」と黄玉が宥めた。「とりあえず貴方に一言。妖狐にとって耳は大事な証なの。それを触るのは女性の胸を直に触られるのと同じくらいなの! 気を付けて!」黄玉の言葉に「黄玉……言葉をもっとオブラートに……」と玉髄が言うと少年は「え? 私この人のない胸触っちゃったの?」と言い「ちょっとこらぁ~!」と玉髄が怒った。「とりあえず起きれるようね? とりあえず姉様……我らが族長に会っていただきます。付いて来なさい」と言い少年を連れ立って歩き玉髄は「翠姉様は凄いんだから。アンタなんかすぐ八つ裂きよ。バーカ!」と悪態をついた。謁見の間に着くと全員正座し「姉様……例の少年を連れて参りました」と言った。玉座には美しい妖狐、族長の翠が正座をし「貴方が何故この地に来たのかを知りたい? 答えなさい」と少年に静かに問いただした。すると、少年は少しバツが悪そうに「そういえばまだ自己紹介をしていませんでした。私の名は瑪瑙(めのう)といいます。齢(よわい)十四(じゅうし)です。この地より東から来ました……」と瑪瑙と名乗った少年はしっかりした声で答えた。「アンタ何処(どこ)から来たのか質問に答えろっつてんのよ! 返答によっちゃあ……「よしなさい玉髄……」玉髄の殺意むき出しの声を翠が制し「正直に答えよ。何故この地に来た? 私が求めるのはこれ一つのみ……」と言うと瑪瑙は「正直に、か……。ならばそちらも正直になるのが対等だと思いますが……」と冷静に言った。「? どういう意味?」翠から疑問の声が聞こえた。「貴女はここの本当の族長じゃない。聞いたところによれば妖狐は本来世襲制ではなく妖気の強いものが選ばれなる筈。しかし、貴女からはそれほどの妖気を感じない。つまり貴女は二流。本当の族長は……」と言い黄玉を指さし「貴女です! 黄玉さん……」と言った。「はぁ? アンタ何言ってんのぉ? 翠姉様があんな言葉をオブラートに包まない言葉言うわけが……」と玉髄が言っていると「……成程。この地に来たということで只物ではないと思っていたけど……」と言い風が黄玉を包みやがて金色の長い髪。翡翠色の澄んだ瞳に陶器のような白い素肌。本当の翠が現れた。「……いつから気付いて?」翠の問いに「最初からです」と答えた。「私此処(ここ)に来た時倒れたけど意識は少しあって言葉は夢うつつに聞こえていたんです。その時黄玉さんの声も聞こえて来たんですけど語尾が特徴的……というか少し礼儀正しすぎるような語尾だったので……ですが医務室に入って来た時はその語尾が付いていなかったから。あとは妖力をうまく隠しきれていなくて……なんかごめん。失礼で……」瑪瑙は気まずそうに答えた。すると「成程ですわ。まさか言葉遣いでバレてしまうとはです」と風が偽物の翠を包み黄玉が姿を現した。「わ……私だって……本当は……最初から解ってたんだから……っていうか翠姉様も黄玉も酷い~! 私だけ除(の)け者~!」と言い玉髄はピー! と泣き出した。「ごめんなさい玉髄。決して除け者にしたわけじゃないの……ただ、貴方には看病を任せていたから…」翠が玉髄を宥めていると瑪瑙が「泣かないで。ほら、これあげるから……」と折り鶴を差し出した。「要らないわよっ!」と怒鳴り散らした。すると「待って待って。これはただの折り鶴じゃないんだ」と言い念を込め始めた。すると折り鶴はひとりでに動き出しやがて羽ばたきだした。そして瑪瑙が更に念を込めると折り鶴が増え最後は弾け虹色の蝶々達が出て消え瑪瑙が折った折り鶴が落ちてきてこてんと床に転がった。「す……スゴイ。何? 今の?」玉髄の言葉に瑪瑙は「妖術を人間でも使えるようにした術。仮に霊術をよんでいます」と答えた。「ハァ? 人間が妖術を使えるわけがっ! っかそんな術聞いたことないわよ!」「正確に言うと妖術が元になった術。それに聞いた事がないのは当たり前です。私が造ったのですから!」玉髄の言葉に対して瑪瑙が続きを言った。そして「あ、ホラ笑った!」と瑪瑙が言い玉髄はカ~っと顔が赤くなり「ふ……フン! 少しは見直してあげてもいいわよ……! って、今更だけどこの折り鶴の紙何処から持ってきたのよ?」と玉髄が聞くと瑪瑙は笑顔で「あぁ、それは……」『愛しの翠姉様。今日も麗(うるわ)しい。素肌は陶器のように白く綺麗で戦う姿も凛々しい。あぁ、翠姉様……』と黄玉が折り鶴を広げ紙に書かれていた文章を読み上げた。「ま……まさか? それ……」玉髄がわなわなと振るえ「さっき本棚に激突した時落ちて来たんだ」と日記帳を取り出した。「さっき読んだけど凄い熱烈な熱い恋文が書かれて……そういえばこれ誰の?」と瑪瑙はあっけらかんと聞き玉髄はヤカンの様に真っ赤になり顔から湯気が出て「……前言撤回……」と言い「天誅ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」と叫び瑪瑙をのした。その様子を見ていた翠はほんの小さくクスリと笑った。
その夜、翠は一人池のほとりに立っていた。空には見事な満月が浮かんでいる。翠は寂しげに満月を見見上げ「そこにいるんでしょう? 人間……」と後ろを振り向かずに言った。「あ? バレましたか!」と瑪瑙が木の後ろから姿を現した。「こんばんは! 妖狐のお姫様!」瑪瑙の言葉に「お姫様? 誰の事?」翠は怪訝な顔で聞くと瑪瑙は屈託のない笑顔で「翠様の事!」と言った。「……何か勘違いしているようだけど私はお姫様なんてもんじゃないわ……私は……」「でも、妖狐の族長なんだからお姫様みたいなものじゃありませんか?」瑪瑙が翠の言葉を遮り言った。「でも翠様って優しいですよね? 人間の私を助けるなんて……本当に命の恩人です」瑪瑙の言葉に「優しい? 私が? 命の恩人?」翠は小さく呟き下を向き黙った。すると瑪瑙は「私翠様に恩返しがしたいんです! だから翠様! 貴女にお仕えさせて下さい!」と頭(こうべ)を垂れ片膝をついて言った。それに対して翠は瑪瑙の方を振り向かず「里から出ていって……何を勘違いしているかは知らないけど貴方を助けたのはあのまま死なれたら私の寝覚めが悪いだけで……気まぐれで助けただけだから……」と冷たく言いそして「貴方にも待っている人がいるでしょう家族なりなんなり。だったらその人達の下に……」「いません」と瑪瑙は翠の言葉を遮るようにハッキリ言った。「……いません……私にはそんな人。私に待ってるのはただの孤独だけです」翠は横目で瑪瑙を見た。瑪瑙は頭を垂れたまま下を向いていた。「私身寄りがいないんです。仕事もないし頼れる親類もいないんです。だから今頼れるのは妖狐のお姫様の翠様! 貴女だけなんです! ですから、要するに貴女の護衛として私を雇ってください! お願いします!」瑪瑙は悲痛な声と顔で言った。翠は少し黙り「生半可なことじゃないわよ……」と言った。「解ってます!」瑪瑙の返事に翠は更に「人間と戦いになることもあるのよ……」と言うと「重々承知してます!」瑪瑙は返答し翠はため息を吐き城へ戻る時「解ったわ……貴方を雇うわ。ただし雑用係としてね。泣き言を言ったり使えなかったりしたら即刻追い出すわ……」と言い雇うことに決めた。瑪瑙は顔を上げ「ありがとうございます!」と歓喜に満ちた笑顔で言った。その日から瑪瑙は城の雑用係として働くようになった。皿洗い。掃除。書庫の整理。何でもやった。玉髄含め他の妖狐から奇異の目を向けられ不満がられたが一応族長である翠に守られている為手出しは出来なかった。そんな日々の中でも、人間達が攻めて来その都度(つど)翠が追い払った。妖狐達は歓喜し沸き上がったが翠は無言だった。その夜、満月の夜。翠はまた池のほとりに立っていた。池には淡く美しく光る満月が映っている。翠は空に手を伸ばした。その時「こうして、かぐや姫は月に帰って行きました……」と声がすぐ傍の葉っぱだけになった桜の木から声が聞こえた。翠が声の方を向くと「こんばんは! 翠様!」と笑顔で軽快に挨拶する瑪瑙が木の枝に腰かけていた。「いい月夜ですよね! 手を伸ばしたら本当に月に手が届きそうだ……」と言い瑪瑙は手を月の出てる方向に伸ばした。「何してるの? 夜中の外出許可までは出した覚えはないわ……」と翠は言うと「まだ八時ですよ。子供だって寝てませんよ……」と瑪瑙は言い「ねぇ、翠様は竹取物語って知ってますか?」と聞いた。翠は「一応知ってるわ。求婚者に無理難題を押し付ける性悪女の話として」翠の言葉に瑪瑙は「まぁ、あながち間違ってはいませんけど……」と苦笑いで答え地上に降りた。その頃「全く今日はあの瑪瑙(バカ)のせいで眠れないわ! 私の夢日記を勝手読んで!」と玉髄はプンスカ怒りながら池のほとりへと向かいずんずんと歩いていた。その時翠の声を聞き天にも昇る気持ちになり「翠ね……」と駆け寄ろうとしたが「……どうしてかぐや姫は無理難題を求婚者に押し付けたのでしょうね?」と瑪瑙は翠に落ち着いた声で聞いた。(げっ! 瑪瑙?)とっさに玉髄は城壁の陰に隠れて会話を盗み聞きした。瑪瑙の問いに翠は「物欲からじゃないの?」とつっけんどんに答えた。「……そうかもしれませんね。でも、私はこう思うんです。強がってたんじゃないかでしょうか? わざと嫌な女を演じて自分を高慢ちきで勝気な女として強く見せたくて……翠様の様に……」瑪瑙は寂しそうに言った。玉髄は握り拳を作り(誰が高慢ちきで嫌な女よー! アイツ―! あとでひっぱたいてやるー!)と鬼のような形相で瑪瑙を睨んだ。しかし、瑪瑙は続ける。「言いたい放題かもしれません。貴女は強く自分にも他人にも厳しい。それは族長としては皆の理想で自分の理想なのかもしれません……だから貴女は強く美しい」と真っ直ぐに翠を見て言った。(そうよ! 翠姉様は強くて美しくて何者にも負けないんだから!)と玉髄はそう思い二人の会話を聞いた。その時「だから……貴女は弱い……」と瑪瑙はハッキリ言った。「貴女は本当は誰かに頼りたいし守ってもらいたい。だけど自分本心をさらけ出せない……違いますか?」瑪瑙の言葉に翠は黙りやがて「……本当は……人間と戦う時……すごく怖い。いつも死ぬんじゃないか? ってひやひやしてる。でも私は族長だから……他人に弱みを見せられないし誰にも頼れない……怖い! イヤ! 戦いたくなんてない! 族長なんてやめたい! でも里の皆はそれを許してくれない! 私は神でも仏でもない! ただの一妖狐なのに!」と泣きながら心の内を吐露(とろ)した。すると瑪瑙は翠を抱き寄せ頭を撫でた。「誰かに頼ることは決していけないことではありません。たまには誰かに頼ることも必要です。その為に仲間がいるのですから……」玉髄は翠の胸中を知り驚いた。いつも、勇猛果敢に戦っている翠が本当はいつも怯えていたことに。気付けなかった。一番すぐ近くにいたのに。(私……翠姉様の何を見てたんだろう?)と思い同時に(瑪瑙(アイツ)って翠姉様のことよく見てるんだなぁ……)とも思った。「ですからもっと仲間を……雑用係の私でもいい。皆を頼って下さい!」と言い「私に貴女を守らせて下さい!」と言い翠の左の手の甲を取り忠誠の証として手の甲に口づけをした。「?」(?)翠と玉髄は驚き固まった。瑪瑙はにっこりと微笑んで「約束です!」と言った。翠はヤカンの様に顔を赤くし玉髄の方はマグマの如く怒りが沸騰しやがて「こ・の!」と玉髄が怒声を発し「へ・ん・し・つ・しゃー!」と言い瑪瑙に飛び蹴りをくらわした。「この痴漢! 変態! ついに本性見せたわねー! 姉様コイツに変な菌移されてない?」しかし、玉髄の言葉など翠は聞こえていないのか頬を赤らめている。「姉様? 姉様? 姉様ぁぁぁ~~~!」玉髄の悲痛な叫びが夜の城内にこだました。
「最近日(にっ)昌宗(しょうしゅう)という宗教が法術となるものを覚えそれを使い妖を捕らえて違法売買しています。今のところ我々妖狐には何の被害も出てませんが……」側近の妖狐が翠に報告をすると翠は険しい表情をした。日昌宗というのはこの国にある最古の宗教創価宗から出来た新しい宗教で天聖人(てんしょうじん)という賢人(けんじん)を現人神(あらひとがみ)として崇(あが)め奉(たてまつ)り自身を天の御使いと奢り高ぶっている者共の集まりだ。翠は苦笑する。(人はどこまで行っても人。神にはなれないのに……)と思い「瑪瑙……日昌宗の人間はどこで法術というものを覚えたと思う?」と翠は瑪瑙に問いかけた。瑪瑙は十八になり今は翠直属の護衛になっている。人間が族長の直属の護衛になることを心思ってない妖狐はいつも瑪瑙の悪口を言うが瑪瑙はそんなこと気にせず職務を忠実に全うしている。瑪瑙は考え込みやがて気の抜けた笑顔と声で「解りませんねぇ」と言いその場にいた妖狐達は脱力しずっこけた。「あ~ん~た~ねぇ~!」「よしなさい、玉髄。話が進まない」と翠が玉髄を制止させた。「~~っ」玉髄は不満げな顔をし自分の席へ正座した。「本当に心当たりはありませんか?」と翠は再度瑪瑙に質問した。瑪瑙は一瞬黙り「……ありません」真剣な面持ちで言った。「そう。ならば貴方を信じるわ。これにて閉会……」と言いこの場は幕を閉じた。翠はいつもの池のほとりに瑪瑙を護衛として連れて行き桜を見つめた。「今年の桜も見事ね……」と翠は呟き「そうですね……」と返答した。二人は互いに黙り「瑪瑙……貴方何か私に隠していない?」翠の問いに「……何故そう思うのです?」と聞いた。「貴方がここ最近辛そうだから……」翠の言葉に瑪瑙は黙った。そして、やがて「四年前の夜……私はここで翠様と竹取物語の話をしたのを覚えておいでですか?」瑪瑙の言葉に「? えぇ……」翠は困惑しながら答えた。「でわ、かぐや姫に帝という想い人がいたのはご存じですか?」「何を言って?」「一体帝は何故人間ではないかぐや姫に執着しており同時にかぐや姫が月に帰る時何を思っていたのでしょう?」と瑪瑙は悲しげな笑顔で聞き更に「もしどんな願いも一つだけ叶えてくれるという神がいたら二人は何を願ったのでしょうね?」と聞いた。翠は何故瑪瑙がそんな質問をするのか解らずその質問を問いただすと「もう時間がありません……翠様。この里の妖狐達を連れ早く遠くの地へお逃げ下さい。私でも奴らの足止めにはなりますでしょう……と言い最後に「里の皆を頼みますよ」と言い城の外へと駆けて行った。その時城門から物凄い爆音が聞こえて来た。里の者は何事かと驚き大騒ぎになりたちまち大混乱に陥った。「皆、早く城の中に避難せよ!」と玉髄が里の民を城へと案内した。城内は不安と混乱する民でたちまち埋め尽くされた。「族長! 奴らは日昌宗です!」と見張りをしていた妖狐が望遠鏡を片手に急いで走ってきた。「なっ? 日昌宗ですって!」玉髄が声を上げると同時に城内が途端に騒めきだした。玉髄はしまったと思った。しかし、すぐに持ち直し「しかし、日昌宗などたかが人間の集まり! 烏合(うごう)の衆(しゅう)も同然! 我々には族長がついている! 族長?」翠は心ここにあらずと言った状態で周囲を見渡した。しかし、そこには瑪瑙の姿と黄玉の姿が見えなかった。(瑪瑙……黄玉……)翠は嫌な予感がしこの場を玉髄に任せ城から飛び出した。城門付近では瑪瑙が日昌宗の人間達相手に対峙(たいじ)していた。「これはこれは……瑪瑙様。随分お久しぶりで。もう四年でしょうか?」「貴様に様付けされる覚えはない!」日昌宗のリーダーらしき男に瑪瑙はぴしゃりと言った。そこにはいつもの穏やかな瑪瑙はいなかった。「つれないことを……我々は貴方様から教えてもらった霊術を改良して法術を会得(えとく)したのです!」声高らかに言う日昌宗の男に対し瑪瑙は「貴様が法術と呼んでいる術は私の霊術を盗んだだけのものだろう! それをよくもぬけぬけと教えたと……」しかし男は瑪瑙の言葉を無視しはまだ続ける。「そして、我々は地上を支配できる神に近づき……いや、我々は神になったのです! ぬぅははははは!」「人はどこまで行っても人だ! 神にはなれない! いい加減目を覚ませ!」しかし男は瑪瑙の言葉に耳を貸さず連れていけと部下に命ず「我々にはあなたが必要なのですよ。例え貴方が飾り物の……」と男が言いかけていると無数の風刃が日昌宗の人間に襲い掛かり日昌宗の人間を切刻んだ。切刻まれて人間達は道端に倒れ呻き声をあげた。「殺生は好まない。早々にこの地を立ち去れ!」と瑪瑙は一括した。「成程成程。相変わらずお優しいのは変わっておらず失望しましたよ。ですが、今はこれに感謝」と言い後ろにいた部下に何かを命じた。瑪瑙は臨戦態勢を整えた。しかし、「これは何でしょうねぇ?」と麻袋から何かを取り出した。それは「黄玉……?」黄玉は薬か何かで眠らされているのかピクリとも動かない。「どーします? これでもまだやりますか?」と男は勝利を確信したように聞いた。「確かに貴方様の霊術は強力だ。我々の法術は元々は貴方様が使う霊術を改良したものですし我々が束になっても貴方様には勝てない。しかし!」と男は区切り「霊術を使えなければ所詮貴様はただの子供。ガキだ!」「ぐっ!」瑪瑙は唇を噛んだ。「どうします? 密偵に調べさせましたよ! この妖狐大事なのでしょう? なんたって貴方様が愛する妖狐の族長の妹君なのですから……まぁ、この妖狐がどうなってもイイならどうぞご自由に攻撃してください。出来るものなら? ぬぅははははははは!」確かに男の言う通りだ。瑪瑙の霊術は強力だしこの日昌宗の人間が束になっても敵わない。しかし、霊術を使えば確実に日昌宗の人間は倒せるが同時に黄玉を殺すことになってしまう。瑪瑙がじっとしていると黄玉がピクリと動いて「わた……しに……か……まわ……ず」と小さく口を動かした。「黙れ妖が!」と言い男は黄玉の頭を足で踏みつけた。「きゃう!」黄玉は小さく悲鳴を上げた。「黄玉!」男はそんな二人の様子を見てほくそ笑み「そうだ。このままこの妖の頭を踏み潰すのもいいな。助けたいか? お優しい貴方なら助けたいですともねぇ? 助ける方法一つだけありますよ。それは貴方が自分の職務を全うする事! そう! 天聖人としての!」男が声高らかに言うと瑪瑙の後ろから「……どういうこと?」と言う声がした。瑪瑙が後ろを振り向くと茫然とした翠と憎悪に顔を歪めた玉髄がいた。「アンタやっぱり……」瑪瑙は下を向き「ぬぅはははははは! この妖狐知らんようだな! なら教えてしんぜよう! この方瑪瑙様は日昌宗の象徴の天聖人だ!」男の言葉に翠と玉髄は驚いた。翠は茫然とし「……嘘。嘘、よね? 嘘と言って……」と何とか瑪瑙に否定の言葉を求めるが瑪瑙は無慈悲に冷たい声で「本当ですよ……」とハッキリ言った。翠はその場に崩れ落ちた。今までの事が走馬灯のように駆け巡る。今迄の瑪瑙の笑顔。頭を撫でてくれた暖かさ。全部偽物。演技。二人が下を向き黙っていると瑪瑙の足元に短刀が投げ出された。「この妖狐はかねてから目障りでした。この妖狐を殺せばこの小さい妖狐を返しましょう! さぁ、どうするのです!」男は下卑た笑みで瑪瑙を見た。「なっ? この外道! やめなさい瑪瑙! そんなことしたらアンタを恨みに恨んで祟り殺すわよ! 翠姉様逃げて! 早く!」しかし、心が折れてしまった翠にはそんな言葉が届かない。ただ「嘘、嘘……」とうわごとの様に繰り返していた。そして、瑪瑙は迷わず短刀を手に取り、そして「先程の答えです。帝はかぐや姫を心の底から愛していたから執着していたんです。そしてかぐや姫が月に帰る時こう思っていたのでしょう……」すると瑪瑙は短刀を自分の胸元に付きつけてこう言った。「死んでしまいたい……と」そう言うと自らの胸元に短刀を突き刺した。「?」「?」「?」一同は驚き目を見開いた。瑪瑙はゆっくりと倒れ翠に涙を流しながら「ごめんなさい……」と呟くように言い「あなたを……ま……もる……という約束……守れ……なくて……」そう言うとゆっくりと倒れ息絶えた。『貴女を…守らせてください』瑪瑙がいつか言った言葉が頭の中で反響する。その時瑪瑙の身体が淡く光り光が丸みを帯び球体になりやがて翡翠の目の前で浮いた。「これは……」と翠。「まさか……」と玉髄。「魂玉石ぃぃぃっ?」と男が声を上げた。魂玉石。妖と人間の心が交わった時どんな願いも一つだけ叶えてくれる絆と想いの美しい奇跡の石。『もしどんな願いも一つだけ叶えてくれるという神がいたら二人は何を願ったでしょうね?』「予定変更だ! あの石! 魂玉石を手に入れろ!」と男が命令して日昌宗の僧が向かってくると翠がゆっくりと立ち上がり「この石は……瑪瑙の想いは渡さない!」と言い「魂玉石よ! 我が願い命ず! 我が願い……我が願いは!」「や……やめろ! その石は奇跡の石! 我等人間の物だー!」と日昌宗の男が叫ぶが遅し「来世でも瑪瑙と出会えますように!」と叫ぶと魂玉石が願いを聞き入れ一層力強く光り、パァン! と音を立て割れ光の粒子となって消えた。「あぁぁぁぁ~、奇跡の石が……」と男が意気消沈していると途端場の空気が変わった。すると物凄い重圧に押し潰された。しかし、翠だけは平気で立っている。それもその筈。これは翠の気なのだから。「許さない……貴方達だけは絶対許さない!」と言うと途端翠の身体が黒く輝き玉髄はなんとか転がっている黄玉を担ぎ空へと逃げた。日昌宗の人間達は腰を抜かし動けないでいる。そして、翠から眩いばかりの黒い光が放たれ光は妖狐の里の大半を包み日昌宗の僧共々消滅した。
妖狐の里は日昌宗からは救われたが翠が大半を滅ぼしてしまい翠は罪人とされ投獄された。これまで翠に守られやれ守り神やらやれ救世主だともてはやしていた妖狐は手のひらを返したように疫病神やら死ねと罵るようになった。翠は何も言わず黙っていた。身内の玉髄や黄玉ですらも面会を許されずただ毎日が無作為に過ぎる日々。そして、一年後。翠は裁判にかけられ裁判の結果は翠の族長の地位のはく奪とこれまでの記憶と妖狐の力の封印。つまり、妖狐として事実上の死刑だった。役目を担うのは最高裁判官の妖狐、蛍(ほたる)という齢千歳の大妖狐で何も言わず翠を陣の上に乗せ術式を唱えた。翠は一瞬悲しそうな瞳で玉髄と黄玉を見た。そして、口パクでごめんなさいと言い刑は執行され翠は今までの記憶と妖狐としての強力な力が封印され今の幼い姿になった。
「……と、いうわけよ。その一件以降妖狐は人間に関わってはいけない。人間に関わったら碌な目に合わないということで……」玉髄が腕を組みながら言った。「私のひいお爺さんが刑を執行したのか……」と柘榴が呟いた。「え?」琥珀と蓮が同時に柘榴の方を見た。「翠姉様の妖力は強大でしたから複雑な封印をかけてもらったのですがそれが原因で蛍様は妖狐の力を失い今は人間界で薬士として暮らしていますです」黄玉の言葉に続き「人に化ける薬を使って……」と柘榴が付け足した。「んで、封印を解くのが想いの強さよ……想いが強ければ強いほど心が不安定になって封印も弱まっていくのよ。ところが、そこを狙われて鬼に付け入れられ唆(そそのか)されのよ……人間になれるって。残ってたのよね。心のどこかで瑪瑙の事……」「瑪瑙……」琥珀は呟いた。「というよりも何故翠は魂玉石で瑪瑙を生き返らせようとしなかったんだ? その方が手っ取り早いだろ……」蓮の言葉に玉髄は「これだから無知な人間は……」と言い蓮はムッとしたが今回ばかりは状況が状況だけにスルーした。「しようとしたくても出来ないのよ。確かに魂玉石はどんな願いも叶えると言われているけど一つだけ出来ないことがあるのよ。それは死者を甦らすこと……それこそ本当に奇跡でも起きない限り……」「だから来世でも出会えるようにか……? 全く下らない。その人間が転生しても同じ価値観を持っているとは限らないのに……」と蓮が呆れるように言った。すると琥珀が「もし……転生した瑪瑙が現れたら翡翠はどうなるの?」誰にともなく聞くと「知らないわよ! まぁ、少なくとも鈍感大王のアンタなんかほっといてストレートな瑪瑙の所に行くんじゃないの?」玉髄の言葉に黙った。琥珀はガクッと地面に膝を付き項垂(うなだ)れた。すると柘榴が「琥珀、このままでいいのかい? このままいけば翡翠は元に戻った時元彼(?)の所に行ってしまうかもしれないよ?」と言った。琥珀は黙って俯いている。「人は誰しも嘘をつく。人にも自分にも……それは己や人を守る為に。だけどついて悪い嘘がある。それは自分の気持ちに嘘をつくことだよ……自分の気持ちに嘘をついて気付いた時には手遅れで取り戻せなくなって後悔……なんてこと私は弟子にさせたくないな……」「……柘榴さん」「琥珀……キミの想いはどこにあるんだい?」と聞いた。「僕は……」脳裏に翡翠との思い出が駆け巡る。笑った翡翠。怒った翡翠。泣いた翡翠。いつも自分についてきた翡翠。気付くと旅の思い出は翡翠だらけでいっぱいだった。そして琥珀は気付いた。自分にとっていつしか翡翠はかけがえのない大切の存在だったこと。そして、自身を偽ってたことを。「僕は……翡翠が大事だ……きっと姉さんよりも。誰よりも……僕には翡翠が必要だ……」と涙を流しながら言った。「なら決まりだね!」柘榴の言葉に「オレ達で翡翠を正気に戻すぞ!」と蓮が言った。「蓮……」琥珀が顔を上げ蓮を見た。「オレ達は仲間だ! 曲がりなりにも寝食をともした! 仲間を見捨てることはオレの正義に反する!」と顔を赤らめて横を向きながら手を琥珀に差し伸べた。琥珀は手を取り立ち上がり蓮の額に手を当てた。「どこも異常はないか……」と言い蓮から殴られた。
