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第18話 会いたい
しおりを挟む一人暮らしの家は小さいけど、庭はバラの花で埋め尽くされている。
バラを育てているのは、オリヴァーやクリスとの思い出がきっかけだった。
二人がよく飲んでいたバラのスープを再現したくて、いろんな品種のバラを育ててる内に、家がバラに囲まれてしまった。
バラの香りに包まれていると、安心する。
村の人達からは、「バラのおうち」なんて呼ばれているけど、そう呼ばれるのは嬉しかった。
オリヴァーとクリスと、三人で暮らしたあの家も、バラの香りに包まれていたから。
一人きりじゃないような気がして心強い。
それに、二人ともバラが好きだったから、もしかしたら、いつか会いに来てくれるんじゃないかって、そんなふうに夢見たりもしたんだ。
+ + +
ベッドから起き出すと、枕元に飾ってある、ばあちゃんの写真に声を掛ける。
「おはよう、ばあちゃん」
それから箪笥を開けて服をてきとうに選ぶ。
着替えを済ませると、家じゅうの花瓶に生けてあるバラの水を取り替える。
家の中にバラを飾るのも、バラの香りに包まれていると、幸せな気持ちになるからだ。
「クリスとオリヴァー、元気かな?」
毎朝、バラにそうやって話しかけるようになった。
前に一度だけ、駅で見かけたときから。
いつか二人に会えるかもしれないと願って、会えるようにと祈って。
今でも、あの頃を思い出すだけで泣きたい気持ちになる。
悲しいからじゃない。
とても幸せだったから。
懐かしくて、泣きたくなるんだ。
バラの世話を終えると、朝ごはんを作る。
オリヴァーの真似をして、バラのスープを作っているけど、なかなかうまくいかない。
バラのジャムは、最近おいしく作れるようになった。
朝食を終えると、今日の予定を確認する。
「すごい霧だなぁ」
もう朝だというのに、霧のせいであたりは暗い。
外は真っ白で視界も悪いので、外に出るのが億劫になる。
「でも、今日はばあちゃんとこ行かないと」
月に一度と決めているから、よほどの悪天候でない限りは、取りやめるわけにはいかない。
「ばあちゃんの好きなバラ、咲いてるかな?」
あとで庭に見にいかないと。
そんなことを考えながら部屋を出て、リビングへ向かった。
+ + +
「霧、すごいな~」
しっかりコートを着込んで、外に出る。
朝霧の中を、急いで墓地へ向かった。
霧が深いせいで数歩先も視界が悪い。
ばあちゃんの眠る墓は、前に住んでいた村の教会にあって、今の家からは離れた場所にある。
今日は、月に一度のお墓参りの日だった。
教会の墓地は、四角い、平らな墓石が均等に並べられているだけだ。
オレは一番奥の列に並んでいる墓石の前に立って、持ってきたバラの花束を置いた。
「ばあちゃん、遅くなってゴメンね」
しゃがみ込んで、ばあちゃんの名前が刻まれた文字をじっと見つめる。
ばあちゃんがこの墓の下で眠ってから、数年経った。
オレを愛してくれた人は、みんな遠くに行ってしまったんだ。
「あのね、ばあちゃん。この前、二人を見かけたんだよ」
いつも優しく話を聞いてくれた、ばあちゃん。
オリヴァーとクリスの話をすると、決まって「いい人たちだね」って言ってくれた。
「ばあちゃん。神様って、ホントにいるのかな?」
返事がないと分かっているのに、問いかけてしまう。
「オレ、二人に会いたいんだ」
言葉に出してしまうと、胸が苦しくなる。
鼻の奥がつんとして、奥歯を噛みしめた。
「いつも神様にお願いしてるけど、会えないんだ」
いつも、寝る前には神様にお祈りしてる。
ばあちゃんが昔教えてくれたように。
願っていたらいつか叶うって、そう教えてくれたばあちゃんを、信じているから。
「クリスとオリヴァーに、どうしたら会えるのかなぁ」
二人と想うと、涙がこみ上げてくる。
もう二度と会えないなんて、思いたくなかった。
「クリスぅ……オリヴァー……」
もうロンドンを離れてしまっただろうか。
今はどこを旅しているのだろう。
生きている時間が違うから、オレに会いに来てくれないんだろうか。
「会いたい……」
ただ、それだけなのに。
どうして会えないんだろう。
悲しい気持ちがあふれてきて、しゃがみこんだ。
膝に顔をうずめて、涙をこらえる。
泣いても、もう、慰めてくれる人はいない……。
「……ノア」
不意に、懐かしい声に呼ばれた。
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