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37話 本物になれたらいいのに(ケイゴとルカ)
しおりを挟む文句を言いたかったけど、映画館で怒るわけにもいかない。でも、珂南の意図が分かって安心した。
この業界にいると、いつも他人の目を意識しないといけない。恋人がいても、手を繋ぐことさえ、おおっぴらにはできない。
恋人らしいことができるのは、映画館ならではだ。
手ぇ繋いだまま映画見るって……初めてだな。
珂南としっかり繋がった右手を見下ろして、ニヤニヤした。
って、やばい! 珂南に引かれるかも!?
あわてて顔を引き締めて、スクリーンに顔を向ける。
繋いだ手が気になって仕方なかったけど、またすぐに映画に夢中になった。
▲ ▲ ▲
ルカは、今日のデートを楽しみにしていた。
ケイゴとの恋人レッスンも順調で、最近は手を繋ぐのもハグをするのも、抵抗なく受け入れてくれる。
キスも、触れるだけの軽いやつは、何回かした。
例のパーティまであと一ヶ月。
これなら何とかケイゴと「ラブラブな恋人」になれそうだ。
鏡の前で服装をチェックして、ニコリと笑みを浮かべる。
「今日は、ディープキスまでいけるよね?」
ルカは左手につけたレザーのブレスレットを、そっとなでた。
お試しデートの日に、ケイゴがプレゼントしてくれたものだ。それ以降、デートの時は必ず付けていくようにしていた。
プレゼントされた物を身につけるのは、恋人レンタルの依頼人に会う前の儀式みたいなものだ。基本的に気に入った相手としか契約しないけど、仕事だと割り切っている。
けど、今のルカは、ケイゴに会うのが楽しみで仕方なかった。
鏡に映るルカは、可愛らしい笑顔を浮かべている。
「でも……パーティが終わったら、やっぱりお別れだよね」
一ヶ月先のことを考えると、胸がチクリと痛んだ。
レンタル恋人は、当たり前だけど、契約期間だけの恋人だ。契約が終われば、そこで相手との関係も切れる。
たまに延長を希望する客もいたけど、ルカはすべて断ってきた。
過去の客とはもう会ってないし、ケイゴと契約してからは、他の誰とも契約を結んでない。
「僕が……本物になれたらいいのになぁ」
ぽつりと、本音がこぼれた。
でも、そんなことあり得ない。そう自分に言い聞かせて、奥歯を噛みしめる。
ルカの脳裏によみがえるのは、古い記憶だ。
ルカは一人っ子で、母子家庭で育った。母はホステスをしていて、昼間は寝てばかりいるし、夜はルカを家に一人残して、仕事へ行く。
「ルカは、一人でお留守番できるよね?」
「うん!」
母に笑っていて欲しかったから、ルカはいつも笑顔で頷いた。イヤだと言えば、母は不機嫌になって、家を出て行くから。
母に愛されたくて、小さい頃からずっと一人で留守番してきた。世間的に見ればダメな母親だったけど、たまの休みの日には遊びに連れて行ってくれたし、下手くそな料理も、そんなに嫌いじゃなかった。
ルカは、母が好きだったのだ。
だから、寂しくても、ずっと我慢していた。
それなのに、中学を卒業する少し前に、別れを告げられた。
母は、恋人と再婚して、彼の故郷へ引っ越すと言ったのだ。
「ルカはしっかりしてるから、一人でも平気よね?」
一緒に行くかと尋ねることもなかった。母は、最初からルカを置いていくつもりだった。
それも、悪気なく笑顔を向けてくる。
ルカはもう母に愛されることを諦めた。再婚した母を他人だと思うことにして、高校から一人暮らしを始めた。
これから先は、一人で生きていく。
そう決心して、将来に備えてお金を貯めることにしたのだ。
アルバイトに加えて、レンタル恋人を始めたのもその頃だ。
売れっ子のホステスだった母に似て、ルカは容姿もよく、愛想もあって、人に甘えるのが得意だった。疑似恋愛くらい簡単にできると思ったし、人と繋がれば、いつか誰かが愛してくれるかもしれない……そんな淡い期待も抱いていた。
ルカに優しくしてくれる人はたくさんいたけど、下心があったり、見返りを求められたりした。
ルカは見た目に反して身持ちが堅く、どの客とも寝たことはないし、寝たいと思ったこともない。
でも……ケイゴは特別だ。
キスをするのも、くっついているのもイヤじゃない。ケイゴの優しさはいつも純粋で、ルカに見返りを求めないのだ。
「他の人も、みんな、ケイゴのことが好きだよね」
幼なじみだという女性も、ケイゴに恋をしている。
ケイゴは恋愛に奥手ですごく不器用だけど、いつも真摯に向き合ってくれる。
ああいう人に愛されたら、きっと幸せになれるだろうなと思った。
「ケイゴ。好きだよ」
いつか、この想いを伝えられるかな。
ケイゴは会うたびに、ルカに好意を示してくれるけど。
でも、ケイゴがパートナーを選ぶときは、ルカではない誰かだ。有名ホテルの社長と大学生なんて、釣り合うはずがない。
「契約が終わるまでは、恋人だもんね」
鏡に向かって微笑む。
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