「……で、翡翠はどこに向かったんだ?」蓮の問いに柘榴は口ごもりながらも「恐らく嘆きの滝だ……」と言った。その言葉を聞いた琥珀は「嘆きの滝?」と聞いた。「なんだその悲壮な滝の名前は?」蓮の問いに柘榴は口ごもり「……この村には今は廃れた風習がある。これは私が子供の頃に廃止された風習だが昔は豊穣祭の時には生贄に娘を差し出し滝壺に落とすという風習があった。もうこのことは村でも神主一家と村の一部しか知らない……」そして柘榴は続ける。「豊穣祭の演舞は鬼神様の魔力を高める……もし演舞が完成したら……」柘榴の言葉に琥珀と蓮は村に向かい一目散に走り出した。
滝の祭壇には横たわった瑠璃の死体が寝かされ珊瑚がほくそ笑み「これじゃこれじゃ!妾が求めていたのは!」と言い横には何も言わず虚ろの瞳をした翡翠が立っている。「この妖狐も哀れな物よ。妖が人間になる方法などないというのに……」珊瑚は耳を澄ます。遠くから祭囃子の音が聞こえる。「もうすぐ……もうすぐじゃ! 人間共が妾に敬意をひれ伏す時が……」そして珊瑚は何かの術式を唱え始めた。その様子を翡翠は虚ろな瞳でじっと見ていた。
「演舞を早く中止して下さい!」祭りの会場の神社に物凄い勢いで乱入した琥珀と蓮に村人が呆気にとられた。「演舞が完成したら村に災いが起きる! だから……」琥珀が言い終わらぬうちに「黙れ! 呪われた子! 演舞は中止せん! 絶対にだ! 村の者もそう望んでおる!」と神主が言うと琥珀に石が飛んで来た。「そうだ! そうだ!」「巫女様の演舞は絶対だ!」「出てけ出てけ!」すると蓮が庇い「貴様(きさま)等(ら)! 琥珀は貴様等の為に言っている! 少しは人の話を聞かないか!」というが村人は聞く耳を待たず出てけの一点張り。その時巫女装束の菊野が舞台から降り「琥珀……一体何があったの?」と聞いて来た。琥珀は菊野に事情を説明すると菊野は少し考えこみ「じゃあ。これの出番ね!」と言い持っていた刀を差し出した。その刀は「護神刀桃仙……」を差し出した。「これは……」琥珀の問いに菊野は「この刀は本当にふさわしい人に渡すようにってお婆ちゃんから言われてたの。ふさわしい人が来るまでこの神社で守っていてって……それを神社に保管しておいたの」菊野の言葉に菊野の父親は「え? そんなの私は初耳だが……」と言うと菊野は「当たり前です。お爺ちゃんとお父さん婿養子(むこようし)なんだから……」ときっぱり言った。琥珀は護神刀桃仙を受け取ると「うん! やっぱり前の刀と同じだ! 行こう! 嘆きの滝へ!」琥珀と蓮が滝へ向かうと神主が「私らも行くぞ……嘆きの滝へ」と言った。「しかし神主様生贄が……」老人の言葉に「生贄ならあの二人琥珀と蓮と言う若造を使うといいだろう……二人いれば男でも鬼神様もお許しになる筈だ!」神主の言葉に「ちょっとお父さん正気! 琥珀は……」菊野は言いかけていると後ろから布で口を布で塞がれ気を失った。「すまん。菊野恨むなよ……村を救う為だ……」と言い「行くぞ! 嘆きの滝へ!」と言い村人を先導した。
「?」「どうした? 琥珀?」蓮の問いに琥珀が「いや、何でもない……」と答えた。すると滝の音がかすかに聞こえて来た。「もうすぐ嘆きの滝だ」と琥珀は言い開けた場所に出た。すると「琥珀……」と笑顔で佇(たたず)む姉瑠璃が立っていた。後ろには壮大な滝が大きな音を立てて流れている。「ね……姉さん?」琥珀はたじろいだ。「久しぶりね。もう何年ぶり? 驚いたわ。昔は私より小さかったのに。苦労したのね? でも平気よ。これからずっと一緒よ」と手を琥珀に手を差し伸べ触れようとすると琥珀はバッとその腕を振り払った。「? こ……琥珀?」「キミは誰だ?」琥珀の問いに瑠璃は「何言ってるの、琥珀? ……貴方の姉瑠璃よ」と言うと「違う! 貴女は僕の姉さんじゃない! 姉さんは死んだんだ! 十年前に……!」ときっぱり言った。瑠璃は「ひ……酷いわ……私は……」と瑠璃は泣き崩れた。すると「下手な猿芝居(さるしばい)はやめろ……妖気がだだ漏れだ」と蓮が冷たい声で言った。途端瑠璃がぴたりと動きを止めやがて「ふふ。うふふ。うふふふふふ! なんだバレてしまったか。しかし、随分と情報が違うのう。このおなごの記憶を覗き見得た情報ではお主は随分と姉想いの筈じゃったが……」と言うと琥珀は強い瞳をし「昔の僕とは違う。僕は現実を受け入れる!」と言った。「それより翡翠は?」蓮の言葉に「まぁ焦るでない……」と言いパチンと指を鳴らした。すると翡翠が姿を現した。「翡翠!」と琥珀は呼びかけるが翡翠は虚ろな瞳をして何の反応も示さない。「無駄じゃ。この妖狐は完全に妾の術中にかかっておる。哀れな者じゃ。人間に恋したばかりに人間になりたいと願って……」そう言うと瑠璃はほくそ笑み「そうじゃ、自己紹介が遅れたのう。妾は珊瑚! 昔からこの地を治めておる鬼神じゃ!」と珊瑚は自分の胸に手を当てて言った。「鬼神……」「さん……ご……」琥珀と蓮は言葉を繋いだ。「妾は昔は土地神としてこの地の人間に知恵と恩恵を与えて来た。しかし、最近の人間は我ら妖に敬意を払わずあまつさえ迫害しようとしている! のう? 隠れている愚民よ……」と言い琥珀と蓮は後ろを見たが遅く二人は後ろの茂みには隠れていた村民に取り押さえられた。すると神主が「鬼神様! この琥珀と蓮を生贄として差し出します! どうかお静まり下さい!」と言った。「貴様!」蓮は睨んだ。すると「黙れ! 妾が欲しいのは妾を敬(うやま)う心だ。まぁ、良い。貴様等はどのみちここで死ぬ。殺せ、翡翠!」すると翡翠はゆっくりと歩を進め近づいて来た。「そ……そんな鬼神様……」村民が動揺していると「おい、貴様等早くどけ! 結界を張るから!」と蓮は言い村人は「はぃぃ!」と言いどいた。「おい、琥珀! 貴様も早くこっちに来い!」と蓮は言うが琥珀は翡翠の方へ歩いていった。すると琥珀の方に妖術の気で出来た弾が飛んで来た。弾は琥珀の頬を掠(かす)った。それでも琥珀は歩を緩めない。翡翠は弾を連発する。琥珀は受け続ける。そして、やがて吐血した。それでも琥珀は歩みを止めずやがて翡翠に近づき翡翠を抱きしめた。「……ごめん……翡翠の気持ち……全然考えて……なくて。解ってた……筈なのにちっとも……解かってなかった。それと……翡翠……今更だけど聞いてくれないか? 僕……キミに……嘘ついてたんだ。最初僕は……キミが姉さんに似てるからキミを助けた……だけど一緒に旅するうちにキミのことが好きになった……恋愛対象として……だけど……きっと僕の愛情はきれいじゃない。キミを……独占したいし……自分だけの……ものにしたい……だから……僕の恋愛感情は……醜いんだと……思う……こんな醜い僕を……翡翠には……見られたく……なかったし……知られたくも……なかったんだ……僕……カッコつけてただけなんだ……だけど……これだけは……変わらない……僕は……翡翠が……」と息を吸い込むと「大好きだ????????っ!」と叫び、やがて唇に口づけをした。その時翡翠の目が見開き琥珀が口を離すと「こ……はく……さま……」と翡翠がくぐもった声で呟いた。「琥珀様……」翡翠は涙を流し呟いた。琥珀は翡翠を見て「遅くなってごめん……」と口から血を流しながら言った。「翡翠……今更だけど力を貸してくれなかい? 僕はこの村を助けたい……そして姉さんをゆっくり眠らせたい……」というと翡翠は大きく頷き二人は珊瑚に立ち向かった。蓮はやれやれと言った感じで「――ったく……」と言った。すると村人が「やっぱり呪われた子だ……妖狐に告白するなんて」「殺してしまえばよかったんだ」と口々に言った。蓮はその言葉に激怒し「ふざけるなっ!」と大声で怒鳴った。「貴様等は琥珀に助けられているんだぞ! その事に何故気付かない!」と言った。「何故貴様等が無傷なのかを考えろ!」と言うと村人が「へ? それは貴方様の法術のおかげで……」と言うと「馬鹿か貴様等は? オレの法術ではあんな高威力の弾一撃喰らっただけですぐに砕け散る。それを琥珀は霊術を使って避けることも出来たのにわざわざ避けず受けたんだ? 貴様等を傷つけない為に! 現に琥珀を見ろ!」村人は琥珀を見た。琥珀は正気に戻った翡翠と立ち上がり珊瑚に立ち向かおうとしている。「琥珀は貴様等を守る為に必死になって戦っているんだぞ! そんな琥珀達を見て貴様等は何とも思わないのか?」蓮が言うと「ほ~んとそうだよね~!」という声と共に柘榴と玉髄と黄玉。そして菊野が現れた。玉髄と黄玉を見た村人達は「ひっ! 妖狐!」と恐れおののいた。その時菊野が神主の父親に近づきパァン! と引っぱたいた「お父さん! サイテー!」と言った。「ここに来る途中村によったら菊野が倒れていたので目覚めさせておきましたよ!」と柘榴は言った。「ざ……柘榴様!」すると柘榴は村人を見ずに琥珀達を見つめ「あの子達は戦っている! キミ達と村を守る為に……何故だか解るかい? 理由は簡単だよ。この村とこの村の人達が好きだからだよ……助けたって何の得もにもならないしあまつさえ自分達を散々迫害し厄介者扱いしてきたキミ達を……」柘榴の言葉に村人は黙った。そして更に続ける。「私もこの村の事は好きだしこの村の住人は好きだ。だからキミ達に薬を提供してきたしこの村の為に尽力(じんりょく)し自分の正体を隠してきた……ですがそれも今日までです……」と言った。「私も妖狐の血をひいています」柘榴の言葉に村人は驚いた。「お前?」蓮の言葉を柘榴は制し「これを言った以上私はもう村にいられないでしょう。この戦いが終わったら村を出て行きます。今まで貴方達を欺(あざむ)いてきた私を信じろとは言いません。ですが、琥珀の事は信じて下さい。貴方達とこの村が好きだということに……」柘榴はそうはっきり言った。蓮は尚も結界を張り「もしあの二人を見て何も感じないようだったらオレは貴様等を斬り殺す……」と言い村人に結界を張り続けた。その頃琥珀と翡翠は珊瑚と対峙し戦っていた。珊瑚は正に鬼の様に妖術を連発する。「素晴らしい! この娘の身体! 霊力が並み以上じゃ……! 妾が欲していたのは正にこのような身体じゃ!」珊瑚の言葉に「琥珀様のお姉様の身体をこれ以上弄ばないで下さいっ!」と翡翠が言うが「弄ぶ? 何を言う? この娘は生贄だ。昔この村は妾に生贄を差し出していたのだからな! ほほほほほ!」珊瑚は高らかに笑い 「そして、この娘は生贄にふさわしい……まさに妾の為にあるようなものじゃ……!」珊瑚がそう言うと「黙れ! 今の貴女は神聖な土地神ではなく人の穢(けが)れが集まった祟りだ!」と琥珀が言った。蓮が「祟り?」蓮の問いに柘榴は「人の負の感情が浄化されず地に怨念として残った想いだ……それを吸収すると神は祟りになる……」と柘榴は言いやがて「……そういう事か……」と言った。蓮達は「どういう事だ?」と聞いた。すると柘榴は「生贄だ……」と答えた。「この地は私が子供の頃まで祭りの時鬼神様に生贄を捧げて来た。その時生贄に捧げて来た女達の怨念(おんねん)がこの地に残り少しづつ蓄積されあの鬼神様を祟りに変えてしまった……恐らくそういう事だと思う……」と言うと珊瑚は「その通りじゃ。妾はこの地に残る生贄にされた娘達の怨念を肩代わりしてきた。しかし、民は妾を敬うことも忘れ感謝すらもしない。妾が全て守って来たというのに!」そう言うと手を上空にかざし巨大な妖力の塊でエネルギーの塊を作り琥珀と翡翠目掛けて放った。翡翠が咄嗟に結界を張ったがエネルギーが強力過ぎて二人が弾き飛ばされ琥珀は岩にぶつかった。「ほほほ! 終わりのようじゃ! とどめじゃ!」と珊瑚が琥珀に襲い掛かった。琥珀は全身を強打していて痛さで動けない。
「琥珀様!」「琥珀!」翡翠と蓮と柘榴。そして、玉髄、黄玉、菊野の声が重なる。
(やばい! やられる!)琥珀はそう思い目ぎゅっと目を閉じた。しかし、いつまでたっても痛みは来ない。琥珀が恐る恐る目を開けると「うっ! ぐっ!」と珊瑚は何かに苦しんでいる。「出て……行って……」「な……何故? 嘘じゃ……」「琥珀を……傷つけ……ないで……」「黙れ!」と珊瑚は一人で誰かと話している。そして、珊瑚が涙を流しながら「こ……はく……わた……しを……ころして」と言った。「姉さん?」「だまれぇぇぇぇぇぇぇ!」と珊瑚は声を上げ息も荒く立っているのもやっとの状態だ。すると。するとその隙に翡翠が琥珀に駆け寄り治癒の妖術をかけ琥珀の傷が治り僅(わず)かばかりの体力を取り戻した。「翡翠……ありがとう」と言い「今のは姉さんだ……」と言った。「え? でもお姉さんは……」翡翠の言葉に「人は肉体は死しても魂と想いは残る。そして、姉さんの望みはただ一つ。ゆっくり眠ることだ……」と言い「でも私達だけじゃ……」と言うと玉髄と黄玉が瞬間移動してきて。「本当にそうかしら? 二人なら勝てるんじゃない? 貴女はかつては妖狐の里最強と謳(うた)われた妖狐の長。そして瑪瑙と同じように霊術が使える琥珀」そして黄玉が「琥珀が持っている刀に琥珀の霊力と翡翠の妖術で連携すれば……もしくは、です」と言った。しかし「ただこれは大きな賭けです。もともとこれは瑪瑙が考え出した翠姉様との連携技です。翠姉様が先に妖力で敵を捕らえ次に瑪瑙が霊力を媒介に刀に力を注ぎ敵にとどめを刺す。これはタイミングが非常に重要でもし失敗すれば翠姉様共々琥珀も力に喰い殺され廃人になりますが、です。最も瑪瑙も翠姉様は互いに信頼していたのでこの方法で妖狐の里を侵略してきた人間達を倒してました、です」黄玉が言い玉髄は「どうするの? アンタ達互いを信頼出来る? 特に琥珀! アンタはさっき人の妹にあれだけ大声で告白した挙句どさくさに紛れて接吻(せっぷん)までしたわよねぇ?」と琥珀を物凄い形相で睨んだ。琥珀は先程の自分の言動を思い出して顔を赤くした。更に翡翠もヤカンの様に顔が真っ赤だ。その時玉髄は「でも、琥珀……私はアンタが嫌い。何もかもが瑪瑙に似ているから。顔も考え方も霊力の使い方もそっくりで……腸(はらわた)が煮えくり返るほどイライラするわ! アンタは所詮(しょせん)瑪瑙の代わりでしかないわ! 肝に銘じておきなさい!」と手に持っていた鉄線で琥珀を指した。二人は黙り「翡翠……僕は瑪瑙じゃないし代わりにはなれない。だけど僕は僕自身の感情でキミが好きだ。僕はまだキミの返事を聞いていない。キミの返事は?」と真っ直ぐに翡翠を見た。翡翠は琥珀の手を取り「私も琥珀様のことが大好きです。出会った時からずっと……」と微笑み最後に「琥珀様(貴方)を信じ愛します!」と言うと珊瑚が「おのれぇ~、この瑠璃と言う娘……どれだけの自我が……憎い憎い憎いぃ~!」と言い、もはや狂人の様になっていた。「くそっ! 取り合えず琥珀! 邪魔な貴様だけは先ず殺す!」と琥珀に襲い掛かったが地面から多重の鎖が現れ珊瑚の身体に絡みついた。珊瑚が見ると翡翠が妖術を唱えている。琥珀にばかり目がいっていた珊瑚は翡翠の存在に気が付かなかった。玉髄と黄玉は琥珀に結界を張りその瞬間に琥珀は刀に霊力を込め刀を霊剣へと変えようとしていた。珊瑚はもがき苦しむが翡翠の妖術で出した鎖はこれでもかと珊瑚に食らいつき離さないがこの妖術は力をかなり使うのか覚醒したばかりの翡翠の妖力がまだ不安定なのか翡翠にも疲労の色が見え始めた。「くっ!」翡翠は苦悶(くもん)の声を上げた。しかし玉髄と黄玉は手を出せない。もはや、翡翠と珊瑚の根競べだ。「琥珀! まだなの?」玉髄は声を上げるが琥珀は意識を集中させている為返答しない。その間にもどんどん翡翠の力は消耗してゆく。「ふふふ、お主はまだうまく妖力を制御できぬようじゃな! 力にムラがおる!」そう言い鎖を破壊し妖力を集め電撃を作りその電撃を琥珀目掛けて飛ばした。珊瑚の電撃で玉髄と黄玉の結界は破壊され結界を張っていた玉髄と黄玉の二人は吹き飛ばされた。その時琥珀の刀が一層青白く輝き「完成だ」と言った。「させるか!」と言い珊瑚は妖力で作った槍を持ち琥珀目掛けて投げ飛ばした「琥珀!」蓮と玉髄と黄玉が声を上げて叫んだ。
槍が刺さり辺り一面に真紅の血が飛び散る。しかし、槍が刺さったのは琥珀ではない。刺さったのは琥珀を庇った翡翠だ。珊瑚が妖力で作った槍は翡翠の胸を貫きもはや致命傷だ。それでも翡翠は立ち続け琥珀の方を振り向き優しく微笑み「こ……はく……さ……ま……ご……ぶじ……で……す……か……?」と口から血を流し聞いた。「ひ……翡翠……! 僕は無事だ! キミこそ!」琥珀が答えると翡翠は「よ……かっ……た……」微笑みながら言い倒れた。「翡翠……」琥珀は翡翠を抱き締め珊瑚に向き直り「貴様だけは絶対に許さない!」と鬼のような形相で言い霊剣と化した刀を構えた。「ほほほ! 人間が妾に敵うとでも。笑わせるわ!」と言い「まぁ、その心意気は買ってやろう! よかろう! ならば妾も誠心(せいしん)誠意(せいい)で相手をしてしんぜよう!」と言い妖力で剣を作り出し「いざ、尋常に……」と両者は言い「勝負!」と同時に言葉を発し刃を交えた。そして……琥珀が片膝をついた。「くっ!」と言い珊瑚は琥珀の方を振り向かずに立ちながら「人間にしてはよくやる方じゃ……驚いた……ぞ……」と言うと珊瑚が胸元から血を流し倒れた。「何故……じゃ? 何故妾が……脆弱(ぜいじゃく)な……人間風情……などに……」珊瑚の言葉に「貴女は土地神だけあってやはり強い。きっと僕一人では勝てなかったでしょう。ですが、貴女は一つ見込み違いをしている。想いの強さ……絆です。人も妖も絆により強くなります……」と琥珀は言った。「き……ずな……じゃと……そんな……ふ……確かなものに……妾が……」珊瑚は悔しそうに言った。しかし、珊瑚は途端ほくそ笑み「じゃが……最後に勝つのは……やはり妾じゃ……」と言い正体を現した。そこには長い黒髪をし頭には二本の角を生やした女性がいた。「鬼神!」琥珀が言うと珊瑚は「妾は実体は持たぬが故普段はさして力は無いが途中とは言え演舞により力が高まった。よって、この村など滅ぼすこと等造作もない!」と言い片手を高く掲げたが「……それはどうかな?」と蓮が言った。「蓮?」琥珀が蓮を見ると蓮が「オレを忘れて貰われると困るな……」と言った。そして蓮が「地面をよく見てみろ!」と言った。すると地面には術式が浮かんでいた。「な? これは?」珊瑚の言葉に「勤行の一つ第二番。深淵(しんえん)の阿修羅(アシュラ)だ!」と言い「馬鹿な貴様が琥珀達しか相手にしていない分オレには十分勤行を唱える隙が出来た!」と言い「本末(ほんまつ)苦境(くきょう)等(とう)―!」と唱えると漆黒の渦から無数の手を持った鬼のように恐ろしい阿修羅が現れ無数の手が珊瑚を掴み漆黒の渦に引き込み始めた。「嫌じゃ! やめろ! やめろ!」しかし、阿修羅の手の引っ張る力は弱まらない。「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」と珊瑚は断末魔の叫びをあげるとともに渦に完全に引き込まれ渦もろとも消滅した。そして蓮は「南妙法蓮華経」と小さく唱えた。その時「翡翠! 翡翠!」と琥珀は翡翠に呼びかけた。すると、翡翠は小さく呻き「こ……琥珀……様……?」と今にも消え入りそうな弱弱しい声で聞いた。「そうだ! 僕だ! 琥珀だ! しっかりしてくれ!」琥珀は必死になって翡翠に問いかける。すると、翡翠は優しく微笑み「平気……です。わた……し……しっか……り……してる……から……安心……して……くだ……さい……」と優しく琥珀の頬に触れた。触れた手は冷たかった。「ちょっと失礼するぞ!」と蓮が言い翡翠に患部に手を当て法術を唱え淡い光が出たがそれでも効果がないのか翡翠からはどんどん血の気が失せていく。「……っ、怪我が回復量を超えている!」と蓮が言い「蓮……さん……も……あまり……怒らない……で……下さい……笑っ……て……笑っ……て……」と言い翡翠は弱弱しい笑みを浮かべやがて琥珀に触れていた手が地に力なくだらんと落ちた。それは翡翠の死を意味する。「翡翠……? 翡翠……? 翡翠???????!」と琥珀は声を張り上げて泣いた。琥珀はこんなに泣いたのは瑠璃が死んだ時だった。しかし、今回はそれ以上だった。最愛の女性が死んだのだから。琥珀は翡翠を抱きかかえ涙を流した。その時翡翠の体が淡く光り光りが丸みを帯び球体となり琥珀の目の前で浮いた。「魂……玉石……?」琥珀は顔を上げて答えた。玉髄、黄玉以外の一同は驚いた。「どんな願いも叶える……奇跡の石……」と琥珀は呟き「なら??」と言い「魂玉石に無理を承知で願う! 僕の残りの命全部と引き換えに翡翠を生き返らせてくれ!」と叫んだ。しかし魂玉石は少しも反応せずただ黙って浮いている。「頼む! お願いだ! どんな願いも叶える奇跡の石ならば! だったら頼む! 僕の願いを聞いてくれ! 頼むから!」琥珀は涙を流しながら魂玉石に訴えた。「無理よ……。いくら魂玉石でも死者を生き返らすことは出来ない……奇跡でも起きない限り……」と玉髄は悲し気に言い黄玉は「姉様……」と辛そうに呟き唇を噛み締めた。蓮も黙り琥珀は翡翠を抱きかかえたまま泣き崩れている。そこに村の皆がやって来て蓮が「なんだ? 貴様等何しに来たんだ?」と睨んで聞いた。すると村の人間の一人がすまなそうに「すまなかった……」と言い更に別の人間が「本当にごめん」と言った。そして、菊野が「玉髄さん? って言ったわよね? 奇跡でも起きれば翡翠ちゃんは生き返るかもしれないんだよね?」と聞いた。すると玉髄は「解らないわ……前例がないもの。でも、起きないから奇跡っていうのよ……」と言うと菊野が「だったら??」と言い「起こしてやろうじゃない! 私達で! 人の想いがどれほど強いのか!」と言い菊野が「翡翠ちゃんを……ううん翡翠さんを生き返らせて!」と言い念じ始めると村人が「この妖狐に俺らは救われたんだ! 俺もだ!」と言い「私も!」と次々に念じ始めた。隅にいた神主が「し……仕方ない……別に心配なんかじゃないんだからな!」と顔を赤らめて言うと柘榴が「素直じゃないなぁ……」と言い二人も念じ始めた。「皆……」と言うと蓮が「オレもだ……」と言い手を組み念じ始めた。「蓮……」と言い琥珀は再度手を組み今での翡翠のことを思い浮かべた。出会った頃の不安そうな顔をした翡翠。自分が微笑むと安心したようにお日様の様な笑顔になる翡翠。頭を撫でると照れる翡翠。今までが翡翠でいっぱいになる。そして……
「翡翠を生き返らせて下さい!」と大声で精一杯願った。その時魂玉石が強く輝きパァン! と割れた。それと同時に突如空から光が降り注ぎ翡翠の傷をみるみる癒しやがて体に血の気が通うように赤みを増してきた。そして……「ん? 琥珀……様?」と言い翡翠がうっすらと目を覚ました。「翡翠? 翡翠? 良かったぁ!」と言い琥珀は翡翠を抱き締めた。「こ……琥珀様ぁ? 大胆です……でも幸せです!」と言い翡翠は顔を赤らめて言った。柘榴が「あれはわが生涯に一片の悔いなしって顔をしてるね」と言い蓮が「ったく、世話が焼ける……」と言った。すると柘榴が「想いは奇跡を起こす、か……」と呟き空を見た。空は夜が明け眩しく朝(あさ)陽(ひ)が空を照らし出し始めていた。
エピローグ
「んー! よく寝たぁ」と琥珀が背伸びをすると隣にいた蓮が「当たり前だ。丸三日も寝てたんだからな」と言った。「わっ? 蓮居たの?」琥珀の言葉に蓮が「オレが居たら悪いか?」と睨みながら不機嫌そうに言った。「ん、全然! いつも通りだなって思って!」琥珀が笑顔で答えると蓮が「お前もいつも通りだな……」と呆れ顔でため息をついた。家はこの間の翡翠の風で壊れてしまった為今は小屋状態の所で寝泊まりしている。 琥珀はあの後霊術の使い過ぎで丸三日眠っていたらしくその間に玉髄と黄玉が翡翠を里に帰らないかと提案したが翡翠が拒み里に帰る話はご破算となったらしい。琥珀は内心ホッとし起き上がろうとしたが体がよろめいた。三日も眠っていた為体がなまってしまったらしく少し体を動かすついでに薬草を採取し森へ向かうと柘榴と翡翠が何かを話している。琥珀は何故か咄嗟に木の陰に隠れてしまった。(――って、なんで僕木の陰に隠れてるんだ? でも出て行くタイミングが……)と琥珀がやきもきしていると「時は代わり姿は変わろうとも想いは残る……帝はそう思いながら来世に掛けたのかもしれないね? なんてね?」と柘榴が言うと「やっぱり貴方……瑪瑙だったのね……」琥珀は驚き固まった。
(え? 柘榴さんが瑪瑙……? え? え?)
