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9話 蘭:また、会いたい
しおりを挟むお見合いをした日の夜。
蘭はベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
昼間の出来事は、夢かと思うくらい現実味がない。
けど、記憶は強烈に残っていて、目を瞑っても思い出してしまう。
格式高い高級料亭という場所にも圧倒されたが、お見合い相手の左京も、母親である耀も、蘭とは住む世界の違う人たちだった。
いわゆる、富裕層の人間だ。
耀は派手なワンピースを着ていたが、とても似合っていたし、蘭にも気さくに接してくれた。
そして、お見合い相手である左京は、想像をはるかに超えて蘭を驚愕させた。
めちゃくちゃカッコいい人だったなぁ。
お見合い写真が霞んで見えたくらいに、本人は超イケメンだった。
スタイルもよく高身長で、男にしては綺麗すぎるほど整った顔立ちなので男女問わずかなりモテるだろう。
着ていたスーツはおそらくブランドもので、つけていた腕時計も、黒シャツの上からつけていたネックレスもヴェルトスというイタリアの高級ブランドの定番アクセサリーだった。
少し伸びた髪もきちんとセットされていて、つけていた香水もいい香りがして、何もかもがオシャレ。
蘭が今まで出会ってきた中で、間違いなく一番の、最高に素敵な男性だった。
左京は、見惚れるほどに美しい顔をしていて、目が離せなかった。
それに、がっしりとした逞しい体つきをしていて、男として純粋に尊敬と羨望を抱いた。
蘭も体力のいる仕事なのでジムに通ったりしているが、左京はもっと本格的に鍛えているようだった。
美しく整った顔と、うらやましいくらいに鍛えられた男らしい体。
食事の間ずっと、左京のどこを見ても、胸がドキドキしていた。
それに、左京と目が合うと、わずかに口端を上げて微笑んでくれた。
あまりおしゃべりはしないタイプのようで、母親が退席して二人きりでコーヒーを飲んでいる時も、話すのは蘭ばかりだった。
でも、退屈している様子もなかったし、気のせいでなければ、楽しそうに話を聞いてくれていた。
だから、少し浮かれていたのだ。
また次も会えるかもしれない。もっと仲良くなれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていた。
けれど、帰り際に左京が放った言葉で、現実に引き戻された。
『見合いも終わったし、会うこともないだろうから』
そう言った左京は、少し苛立っていた。
おそらく、親の顔を立てて来てくれただけで、本当は来たくなかったのだろう。
そう思ったら、ひどくがっかりした。
そっか……まあ、そうだよな。
蘭自身も母親に強引に勧められたようなものだ。
それでも、今日のお見合いは、密かに楽しみにしていた。
実際に左京に会って話してみると、自分にはない落ち着いた雰囲気も、品のある仕草も、いかにも大人の男性という感じで魅力的だった。
何より、左京と一緒にいると居心地がよくて、何時間でも喋っていたかった。
だが、そう感じたのは蘭だけだったのだ。
……オレが男だって分かった時、嫌そうだったもんな。
初めて蘭を見た瞬間の表情を思い出せば、左京が男に興味ないのは分かる。
あれだけのイケメンなら、女にも不自由しないはずだ。
左京とは二度と会うことも無いのだと思うと、胸が苦しくなった。
一人だけはしゃいで、バカみてぇ。
あまりにも滑稽で、悲しくて、目の奥が熱くなる。
歯を食いしばって、枕に顔をうずめる。
――また、会いたい。
左京と料亭の前で別れてから、ずっと、そんなことばかり考えた。
「もう少し、頑張ればよかった」
左京との会話を思い出しては、何度も後悔した。
また会いたい。
でも、きっとこれっきりだ。
仕方のないことだと、頭では分かっている。
けれど、左京のことは、しばらく忘れられそうにないと思った。
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