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26話 私服のスーツ

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 き、キスって!? え、ホントに!?
 思わず、そうっと瞼を上げる。
 すると、珂南がオレの頬を、両手で包みこんできた。
 うわぁぁぁッ!?
 とっさに、また目をつむる。
「琉生」
 チュッと、唇の触れる音がした。
 すぐ離れていくと思ったのに、また、ついばむように触れてくる。
 軽く触れるだけの、キス。
 か、珂南のくちびる!? ふっくらして、やわらかッ!
 心の中でアワアワしている間に、何度もキスを繰り返された。
 えっ! なんで!? 慣れるためってこと!?
 オレがまともに名前も呼べないポンコツだから、珂南が見かねて、協力してくれたに違いない。
 そう結論づけて、オレはドキンドキンとうるさく鳴っている胸を、落ちつかせようと頑張る。
「んッ……かなん、」
 思いきって、瞼を上げる。
 珂南が、すげぇ優しい顔で、微笑んでいた。
「好きだよ。琉生」
 囁かれる愛の言葉に、カァッと頬が熱くなる。
 これが芝居だと分かっていても、本物の愛の告白みたいで、感激した。
「……お、オレも! 好きっ!」
 気がつけば、そう答えていた。
 台詞だと受け取られても、想いを伝えられずにはいられなかった。
「珂南が、好き……」
 ずっと大好きだった、憧れの推し。
 衝動に任せた告白だったけど、珂南は蕩けるような瞳で微笑んでくれた。
「!?」
 世の中の女性を一瞬で虜にする、神々しいスマイル。
 あまりにも眩しくて、珂南をうっとり見上げた。
 ああ……オレ、珂南が大好きだっ!
 その笑顔を見るだけで、幸せになれる。珂南への想いを改めて自覚すると、胸がジンと熱くなった。
 ずっと憧れだった、珂南との共演。
 そして、ドラマが終わるまでの恋人ごっこ。
 二度とないこの奇跡に感謝して、珂南との時間を大切にしよう。
 そう決心して、オレは珂南に笑って見せた。



 + + +




 翌日は快晴で、ロケ日和だった。真冬なので気温はかなり低いけど、衣装にベンチコートを羽織ってるので、それほど寒くはない。
 ドラマ内の季節が夏じゃなくて良かったな。
 春先の設定なので、衣装も長袖だ。それでもベンチコートを脱ぐと寒いので、早めに撮影が終わるように気合いを入れなくては。
 だけど、今日は初めてのロケだし、ちょっとワクワクしている。スタッフが準備してるのを眺めながら、葉山監督のところに向かった。
「あっ!」
 監督の隣に珂南がいて、ドキッとした。
 珂南もベンチコートを羽織っているけど、スーツ着てるのが見える。
 やっべぇ! スーツ似合う!!
「あ、琉生。おはよう」
 監督と話していたはずの珂南が、すぐオレに気づいて声をかけてくれた。
「お、おはようっ! か、珂南っ」
 まだスムーズに名前が言えない。
 そんなオレに、珂南がふわりと微笑んだ。
「ふぁっ!?」
 ズキュンと胸を打ち抜かれて、叫びそうになるのを、手で押さえた。
 なにその笑顔!! オレ、溶けそうなんだけど!?
 心の中で悶えていると、監督が嬉しそうに話しかけてきた。
「おはよう、七海君。結城君といい感じね!」
「ッ!? あ、お、おはようございますっ、監督!」
 あわてて監督に頭を下げる。
「今日はよろしくお願いしますっ」
「うん。期待してるから」
 監督はオレを見て、ニヤリと笑った。
 勝手に珂南のスーツをつまむと、得意げに言う。
「ほら見て、七海君」
「はい?」
「このスーツ、アルマンだって。スリーピースのオーダーメイド」
「すげぇ!!」
 アルマンは、スーツの高級ブランドだ。チャコールグレーの細いストライプ柄で、珂南によく似合っていた。
「めちゃくちゃカッコイイですね!」
「でしょ~? しかもこれ、結城君の私服なのよ」
「えぇッ!?」
 監督の言葉に、思わず珂南を見上げた。衣装にしては、ぴったりだなって思ったけど、私服なんだ!
 だけどアルマン……オーダーメイドなら、ウン十万円すると思う。
 ていうか、オレ、この後の撮影で腕くんだり抱きついたりするんだけど、汚したらどうしよう!
 珂南は困った顔で、オレに説明した。
「これは、先輩にお祝いでもらったスーツだから。普段からこんなスーツばかり着てるわけじゃないよ」
「そうなんだ」
 でもお祝いでもらうって、それ、相手は芸能界の大御所とかだよな? やっぱり汚したらダメじゃん!
 高級ブランドなのに、さらにお祝いで買ってもらった物だと思うと、恐れ多くて触れられない。
「琉生、どうしたの?」
「えっ! 高いスーツだし、汚したらどうしようかなって……」
「べつに特別な物じゃないし、衣装だと思ってくれていいよ」
「そうよ、七海君。クリーニング代はこっち持ちだから、気にしなくていいわよ?」
 珂南と監督が続けてそう言ってくれたので、ホッとする。
 改めて珂南のスーツを眺めて、似合ってるなぁと感心した。





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