柘榴は言葉を続ける。「驚いたよ。昔私が青年だった頃玉髄さんと黄玉さんが現れて貴女に会ってくれっていうもんだから……でも、私は貴女に会いに行きたくなかった……だから会いに行かなかった」翡翠は黙り「貴方の判断は正しいと思い。仮に会っても私は貴方の事を覚えてないだろうし貴方には貴方の……柘榴としての人生がある。それに私が願ったのは来世で貴方と出会う事。結ばれることじゃない……」「叶ったね……」と柘榴が言い「琥珀は奇跡を生み出す子だ。キミと私をもう一度引き合わせてくれたのだから……」と言い「一つだけ聞きたい、翡翠としての貴女に。翡翠は私のことどう思っている?」と聞いた。琥珀はドキッ! とした。(ど……どうしよう……翡翠が柘榴さんのこと好きだったら……僕勝ち目がない……でも聞きたい……)と琥珀がドギマギしながら思っていると「私は貴方の事が好きです……」琥珀はショックを受け(僕……フラれた?)と思った。しかし「でもそれは私が翠だったらの話です……」と言った。「今の私が……翡翠としての私が好きなのは琥珀様です。琥珀様は私に名を与え手を差し伸べ私に生きることを許してくれました。見ず知らずのしかも妖の私に……最初は恩義と感謝でしたが……ごめんなさい……」と翡翠は申し訳なく言うと柘榴は「謝る必要はないよ。恋愛に失恋はつきものだから……それにキミが必要としてるのは琥珀だ。琥珀がキミを必要としてるように……だからもう私はキミには必要ないし私が居なくても大丈夫だ。もう自由だよ……」と言い柘榴と翡翠は互いに「さようなら……」と言い別れた。二人が別れた後「琥珀……居るんでしょ……?」と言った。琥珀は木の陰から姿を現し「いつから気付いて?」と聞くと柘榴は「さ・い・しょ・か・ら!」と言った。「……」琥珀は無言になり柘榴は「聞かないの?」と悲しそうに聞いた。「柘榴さんが瑪瑙の生まれ変わりだという事?」と琥珀が聞くと「ん……まぁね……」柘榴はバツが悪そうに言った。「あれでよかったんですか?」と琥珀は聞くと柘榴は「あれが私達なりのけじめだよ……私が居たら翡翠を翠として縛ってしまうからね。翡翠として自由に生きて欲しいんだ……過去の様にならないで欲しいという……」そして柘榴は後ろを向き上を仰いで「失恋って辛いね……」と涙を流しながら呟いた。
「やーほー! 琥珀目ぇ覚ました?? 見舞いの品持ってきたよー! って、あっれぇ? 蓮しかいないの?」と菊野が勝手に入って来て蓮を見るなり残念そうに聞いた。「居たら悪いか?」蓮は不機嫌全開で聞いた。すると菊野は「べっつにー!」と不満げに言った。「おい……お前言いたいことがあるならハッキリ言え……」蓮は睨みながら言った。「だってさー」その時翡翠が帰って来て「あ、菊野さん!」と言うと「やっ! 翡翠ちゃ……じゃなくて今じゃさんか……はぁ、残念……あんな服もこんな服も着せたかったのに……」と菊野は心底残念そうに言った。「あ……あはは……」翡翠は苦笑いを浮かべた。「嫌なら嫌ってハッキリ言った方がいいぞ……」と蓮は翡翠に言った。その時琥珀が帰って来て「あれ? 菊野。来てたの?」と言うと菊野がにやけ顔で「おっはよー! 村人全員の前で告白した青春ヤローっ!」と言い琥珀と翡翠は思い出してボンッ! とヤカンの様に顔を赤くし蓮も「確かにオレも聞いたし決定的瞬間を見た」と言い琥珀と翡翠はしばし黙り下を向いた。「こっのしっあわせやっろー!」と言い菊野は琥珀の背中をバンバン叩いた。「痛い痛いって菊野……」と琥珀はされるがままである。「やー、からかえて面白かった! じゃあっねー!」と言い菊野が出た直後蓮が「ちょっと失礼……」と言い菊野の後を追っかけて「おい! 貴様……じゃない菊野!」と呼び止めた。菊野はぴたりと止まり「なに?」振り向かずに聞き「菊野……気付いてないの琥珀だけだと思うぞ……オレでも分かる」と言うと「しょげてるのは私の性に合わないの!」と言い「もっといい相手探してやるんだから!」と上を向いて言った。
(不憫(ふびん)な奴……)と蓮は思い小屋へ戻った。
「あれ? 早かったね。何話してたの?」琥珀の質問に「あぁ、まぁちょっとな……」と言うといつの間にか小屋に戻っていた柘榴に「もしかしてラブ?」と聞いたので蓮が鬼のような形相で「違う」と間髪入れず否定した。「ご飯もうすぐ出来ますよー!」と翡翠の声がした為琥珀が無事な食器を出した。
「まさか新婚初日の愛妻料理が調味料なしのお粥とはねー!」と柘榴。「要するに愛情が最高の調味料ってことだろ……」と蓮。「ねぇ、さっきから何で僕達を二人して攻撃してるの?」と琥珀が聞くと柘榴が「面白いから!」と言い蓮が「以下同文」と言った。「ちょっとー! 二人共!」と琥珀が言うと翡翠が「そんなことばっかり言ってると菊野さんが持ってきた無花果(いちじく)あげませんよ」と言って来たので柘榴と蓮はからかうのを止めた。「――で、三人はこれからどうするの?」と三人は食事を終えた後柘榴は聞いた。「実は私はこの村を追い出されると思い村を出ると言ったが村民に残ってくれ、と懇願(こんがん)され出るに出られなくなったんだけど……御三方(おさんがた)はどうするの?」柘榴の質問に琥珀、翡翠、蓮は「う~ん」と悩み「まだ見たい土地たくさんあるし……」と琥珀。「大勢の方が楽しいし……」と翡翠。「オレはまだ修行中だし……」と蓮。柘榴は「それがキミ達の出した結論か……」とクスリと微笑んだ。
「えー、もう行っちゃうのー? もっとゆっくりしていけばいいのにー」菊野の言葉に「ん、一応豊穣祭までの予定だったし……」と琥珀が言うと翡翠が「琥珀様―! 早くー!」と言った。「あぁ、うん! 今行くよ!」と琥珀が答えると菊野が耳元で「大事にしなさいよね。翡翠さん……泣かしたら??」と囁くと「あぁ、うん」と琥珀は苦笑いで答えた。「じゃ、行こうか!」と言い馬車に乗ると村人が一人また一人と集まって来て手を振り最後一斉に「また帰って来てねー!」と言った。琥珀は面食らった顔をしたがすぐに笑顔になり「いつかまた戻ってくるよ!」と笑顔で言うと「じゃっ、出発だ! 行け! 風(ふう)神(じん)号! 雷神(らいじん)号」と叫ぶと蓮が「もうオレはツッコまん……」と言いながら馬車を発車しだした。
(またいつか……か……)琥珀はぼんやりと思い(きっと、この三人で旅をするのもいつか終わりが来るのだろう……その時僕は……? 翡翠と蓮はどうしてるのだろう? 僕は翡翠と共に生きる人間になれているのだろうか?)琥珀がぼんやりと考えていると「それより琥珀。良かったのか?」蓮が唐突に聞いて来た。「ん? なにが?」「折角貴様のお目当ての魂玉石が現れたのに姉を生き返らせなくて……と言っても、魂玉石は死者は奇跡でも起きない限り生き返らせられないって言ってたが……まぁ、結果論だけ言えば奇跡は起きたがな……」と言うと「たぶん魂玉性が死者を生き返らせる石だったとしても僕は翡翠を選ぶよ……だって??」と琥珀が言いかけていると「琥珀様……何話してるのですか?」と翡翠が聞いて来た。「ん? 男同士の話……翡翠には内緒」といたずらっぽい笑顔で翡翠に言った。すると翡翠は「琥珀様の意地悪」と言いむくれた。琥珀はそんな翡翠を見て(大切なものはすぐ傍にある)と琥珀は思った。三人を乗せた馬車は駆けていく。この広く青い広大な空の下を。
空は雲一つなく青く澄み切っていた。
終わり
「う~、気持ち悪い……」琥珀は顔を青くさせ気持ち悪そうにしていると「大丈夫ですか? 琥珀様……」と翡翠は琥珀の背中をさすっている。「オイ、お前吐くなよ。吐いたら殺す」と蓮は馬車を運転し琥珀を見ずさも不快そうに言った。「そんなこと言ったって……うぅ」琥珀は完全にダウンした。「琥珀様?」翡翠が悲痛そうに言う。蓮が「ほっとけ。乗り物酔いだから馬車から降りればすぐ治る」と言い「とりあえずこの方角であっているのか?」蓮の質問に琥珀は「あぁ……うん。あと峠を一つ越えたところに僕の村があるんだ……」と苦しそうに言うと蓮は「じゃあ、お前も家族に会えるんだな。やっぱり嬉しいか? 家族に会うのは……」と聞くと琥珀は少し黙り「……うん、まぁ」と曖昧な返事をした。蓮は琥珀の返答に疑問を持ちながらも馬を走らせた。その日の夜は野宿になり村に着くのは明日になった。琥珀は火の番をし隣で眠っている翡翠を見た。翡翠は無邪気な寝顔で熟睡している。この翡翠からは司教剣と戦った時の翡翠の面影は微塵(みじん)も見られない。だからあれが本当に翡翠なのかも解らない。琥珀が考えていると眠っていたはずの蓮が「お前もやっぱり考えているのか?」と聞いた。「れ……蓮? 起きてたの?」琥珀は驚き連を見た。蓮は「あぁ」と答えた。蓮は起き上がり「妖の中には稀(まれ)に変化の術を使えるものもいるがあれは変化の部類ではない。ハッキリ言えば別物だ……」と真剣な面持ちで言った。確かに妖の中には変化の術を使える者もいる。とは言えピンからキリまでだが。実際、翡翠も人化の術を使い妖狐の耳を隠し人間に化けている。しかし、翡翠にはそれが限界で大人に化けたりするのは出来ない。第一仮に大人の姿に化けられても力までは変わらない。「……翡翠には何か秘密があるのかな? だったら、あの時翡翠の鬼姉さんに聞いておけばよかったかな?」琥珀の言葉に蓮は「鬼姉さん?」と聞き返した。琥珀は蓮に今更ながら翡翠と一緒に旅をしている経緯を話した。すると蓮は「それは随分血も涙もない姉だな……」と言い「しかし、そうなると余計によく解らない……いくら妖狐の掟を破り追放してまるで琥珀に預けるようなことをしたんだ? まるで、何かを試しているような……」と蓮は考え込み「試す……」と呟くと翡翠が寝言で「琥珀様ぁ~」と言い「とりあえずもう見張りは交代の時間だ。琥珀……お前は寝てろ」と言うと琥珀は「じゃあ、お言葉に甘えて……」と言い琥珀は眠りに落ちた。
翌日峠を越え暫くすると村が見えてきた。「あっ? 僕の村が見えてきた!」と言い村の入り口に馬車を停車させ琥珀達は馬車から降りた。「んー、やっぱ地に足が付くってイイなぁ~」と言い背伸びをした。翡翠に至ってはフラフラし「なんか足に力が入りません」と言うと蓮が「長時間馬車に乗っていたから感覚が麻痺(まひ)してるんだろう。大丈夫だ。すぐに馴れる」と言った。「じゃあ、先(ま)ずは馬車小屋に行って北斗(ほくと)号と七星(しちせい)号を預けないと……」と言い馬を引き始めた。「おい、疾風号と流星号じゃなかったのか?」と蓮はツッコんだ。馬車小屋に行く途中一人の娘と出会った。「あっ! 琥珀じゃない? 帰ってたの?」と元気よく気さくに声をかけてきた。「久しぶり菊野(きくの)!」と琥珀が挨拶すると菊野と呼ばれた少女は「いやぁ、おっきくなったわね! 前会ったときはこれくらいだったのに!」と言い親指と人差し指で大きさを表した。「だね。もう五年ぶりだもんね……」と琥珀が笑顔で答えると菊野が「もぉー、ここはツッコまきゃ! こんなに小さくないよって!」と言い琥珀の背中をバンバンと叩いた。「ゴホゴホ! 菊野苦しいって……」と琥珀が咳込むと人化の術で人間化した翡翠が「琥珀様に乱暴しないで下さい!」と言った。「?」菊野は翡翠を見て「様?」と呟き琥珀と翡翠を交互に見た。そして「SMプレイ?」と言い琥珀は「違うから……」と言い菊野に翡翠と蓮を紹介した。
「な~んだなんだ! 一緒に旅してるだけか? 私てっきり琥珀が犯罪に走ったのかと心配しちゃった! アハハ!」と菊野は一人で勝手に笑い転げている。蓮が「おい! この変な女は何だ?」と聞くと琥珀は「この村の神社の巫女(みこ)で祭事(さいじ)を取り仕切っている。見た目はこんなだけど……」と言うと「ちょっとぉー! 見た目はってなによぉ? 私はこれでも巫女の仕事ちゃんとしてるわよぉー!」と菊野は口を尖(とが)らして言った。すると後ろの方から「菊野様!」と言う声が聞こえた。そこには村人の女性がいた。「あぁ、なに? なんか用?」と菊野が面倒臭そうな表情と声色で聞いた。すると女性が「祭事の儀式の練習をさぼって何をしているのです?」と聞くと菊野は「今は休憩休憩! 心の友と折角会えたんだから!」と言うと女性は琥珀を見て「なりません! 菊野様みたいな巫女ともあろうお方がこんな呪われた子と……」と言うが菊野は聞かず「そう言えばもうじき収穫(しゅうかく)祭(さい)ね! ねぇ! 琥珀達いつまで村にいるの? 収穫祭までいるよね? ね?」と菊野が有無を言わさず聞いてきた。すると琥珀が「いや、刀が治ったらすぐに……」と言い掛けると菊野が笑顔で「い・る・よ・ね?」と聞いてきたので琥珀は気迫に負け「……います……」と仕方なく言い「よっし! 私張り切っちゃおー!」とガッツポーズをとると後ろにいた女性は瞬間物凄く嫌な顔をして「さぁ行きますよ! 菊野様!」と言い菊野の首根っこを掴んで引っ張り始めた。「あ! 翡翠ちゃーん! 後で神社に来てー! 後で着せたい服あるからー!」と言い翡翠は「え……あ……はい……」と困惑しながら返答し琥珀が「じゃあ、行こうか?」と先を促(うなが)した。その姿を見ていた菊野は「やっぱり翡翠ちゃん(あの子)瑠璃(るり)姉ぇに似てるなぁ」と小さく呟いた。馬車小屋で疾風号改め北斗号と流星号改め七星号を預けた後村のお婆さんが「おや? 琥珀かい? 帰って来てたんかい?」とゴミでも見るような目で琥珀に聞いてきた。「あ! 久方ぶりです」と挨拶するとお婆さんは「いつまでいるんだい? 早いとことっと出て行ってくれないかい?」と言うとそそくさと琥珀達から離れて行った。「琥珀……貴様本当にこの村出身か? その割にはこの村の奴らはお前に対していい対応をとっていないが……」と蓮が言うと琥珀は「仕方ないよ。僕達姉弟(きょうだい)は変わっていたから……」と言い「そう言えば琥珀様の実家はどこです?」と翡翠が言い「そうだな。お前も家族に会うのは楽しみなんだろ? 早く実家に行って親に顔を見せて来い」蓮の言葉に琥珀は「これから……」と言い丘の上を上り一軒の古民家に辿り着いた。「僕の家族がいるのはここなんだ……」と言い「柘榴(ざくろ)さん……ただいま戻りました」と勝手に家の戸を開けた。すると部屋の片隅には白銀(はくぎん)の長髪の後ろ姿の青年がいた。何かを調合しているようだ。すると、青年が「ハの伍」と言い琥珀は寸分の迷いもなくハの伍の棚を探し当て中から薬草を取り出した。青年は更に「イの三」と言いまた琥珀は寸分の迷いもなく棚を探し当て薬草を取り出した。そんな作業を繰り返して十分後……。「やった! 遂に神経痛(しんけいつう)の薬が完成したぞ!」と青年は嬉しそうに言った。「いやぁ、これも手伝ってくれたキミ達のおかげだ!」と言い青年は振り向いた。青年はまだ若く整った顔をしていた。「……って琥珀? 帰ってたの?」と青年はきょとんとした顔で言った。「柘榴さんまた薬作りに没頭していましたね……」と琥珀はやれやれと言った表情で言った。柘榴と言われた青年は「熱中しちゃって、つい……ね!」とてへっという表情をした。「……で、この人達は?」と柘榴が聞くと翡翠が「翡翠です!」元気よく自己紹介をし蓮は「蓮だ……」とぶっきらぼうに自己紹介をした。「自己紹介どうも。ならば私も自己紹介をしよう。私の名は柘榴。元、王室お抱えの薬師(やくし)と霊術師であり琥珀の剣の師匠だ」と言うと蓮が驚いた。何故なら柘榴はどう見ても二十代半ばだ。いくら何でも若すぎる「こんな若者が王室お抱えの薬師だと……確かに薬師になる年齢は決まってないがこんな若者が……」と呟くように言うと柘榴は「安心してこの姿は薬で見た目だけ若くしてあるだけだから。こっちの姿の方が女子受けいいし! 実際は五十代半ばのおじさんだよ!」柘榴はけらけら笑いながら言った。「それより柘榴さん……」と琥珀が口を開き立ち上がり「あぁ、琥珀の大切な宝物はちゃんと保存してあるよ。じっくり挨拶してきなよ……」と言い立ち上がると壁にあるふすまを開けると地下へと続く階段が現れ「これから二人に会わせたい人がいるんだ」と言い琥珀は地下へと降りていき翡翠と蓮も続いて降りて行った。その様子を柘榴は気の毒そうな表情で見ていた。地下は寒く所々氷が張っている。「うぅ~、さぶいです……」翡翠がガタガタ震えると琥珀が「もうちょっとだから我慢して……」と言い先を急ぐ「ここまで来て何もなかったら斬るぞ」と蓮は言った。そうこうしてるうちに最下層に着いた。最下層は開けており、より一層寒かった。その部屋の中央に棺があった。棺の周りに花がいくつも供えられており棺を囲むように供えられていた。琥珀達は棺に近づいた。棺の中には十七、八くらいでこの間の成長した翡翠に似た金髪の少女が眠るように横たわっていた。「琥珀様……この人は?」と翡翠が聞くと「僕の姉さん。瑠璃姉さん……と言ってももう僕の方が年上だけど……」と琥珀は複雑な表情をして言った。「姉さんはずっと眠っているんだ。十年前のあの日から……」と言うと蓮が「眠っているならオレの法術で目を覚めさせてやる」と言い蓮は瑠璃の額に人差し指を当てた。その瞬間蓮が「……無理だ」と言った。「え? なんでです?」と翡翠が聞くと「こいつは……瑠璃は……死んでいる……」と言った。すると琥珀は「姉さんは死んでなんかいない! 眠っているだけだ!」と言い死体の瑠璃に問いかけるように「姉さん……久しぶり。五年ぶりだね。紹介するよ、僕の友達の翡翠と蓮。二人ともイイ人なんだ……」死体の瑠璃は当然クスリとも笑わず黙って横たわっている。「やっぱり姉さんは笑わないね……」と悲しそうに言い「じゃあ上に上がろうか?」と言い三人は上に上がり琥珀は刀鍛冶の所へ行くと言い村へ向かい翡翠と蓮は柘榴特製のお茶をご馳走になっている。やがて蓮は「琥珀は精神的に病(や)んでいるのか?」と柘榴に聞くと柘榴は「……病んでないよ。どちらかと言えば正常な方だ」と言った。だが蓮は「……あれは死体だろ。魂を感じられないし異常なほど冷たい……」と言うと「薬で腐敗(ふはい)を防いでいる。それが、私の弟子になる交換条件だし何より彼は壊れてしまう……」と辛そうに言った。「一体琥珀様とお姉様は何があったんですか?」と翡翠は心配そうに聞いた。すると柘榴は「私も琥珀から聞いただけだからよくは知らないけどあの子……琥珀にとっては瑠璃と言う姉は姉であり母親らしい……」と言った。そして柘榴は続ける。柘榴の話によれば琥珀の親は琥珀が小さい頃亡くなったらしい。だから親と過ごした記憶はあまり無くその代わりいつも年の離れた姉瑠璃が面倒を見ており一身になって育てた。その為琥珀にとって瑠璃は母親みたいな存在らしかったらしい。ところが、琥珀が十歳の頃、村に野盗が押し寄せ野盗に襲われた琥珀を瑠璃が庇い死んでしまった。「……私はちょうどその頃王室で薬師をしていたがやめて生まれ育ったこの村に帰郷した時に姉の死体の前で泣きじゃくってる琥珀を見てこの子には剣の才能があると見抜き弟子になる代わりに死体の腐敗を防ぐ薬で瑠璃をこの家の地下に安置した。それから私は琥珀に剣、霊力のコントロールの仕方、薬草の作り方、呪符の作り方等私の知識を余すところなく教えた。実際あの子は呑み込みが早く薬草以外は半分我流が入っているがほぼ完璧にマスターした。ゆくゆくは私の後継者にしたかった。だけど彼はどんな願いも叶えると言われる秘宝魂玉石の伝承を知りそれ以来あの子は魂玉石の話に憑(と)りつかれて私の制止も聞かずに五年前……十五の頃魂玉石を探すと言い出て行ってしまった。そんなあるかも解らないものを……」柘榴は溜め息をつきお茶を啜り「結局のところあの子は姉の瑠璃に依存している大人になりきれていない大人なんだよ。更に言ってしまえば姉が死んだということを精神的に受け止めきれていない子供みたいなものだ……気の毒なものだよ……」と気の毒そうに言いお代わりのお茶を注(そそ)いだ。「あ……お代わり自由に。これはレンゲの蜜から作ったお茶だから美味しいよ」と言い柘榴は自分で作ったお茶を遠慮なく飲んでいる。その時蓮は疑問に思っていたことを聞いた。「なんで貴様薬師やめたんだ? 王室の薬師と言えば役人というほどではないが将来が安定している仕事だぞ……」と言うと柘榴は「女性問題でいざこざ起こしちゃったからやめちゃった!」とテヘペロとして言った。(なんだコイツ……かわい子ぶるな……)と蓮は思い内心イラァッとした。「琥珀様……」と言い翡翠は琥珀を心配した。その時玄関の戸がバァン! と開きぎらついた瞳の菊野が立っており「やっぱり待ってられない……」と言い翡翠と蓮は後ずさり「逃がさないわぁー!」と言い翡翠の首根っこを引っ張りそのまま嵐の様に走り去って行ってしまった。「何事だ……?」と蓮は茫然と呟いた。その頃琥珀は刀鍛冶屋にいた。「えぇっ? 今は刀を作っていない?」琥珀は驚きの声を上げた。「ええ……親父の代は作ってましたけど……刀は人を傷つける道具なので私は……」と若い店主は申し訳なさそうに言った。「……ですか。それじゃあ仕方ありませんよね……」と琥珀残念そうに言い俯いた。その様子を見た店主は少し気の毒に思ったのか「あの……一応親父が作った刀がこの村に一振りだけあるのですが……」と言うと琥珀は顔を上げ「どこですか?」と聞くと店主は気まずそうに「仙道神社です。今は護神刀桃仙(とうせん)として祀(まつ)られてますが……」と言った。(菊野の神社か……)琥珀は速攻で無理そうと思った。何故なら菊野はあれだが菊野の父親は厳格な神主だ。そして、菊野の父親は琥珀達姉弟を嫌っており特に琥珀に対する風当たりは強い。そんな琥珀が護神刀を譲ってくれなんて言った日には……結果は火を見るより明らかだ。琥珀は店主に礼を言い店を出ると溜め息をついた。「これからどうしよう?」と言い歩いていると「なにがどうした?」と後ろから声がしたので振り向くと蓮がいた。琥珀は蓮に事の事情を説明した。そして、蓮が「ならその護神刀を貰いに行けばいいだろう?」と言った。「そうなんだけど……娘の菊野はあれだけど父親は厳格な神主なんだ。そのせいか凄い神経質で僕は……少し苦手……かな……」そう菊野の父親は神経質どころでは済まされない程病的に神経が細かくて自分の思った通りに事が進まないととても不機嫌になり人前でも平気で怒鳴り散らす。だから琥珀は昔から菊野の父親が苦手なのだ。「そういえば、翡翠は? 一緒じゃないの?」琥珀は蓮に聞くと蓮は「あぁ、さっきまでは一緒だったが途中あの菊野と言うイカレ女に捕まって攫われた……」と不機嫌全開で答えた。「菊野が?」琥珀は嫌な予感がして翡翠を迎えに仙道神社に向かった。その頃の翡翠は「さぁ……もう逃げられないわよ!」と菊野は言いじりじりと翡翠に迫っていた。翡翠は怯え「助けて下さい……琥珀様ぁ……」と言い壁に張り付いていた。
琥珀と蓮は仙道神社の前に着き連が「村にしては随分立派な神社だな……」と感心したように言いまじまじと神社を見た。「まぁ、歴史は凄いあるしね……」と言い裏口に周り勝手に上がった。「いいのか? 勝手に上がって?」蓮の質問に琥珀は「勝手知ったる他人の家ってやつだよ! それに子供の頃はよくこうして勝手に上がってたし!」と平然と返した。それに対して蓮は(子供の頃と今は別なんじゃ……一歩間違ったら不法侵入だぞ)と心の中でツッコんだ。「えーと、菊野の部屋は……」と言いながら廊下を進んでいくと「きゃー!」と悲鳴が聞こえた。琥珀が「くっ! やはり遅かったか!」と言い声のした部屋の向かい障子を勢いよくガラッ! と開けた。そこには「きゃー! その恰好ならどんな殿方(とのがた)もイチコロだわー!」と狂喜(きょうき)乱舞(らんぶ)する菊野と神社の巫女(みこ)装束(しょうぞく)を着た涙目の翡翠がいた。(やっぱり……)と琥珀は思った。しかし、そう思っている間も菊野は色んな服を出してきて翡翠に着せようとする。蓮は事情が呑み込めず「どういう事だ?」と聞いてきた。それに対して琥珀はげんなりした様子で「見ての通りだよ」と答え「菊野は小さくてかわいいものに弱いんだ」と答えた。翡翠は琥珀を見ると「琥珀様―!」と駆け寄り琥珀の後ろに隠れ足元にしがみついた。「あー! なんで逃げるの! 次は着物、あ? でもこっちもいいなぁ!」と菊野は勝手に話を進めている。それに対して琥珀が「いい加減にしろ……」と言い菊野の頭をゴチンとぶった。「いった! なにするのよ!? って琥珀に蓮!? なんでいるのよ!? 不法侵入で訴えるわよ!」菊野の言葉に「菊野は(外見)未成年(みせいねん)略取(りゃくしゅ)でしょ? 人の事をとやかく言えないよ……」と冷静に返答した「琥珀様~、この人なんか私に色んな服を着せてきます」
すっかり怯えた表情で琥珀の足元をガシッと掴んで震えていた。「菊野。少しは他人の迷惑を考えようよ? 翡翠は嫌がってるから……」と琥珀は言うと菊野は「迷惑がってないわよ! 私は小さくてかわいいものを純粋に愛(め)でているだけ!」聞く耳持たず。琥珀と蓮は溜め息をついた。「とりあえず翡翠の服返してくれないかな? 翡翠困ってるし……ね?」と翡翠に聞くと翡翠は涙目でコクコクと頷いた。「~っ。解ったわよ……じゃあ、あと最後に一着だけ……」と言って来た。「菊野……」と琥珀は物凄いいい笑顔で菊野を見た。その時廊下をどしどしと足音を立てて歩いてくる人物がいた。そして「うるさーい!」という怒声と共にいかにも厳格なそうな中年の神主が現れた。(貴様の方がうるさい……)と蓮が心の中でツッコんでいると「お……お父さん」と菊野が言うと蓮が「お父さん?」と珍しく驚いた。菊野の父親は「うるさい! 静かにしろ! 後なんだ菊野! その部屋の散らかりようは部屋を片付けろ! あとそこの二人もなに勝手に人んち上がっているんだ? 不法侵入で訴えるぞ!」と怒鳴り散らしてきた。すると琥珀が「おじさん……久しぶりです」と遠慮がちに挨拶すると「誰がおじさんだ! 私はまだまだ若い! あと誰だ! お前は?」と尚も怒鳴り散らしながら「ぼ……僕です。琥珀です……」と言い菊野の父親は「琥珀……?」とまじまじ琥珀の顔を見ると「なんだお前か……相変わらず人の家の娘ちょっかい掛けやがって……娘は絶対やらん!」と力強くいうと琥珀は「絶対いりません」とはっきり言うと菊野に怒られた。
琥珀は要件を伏せ護神刀を見たいと言い一行は大広間に行き護神刀桃仙を見せてもらった。琥珀は桃仙を鞘から抜くと氷のように冷たい輝きを放つ刀身が鏡の様に自身の姿を写し琥珀はその姿を見ると「流石名工(めいこう)要作(ようさく)の刀だ」と言い刀を鞘に戻し「さぁ見せたんだ。とっとと帰ってくれないか? 目障(めざわ)りだから……」と追い出すように言うと蓮は「コイツ言わせておけば……」怒りかけたが琥珀は蓮に「落ち着いて……」と言い蓮を制止させ「名工要作の刀はこの村にはもうこれ一本しかありませんか?」と琥珀が聞き菊野の父親は「あぁ、そうだが」とぶっきらぼうに答えた。琥珀は少し考え「良ければこの刀を譲ってほしいのですが……」と言うと菊野の父親は琥珀をギロリと睨むと「今なんて言った?」と聞いた。「だからこの刀を譲ってほしい……ってやっぱり無理ですよね?」と言うと菊野の父親はマグマが噴き出さんばかりの顔で怒り「当たり前だ!」と怒鳴って「これは私の母親があの頑固者に作らせた名刀だ! それを何でお前みたいな呪われた子にやらなければならないのだ!?」と怒鳴り散らし「さぁ早くとっとと帰れ! そして娘の前に二度と姿を見せるな!」と言い境内の放り出された。「琥珀様……平気ですか?」と翡翠が心配し「あのジジイ……」と蓮が怒りを露(あらわ)にして言った。「いたた。ちょっかいかけてるのは菊野なのになぁ……」と琥珀はぼやいた。
「……ったく何なんだ、あのジジイは? いくら何でもあの対応は横暴すぎる!」と蓮は怒り心頭で言うと翡翠も「頑固頭です!」と珍しく怒り菊野の父被害者の会でも設立しそうな勢いだった。「まぁまぁ、あの人は昔からああだから……」と琥珀が窘(たしな)めると「なんでお前はそんな平気そうなんだ? あんな風に言われて!」と蓮が言い「いくら村の神社の神主だからって言っていいことと悪いことがあります!」と翡翠もムキになって反論した。(なんなんだこの二人……?)と琥珀は思い少したじろいだ。「それにさっきのお姉さんもだけど琥珀様が呪われ子なんて失礼しちゃいます!」と翡翠はふくれっ面で言った。さっきのお姉さんとは村の入り口で琥珀と村の入り口で話していた菊野を引っ張った女性だ。「あぁ。彼女はこの村の長老の娘で村が野盗に襲われたのは僕達姉弟が呪われているからだと今でも思っているんだ」と言い「じゃあ柘榴さんのうちに戻ろうか?」と言うと「お前の生家は?」と聞くと「……ないよ……」と言った。「十年前野盗がこの村を襲撃した時に生家は焼かれた。それにもし焼かれてなくても姉さんのいない家に帰る意味はないから……」と寂しそうに言った。「琥珀様……」「琥珀……」しかし琥珀は二人の心配をよそに「それにしても刀どうしようかなー? あの親馬鹿頑固神主は刀くれなかったしー」とさり気に毒を吐いた。(あ……やっぱり腹が立っていたんだ……)と翡翠と蓮は思った。こうして三人は柘榴の家に戻った。
「ん、何気に美味い!」と柘榴は絶賛し蓮は「調味料一つで味はこんなに変わるものなのか……!」と言い山菜の天ぷらを食していた。「ありがとうございます! ここ調味料があるんで頑張っちゃいました! 琥珀様どうですか?」と聞くと琥珀は笑顔で「美味しいよ! 多分翡翠はいいお嫁さんになると思うよ!」と言うと翡翠は少し不機嫌になり小声で「琥珀様……女心解ってなさすぎます……」と呟いた。それに対して柘榴がニヤニヤした笑顔で「はは~ん! そういうことか?」と言った。「何がそういことなんだ?」蓮の問いに柘榴はわざとらしく「殿方は女の手料理に弱いよ~! 男性の心を掴むには先ず女の手料理が……」「あー! ご飯のおかわりいりますかー?」と翡翠が柘榴の言葉をわざとらしく妨害した。それにより蓮も意味が解った。(海老(えび)で鯛(たい)を釣る……か)「? じゃあ、おかわりもらうね!」と言い琥珀は茶碗を出した。それに対し柘榴は「夫婦みたいだねー!」と言うと翡翠は顔を赤らめて「夫婦……」と呟くと琥珀が「どちらかというと世話が上手な妹みたいなものだって!」と言うと翡翠がむくれ「琥珀様は自分でご飯盛って下さい……」と言いふくれっ面をした。「え? うん。いいけど……ってか、なんで翡翠怒ってるの?」と琥珀が聞くと翡翠が黙りやがて不機嫌全開の表情で山菜の天ぷらをものすごい勢いで食べ始めた。「?」琥珀は訳が分からずそれを見ていた蓮と柘榴は(天然鈍感大王……)と思った。こうして晩御飯を食べ終えた後四人は思い思いの時間を過ごし翡翠が寝静まった後琥珀は外へ出た。空には満月が浮かんでいた。「もうすぐ祭りの日か……五年ぶりだな」と昔を懐かしむ様に呟いた。そして、姉瑠璃の事を思い出した。瑠璃は昔から変わっており人間と妖は共存できると信じていた。確かに実際は遥か昔は共存していたとお伽噺程度では聞かされているが今は互いが互いを憎しみあい相容れない存在だ。そんな中で瑠璃みたいな存在は疎(うと)まれる存在でしかなかった。そのせいか琥珀自身も村の人間から疎まれ二人は呪われた子と罵(ののし)られ村の連中から忌み嫌われていた。その中において菊野は二人に友好的で菊野は瑠璃の事を瑠璃姉ぇと慕っていた。だが、菊野の父は琥珀達姉弟が気に食わなかった。まず琥珀が男で菊野が琥珀に気があるのが見え見えだからだ。鈍感な琥珀は気が付かないが周囲から見ればバレバレである。そして、菊野の父が更に琥珀を気に食わないのは姉瑠璃の存在である。妖と共存できるという瑠璃の考えは神を冒涜する行為とみなされている。神を崇め奉る神主にとってはそれは許されざる行為でしかない。それらの事が重なり菊野の父親は琥珀が嫌いなのだ。そして、この村では神主は長老よりも権力があり神主の命令で村の方針全てが決まる。そして、菊野の父親が琥珀達姉弟を吊るし上げた。一番の権力を持つ神主に逆らう人間はいない。それが原因で琥珀達姉弟は昔から嫌がらせをされてきたが琥珀は不思議と姉瑠璃の事を一度たりとも憎んだことはない。幼い琥珀にとって瑠璃は唯一の心の拠(よ)り所だった。だけど今、瑠璃は……。「はぁ」と琥珀が溜め息をつくと「溜め息をつくと幸せが逃げるぞ……」気付くと蓮が隣に立っていた。「なんだ、蓮か……びっくりした……何しているの?」琥珀が聞くと蓮が「夜風に当たって詩を考えているんだが……それじゃ不満か?」と蓮が聞いてきたので琥珀が慌てて「あ……ごめん。そういうわけじゃ……」と取り繕った。「大方姉の事を考えてたんだろ?」蓮の言葉に琥珀は「まぁ、ほぼ当り……」と答えた。「……お前、今のままでいいのか?」蓮の問いに「何が?」と琥珀は聞くと「姉の事だ……」と蓮は冷静に答えた。「お前本当は分かってるんだろ。姉は死んでいることを……」「……」蓮の言葉に琥珀は黙った。「いい加減に現実を……」蓮が言いかけると琥珀が「僕の姉さんはかなり変わってて人間と妖は共存できるって言ってたんだ。だけど、周りの人間はそんなこと無理だって言ってそれでも自分の考えを曲げず信じてたら今度は村中の人間から疎まれ僕達姉弟は村の皆から敵視された。だけど、僕は一度も姉さんを憎んだことはないんだ。むしろ心の拠り所だった……本当は分かっている。姉さんはあの時死んだ。僕が殺した……」と言うと蓮は「オレも人のことをとやかく言えないがそんなに自分を責めるものか? その時お前は十(とお)の子供なのだろう。オレみたいに殺しの専門教育受けてなきゃ十の子供が出来ることなんてたかが知れてる……」そう返答した。しかし、琥珀は「違うんだ! 僕が姉さんを斬ったんだ……この手で……」琥珀の言葉に「どういう意味だ?」と蓮は少々驚きながら聞いた。琥珀の言葉によると琥珀は十歳の頃の夜(よ)に野盗が攻めてきた。その時他の村人同様二人も避難していたが野盗の一人に見つかり姉瑠璃は弟の琥珀を身を挺して庇ったが野盗は琥珀から瑠璃を引き離して襲い始めた。十歳の子供でも野盗が何をしようとしているのかは解った。「……気が付いたら僕の目の前には姉さんを襲おうとしていた野盗が血まみれで倒れていたんだ。刺した記憶はないけど感触は覚えている……硬くて力いっぱい刺した感触を……そして、刀は野盗を貫いたけど……」「姉をも貫いた……か」蓮の言葉に琥珀は小さく頷き「あの時姉さん笑っていたんだ……苦しい筈なのに笑って僕に生きてって……」「……」蓮は黙って聞いた。「それから少し経った後柘榴さんが現れて僕が殺した野盗の死体を見て『キミには人を守ろうとする力がある』って言われて弟子になったんだ。だから鍛錬(たんれん)に励んだ。でも、いくら鍛錬に励んでも姉さんは戻ってこない。あれ以来僕はずって罪の意識に捕らわれていたんだ。自分が姉さんを殺したことに……旅の最中もずっと……そんな中翡翠に会ったんだ……僕は姉さんの面影を持つ翡翠を助けることであの時姉さんを助けられなかった罪滅ぼしをしている気になったんだ。翡翠が笑う度姉さんに許されてる気がして……」「贖罪(しょくざい)のつもりか?」蓮の言葉に琥珀は少し黙り「そうだね……きっと僕は翡翠を助けることで贖罪をしているつもりなのかもね。だけどそれは贖罪でもなんでもなくてただの逃げ道なんだ……自分を無理に正当化するだけの……」琥珀は呟くように言い更に「他人に自分のイメージを重ねるのは凄い失礼だとは解っている……僕は最低な人間だ……」と自分を責めた。それに対し蓮は「あぁ、確かに最低かもな……どこまで行っても他人は他人。別物だ。所詮代わりでしかない。今の貴様は翡翠に依存しているだけだ……」と冷たく言い放ち「一つ聞くが仮にもし魂玉石が手に入り姉が生き返ったら貴様どうするんだ?」と聞いてきた。「え? どうするって……」琥珀が言い淀んだ。「このまま村に残るのか? そしたら姉の代わりとしていた翡翠はどうする。犬や猫みたいに捨てるのか?」蓮の言葉に「何を言ってるんだ? そんなことするわけがないだろ!」琥珀が言うと「じゃあ一緒に暮らすのか? 姉と……やめとけ。今の貴様では姉が生き返ったら翡翠は用済みとなりいずれやっかむ。以前貴様に魂玉石の在り処を聞かれた時言わなかったが今は教えてやる。文献通りなら魂玉石は翡翠だ!」蓮の言葉に琥珀は驚き「それってどういう?」と蓮に聞くと「魂玉石は人間と妖の心が交わった時想いの結晶として生まれる奇跡らしい。つまり翡翠をとるか姉をとるかのどちらか一方だ。もっとも今の貴様では魂玉石は手に入らないがな……それだけだ」そう言うと蓮は家の中に入った。家の中の玄関には翡翠が柱に寄りかかり突っ立っていた。「……聞いていたか?」蓮の問いに翡翠は小さく頷いた。蓮は「翡翠……貴様はどうするんだ?」と翡翠に聞いた。翡翠は「私は……琥珀様の力になりたいです!」と言うと蓮は「それは何故だ?」と聞いた。翡翠は「私は琥珀様のことが好きなんです! 恋愛対象として!」と断言した。すると蓮は「やめとけ……人間と妖の恋愛なんて聞いた事がない。仮にその恋が実ったとしても辛い思いをするのは貴様だ。人間と妖は生きる速さが違う。どんなに頑張っても先に人間の方が早く死ぬ。そして貴様は辛い思いをする。だからやめとけ……」と言い部屋に戻ると柘榴が起きており「随分辛辣(しんらつ)なことを言うね?」と言った。「確かに妖と人間の恋は厳しい……辛い思いをするのはお互い様だし」と言った。「……貴様最初から翡翠が妖って気付いてたんじゃないのか? あのお茶……妖の力を制御するやつだろ?」と聞くと柘榴は「なんのことかな?」とはぐらかした。(この男……)と蓮は心の中で怒りながらも布団にヨコになり(人間と妖の恋、か……)と思いフゥとため息をついた。
翌朝一番遅くまで寝てたのは琥珀だった。「ふぁ~、おはよう……」と大欠伸(おおあくび)をしながら起きてきた。「遅いぞ、琥珀! もう八時だ!」と蓮が言うと「皆が早すぎなんだよ……」と琥珀が答えた。「琥珀様~、また夜更かししてましたね? ダメですよ!」と翡翠が腰に手を当てぷんすかと言う擬音語が似合いそうに怒ってきた。「あ……あぁ、ごめん翡翠。次から気を付けるよ……というか翡翠こそ目の下に隈(くま)出来てるよ……」と琥珀は言うと翡翠は無言で「ごめんなさい……少し考え事してて……」と申し訳なさそうに答えた。その様子を見ていた蓮は(原因はオレか……)と思った。「とりあえず朝ご飯にしよう? 折角翡翠が作ってくれたんだし!」と柘榴の一声に琥珀達は席に付き一同は朝食にした。
「ふ~、食べた食べた!」と言い柘榴はお腹をさすった。「お前はどこの亭主だ?」と蓮はツッコむと「それいいね! 僕が長男で連が次男で末っ子の妹が翡翠……」と琥珀が言うと蓮が鬼の様な形相で「斬り殺されたいか?」と刀を琥珀の目の前に突き付けて来た。「冗談! 冗談!」と琥珀はいつものホンワカした笑顔でマイペースに言った。その様子を見ていた柘榴は「私……こんな息子は嫌だなぁ……」と言い「お前も黙れーっ!」と蓮はツッコんだ。その時翡翠が「妹……」と呟き下を向き落ち込んでいるのに琥珀は気付いた。「……翡翠? どうしたんだい? 何か元気ないけど……」と琥珀が聞くと翡翠が笑顔で「な……何でもありません! 今、お茶淹(い)れますね!」と言いお茶を用意し始めた。「どうしたんだろ、翡翠?」琥珀の呟きに蓮と柘榴は(鈍い!)と思った。その時窓から風の音に乗り笛の音が聞こえて来た。「祭囃子(まつりばやし)か……」と言い琥珀が目を瞑り笛の音に聞き入っている。笛は軽快なリズムを刻みやがて途中から大太鼓の力強い音が加わった。「そういえば明日は収穫祭か……」琥珀の言葉に翡翠は「収穫祭って何ですか?」と聞いてきた。「あぁ、村の作物の豊作を祝う行事だよ。屋台やご馳走が振舞われて村で一番の活気を見せるんだ。小さい頃姉さんと一緒に祭りを見物したっけ……」と琥珀は昔を懐かしむ顔をして言った。一瞬翡翠が暗い顔をしたが「そうだ! 琥珀様! 一緒にお祭りに行きましょう!」と手を引っ張った。「え? でもお祭りは明日……」琥珀が言うと翡翠が「祭囃子の音聴いてたらもうちょっと近くで聞きたくなりました!」と言い琥珀の腕を引っ張り琥珀はしょうがないと言わんばかりに「じゃあ神社に行こうか……」と言い「蓮、柘榴さん! 僕達ちょっと神社に行ってきますね!」と言い柘榴の家を出て神社に向かった。
神社は祭囃子で賑わっていた。笛の軽快な音と大太鼓の力強い音が交わり舞台の中央で主役の巫女が狐の面を被り刀の代わりの棒を持ち演舞を披露し祭事を取り仕切る村の人間が楽器の音を鳴らし巫女がリズムに合わせて演舞を披露し最後に棒を握りしめた手を力強くブンと振り回し神楽鈴(かぐらすず)を持った祭り関係者がリィン! と神楽鈴を鳴らした。演舞が終わると主役の巫女が舞台から降り狐の面を外した。主役の巫女は菊野だった。顔は汗だくで疲労困憊(こんぱい)だ。琥珀は声をかけるのはまずいし昨日の様に菊野が暴走するのはヤバいと思い神様仏様見つかりませんようにと思いそろ~とその場を立ち去ろうとすると菊野が琥珀達の方を向き「あっ? 琥珀に翡翠ちゃん!」と大声で叫び手を振った。この瞬間琥珀は(この世には神も仏もいないっ!)と痛感した。そして同時に村人が白い目で琥珀達を見たが菊野はそんなこと気にせず琥珀達に駆け寄り「いやぁ~、もう暑くてやんなっちゃう。面は熱いし蒸れるし舞いはキツイし本番ではこの棒より重い刀……護神刀を使うしやんなっちゃう……これぞ神社の巫女として生まれた逃れられない悲しい宿命ってやつよね」と菊野はフゥとため息をつきながら勝手にペラペラ喋った。「それよりもさー、翡翠ちゃん祭りの巫女衣装見たい? っていうか見るよね? と、いうより私が小さい頃着ていた巫女装束着せたい! じゃあそういうわけで琥珀。翡翠ちゃん借りるね?」菊野の言葉に琥珀は「貸しません」と断言した。「ちぇー、けちぃ!」菊野の言葉に「ケチもヘチマないから……っていうか翡翠はキミの着せ替え人形じゃないんだから……」そう返した。その時、琥珀の方に小石が飛んで来た。(?)翡翠が不思議そうな顔で石を拾うと更に石が飛んで来その石は翡翠の方目掛けて飛んで来た。翡翠は目を瞑って痛みに耐えようとしたがいつまでたっても痛みは来なかったので翡翠は恐る恐る目を開けると琥珀が抱き抱えるように庇っていた。「琥珀様!」翡翠の言葉に琥珀は優しい笑みで「大丈夫かい? 翡翠……」と聞いた。翡翠は顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いた。「ちょっ、ちょっとアンタ達―、何やってるのよー!」と言うと村人が菊野を琥珀から離し「なりません、菊野様! こんな呪われた子に関わっては……」と言い更に「そうだ! こいつの姉はキチガイだ! 呪われている! あの女の弟もきっと呪われているに違いない!」「出てけ! 晴れの日に不吉だ! 出てけ!」と嵐のように罵倒(ばとう)と小石が飛んで来た。「っ!」と琥珀が痛みに耐えていた。「琥珀様!」「平気だから、僕は……」琥珀は尚も優しく微笑んで答えて「行こう……」と言いそして表情をキリっと変え「一つ聞きますけど翡翠に……この子に石を投げたのは誰だい?」と聞いてきた。その瞬間場の空気は冷たい空気に包まれシンとした。村人は怯(ひる)み誰も答えなかった。「僕個人の事をどう風潮しようが石をぶつけようが構いません……ただし、この子に危害を加える事だけは許しません。何人たりとも……」と琥珀はこの場を凍りつかせる程の冷たい声で言い放ち神社を後にすると村人の誰かが「やっぱり呪われた子だ……」と呟いた。
神社を出た二人は河原に着き翡翠が「そ……そうだ! 琥珀様! 今から琥珀様に凄いもの見せますね!」と言い河原から一つ小石を拾い「たぁっ!」と翡翠が川に向かって投げた。小石はぽちゃんと音を立てて川に沈んだ。「あ……あれぇ?」と翡翠は言い「も……もう一度!」と言い川に向かってもう一度投げたが石はやはりぽちゃんと音を立てて川に沈んだ。「も~、なんでぇ? この間は上手くいったのにぃ!」と翡翠は手をバタバタさせた。琥珀は翡翠が何をしたいのかなんとなく察し「もしかして翡翠水切りかい?」と聞いた。翡翠が下を向き「ち……違うんですよ! この間は上手くいったんです! 今日はたまたま調子が悪かっただけで……」翡翠が涙目で訴えていると琥珀が小石を拾い「とぉっ!」と言い低く小石を投げた。すると小石は見事に十回くらい水切りをして対岸に辿り着いた。「す……すごいです」翡翠は感嘆の声を漏らした。「翡翠……水切りをするときは先ず小石はなるべく平らな石で胴体に回転をかけて低く投げるんだよ……やってみてごらん?」と琥珀に促され翡翠は琥珀のアドバイス通り平らな石を探して川に投げてみた。すると投げた石は琥珀ほどは跳ねなかったが五回は跳ねた。「わ……わぁー! やったぁ! 五回も跳ねたぁ! 琥珀様凄いです!」翡翠はそう言い嬉しそうな表情をし琥珀は微笑みながらパチパチと拍手をし「やったのは翡翠だよ! だから翡翠が凄いんだよ!」と言った。「え……えへへ! 琥珀様に褒められましたぁ!」と翡翠は照れた。「翡翠……ありがとう……元気づけてくれようとしたんだよね?」琥珀の問いに翡翠はバツが悪そうに笑い「一人じゃ出来なかったですけど……」と言い「……」「……」やがて二人は無言になりやがて「翡翠……あの人達を憎まないで欲しいんだ。皆悪い人じゃないから……」琥珀の言葉に「どうしてですか? 皆琥珀様に石投げたり呪われ子とか言って罵倒したり……おかしいです……そんなの……」翡翠は下を向き言うと「翡翠は追放される前や追放された後自分の生まれ育った里の事を一度だって憎んだことあった?」琥珀の言葉に翡翠は黙った。「僕はこの村や皆の事が好きだ。姉さんが好きだったこの村の景色も風景も……だから僕はこの村を作った人達とこの村が好きなんだ」と言うと翡翠が「……琥珀様にとってはお姉様が一番なんですね……」と寂しそうに呟いた。「翡翠?」琥珀が翡翠を見ると翡翠は瞳に涙を浮かべて「琥珀様はこの村に来てからずっとお姉様の事ばかりいつも姉さん姉さんって……恥ずかしくないんですか? いい大人が!」「あ……うん。恥ずかしいよね。この年でシスコンなんて……」琥珀は下を向いた。琥珀は分かっている。この年で姉離れできない自分は子供なんだということが。だけど、どうしても姉に依存してしまう。思い出の中の姉瑠璃に。「ごめん。翡翠達に不快な思いをさせてしまっているよね? もう少し控え……」琥珀が言いかけると「もしかして私を助けたのはお姉様に似てるからですか?」翡翠の言葉に琥珀は「え?」と言い淀(よど)み黙った。そして翡翠は続ける。「私は知っています……琥珀様は私を見る時いつも別の誰かを見ていることを……それはお姉様ですよね?」琥珀は黙ったままだ。「琥珀様はお姉様を守れなかった。だから、私を身代わりにして守って自分の罪を少しでも軽くしようとしている! 違いますか?」「だ……ま……れ……」琥珀は振り絞るような声で呟いたが翡翠は黙らない。「私は琥珀様のお姉様でもないし代わりでもない!」と翡翠が言うと「黙れっ!」と琥珀が珍しく声を荒げて怒鳴った。河原には琥珀の荒い息づかいが聞こえる。怒鳴った後「黙っててくれ……頼むから……」と琥珀が言うと翡翠が瞳から涙をボロボロと零(こぼ)し何も言わずにどこかに駆けて行ってしまった。河原には琥珀が呆然と立ち尽くしやがて小さく「最低だ……僕……」と呟いた。
その頃千里眼で二人の様子を見て頭を抱える人物がいた。玉髄だ。「あの馬鹿!」玉髄は大声で独りごちた。「どうしましたです? 玉髄姉様……」黄玉の質問に玉髄はヒステリーの如く地団太を踏んで大声で「あの琥珀って男凄い馬鹿……っていうか女心解っていない!」と怒鳴り黄玉に事のいきさつを説明した。「まぁ鈍感ですわねです……」と黄玉が片手を頬に添えながら言った。「ここは嘘でもキミは代わりじゃないとか言うべきでしょ! なのにっ! あーっ! もうっ!」「まぁ、男はいつの世も鈍感ですから……それはどの種族も共通です」玉髄のヒートアップする怒りに対して黄玉は冷静に対処した。そして黄玉が「でも、翡翠は今情緒(じょうちょ)不安定、そろそろが試練です」と怪しげに言った。
その頃翡翠は一人とぼとぼと河原を歩いていた。「私……なんであんなこと言っちゃったんだろう?」翡翠はそう呟き先程の自分を思い返した。二人の喧嘩の原因は元の発端は琥珀だが翡翠もムキになって言い返してしまったからである。しかも翡翠はまだ見た目も精神年齢も子供だ。こんな奴に精神的なことを言っても分かるわけがない。とは言え、琥珀と翡翠は今まで一度も喧嘩をしたことが無かった。仮にしたとしてもそれはふざけ程度の喧嘩でいつも琥珀が笑って謝る。しかしさっきの琥珀は違っていた。本気で怒っていることが見て取れた。その時翡翠は河原に落ちている石をおもむろに拾い「琥珀様のバカ―ッ!」と叫びながら石を投げた。石は見事な水切りをし川に沈んだ。その時後ろからパチパチパチ! と拍手をする音が聞こえた。翡翠が後ろを振り向くと長い黒髪をした女性がいた。黒い髪の女性は翡翠のところに駆け寄って「お主水切り上手いのう!」と笑顔で言い翡翠は嬉しくなり思わず人化の術を解いてしまった。その時翡翠は(や……やばい!)と思った。黒い髪の女性は目をまん丸にし「お主……もしかして妖なのか?」と聞いて来た。翡翠があたふたしていると「妾(わらわ)はそういうのは平気じゃ、気にするでない……」とくすくすと笑い翡翠は顔を赤くし下を向いた。「自己紹介まだじゃったのう? 妾は珊瑚(さんご)。お主の名は?」と聞いて来たので翡翠も自己紹介をした。そして珊瑚が「じゃあ翡翠……一応聞くがなぜこのようなところにおる? 何か思い詰めているようじゃったが……」と翡翠に聞いて来たので翡翠が事情を説明した。「ふむ。姉の代わりか……」珊瑚の言葉に翡翠は力なく頷いた。「でも……心の中では解っていたんです。琥珀様の心の中には別の誰かがいるってことに。それにいくら思っても妖と人間の恋は成就されないってことも……」翡翠は黙りやがて「やっぱりさっきのは私が悪いですよね? 琥珀様が怒るのは当然です……私やっぱり謝ってきます。誠意をもって謝ればどんな相手にも通用します。琥珀様は怒ると怖いですけど普段は温和な方ですから……」と言い翡翠がすくっと立つと珊瑚が「本当のお主が謝る必要があるのか?」と翡翠に聞いて来た。「悪いのはその人間ではないか。お主の気持ちを解っておるのにお主の気持ちを弄んで……このままいったらお主はその姉が生き返ったら用済みとなってゴミの様に捨てられるじゃろう」珊瑚は翡翠の瞳を見て言った。「のう、お主が捨てられない方法がある……。それは、お主が人間となってその姉以上の存在になればいいのじゃ……」珊瑚の目が妖しく光る。その目は翡翠を捕らえて目を離さない。(な……に? 目が逸(そ)らせない……)翡翠が怯えていると珊瑚は「妾の言う通りにすればいいのじゃ? 翡翠?」と珊瑚は妖しくも心地よい声で翡翠に囁(ささや)いた。
「じゃあこの豊穣祭は元は鬼神(きじん)を祀るお祭りだったのか……」蓮と柘榴は家でお茶を飲みながら雑談をしていた。「そうだよ。もともとこのお祭りは元は神の御使(みつか)いとされてきた鬼神様を祀るお祭りなんだ。鬼神様は人間達に知恵を与え崇め奉られてきた。とはいっても今は鬼神様に感謝する人間はいないし風習も廃れてしまって年に一度のお祭りとして残る程度だけどね……」蓮はお茶を啜りながら言った。「人間と妖は昔は共存してきた。妖は人間に知恵を与え人間は知恵を与える妖を尊敬していた。しかし、人間は知恵をつけるとその知恵を悪用しあまつさえ自分より上の妖の存在を認めなくなり妖を迫害するようになった。妖と人間の絆は失われてしまった……我が家にひい爺さんの代から伝わる話だが……」柘榴が遠くを見るように話した。その時家の戸が開き「ただいま……」と言う力ない声とともに琥珀が帰って来た。「……? おかえり。どうした? そんなに落ち込んで」蓮の言葉に「ちょっと翡翠と喧嘩した……」と答えると「お前と翡翠が喧嘩? 随分と珍しいな……」と蓮が言うと「……そうだね」と琥珀は机に突っ伏した。「え~、それじゃあ今日の晩御飯は~?」柘榴の問いに蓮が「お前らには任せられん……オレが作る……」と言い割烹(かっぽう)着(ぎ)を手に取った。
琥珀は気付くと花びらの舞う風景の中にいた。「ここは?」琥珀は周囲を見渡す。その時「琥珀様~!」と言う翡翠の声が聞こえた。琥珀が声をする方を振り向くと翡翠が花束を持って駆けて来た。その時、翡翠の後ろに黒い霧のようなものが見える。「翡翠! 後ろ!」しかし、翡翠には琥珀の声が聞こえていないのか翡翠は気付かない。そして、黒い霧のようなものは翡翠に迫り翡翠を包み込んだ。琥珀は翡翠に駆け寄るが翡翠との距離は縮まらない。それでも翡翠は琥珀の名を呼ぶ。その間に黒い霧のようなものは翡翠を侵食し飲み込んだ。「翡翠―!」と琥珀が叫ぶと周囲が光り輝き翡翠を飲み込んだ黒い霧のようなものが四散して光の中にぼんやりと妖狐の女性の様のシルエットが浮かんだ。妖狐の女性のようなシルエットは琥珀に手を差し伸べた。「翡翠?」と琥珀は片手を掴んだ時……「はっ?」目が覚めた。手には何かを掴んでいる。見ると蓮の手だった。琥珀が「ハァ……蓮、か」と溜め息をつきながら言うと蓮が不機嫌全開の顔で「なんだ……オレじゃ悪いか?」と聞いた。「別に……ところで今何時?」琥珀はうつ伏せになっていた机から上体を起こして目をこすりながら聞いた。「今か? もう昼だ」と蓮は答えた。「そっか。翡翠、帰って……きてないよね?」琥珀の問いかけに「この状態を見れば解るだろ?」と蓮は答えた。部屋はお通夜の様にシーンとなっている。「……琥珀……お前……昨日寝ずに待ってたのか?」蓮の言葉に琥珀は少し苦笑いをして「寝てたけど……あんまり……寝て……ないかな……?」と答えた。そう、実は昨夜琥珀は翡翠がいつ帰って来てもいいように寝ずに待っていた。しかし、翡翠は帰って来ず琥珀も睡魔に負け明け方眠りに落ちてしまった。「目……隈出来てるぞ。少し寝ろ……柘榴は外出してるからオレがちゃんと見ててやる」蓮の言葉に「蓮が優しいって珍しいね。何かあったの?」琥珀の言葉に「お前オレを何だと思っている? オレだって人を労(いた)わる気持ちくらいは持っている。とりあえず少し寝てろ。昼飯出来たら起こしてやるから」と蓮がぶっきらぼうに言うと「えぇ? 蓮の料理? いやだなぁ。とても食べれる代物じゃないから……」ととても嫌そうに言った。そう。昨晩蓮が作った晩御飯のきんぴらごぼうはごぼうのささがきは危なかっしく見てられない上に調味料の砂糖と塩は間違えている。味も異様にしょっぱい。挙句に柘榴が釣ってきた魚は真っ黒焦げ。とても食べれる代物ではなく作った本人の蓮ですら料理をひと口くちに入れた瞬間に黙り後は任せたと言い退散し琥珀達はやむなくその料理を二人で食べた。「蓮って何でも出来そうで意外と結構出来ないこと多いんだね……」琥珀の言葉に蓮は「仕方ないだろ。オレはずっと妖怪退治をしてきたんだから。妖退治に家事なんて必要ない!」と開き直って言った。
(じゃあなんで自分から任されたんだろう?)
琥珀はそう思ったがツッコまないことにした。その時「ただいま~」と呑気な声と共に柘榴が帰宅した。手には大量の食糧を持っている。「いやー、村に行ったら今日豊穣祭でってことで日頃の薬のお礼にって野菜たくさん貰っちゃったよ! 今日は雑炊にでもしようか!」と上機嫌で喋り土鍋を用意した。そして蓮が「ならオレが作ろう。リベンジだ」と言うと「蓮は絶対作らないで!」と琥珀と柘榴が止めた。その時外から祭囃子の音が聞こえた。
「やっぱりご飯が美味しく食べれるっていいなぁ!」と柘榴が言うと蓮が「それはオレに対する嫌味か?」と物凄い形相で聞いて来た。「半分当り」柘榴は平然と答え蓮に殴られた。琥珀はその様子を見ながら少し微笑んだ。しかし同時に溜め息もついた。「ごめん……僕食欲無いから……」と言いお膳を片そうとした。「琥珀……お前半分も食べていないぞ。そんなんじゃいざとなった時に体がもたない……」蓮が言いかけていると柘榴が蓮に目配せし蓮は言うのを止めた。家の中は静かになりカチャカチャと食器の音だけがする。(翡翠……どこに行ったんだ?)琥珀はそう思い居ても立ってもいられず「僕翡翠を探しに行ってくる!」と外に出ようとすると周囲の空気が変わった。「大気中の妖力が集まってくる……」と琥珀が言い蓮が「琥珀っ! 今すぐその場を離れろっ!」と言う言葉と共に家の戸が吹き飛ばされた。「あ……危なかったぁ……」琥珀と柘榴は蓮がすぐ張った結界に守られ怪我一つ追わずに済んだ。「ちょっとぉ、何するんだよぉ? 私の家壊れたじゃないか!」と吹き飛ばした相手に文句を言った。すると吹き飛ばした相手が姿を現した。その人物は美しい絹のような金色の髪に白い肌に翡翠色の瞳。今の琥珀達と外見年齢はそう変わらない妖狐の少女「……翡……翠?」だった。「翡翠? どういうことだ!? 翡翠はもうちょっと……というかかなり外見幼かったような……」柘榴の言葉に「でも……あれは……」と琥珀が言いかけると蓮が結界を解き「お前今迄どこで何してた? オレや琥珀達がどれだけ心配したと……」「わた……に……ん……なる……」翡翠らしき妖狐は蓮の言葉など聞こえておらず何かをブツブツ言っている。そんな翡翠らしき妖狐に蓮は「人と話をするときは人の顔をしっかり見て話せ! あとブツブツもの言うな!」と説教した。そして、翡翠らしき妖狐は言った。「私は……人間に……なる……」と。その時物凄い突風が吹き蓮が吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。「蓮! 蓮!」と琥珀は呼びかけ蓮を揺すった。「あまり揺らすな……それより……」三人は目の前の翡翠らしき妖狐を見た。妖狐の瞳は虚ろで心がまるでないかのようだった。妖狐は一歩。また一歩歩く。その都度鈴の音が聞こえた。琥珀は直感した。この妖狐は間違いなく翡翠だと。「翡翠!」と琥珀が呼びかけるが翡翠には聞こえておらず翡翠は手をかざし何かを唱えた。その時地下室で異変が起こった。琥珀の姉瑠璃が淡く輝き宙に浮かびそのまま地上へと向かった。そして地上の琥珀達の目の前を通過して翡翠の両手に収まった。「姉さん!」琥珀は声を上げた。そして、翡翠は瑠璃を両手に抱えたまま上空を飛び北へと向かった。「翡翠―! 姉さーん!」と琥珀は声を上げた。
「本当にあれは翡翠なのか?」柘榴の問いかけに琥珀が「間違いない。鈴の音がしたから……」と答えると「鈴?」と柘榴は聞き返した。「あぁ……翡翠がいつもつけている組紐についている鈴か?」蓮の言葉に琥珀が頷いた。柘榴が「その鈴は何か特注品なのかい?」と聞くと琥珀は「ええ……温泉宿で買ったお土産店で売っていたものです。その組紐はその温泉宿でしか売ってない品物ですから……」と琥珀は答えた。「しかし、翡翠が誰かに渡したってことは?」柘榴の問いに「ありえないな。しかも翡翠が琥珀から渡されたものを粗末にすることはない。現に翡翠はそれを大事にしていた」蓮の答えに柘榴は納得したのか頷いた。「そういえば今更だけど翡翠って一応いくつなの?」柘榴の質問の問いに「貴様は今この状況で何を聞いている?」蓮は物凄い形相で聞いた。「ちょっちょ―っと待って! ほんと待って! 結構シリアスな質問だから!」柘榴は慌てふためき弁解した。「確か翡翠本人曰く五百歳って言ってたけど……」琥珀の言葉を聞き柘榴はふむ、と言い少し考えこんだ。「それは少しおかしいな。妖狐の五百歳であの外見は……。いや、正確に言えば普段のあの子供の姿は……むしろさっきの大人の姿の方がしっくりくる」柘榴の言葉に琥珀が「どういうこと?」と聞くと蓮が「妖狐で五百歳はハッキリ言えばもう大人だ。にも拘らずあの幼児の姿はおかしいと言っているんだ。オレも前々から思っていたが少しおかしいと思っていた……」と言いそして「……お前、本当に何者なんだ? 翡翠を最初から妖狐と見破るし、やたら妖に詳しいし……」と蓮が刀を構えた。それに対して琥珀は「え? 柘榴さん翡翠の正体最初から解ってたの?」と聞いた。「うん、まぁ最初から分かってたよ。だって私は……」「妖狐だからよ」と柘榴の後ろから声がした。柘榴が振り向くと「あ、翡翠の高飛車なお姉さん」玉髄がいた。「誰が高飛車よ! あと指さすな!」と怒鳴り散らした。(確かにキツそうだ……)蓮はそう思った。「まぁまぁ玉髄姉様落ち着いて下さいです」と黄玉が現れ玉髄を宥(なだ)めた。「やぁ、久しぶりですね。何十年ぶりでしょうか?」柘榴の問いに玉髄はゴミでも見るような目と声で「知らないわよ。混血児」とつっけんどんに言った。
「え? 今何と?」琥珀の問いに柘榴は「あぁ、黙っていて済まない。私にも妖狐の血が流れているんだ。と、言っても妖狐の血はかなり薄いから妖術は使えないし年の取り方も人間と同じだ。最も霊術は妖術とは違うから使えるけど!」と柘榴はどや顔で言った。(何を威張っている?)蓮は心の中で冷静にツッコんだ。その時玉髄が「まず一言……」と言い大きく息を吸いそして「馬鹿?????!」と大声で怒鳴った。男性陣は一瞬ポカンとした。「アンタ達少しはフォローとかなんとか出来ないの? というか少しは女心解らないわけ? ほんっと男達ってお子ちゃまなんだから?」と玉髄はまくし立てた。「え? なんで怒ってるの?」琥珀の質問に玉髄は「ねぇ、今アンタにビンタかましてイイ? かましてイイわよね? これ」と鬼のような形相で琥珀の胸倉を掴んだ。「落ち着いて下さい玉髄姉様……」と黄玉が冷静に玉髄を宥(なだ)め「琥珀さん以外にはお初にお目にかかります。私は妖狐の族長玉髄姉様の妹、次女黄玉と申します。一応お見知りおきを……です」と丁寧にお辞儀した。「族長だと?」蓮は刀を構えたが琥珀が制した。「一体何がどうだというのですか? 急にヒステリーの様にまくしたてたり急に現れたり……まさか翡翠を連れ戻しに? だとしたら随分ムシのいい話だ。自分達から捨てておいて……」琥珀の言葉に黄玉は「確かにただ連れ戻しに来たならそれは非常にムシのいい話です。ですが、事態はそれどころではない状態ですから来たのです」と言い「二年前。貴方と翠。いえ今は翡翠でしたか。二人が初めて会った時何故貴方に預けるような真似をしたか考えたことありますかです?」と聞き「え? それは一応……」と琥珀は口ごもった。それは確かに考えたがそれが今もって解らないのだ。どうして琥珀に預けるような真似をしたのか。「それはアンタに託したからよ」と玉髄は言った。「託す? 一体何を?」琥珀は玉髄に問うと「あの子を……翡翠を元に戻せる可能性に!」と答えた。「元に戻す? 一体どういうことだ?」蓮の問いに柘榴は「成程……そういう事か」と静かに頷き「先程の姿の翡翠が本来の翡翠……なんだよね?」と言った。「? 柘榴さん……それってどういう?」琥珀の問いに玉髄が「話すわ……翡翠の正体を……」と言い語り掛けるように口を開いた。
5 想いの絆
二百年前、妖狐の里。湖の上を大きな船がある城門に向かい進んでいた
「はははははっ! 見つけたぞ! ついに妖狐の里を!」声を高らかに笑う人間に対し「人間共の侵略だ!」「どうする?」他の妖狐達が城壁で慌てふためいていると一人の妖狐の少女が通り過ぎた。
「さぁ! 行け! 妖狩りだ! そして宝物を奪え! 金目のある宝は我々の物だ!」と敵の総大将らしき中年の男は叫んだ。船は容赦なく進むと湖面の上を白い素肌をし金色の長い髪をした妖狐の少女がゆっくりと船の方へと歩み寄って来た。そして立ち止まると同時に船の上の人間達の頭に声が響いた。『人間共……これより先は我々妖狐の世界……何人たりとも入らせはしない……大人しく引き返せば今なら手出しはしない……』船の上の人間の一人が「た……隊長。なんか寒気がします。引き返しましょう」と言うと「貴様臆病風(おくびょうかぜ)にでも吹かれたか? 臆するな相手はたった一人だ!」と言い火のついた矢を一斉に放った。その時妖狐の少女はキッと顔を上げた。年の頃は十七、八くらいで澄んだ翡翠色の瞳をし芯の強そうな美しい妖狐だった。そして、妖狐の少女は頭上に手をかざすと火のついた矢を止め湖に沈めた。そして「愚かな……」と言い宙に浮き手を眼前に突きだしやがて巨大な火球を作り出しそれを敵の船に放った。船はたちまち炎に包まれ人間共々灰と化し「哀れな……与えられた力に過信し散漫(さんまん)になるとは……」妖狐の少女は悲しそうにそう呟くと宙を飛びながら城門へと戻って行った。「翠姉様!」城壁へ戻ると紫色の髪を肩(けん)甲骨(こうこつ)まで伸ばした一人の幼き妖狐の少女が駆け寄り先程の翠と呼ばれた金色の髪をした妖狐の少女に抱き着いた。「翠姉様! 平気? 怪我してない?」とあたふたしながら金色の髪をした妖狐翠に聞いて来た。翠は優しく微笑み「玉髄、平気よ……」と言った。「族長! お疲れ様です!」城壁の見張り番の妖狐が敬礼をした。すると翠はすぐに厳しい表情をし妹を引き離すと無言でその場から離れていった。城壁の兵士が「強い……」と言いもう一人が「族長に任せておけば安心だ!」と言い幼い玉髄が「その通りよ! 翠姉様は強いんだから!」と偉そうに言った。翠は城の中の中庭の池のほとりに立ち下を向き体を抱え込んだ。すると後ろか「翠姉様……」と心配そうな声が聞こえた。翠が後ろを振り向くと翠と同じ金色の髪をセミロングにした幼い妖狐の少女次女の黄玉が立っており「お疲れ様です」と声をかけた。「……」翠は後ろを振り向かず「ねぇ、黄玉。この鯉は幸せなのかしら? 水もきれいで餌も貰えて何不自由ない生活をしているのにどこか窮屈で……この鯉だってたまには自由に池の中を泳ぎたいんじゃないかしら?」と言い「私って何だろう?」と呟き池の中の鯉を見た。そして来る日も来る日も人間達は攻めてきてはその度に族長である翠は撃退していった。だが人間達の相次ぐ侵略で妖狐はすっかり人間不信に陥り人間を恐れていった。
そんな、ある日妖狐が治める土地に青灰色の長い髪をしており満身(まんしん)創痍(そうい)の一人の人間の少年が倒れていた。妖狐達は怯え族長の翠に何とかしてもらおうと翠を呼んだ。翠は少年を処分しようとしたが少年は息も絶え絶えで今にも死にそうだったので翠は自分が手を下さなくてもそのうち死ぬと思い手を下さなかった。その時少年が一言「助けて……」と苦しそうに言って気を失った。翠はこのままではさすがに寝覚めが悪いと思い妖狐達に命じ自分の城で手当てするよう命じた。
「ん?」少年は城の中の布団で目を覚ました。「気が付いた?」と玉髄が嫌そうに聞いて来た。「翠姉様に感謝するのね……瀕死のアンタを翠姉様が救ったんだから……」と嫌味全開で言って来た。少年はまだ少し意識がはっきり戻ってきてないのかボーっとしている。「ちょっとぉ! アンタ聞いてるのぉ?」と少年に詰め寄ると急に手を伸ばし玉髄の狐耳をモフり始めた。「ちょっ、ちょっとぉ? あは、なにす、くすぐ、んのよぉ? アハハ!」玉髄がくすぐったさに笑ってると少年は更に耳をモフモフ「すごい! 妖狐だ! 耳がモフモフしてる!」と感激している。「ちょーとぉ、あは、こら離し、あはは、なさいよぉっ!」と言いながら少年を思いっきりビンタした。少年はビンタされた衝撃で本棚に激突し棚にあった本が少年の頭に落ちて来た。「どうしたの? 玉髄姉様! さっき凄い音が?」黄玉が先程の本棚の音を聞き医務室へ駈け込んで来た。「黄玉っ! こいつさいってー! 妖狐の証である私の耳をモフり始めた!」と玉髄は怒り心頭で黄玉に言い「翠姉様に言ってコイツ極刑! 死罪! 痴漢行為! 変態!」と少年を罵倒した。「玉髄姉様、落ち着いて……」と黄玉が宥めた。「とりあえず貴方に一言。妖狐にとって耳は大事な証なの。それを触るのは女性の胸を直に触られるのと同じくらいなの! 気を付けて!」黄玉の言葉に「黄玉……言葉をもっとオブラートに……」と玉髄が言うと少年は「え? 私この人のない胸触っちゃったの?」と言い「ちょっとこらぁ~!」と玉髄が怒った。「とりあえず起きれるようね? とりあえず姉様……我らが族長に会っていただきます。付いて来なさい」と言い少年を連れ立って歩き玉髄は「翠姉様は凄いんだから。アンタなんかすぐ八つ裂きよ。バーカ!」と悪態をついた。謁見の間に着くと全員正座し「姉様……例の少年を連れて参りました」と言った。玉座には美しい妖狐、族長の翠が正座をし「貴方が何故この地に来たのかを知りたい? 答えなさい」と少年に静かに問いただした。すると、少年は少しバツが悪そうに「そういえばまだ自己紹介をしていませんでした。私の名は瑪瑙(めのう)といいます。齢(よわい)十四(じゅうし)です。この地より東から来ました……」と瑪瑙と名乗った少年はしっかりした声で答えた。「アンタ何処(どこ)から来たのか質問に答えろっつてんのよ! 返答によっちゃあ……「よしなさい玉髄……」玉髄の殺意むき出しの声を翠が制し「正直に答えよ。何故この地に来た? 私が求めるのはこれ一つのみ……」と言うと瑪瑙は「正直に、か……。ならばそちらも正直になるのが対等だと思いますが……」と冷静に言った。「? どういう意味?」翠から疑問の声が聞こえた。「貴女はここの本当の族長じゃない。聞いたところによれば妖狐は本来世襲制ではなく妖気の強いものが選ばれなる筈。しかし、貴女からはそれほどの妖気を感じない。つまり貴女は二流。本当の族長は……」と言い黄玉を指さし「貴女です! 黄玉さん……」と言った。「はぁ? アンタ何言ってんのぉ? 翠姉様があんな言葉をオブラートに包まない言葉言うわけが……」と玉髄が言っていると「……成程。この地に来たということで只物ではないと思っていたけど……」と言い風が黄玉を包みやがて金色の長い髪。翡翠色の澄んだ瞳に陶器のような白い素肌。本当の翠が現れた。「……いつから気付いて?」翠の問いに「最初からです」と答えた。「私此処(ここ)に来た時倒れたけど意識は少しあって言葉は夢うつつに聞こえていたんです。その時黄玉さんの声も聞こえて来たんですけど語尾が特徴的……というか少し礼儀正しすぎるような語尾だったので……ですが医務室に入って来た時はその語尾が付いていなかったから。あとは妖力をうまく隠しきれていなくて……なんかごめん。失礼で……」瑪瑙は気まずそうに答えた。すると「成程ですわ。まさか言葉遣いでバレてしまうとはです」と風が偽物の翠を包み黄玉が姿を現した。「わ……私だって……本当は……最初から解ってたんだから……っていうか翠姉様も黄玉も酷い~! 私だけ除(の)け者~!」と言い玉髄はピー! と泣き出した。「ごめんなさい玉髄。決して除け者にしたわけじゃないの……ただ、貴方には看病を任せていたから…」翠が玉髄を宥めていると瑪瑙が「泣かないで。ほら、これあげるから……」と折り鶴を差し出した。「要らないわよっ!」と怒鳴り散らした。すると「待って待って。これはただの折り鶴じゃないんだ」と言い念を込め始めた。すると折り鶴はひとりでに動き出しやがて羽ばたきだした。そして瑪瑙が更に念を込めると折り鶴が増え最後は弾け虹色の蝶々達が出て消え瑪瑙が折った折り鶴が落ちてきてこてんと床に転がった。「す……スゴイ。何? 今の?」玉髄の言葉に瑪瑙は「妖術を人間でも使えるようにした術。仮に霊術をよんでいます」と答えた。「ハァ? 人間が妖術を使えるわけがっ! っかそんな術聞いたことないわよ!」「正確に言うと妖術が元になった術。それに聞いた事がないのは当たり前です。私が造ったのですから!」玉髄の言葉に対して瑪瑙が続きを言った。そして「あ、ホラ笑った!」と瑪瑙が言い玉髄はカ~っと顔が赤くなり「ふ……フン! 少しは見直してあげてもいいわよ……! って、今更だけどこの折り鶴の紙何処から持ってきたのよ?」と玉髄が聞くと瑪瑙は笑顔で「あぁ、それは……」『愛しの翠姉様。今日も麗(うるわ)しい。素肌は陶器のように白く綺麗で戦う姿も凛々しい。あぁ、翠姉様……』と黄玉が折り鶴を広げ紙に書かれていた文章を読み上げた。「ま……まさか? それ……」玉髄がわなわなと振るえ「さっき本棚に激突した時落ちて来たんだ」と日記帳を取り出した。「さっき読んだけど凄い熱烈な熱い恋文が書かれて……そういえばこれ誰の?」と瑪瑙はあっけらかんと聞き玉髄はヤカンの様に真っ赤になり顔から湯気が出て「……前言撤回……」と言い「天誅ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」と叫び瑪瑙をのした。その様子を見ていた翠はほんの小さくクスリと笑った。
その夜、翠は一人池のほとりに立っていた。空には見事な満月が浮かんでいる。翠は寂しげに満月を見見上げ「そこにいるんでしょう? 人間……」と後ろを振り向かずに言った。「あ? バレましたか!」と瑪瑙が木の後ろから姿を現した。「こんばんは! 妖狐のお姫様!」瑪瑙の言葉に「お姫様? 誰の事?」翠は怪訝な顔で聞くと瑪瑙は屈託のない笑顔で「翠様の事!」と言った。「……何か勘違いしているようだけど私はお姫様なんてもんじゃないわ……私は……」「でも、妖狐の族長なんだからお姫様みたいなものじゃありませんか?」瑪瑙が翠の言葉を遮り言った。「でも翠様って優しいですよね? 人間の私を助けるなんて……本当に命の恩人です」瑪瑙の言葉に「優しい? 私が? 命の恩人?」翠は小さく呟き下を向き黙った。すると瑪瑙は「私翠様に恩返しがしたいんです! だから翠様! 貴女にお仕えさせて下さい!」と頭(こうべ)を垂れ片膝をついて言った。それに対して翠は瑪瑙の方を振り向かず「里から出ていって……何を勘違いしているかは知らないけど貴方を助けたのはあのまま死なれたら私の寝覚めが悪いだけで……気まぐれで助けただけだから……」と冷たく言いそして「貴方にも待っている人がいるでしょう家族なりなんなり。だったらその人達の下に……」「いません」と瑪瑙は翠の言葉を遮るようにハッキリ言った。「……いません……私にはそんな人。私に待ってるのはただの孤独だけです」翠は横目で瑪瑙を見た。瑪瑙は頭を垂れたまま下を向いていた。「私身寄りがいないんです。仕事もないし頼れる親類もいないんです。だから今頼れるのは妖狐のお姫様の翠様! 貴女だけなんです! ですから、要するに貴女の護衛として私を雇ってください! お願いします!」瑪瑙は悲痛な声と顔で言った。翠は少し黙り「生半可なことじゃないわよ……」と言った。「解ってます!」瑪瑙の返事に翠は更に「人間と戦いになることもあるのよ……」と言うと「重々承知してます!」瑪瑙は返答し翠はため息を吐き城へ戻る時「解ったわ……貴方を雇うわ。ただし雑用係としてね。泣き言を言ったり使えなかったりしたら即刻追い出すわ……」と言い雇うことに決めた。瑪瑙は顔を上げ「ありがとうございます!」と歓喜に満ちた笑顔で言った。その日から瑪瑙は城の雑用係として働くようになった。皿洗い。掃除。書庫の整理。何でもやった。玉髄含め他の妖狐から奇異の目を向けられ不満がられたが一応族長である翠に守られている為手出しは出来なかった。そんな日々の中でも、人間達が攻めて来その都度(つど)翠が追い払った。妖狐達は歓喜し沸き上がったが翠は無言だった。その夜、満月の夜。翠はまた池のほとりに立っていた。池には淡く美しく光る満月が映っている。翠は空に手を伸ばした。その時「こうして、かぐや姫は月に帰って行きました……」と声がすぐ傍の葉っぱだけになった桜の木から声が聞こえた。翠が声の方を向くと「こんばんは! 翠様!」と笑顔で軽快に挨拶する瑪瑙が木の枝に腰かけていた。「いい月夜ですよね! 手を伸ばしたら本当に月に手が届きそうだ……」と言い瑪瑙は手を月の出てる方向に伸ばした。「何してるの? 夜中の外出許可までは出した覚えはないわ……」と翠は言うと「まだ八時ですよ。子供だって寝てませんよ……」と瑪瑙は言い「ねぇ、翠様は竹取物語って知ってますか?」と聞いた。翠は「一応知ってるわ。求婚者に無理難題を押し付ける性悪女の話として」翠の言葉に瑪瑙は「まぁ、あながち間違ってはいませんけど……」と苦笑いで答え地上に降りた。その頃「全く今日はあの瑪瑙(バカ)のせいで眠れないわ! 私の夢日記を勝手読んで!」と玉髄はプンスカ怒りながら池のほとりへと向かいずんずんと歩いていた。その時翠の声を聞き天にも昇る気持ちになり「翠ね……」と駆け寄ろうとしたが「……どうしてかぐや姫は無理難題を求婚者に押し付けたのでしょうね?」と瑪瑙は翠に落ち着いた声で聞いた。(げっ! 瑪瑙?)とっさに玉髄は城壁の陰に隠れて会話を盗み聞きした。瑪瑙の問いに翠は「物欲からじゃないの?」とつっけんどんに答えた。「……そうかもしれませんね。でも、私はこう思うんです。強がってたんじゃないかでしょうか? わざと嫌な女を演じて自分を高慢ちきで勝気な女として強く見せたくて……翠様の様に……」瑪瑙は寂しそうに言った。玉髄は握り拳を作り(誰が高慢ちきで嫌な女よー! アイツ―! あとでひっぱたいてやるー!)と鬼のような形相で瑪瑙を睨んだ。しかし、瑪瑙は続ける。「言いたい放題かもしれません。貴女は強く自分にも他人にも厳しい。それは族長としては皆の理想で自分の理想なのかもしれません……だから貴女は強く美しい」と真っ直ぐに翠を見て言った。(そうよ! 翠姉様は強くて美しくて何者にも負けないんだから!)と玉髄はそう思い二人の会話を聞いた。その時「だから……貴女は弱い……」と瑪瑙はハッキリ言った。「貴女は本当は誰かに頼りたいし守ってもらいたい。だけど自分本心をさらけ出せない……違いますか?」瑪瑙の言葉に翠は黙りやがて「……本当は……人間と戦う時……すごく怖い。いつも死ぬんじゃないか? ってひやひやしてる。でも私は族長だから……他人に弱みを見せられないし誰にも頼れない……怖い! イヤ! 戦いたくなんてない! 族長なんてやめたい! でも里の皆はそれを許してくれない! 私は神でも仏でもない! ただの一妖狐なのに!」と泣きながら心の内を吐露(とろ)した。すると瑪瑙は翠を抱き寄せ頭を撫でた。「誰かに頼ることは決していけないことではありません。たまには誰かに頼ることも必要です。その為に仲間がいるのですから……」玉髄は翠の胸中を知り驚いた。いつも、勇猛果敢に戦っている翠が本当はいつも怯えていたことに。気付けなかった。一番すぐ近くにいたのに。(私……翠姉様の何を見てたんだろう?)と思い同時に(瑪瑙(アイツ)って翠姉様のことよく見てるんだなぁ……)とも思った。「ですからもっと仲間を……雑用係の私でもいい。皆を頼って下さい!」と言い「私に貴女を守らせて下さい!」と言い翠の左の手の甲を取り忠誠の証として手の甲に口づけをした。「?」(?)翠と玉髄は驚き固まった。瑪瑙はにっこりと微笑んで「約束です!」と言った。翠はヤカンの様に顔を赤くし玉髄の方はマグマの如く怒りが沸騰しやがて「こ・の!」と玉髄が怒声を発し「へ・ん・し・つ・しゃー!」と言い瑪瑙に飛び蹴りをくらわした。「この痴漢! 変態! ついに本性見せたわねー! 姉様コイツに変な菌移されてない?」しかし、玉髄の言葉など翠は聞こえていないのか頬を赤らめている。「姉様? 姉様? 姉様ぁぁぁ~~~!」玉髄の悲痛な叫びが夜の城内にこだました。
「最近日(にっ)昌宗(しょうしゅう)という宗教が法術となるものを覚えそれを使い妖を捕らえて違法売買しています。今のところ我々妖狐には何の被害も出てませんが……」側近の妖狐が翠に報告をすると翠は険しい表情をした。日昌宗というのはこの国にある最古の宗教創価宗から出来た新しい宗教で天聖人(てんしょうじん)という賢人(けんじん)を現人神(あらひとがみ)として崇(あが)め奉(たてまつ)り自身を天の御使いと奢り高ぶっている者共の集まりだ。翠は苦笑する。(人はどこまで行っても人。神にはなれないのに……)と思い「瑪瑙……日昌宗の人間はどこで法術というものを覚えたと思う?」と翠は瑪瑙に問いかけた。瑪瑙は十八になり今は翠直属の護衛になっている。人間が族長の直属の護衛になることを心思ってない妖狐はいつも瑪瑙の悪口を言うが瑪瑙はそんなこと気にせず職務を忠実に全うしている。瑪瑙は考え込みやがて気の抜けた笑顔と声で「解りませんねぇ」と言いその場にいた妖狐達は脱力しずっこけた。「あ~ん~た~ねぇ~!」「よしなさい、玉髄。話が進まない」と翠が玉髄を制止させた。「~~っ」玉髄は不満げな顔をし自分の席へ正座した。「本当に心当たりはありませんか?」と翠は再度瑪瑙に質問した。瑪瑙は一瞬黙り「……ありません」真剣な面持ちで言った。「そう。ならば貴方を信じるわ。これにて閉会……」と言いこの場は幕を閉じた。翠はいつもの池のほとりに瑪瑙を護衛として連れて行き桜を見つめた。「今年の桜も見事ね……」と翠は呟き「そうですね……」と返答した。二人は互いに黙り「瑪瑙……貴方何か私に隠していない?」翠の問いに「……何故そう思うのです?」と聞いた。「貴方がここ最近辛そうだから……」翠の言葉に瑪瑙は黙った。そして、やがて「四年前の夜……私はここで翠様と竹取物語の話をしたのを覚えておいでですか?」瑪瑙の言葉に「? えぇ……」翠は困惑しながら答えた。「でわ、かぐや姫に帝という想い人がいたのはご存じですか?」「何を言って?」「一体帝は何故人間ではないかぐや姫に執着しており同時にかぐや姫が月に帰る時何を思っていたのでしょう?」と瑪瑙は悲しげな笑顔で聞き更に「もしどんな願いも一つだけ叶えてくれるという神がいたら二人は何を願ったのでしょうね?」と聞いた。翠は何故瑪瑙がそんな質問をするのか解らずその質問を問いただすと「もう時間がありません……翠様。この里の妖狐達を連れ早く遠くの地へお逃げ下さい。私でも奴らの足止めにはなりますでしょう……と言い最後に「里の皆を頼みますよ」と言い城の外へと駆けて行った。その時城門から物凄い爆音が聞こえて来た。里の者は何事かと驚き大騒ぎになりたちまち大混乱に陥った。「皆、早く城の中に避難せよ!」と玉髄が里の民を城へと案内した。城内は不安と混乱する民でたちまち埋め尽くされた。「族長! 奴らは日昌宗です!」と見張りをしていた妖狐が望遠鏡を片手に急いで走ってきた。「なっ? 日昌宗ですって!」玉髄が声を上げると同時に城内が途端に騒めきだした。玉髄はしまったと思った。しかし、すぐに持ち直し「しかし、日昌宗などたかが人間の集まり! 烏合(うごう)の衆(しゅう)も同然! 我々には族長がついている! 族長?」翠は心ここにあらずと言った状態で周囲を見渡した。しかし、そこには瑪瑙の姿と黄玉の姿が見えなかった。(瑪瑙……黄玉……)翠は嫌な予感がしこの場を玉髄に任せ城から飛び出した。城門付近では瑪瑙が日昌宗の人間達相手に対峙(たいじ)していた。「これはこれは……瑪瑙様。随分お久しぶりで。もう四年でしょうか?」「貴様に様付けされる覚えはない!」日昌宗のリーダーらしき男に瑪瑙はぴしゃりと言った。そこにはいつもの穏やかな瑪瑙はいなかった。「つれないことを……我々は貴方様から教えてもらった霊術を改良して法術を会得(えとく)したのです!」声高らかに言う日昌宗の男に対し瑪瑙は「貴様が法術と呼んでいる術は私の霊術を盗んだだけのものだろう! それをよくもぬけぬけと教えたと……」しかし男は瑪瑙の言葉を無視しはまだ続ける。「そして、我々は地上を支配できる神に近づき……いや、我々は神になったのです! ぬぅははははは!」「人はどこまで行っても人だ! 神にはなれない! いい加減目を覚ませ!」しかし男は瑪瑙の言葉に耳を貸さず連れていけと部下に命ず「我々にはあなたが必要なのですよ。例え貴方が飾り物の……」と男が言いかけていると無数の風刃が日昌宗の人間に襲い掛かり日昌宗の人間を切刻んだ。切刻まれて人間達は道端に倒れ呻き声をあげた。「殺生は好まない。早々にこの地を立ち去れ!」と瑪瑙は一括した。「成程成程。相変わらずお優しいのは変わっておらず失望しましたよ。ですが、今はこれに感謝」と言い後ろにいた部下に何かを命じた。瑪瑙は臨戦態勢を整えた。しかし、「これは何でしょうねぇ?」と麻袋から何かを取り出した。それは「黄玉……?」黄玉は薬か何かで眠らされているのかピクリとも動かない。「どーします? これでもまだやりますか?」と男は勝利を確信したように聞いた。「確かに貴方様の霊術は強力だ。我々の法術は元々は貴方様が使う霊術を改良したものですし我々が束になっても貴方様には勝てない。しかし!」と男は区切り「霊術を使えなければ所詮貴様はただの子供。ガキだ!」「ぐっ!」瑪瑙は唇を噛んだ。「どうします? 密偵に調べさせましたよ! この妖狐大事なのでしょう? なんたって貴方様が愛する妖狐の族長の妹君なのですから……まぁ、この妖狐がどうなってもイイならどうぞご自由に攻撃してください。出来るものなら? ぬぅははははははは!」確かに男の言う通りだ。瑪瑙の霊術は強力だしこの日昌宗の人間が束になっても敵わない。しかし、霊術を使えば確実に日昌宗の人間は倒せるが同時に黄玉を殺すことになってしまう。瑪瑙がじっとしていると黄玉がピクリと動いて「わた……しに……か……まわ……ず」と小さく口を動かした。「黙れ妖が!」と言い男は黄玉の頭を足で踏みつけた。「きゃう!」黄玉は小さく悲鳴を上げた。「黄玉!」男はそんな二人の様子を見てほくそ笑み「そうだ。このままこの妖の頭を踏み潰すのもいいな。助けたいか? お優しい貴方なら助けたいですともねぇ? 助ける方法一つだけありますよ。それは貴方が自分の職務を全うする事! そう! 天聖人としての!」男が声高らかに言うと瑪瑙の後ろから「……どういうこと?」と言う声がした。瑪瑙が後ろを振り向くと茫然とした翠と憎悪に顔を歪めた玉髄がいた。「アンタやっぱり……」瑪瑙は下を向き「ぬぅはははははは! この妖狐知らんようだな! なら教えてしんぜよう! この方瑪瑙様は日昌宗の象徴の天聖人だ!」男の言葉に翠と玉髄は驚いた。翠は茫然とし「……嘘。嘘、よね? 嘘と言って……」と何とか瑪瑙に否定の言葉を求めるが瑪瑙は無慈悲に冷たい声で「本当ですよ……」とハッキリ言った。翠はその場に崩れ落ちた。今までの事が走馬灯のように駆け巡る。今迄の瑪瑙の笑顔。頭を撫でてくれた暖かさ。全部偽物。演技。二人が下を向き黙っていると瑪瑙の足元に短刀が投げ出された。「この妖狐はかねてから目障りでした。この妖狐を殺せばこの小さい妖狐を返しましょう! さぁ、どうするのです!」男は下卑た笑みで瑪瑙を見た。「なっ? この外道! やめなさい瑪瑙! そんなことしたらアンタを恨みに恨んで祟り殺すわよ! 翠姉様逃げて! 早く!」しかし、心が折れてしまった翠にはそんな言葉が届かない。ただ「嘘、嘘……」とうわごとの様に繰り返していた。そして、瑪瑙は迷わず短刀を手に取り、そして「先程の答えです。帝はかぐや姫を心の底から愛していたから執着していたんです。そしてかぐや姫が月に帰る時こう思っていたのでしょう……」すると瑪瑙は短刀を自分の胸元に付きつけてこう言った。「死んでしまいたい……と」そう言うと自らの胸元に短刀を突き刺した。「?」「?」「?」一同は驚き目を見開いた。瑪瑙はゆっくりと倒れ翠に涙を流しながら「ごめんなさい……」と呟くように言い「あなたを……ま……もる……という約束……守れ……なくて……」そう言うとゆっくりと倒れ息絶えた。『貴女を…守らせてください』瑪瑙がいつか言った言葉が頭の中で反響する。その時瑪瑙の身体が淡く光り光が丸みを帯び球体になりやがて翡翠の目の前で浮いた。「これは……」と翠。「まさか……」と玉髄。「魂玉石ぃぃぃっ?」と男が声を上げた。魂玉石。妖と人間の心が交わった時どんな願いも一つだけ叶えてくれる絆と想いの美しい奇跡の石。『もしどんな願いも一つだけ叶えてくれるという神がいたら二人は何を願ったでしょうね?』「予定変更だ! あの石! 魂玉石を手に入れろ!」と男が命令して日昌宗の僧が向かってくると翠がゆっくりと立ち上がり「この石は……瑪瑙の想いは渡さない!」と言い「魂玉石よ! 我が願い命ず! 我が願い……我が願いは!」「や……やめろ! その石は奇跡の石! 我等人間の物だー!」と日昌宗の男が叫ぶが遅し「来世でも瑪瑙と出会えますように!」と叫ぶと魂玉石が願いを聞き入れ一層力強く光り、パァン! と音を立て割れ光の粒子となって消えた。「あぁぁぁぁ~、奇跡の石が……」と男が意気消沈していると途端場の空気が変わった。すると物凄い重圧に押し潰された。しかし、翠だけは平気で立っている。それもその筈。これは翠の気なのだから。「許さない……貴方達だけは絶対許さない!」と言うと途端翠の身体が黒く輝き玉髄はなんとか転がっている黄玉を担ぎ空へと逃げた。日昌宗の人間達は腰を抜かし動けないでいる。そして、翠から眩いばかりの黒い光が放たれ光は妖狐の里の大半を包み日昌宗の僧共々消滅した。
妖狐の里は日昌宗からは救われたが翠が大半を滅ぼしてしまい翠は罪人とされ投獄された。これまで翠に守られやれ守り神やらやれ救世主だともてはやしていた妖狐は手のひらを返したように疫病神やら死ねと罵るようになった。翠は何も言わず黙っていた。身内の玉髄や黄玉ですらも面会を許されずただ毎日が無作為に過ぎる日々。そして、一年後。翠は裁判にかけられ裁判の結果は翠の族長の地位のはく奪とこれまでの記憶と妖狐の力の封印。つまり、妖狐として事実上の死刑だった。役目を担うのは最高裁判官の妖狐、蛍(ほたる)という齢千歳の大妖狐で何も言わず翠を陣の上に乗せ術式を唱えた。翠は一瞬悲しそうな瞳で玉髄と黄玉を見た。そして、口パクでごめんなさいと言い刑は執行され翠は今までの記憶と妖狐としての強力な力が封印され今の幼い姿になった。
「……と、いうわけよ。その一件以降妖狐は人間に関わってはいけない。人間に関わったら碌な目に合わないということで……」玉髄が腕を組みながら言った。「私のひいお爺さんが刑を執行したのか……」と柘榴が呟いた。「え?」琥珀と蓮が同時に柘榴の方を見た。「翠姉様の妖力は強大でしたから複雑な封印をかけてもらったのですがそれが原因で蛍様は妖狐の力を失い今は人間界で薬士として暮らしていますです」黄玉の言葉に続き「人に化ける薬を使って……」と柘榴が付け足した。「んで、封印を解くのが想いの強さよ……想いが強ければ強いほど心が不安定になって封印も弱まっていくのよ。ところが、そこを狙われて鬼に付け入れられ唆(そそのか)されのよ……人間になれるって。残ってたのよね。心のどこかで瑪瑙の事……」「瑪瑙……」琥珀は呟いた。「というよりも何故翠は魂玉石で瑪瑙を生き返らせようとしなかったんだ? その方が手っ取り早いだろ……」蓮の言葉に玉髄は「これだから無知な人間は……」と言い蓮はムッとしたが今回ばかりは状況が状況だけにスルーした。「しようとしたくても出来ないのよ。確かに魂玉石はどんな願いも叶えると言われているけど一つだけ出来ないことがあるのよ。それは死者を甦らすこと……それこそ本当に奇跡でも起きない限り……」「だから来世でも出会えるようにか……? 全く下らない。その人間が転生しても同じ価値観を持っているとは限らないのに……」と蓮が呆れるように言った。すると琥珀が「もし……転生した瑪瑙が現れたら翡翠はどうなるの?」誰にともなく聞くと「知らないわよ! まぁ、少なくとも鈍感大王のアンタなんかほっといてストレートな瑪瑙の所に行くんじゃないの?」玉髄の言葉に黙った。琥珀はガクッと地面に膝を付き項垂(うなだ)れた。すると柘榴が「琥珀、このままでいいのかい? このままいけば翡翠は元に戻った時元彼(?)の所に行ってしまうかもしれないよ?」と言った。琥珀は黙って俯いている。「人は誰しも嘘をつく。人にも自分にも……それは己や人を守る為に。だけどついて悪い嘘がある。それは自分の気持ちに嘘をつくことだよ……自分の気持ちに嘘をついて気付いた時には手遅れで取り戻せなくなって後悔……なんてこと私は弟子にさせたくないな……」「……柘榴さん」「琥珀……キミの想いはどこにあるんだい?」と聞いた。「僕は……」脳裏に翡翠との思い出が駆け巡る。笑った翡翠。怒った翡翠。泣いた翡翠。いつも自分についてきた翡翠。気付くと旅の思い出は翡翠だらけでいっぱいだった。そして琥珀は気付いた。自分にとっていつしか翡翠はかけがえのない大切の存在だったこと。そして、自身を偽ってたことを。「僕は……翡翠が大事だ……きっと姉さんよりも。誰よりも……僕には翡翠が必要だ……」と涙を流しながら言った。「なら決まりだね!」柘榴の言葉に「オレ達で翡翠を正気に戻すぞ!」と蓮が言った。「蓮……」琥珀が顔を上げ蓮を見た。「オレ達は仲間だ! 曲がりなりにも寝食をともした! 仲間を見捨てることはオレの正義に反する!」と顔を赤らめて横を向きながら手を琥珀に差し伸べた。琥珀は手を取り立ち上がり蓮の額に手を当てた。「どこも異常はないか……」と言い蓮から殴られた。
「……で、翡翠はどこに向かったんだ?」蓮の問いに柘榴は口ごもりながらも「恐らく嘆きの滝だ……」と言った。その言葉を聞いた琥珀は「嘆きの滝?」と聞いた。「なんだその悲壮な滝の名前は?」蓮の問いに柘榴は口ごもり「……この村には今は廃れた風習がある。これは私が子供の頃に廃止された風習だが昔は豊穣祭の時には生贄に娘を差し出し滝壺に落とすという風習があった。もうこのことは村でも神主一家と村の一部しか知らない……」そして柘榴は続ける。「豊穣祭の演舞は鬼神様の魔力を高める……もし演舞が完成したら……」柘榴の言葉に琥珀と蓮は村に向かい一目散に走り出した。
滝の祭壇には横たわった瑠璃の死体が寝かされ珊瑚がほくそ笑み「これじゃこれじゃ!妾が求めていたのは!」と言い横には何も言わず虚ろの瞳をした翡翠が立っている。「この妖狐も哀れな物よ。妖が人間になる方法などないというのに……」珊瑚は耳を澄ます。遠くから祭囃子の音が聞こえる。「もうすぐ……もうすぐじゃ! 人間共が妾に敬意をひれ伏す時が……」そして珊瑚は何かの術式を唱え始めた。その様子を翡翠は虚ろな瞳でじっと見ていた。
「演舞を早く中止して下さい!」祭りの会場の神社に物凄い勢いで乱入した琥珀と蓮に村人が呆気にとられた。「演舞が完成したら村に災いが起きる! だから……」琥珀が言い終わらぬうちに「黙れ! 呪われた子! 演舞は中止せん! 絶対にだ! 村の者もそう望んでおる!」と神主が言うと琥珀に石が飛んで来た。「そうだ! そうだ!」「巫女様の演舞は絶対だ!」「出てけ出てけ!」すると蓮が庇い「貴様(きさま)等(ら)! 琥珀は貴様等の為に言っている! 少しは人の話を聞かないか!」というが村人は聞く耳を待たず出てけの一点張り。その時巫女装束の菊野が舞台から降り「琥珀……一体何があったの?」と聞いて来た。琥珀は菊野に事情を説明すると菊野は少し考えこみ「じゃあ。これの出番ね!」と言い持っていた刀を差し出した。その刀は「護神刀桃仙……」を差し出した。「これは……」琥珀の問いに菊野は「この刀は本当にふさわしい人に渡すようにってお婆ちゃんから言われてたの。ふさわしい人が来るまでこの神社で守っていてって……それを神社に保管しておいたの」菊野の言葉に菊野の父親は「え? そんなの私は初耳だが……」と言うと菊野は「当たり前です。お爺ちゃんとお父さん婿養子(むこようし)なんだから……」ときっぱり言った。琥珀は護神刀桃仙を受け取ると「うん! やっぱり前の刀と同じだ! 行こう! 嘆きの滝へ!」琥珀と蓮が滝へ向かうと神主が「私らも行くぞ……嘆きの滝へ」と言った。「しかし神主様生贄が……」老人の言葉に「生贄ならあの二人琥珀と蓮と言う若造を使うといいだろう……二人いれば男でも鬼神様もお許しになる筈だ!」神主の言葉に「ちょっとお父さん正気! 琥珀は……」菊野は言いかけていると後ろから布で口を布で塞がれ気を失った。「すまん。菊野恨むなよ……村を救う為だ……」と言い「行くぞ! 嘆きの滝へ!」と言い村人を先導した。
「?」「どうした? 琥珀?」蓮の問いに琥珀が「いや、何でもない……」と答えた。すると滝の音がかすかに聞こえて来た。「もうすぐ嘆きの滝だ」と琥珀は言い開けた場所に出た。すると「琥珀……」と笑顔で佇(たたず)む姉瑠璃が立っていた。後ろには壮大な滝が大きな音を立てて流れている。「ね……姉さん?」琥珀はたじろいだ。「久しぶりね。もう何年ぶり? 驚いたわ。昔は私より小さかったのに。苦労したのね? でも平気よ。これからずっと一緒よ」と手を琥珀に手を差し伸べ触れようとすると琥珀はバッとその腕を振り払った。「? こ……琥珀?」「キミは誰だ?」琥珀の問いに瑠璃は「何言ってるの、琥珀? ……貴方の姉瑠璃よ」と言うと「違う! 貴女は僕の姉さんじゃない! 姉さんは死んだんだ! 十年前に……!」ときっぱり言った。瑠璃は「ひ……酷いわ……私は……」と瑠璃は泣き崩れた。すると「下手な猿芝居(さるしばい)はやめろ……妖気がだだ漏れだ」と蓮が冷たい声で言った。途端瑠璃がぴたりと動きを止めやがて「ふふ。うふふ。うふふふふふ! なんだバレてしまったか。しかし、随分と情報が違うのう。このおなごの記憶を覗き見得た情報ではお主は随分と姉想いの筈じゃったが……」と言うと琥珀は強い瞳をし「昔の僕とは違う。僕は現実を受け入れる!」と言った。「それより翡翠は?」蓮の言葉に「まぁ焦るでない……」と言いパチンと指を鳴らした。すると翡翠が姿を現した。「翡翠!」と琥珀は呼びかけるが翡翠は虚ろな瞳をして何の反応も示さない。「無駄じゃ。この妖狐は完全に妾の術中にかかっておる。哀れな者じゃ。人間に恋したばかりに人間になりたいと願って……」そう言うと瑠璃はほくそ笑み「そうじゃ、自己紹介が遅れたのう。妾は珊瑚! 昔からこの地を治めておる鬼神じゃ!」と珊瑚は自分の胸に手を当てて言った。「鬼神……」「さん……ご……」琥珀と蓮は言葉を繋いだ。「妾は昔は土地神としてこの地の人間に知恵と恩恵を与えて来た。しかし、最近の人間は我ら妖に敬意を払わずあまつさえ迫害しようとしている! のう? 隠れている愚民よ……」と言い琥珀と蓮は後ろを見たが遅く二人は後ろの茂みには隠れていた村民に取り押さえられた。すると神主が「鬼神様! この琥珀と蓮を生贄として差し出します! どうかお静まり下さい!」と言った。「貴様!」蓮は睨んだ。すると「黙れ! 妾が欲しいのは妾を敬(うやま)う心だ。まぁ、良い。貴様等はどのみちここで死ぬ。殺せ、翡翠!」すると翡翠はゆっくりと歩を進め近づいて来た。「そ……そんな鬼神様……」村民が動揺していると「おい、貴様等早くどけ! 結界を張るから!」と蓮は言い村人は「はぃぃ!」と言いどいた。「おい、琥珀! 貴様も早くこっちに来い!」と蓮は言うが琥珀は翡翠の方へ歩いていった。すると琥珀の方に妖術の気で出来た弾が飛んで来た。弾は琥珀の頬を掠(かす)った。それでも琥珀は歩を緩めない。翡翠は弾を連発する。琥珀は受け続ける。そして、やがて吐血した。それでも琥珀は歩みを止めずやがて翡翠に近づき翡翠を抱きしめた。「……ごめん……翡翠の気持ち……全然考えて……なくて。解ってた……筈なのにちっとも……解かってなかった。それと……翡翠……今更だけど聞いてくれないか? 僕……キミに……嘘ついてたんだ。最初僕は……キミが姉さんに似てるからキミを助けた……だけど一緒に旅するうちにキミのことが好きになった……恋愛対象として……だけど……きっと僕の愛情はきれいじゃない。キミを……独占したいし……自分だけの……ものにしたい……だから……僕の恋愛感情は……醜いんだと……思う……こんな醜い僕を……翡翠には……見られたく……なかったし……知られたくも……なかったんだ……僕……カッコつけてただけなんだ……だけど……これだけは……変わらない……僕は……翡翠が……」と息を吸い込むと「大好きだ????????っ!」と叫び、やがて唇に口づけをした。その時翡翠の目が見開き琥珀が口を離すと「こ……はく……さま……」と翡翠がくぐもった声で呟いた。「琥珀様……」翡翠は涙を流し呟いた。琥珀は翡翠を見て「遅くなってごめん……」と口から血を流しながら言った。「翡翠……今更だけど力を貸してくれなかい? 僕はこの村を助けたい……そして姉さんをゆっくり眠らせたい……」というと翡翠は大きく頷き二人は珊瑚に立ち向かった。蓮はやれやれと言った感じで「――ったく……」と言った。すると村人が「やっぱり呪われた子だ……妖狐に告白するなんて」「殺してしまえばよかったんだ」と口々に言った。蓮はその言葉に激怒し「ふざけるなっ!」と大声で怒鳴った。「貴様等は琥珀に助けられているんだぞ! その事に何故気付かない!」と言った。「何故貴様等が無傷なのかを考えろ!」と言うと村人が「へ? それは貴方様の法術のおかげで……」と言うと「馬鹿か貴様等は? オレの法術ではあんな高威力の弾一撃喰らっただけですぐに砕け散る。それを琥珀は霊術を使って避けることも出来たのにわざわざ避けず受けたんだ? 貴様等を傷つけない為に! 現に琥珀を見ろ!」村人は琥珀を見た。琥珀は正気に戻った翡翠と立ち上がり珊瑚に立ち向かおうとしている。「琥珀は貴様等を守る為に必死になって戦っているんだぞ! そんな琥珀達を見て貴様等は何とも思わないのか?」蓮が言うと「ほ~んとそうだよね~!」という声と共に柘榴と玉髄と黄玉。そして菊野が現れた。玉髄と黄玉を見た村人達は「ひっ! 妖狐!」と恐れおののいた。その時菊野が神主の父親に近づきパァン! と引っぱたいた「お父さん! サイテー!」と言った。「ここに来る途中村によったら菊野が倒れていたので目覚めさせておきましたよ!」と柘榴は言った。「ざ……柘榴様!」すると柘榴は村人を見ずに琥珀達を見つめ「あの子達は戦っている! キミ達と村を守る為に……何故だか解るかい? 理由は簡単だよ。この村とこの村の人達が好きだからだよ……助けたって何の得もにもならないしあまつさえ自分達を散々迫害し厄介者扱いしてきたキミ達を……」柘榴の言葉に村人は黙った。そして更に続ける。「私もこの村の事は好きだしこの村の住人は好きだ。だからキミ達に薬を提供してきたしこの村の為に尽力(じんりょく)し自分の正体を隠してきた……ですがそれも今日までです……」と言った。「私も妖狐の血をひいています」柘榴の言葉に村人は驚いた。「お前?」蓮の言葉を柘榴は制し「これを言った以上私はもう村にいられないでしょう。この戦いが終わったら村を出て行きます。今まで貴方達を欺(あざむ)いてきた私を信じろとは言いません。ですが、琥珀の事は信じて下さい。貴方達とこの村が好きだということに……」柘榴はそうはっきり言った。蓮は尚も結界を張り「もしあの二人を見て何も感じないようだったらオレは貴様等を斬り殺す……」と言い村人に結界を張り続けた。その頃琥珀と翡翠は珊瑚と対峙し戦っていた。珊瑚は正に鬼の様に妖術を連発する。「素晴らしい! この娘の身体! 霊力が並み以上じゃ……! 妾が欲していたのは正にこのような身体じゃ!」珊瑚の言葉に「琥珀様のお姉様の身体をこれ以上弄ばないで下さいっ!」と翡翠が言うが「弄ぶ? 何を言う? この娘は生贄だ。昔この村は妾に生贄を差し出していたのだからな! ほほほほほ!」珊瑚は高らかに笑い 「そして、この娘は生贄にふさわしい……まさに妾の為にあるようなものじゃ……!」珊瑚がそう言うと「黙れ! 今の貴女は神聖な土地神ではなく人の穢(けが)れが集まった祟りだ!」と琥珀が言った。蓮が「祟り?」蓮の問いに柘榴は「人の負の感情が浄化されず地に怨念として残った想いだ……それを吸収すると神は祟りになる……」と柘榴は言いやがて「……そういう事か……」と言った。蓮達は「どういう事だ?」と聞いた。すると柘榴は「生贄だ……」と答えた。「この地は私が子供の頃まで祭りの時鬼神様に生贄を捧げて来た。その時生贄に捧げて来た女達の怨念(おんねん)がこの地に残り少しづつ蓄積されあの鬼神様を祟りに変えてしまった……恐らくそういう事だと思う……」と言うと珊瑚は「その通りじゃ。妾はこの地に残る生贄にされた娘達の怨念を肩代わりしてきた。しかし、民は妾を敬うことも忘れ感謝すらもしない。妾が全て守って来たというのに!」そう言うと手を上空にかざし巨大な妖力の塊でエネルギーの塊を作り琥珀と翡翠目掛けて放った。翡翠が咄嗟に結界を張ったがエネルギーが強力過ぎて二人が弾き飛ばされ琥珀は岩にぶつかった。「ほほほ! 終わりのようじゃ! とどめじゃ!」と珊瑚が琥珀に襲い掛かった。琥珀は全身を強打していて痛さで動けない。
「琥珀様!」「琥珀!」翡翠と蓮と柘榴。そして、玉髄、黄玉、菊野の声が重なる。
(やばい! やられる!)琥珀はそう思い目ぎゅっと目を閉じた。しかし、いつまでたっても痛みは来ない。琥珀が恐る恐る目を開けると「うっ! ぐっ!」と珊瑚は何かに苦しんでいる。「出て……行って……」「な……何故? 嘘じゃ……」「琥珀を……傷つけ……ないで……」「黙れ!」と珊瑚は一人で誰かと話している。そして、珊瑚が涙を流しながら「こ……はく……わた……しを……ころして」と言った。「姉さん?」「だまれぇぇぇぇぇぇぇ!」と珊瑚は声を上げ息も荒く立っているのもやっとの状態だ。すると。するとその隙に翡翠が琥珀に駆け寄り治癒の妖術をかけ琥珀の傷が治り僅(わず)かばかりの体力を取り戻した。「翡翠……ありがとう」と言い「今のは姉さんだ……」と言った。「え? でもお姉さんは……」翡翠の言葉に「人は肉体は死しても魂と想いは残る。そして、姉さんの望みはただ一つ。ゆっくり眠ることだ……」と言い「でも私達だけじゃ……」と言うと玉髄と黄玉が瞬間移動してきて。「本当にそうかしら? 二人なら勝てるんじゃない? 貴女はかつては妖狐の里最強と謳(うた)われた妖狐の長。そして瑪瑙と同じように霊術が使える琥珀」そして黄玉が「琥珀が持っている刀に琥珀の霊力と翡翠の妖術で連携すれば……もしくは、です」と言った。しかし「ただこれは大きな賭けです。もともとこれは瑪瑙が考え出した翠姉様との連携技です。翠姉様が先に妖力で敵を捕らえ次に瑪瑙が霊力を媒介に刀に力を注ぎ敵にとどめを刺す。これはタイミングが非常に重要でもし失敗すれば翠姉様共々琥珀も力に喰い殺され廃人になりますが、です。最も瑪瑙も翠姉様は互いに信頼していたのでこの方法で妖狐の里を侵略してきた人間達を倒してました、です」黄玉が言い玉髄は「どうするの? アンタ達互いを信頼出来る? 特に琥珀! アンタはさっき人の妹にあれだけ大声で告白した挙句どさくさに紛れて接吻(せっぷん)までしたわよねぇ?」と琥珀を物凄い形相で睨んだ。琥珀は先程の自分の言動を思い出して顔を赤くした。更に翡翠もヤカンの様に顔が真っ赤だ。その時玉髄は「でも、琥珀……私はアンタが嫌い。何もかもが瑪瑙に似ているから。顔も考え方も霊力の使い方もそっくりで……腸(はらわた)が煮えくり返るほどイライラするわ! アンタは所詮(しょせん)瑪瑙の代わりでしかないわ! 肝に銘じておきなさい!」と手に持っていた鉄線で琥珀を指した。二人は黙り「翡翠……僕は瑪瑙じゃないし代わりにはなれない。だけど僕は僕自身の感情でキミが好きだ。僕はまだキミの返事を聞いていない。キミの返事は?」と真っ直ぐに翡翠を見た。翡翠は琥珀の手を取り「私も琥珀様のことが大好きです。出会った時からずっと……」と微笑み最後に「琥珀様(貴方)を信じ愛します!」と言うと珊瑚が「おのれぇ~、この瑠璃と言う娘……どれだけの自我が……憎い憎い憎いぃ~!」と言い、もはや狂人の様になっていた。「くそっ! 取り合えず琥珀! 邪魔な貴様だけは先ず殺す!」と琥珀に襲い掛かったが地面から多重の鎖が現れ珊瑚の身体に絡みついた。珊瑚が見ると翡翠が妖術を唱えている。琥珀にばかり目がいっていた珊瑚は翡翠の存在に気が付かなかった。玉髄と黄玉は琥珀に結界を張りその瞬間に琥珀は刀に霊力を込め刀を霊剣へと変えようとしていた。珊瑚はもがき苦しむが翡翠の妖術で出した鎖はこれでもかと珊瑚に食らいつき離さないがこの妖術は力をかなり使うのか覚醒したばかりの翡翠の妖力がまだ不安定なのか翡翠にも疲労の色が見え始めた。「くっ!」翡翠は苦悶(くもん)の声を上げた。しかし玉髄と黄玉は手を出せない。もはや、翡翠と珊瑚の根競べだ。「琥珀! まだなの?」玉髄は声を上げるが琥珀は意識を集中させている為返答しない。その間にもどんどん翡翠の力は消耗してゆく。「ふふふ、お主はまだうまく妖力を制御できぬようじゃな! 力にムラがおる!」そう言い鎖を破壊し妖力を集め電撃を作りその電撃を琥珀目掛けて飛ばした。珊瑚の電撃で玉髄と黄玉の結界は破壊され結界を張っていた玉髄と黄玉の二人は吹き飛ばされた。その時琥珀の刀が一層青白く輝き「完成だ」と言った。「させるか!」と言い珊瑚は妖力で作った槍を持ち琥珀目掛けて投げ飛ばした「琥珀!」蓮と玉髄と黄玉が声を上げて叫んだ。
槍が刺さり辺り一面に真紅の血が飛び散る。しかし、槍が刺さったのは琥珀ではない。刺さったのは琥珀を庇った翡翠だ。珊瑚が妖力で作った槍は翡翠の胸を貫きもはや致命傷だ。それでも翡翠は立ち続け琥珀の方を振り向き優しく微笑み「こ……はく……さ……ま……ご……ぶじ……で……す……か……?」と口から血を流し聞いた。「ひ……翡翠……! 僕は無事だ! キミこそ!」琥珀が答えると翡翠は「よ……かっ……た……」微笑みながら言い倒れた。「翡翠……」琥珀は翡翠を抱き締め珊瑚に向き直り「貴様だけは絶対に許さない!」と鬼のような形相で言い霊剣と化した刀を構えた。「ほほほ! 人間が妾に敵うとでも。笑わせるわ!」と言い「まぁ、その心意気は買ってやろう! よかろう! ならば妾も誠心(せいしん)誠意(せいい)で相手をしてしんぜよう!」と言い妖力で剣を作り出し「いざ、尋常に……」と両者は言い「勝負!」と同時に言葉を発し刃を交えた。そして……琥珀が片膝をついた。「くっ!」と言い珊瑚は琥珀の方を振り向かずに立ちながら「人間にしてはよくやる方じゃ……驚いた……ぞ……」と言うと珊瑚が胸元から血を流し倒れた。「何故……じゃ? 何故妾が……脆弱(ぜいじゃく)な……人間風情……などに……」珊瑚の言葉に「貴女は土地神だけあってやはり強い。きっと僕一人では勝てなかったでしょう。ですが、貴女は一つ見込み違いをしている。想いの強さ……絆です。人も妖も絆により強くなります……」と琥珀は言った。「き……ずな……じゃと……そんな……ふ……確かなものに……妾が……」珊瑚は悔しそうに言った。しかし、珊瑚は途端ほくそ笑み「じゃが……最後に勝つのは……やはり妾じゃ……」と言い正体を現した。そこには長い黒髪をし頭には二本の角を生やした女性がいた。「鬼神!」琥珀が言うと珊瑚は「妾は実体は持たぬが故普段はさして力は無いが途中とは言え演舞により力が高まった。よって、この村など滅ぼすこと等造作もない!」と言い片手を高く掲げたが「……それはどうかな?」と蓮が言った。「蓮?」琥珀が蓮を見ると蓮が「オレを忘れて貰われると困るな……」と言った。そして蓮が「地面をよく見てみろ!」と言った。すると地面には術式が浮かんでいた。「な? これは?」珊瑚の言葉に「勤行の一つ第二番。深淵(しんえん)の阿修羅(アシュラ)だ!」と言い「馬鹿な貴様が琥珀達しか相手にしていない分オレには十分勤行を唱える隙が出来た!」と言い「本末(ほんまつ)苦境(くきょう)等(とう)―!」と唱えると漆黒の渦から無数の手を持った鬼のように恐ろしい阿修羅が現れ無数の手が珊瑚を掴み漆黒の渦に引き込み始めた。「嫌じゃ! やめろ! やめろ!」しかし、阿修羅の手の引っ張る力は弱まらない。「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」と珊瑚は断末魔の叫びをあげるとともに渦に完全に引き込まれ渦もろとも消滅した。そして蓮は「南妙法蓮華経」と小さく唱えた。その時「翡翠! 翡翠!」と琥珀は翡翠に呼びかけた。すると、翡翠は小さく呻き「こ……琥珀……様……?」と今にも消え入りそうな弱弱しい声で聞いた。「そうだ! 僕だ! 琥珀だ! しっかりしてくれ!」琥珀は必死になって翡翠に問いかける。すると、翡翠は優しく微笑み「平気……です。わた……し……しっか……り……してる……から……安心……して……くだ……さい……」と優しく琥珀の頬に触れた。触れた手は冷たかった。「ちょっと失礼するぞ!」と蓮が言い翡翠に患部に手を当て法術を唱え淡い光が出たがそれでも効果がないのか翡翠からはどんどん血の気が失せていく。「……っ、怪我が回復量を超えている!」と蓮が言い「蓮……さん……も……あまり……怒らない……で……下さい……笑っ……て……笑っ……て……」と言い翡翠は弱弱しい笑みを浮かべやがて琥珀に触れていた手が地に力なくだらんと落ちた。それは翡翠の死を意味する。「翡翠……? 翡翠……? 翡翠???????!」と琥珀は声を張り上げて泣いた。琥珀はこんなに泣いたのは瑠璃が死んだ時だった。しかし、今回はそれ以上だった。最愛の女性が死んだのだから。琥珀は翡翠を抱きかかえ涙を流した。その時翡翠の体が淡く光り光りが丸みを帯び球体となり琥珀の目の前で浮いた。「魂……玉石……?」琥珀は顔を上げて答えた。玉髄、黄玉以外の一同は驚いた。「どんな願いも叶える……奇跡の石……」と琥珀は呟き「なら??」と言い「魂玉石に無理を承知で願う! 僕の残りの命全部と引き換えに翡翠を生き返らせてくれ!」と叫んだ。しかし魂玉石は少しも反応せずただ黙って浮いている。「頼む! お願いだ! どんな願いも叶える奇跡の石ならば! だったら頼む! 僕の願いを聞いてくれ! 頼むから!」琥珀は涙を流しながら魂玉石に訴えた。「無理よ……。いくら魂玉石でも死者を生き返らすことは出来ない……奇跡でも起きない限り……」と玉髄は悲し気に言い黄玉は「姉様……」と辛そうに呟き唇を噛み締めた。蓮も黙り琥珀は翡翠を抱きかかえたまま泣き崩れている。そこに村の皆がやって来て蓮が「なんだ? 貴様等何しに来たんだ?」と睨んで聞いた。すると村の人間の一人がすまなそうに「すまなかった……」と言い更に別の人間が「本当にごめん」と言った。そして、菊野が「玉髄さん? って言ったわよね? 奇跡でも起きれば翡翠ちゃんは生き返るかもしれないんだよね?」と聞いた。すると玉髄は「解らないわ……前例がないもの。でも、起きないから奇跡っていうのよ……」と言うと菊野が「だったら??」と言い「起こしてやろうじゃない! 私達で! 人の想いがどれほど強いのか!」と言い菊野が「翡翠ちゃんを……ううん翡翠さんを生き返らせて!」と言い念じ始めると村人が「この妖狐に俺らは救われたんだ! 俺もだ!」と言い「私も!」と次々に念じ始めた。隅にいた神主が「し……仕方ない……別に心配なんかじゃないんだからな!」と顔を赤らめて言うと柘榴が「素直じゃないなぁ……」と言い二人も念じ始めた。「皆……」と言うと蓮が「オレもだ……」と言い手を組み念じ始めた。「蓮……」と言い琥珀は再度手を組み今での翡翠のことを思い浮かべた。出会った頃の不安そうな顔をした翡翠。自分が微笑むと安心したようにお日様の様な笑顔になる翡翠。頭を撫でると照れる翡翠。今までが翡翠でいっぱいになる。そして……
「翡翠を生き返らせて下さい!」と大声で精一杯願った。その時魂玉石が強く輝きパァン! と割れた。それと同時に突如空から光が降り注ぎ翡翠の傷をみるみる癒しやがて体に血の気が通うように赤みを増してきた。そして……「ん? 琥珀……様?」と言い翡翠がうっすらと目を覚ました。「翡翠? 翡翠? 良かったぁ!」と言い琥珀は翡翠を抱き締めた。「こ……琥珀様ぁ? 大胆です……でも幸せです!」と言い翡翠は顔を赤らめて言った。柘榴が「あれはわが生涯に一片の悔いなしって顔をしてるね」と言い蓮が「ったく、世話が焼ける……」と言った。すると柘榴が「想いは奇跡を起こす、か……」と呟き空を見た。空は夜が明け眩しく朝(あさ)陽(ひ)が空を照らし出し始めていた。
エピローグ
「んー! よく寝たぁ」と琥珀が背伸びをすると隣にいた蓮が「当たり前だ。丸三日も寝てたんだからな」と言った。「わっ? 蓮居たの?」琥珀の言葉に蓮が「オレが居たら悪いか?」と睨みながら不機嫌そうに言った。「ん、全然! いつも通りだなって思って!」琥珀が笑顔で答えると蓮が「お前もいつも通りだな……」と呆れ顔でため息をついた。家はこの間の翡翠の風で壊れてしまった為今は小屋状態の所で寝泊まりしている。 琥珀はあの後霊術の使い過ぎで丸三日眠っていたらしくその間に玉髄と黄玉が翡翠を里に帰らないかと提案したが翡翠が拒み里に帰る話はご破算となったらしい。琥珀は内心ホッとし起き上がろうとしたが体がよろめいた。三日も眠っていた為体がなまってしまったらしく少し体を動かすついでに薬草を採取し森へ向かうと柘榴と翡翠が何かを話している。琥珀は何故か咄嗟に木の陰に隠れてしまった。(――って、なんで僕木の陰に隠れてるんだ? でも出て行くタイミングが……)と琥珀がやきもきしていると「時は代わり姿は変わろうとも想いは残る……帝はそう思いながら来世に掛けたのかもしれないね? なんてね?」と柘榴が言うと「やっぱり貴方……瑪瑙だったのね……」琥珀は驚き固まった。
(え? 柘榴さんが瑪瑙……? え? え?)
柘榴は言葉を続ける。「驚いたよ。昔私が青年だった頃玉髄さんと黄玉さんが現れて貴女に会ってくれっていうもんだから……でも、私は貴女に会いに行きたくなかった……だから会いに行かなかった」翡翠は黙り「貴方の判断は正しいと思い。仮に会っても私は貴方の事を覚えてないだろうし貴方には貴方の……柘榴としての人生がある。それに私が願ったのは来世で貴方と出会う事。結ばれることじゃない……」「叶ったね……」と柘榴が言い「琥珀は奇跡を生み出す子だ。キミと私をもう一度引き合わせてくれたのだから……」と言い「一つだけ聞きたい、翡翠としての貴女に。翡翠は私のことどう思っている?」と聞いた。琥珀はドキッ! とした。(ど……どうしよう……翡翠が柘榴さんのこと好きだったら……僕勝ち目がない……でも聞きたい……)と琥珀がドギマギしながら思っていると「私は貴方の事が好きです……」琥珀はショックを受け(僕……フラれた?)と思った。しかし「でもそれは私が翠だったらの話です……」と言った。「今の私が……翡翠としての私が好きなのは琥珀様です。琥珀様は私に名を与え手を差し伸べ私に生きることを許してくれました。見ず知らずのしかも妖の私に……最初は恩義と感謝でしたが……ごめんなさい……」と翡翠は申し訳なく言うと柘榴は「謝る必要はないよ。恋愛に失恋はつきものだから……それにキミが必要としてるのは琥珀だ。琥珀がキミを必要としてるように……だからもう私はキミには必要ないし私が居なくても大丈夫だ。もう自由だよ……」と言い柘榴と翡翠は互いに「さようなら……」と言い別れた。二人が別れた後「琥珀……居るんでしょ……?」と言った。琥珀は木の陰から姿を現し「いつから気付いて?」と聞くと柘榴は「さ・い・しょ・か・ら!」と言った。「……」琥珀は無言になり柘榴は「聞かないの?」と悲しそうに聞いた。「柘榴さんが瑪瑙の生まれ変わりだという事?」と琥珀が聞くと「ん……まぁね……」柘榴はバツが悪そうに言った。「あれでよかったんですか?」と琥珀は聞くと柘榴は「あれが私達なりのけじめだよ……私が居たら翡翠を翠として縛ってしまうからね。翡翠として自由に生きて欲しいんだ……過去の様にならないで欲しいという……」そして柘榴は後ろを向き上を仰いで「失恋って辛いね……」と涙を流しながら呟いた。
「やーほー! 琥珀目ぇ覚ました?? 見舞いの品持ってきたよー! って、あっれぇ? 蓮しかいないの?」と菊野が勝手に入って来て蓮を見るなり残念そうに聞いた。「居たら悪いか?」蓮は不機嫌全開で聞いた。すると菊野は「べっつにー!」と不満げに言った。「おい……お前言いたいことがあるならハッキリ言え……」蓮は睨みながら言った。「だってさー」その時翡翠が帰って来て「あ、菊野さん!」と言うと「やっ! 翡翠ちゃ……じゃなくて今じゃさんか……はぁ、残念……あんな服もこんな服も着せたかったのに……」と菊野は心底残念そうに言った。「あ……あはは……」翡翠は苦笑いを浮かべた。「嫌なら嫌ってハッキリ言った方がいいぞ……」と蓮は翡翠に言った。その時琥珀が帰って来て「あれ? 菊野。来てたの?」と言うと菊野がにやけ顔で「おっはよー! 村人全員の前で告白した青春ヤローっ!」と言い琥珀と翡翠は思い出してボンッ! とヤカンの様に顔を赤くし蓮も「確かにオレも聞いたし決定的瞬間を見た」と言い琥珀と翡翠はしばし黙り下を向いた。「こっのしっあわせやっろー!」と言い菊野は琥珀の背中をバンバン叩いた。「痛い痛いって菊野……」と琥珀はされるがままである。「やー、からかえて面白かった! じゃあっねー!」と言い菊野が出た直後蓮が「ちょっと失礼……」と言い菊野の後を追っかけて「おい! 貴様……じゃない菊野!」と呼び止めた。菊野はぴたりと止まり「なに?」振り向かずに聞き「菊野……気付いてないの琥珀だけだと思うぞ……オレでも分かる」と言うと「しょげてるのは私の性に合わないの!」と言い「もっといい相手探してやるんだから!」と上を向いて言った。
(不憫(ふびん)な奴……)と蓮は思い小屋へ戻った。
「あれ? 早かったね。何話してたの?」琥珀の質問に「あぁ、まぁちょっとな……」と言うといつの間にか小屋に戻っていた柘榴に「もしかしてラブ?」と聞いたので蓮が鬼のような形相で「違う」と間髪入れず否定した。「ご飯もうすぐ出来ますよー!」と翡翠の声がした為琥珀が無事な食器を出した。
「まさか新婚初日の愛妻料理が調味料なしのお粥とはねー!」と柘榴。「要するに愛情が最高の調味料ってことだろ……」と蓮。「ねぇ、さっきから何で僕達を二人して攻撃してるの?」と琥珀が聞くと柘榴が「面白いから!」と言い蓮が「以下同文」と言った。「ちょっとー! 二人共!」と琥珀が言うと翡翠が「そんなことばっかり言ってると菊野さんが持ってきた無花果(いちじく)あげませんよ」と言って来たので柘榴と蓮はからかうのを止めた。「――で、三人はこれからどうするの?」と三人は食事を終えた後柘榴は聞いた。「実は私はこの村を追い出されると思い村を出ると言ったが村民に残ってくれ、と懇願(こんがん)され出るに出られなくなったんだけど……御三方(おさんがた)はどうするの?」柘榴の質問に琥珀、翡翠、蓮は「う~ん」と悩み「まだ見たい土地たくさんあるし……」と琥珀。「大勢の方が楽しいし……」と翡翠。「オレはまだ修行中だし……」と蓮。柘榴は「それがキミ達の出した結論か……」とクスリと微笑んだ。
「えー、もう行っちゃうのー? もっとゆっくりしていけばいいのにー」菊野の言葉に「ん、一応豊穣祭までの予定だったし……」と琥珀が言うと翡翠が「琥珀様―! 早くー!」と言った。「あぁ、うん! 今行くよ!」と琥珀が答えると菊野が耳元で「大事にしなさいよね。翡翠さん……泣かしたら??」と囁くと「あぁ、うん」と琥珀は苦笑いで答えた。「じゃ、行こうか!」と言い馬車に乗ると村人が一人また一人と集まって来て手を振り最後一斉に「また帰って来てねー!」と言った。琥珀は面食らった顔をしたがすぐに笑顔になり「いつかまた戻ってくるよ!」と笑顔で言うと「じゃっ、出発だ! 行け! 風(ふう)神(じん)号! 雷神(らいじん)号」と叫ぶと蓮が「もうオレはツッコまん……」と言いながら馬車を発車しだした。
(またいつか……か……)琥珀はぼんやりと思い(きっと、この三人で旅をするのもいつか終わりが来るのだろう……その時僕は……? 翡翠と蓮はどうしてるのだろう? 僕は翡翠と共に生きる人間になれているのだろうか?)琥珀がぼんやりと考えていると「それより琥珀。良かったのか?」蓮が唐突に聞いて来た。「ん? なにが?」「折角貴様のお目当ての魂玉石が現れたのに姉を生き返らせなくて……と言っても、魂玉石は死者は奇跡でも起きない限り生き返らせられないって言ってたが……まぁ、結果論だけ言えば奇跡は起きたがな……」と言うと「たぶん魂玉性が死者を生き返らせる石だったとしても僕は翡翠を選ぶよ……だって??」と琥珀が言いかけていると「琥珀様……何話してるのですか?」と翡翠が聞いて来た。「ん? 男同士の話……翡翠には内緒」といたずらっぽい笑顔で翡翠に言った。すると翡翠は「琥珀様の意地悪」と言いむくれた。琥珀はそんな翡翠を見て(大切なものはすぐ傍にある)と琥珀は思った。三人を乗せた馬車は駆けていく。この広く青い広大な空の下を。
空は雲一つなく青く澄み切っていた。
終わり
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