バラのおうち

氷魚(ひお)

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第17話 望むなら

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「ノア、大きくなってた……」
 そう言ったクリスの声は震えていた。
 ホテルに着くまでずっと黙っていたのは、我慢していたからだろう。
 泣きそうな顔で、クリスは鞄をテーブルに置く。
 俺が隣に立っても動かない。
「ノアと別れてから十五年経ってるんだ。あいつだって大人になるさ」
「あんなに、小さかったのに」
 クリスは顔を隠すように俯いた。
 昔のことを思い出しているんだろう。
 クリスは、ノアをとても可愛がっていたから。
 俺だってノアのことは可愛かったけど、クリスにとってノアは特別だったんだ。
 あの頃の俺は、ルディを忘れられないクリスに苛立って、傷つけてばかりいたから。


「ノアは……僕たちのこと、まだ忘れてなかったね」


 クリスが、顔を上げないまま、呟いた。
 気持ちを押し殺すように、肩を震わせている。
 ノアを祖母の元に返したとき、ノアはまだ小さかったから、俺たちのことなんてすぐに忘れるだろうと思っていた。
 忘れた方がノアの幸せの為だと、クリスに言い聞かせたりもした。
 だけどクリスは、ノアに忘れて欲しくなかったんだろう。
 ノアが俺たちを覚えていたことが嬉しいはずなのに、一族の掟があるから、本心を言えないでいる。

「ノアに会いたいか?」

 俺が尋ねると、クリスは首を横に振った。
 だが、心の中で葛藤しているはずだ。
 声も出せないほど苦しいのなら、会いたいと言えばいいのに。
 クリスは黙ってたえるだけだ。
「クリス」
 呼んでみても、クリスはやはり首を横に振る。
 けど、その拍子に涙が散ったのを見逃さない。

「無理をするな、クリス」

 俯いたままのクリスを抱きしめる。
 背中を撫でてあやすと、クリスが拗ねたように呟く。
「オリヴァー、ずるい」
「言えよ。会いたいんだろ?」
「……今さら、会えないよ」
 怯えた声に、胸が痛む。
 クリスは、ノアに拒絶されるのが怖いんだろう。
 人間はすぐ異質なものを排除しようとするから。
「ノアに会うのが怖いか?」
「……」
「バカだな、クリスは」
 俯いたクリスの顔を上向かせて、涙を指先で拭う。
 それでも涙で濡れた眼はひどく潤んでいる。
 たまらなくなって、唇を重ねた。
「んっ、オリヴァー」
 縋るように腕を伸ばして抱きついてくる。
 何度も、啄むようなキスをした。
 優しく触れると、クリスは安心して俺に甘えてくるんだ。
「心配するな。ノアはあの頃と何も変わってない」
「……うん」
「今度、ノアに会いに行くか?」
「え?」
 クリスは驚いた顔で俺を見上げた。
「会いたいんだろう?」
「そんな簡単に、……本当に、いいの?」
 信じられないという表情で俺をじっと見つめる。
 その瞳がまた潤んで、せっかく止まった涙が、雫になってこぼれ落ちる。
「お前が望むなら、叶えてやる」
「オリヴァーっ!」
「クリス。泣くな」
 眦にたまった涙を唇で掬い取ると、クリスがぎゅっと抱きついてきた。
 あやすように髪を撫でて、また唇を重ねる。
「ぁ……ン、んんっ」
 唇を割って、舌を絡める。
 クリスはすぐに応えて、俺を受け入れる。
 激しいキスをして、力が抜けたところでベッドに押し倒す。
「オリヴァー……ァ……んっ、ン」
 甘い声で鳴くクリスに、そっと触れる。
 愛しいクリス。
 もうずっと、何十年も俺の側にいてくれたクリス。
 今はただ、愛しさだけが溢れてくる。

「クリス。愛している」

 お前だけを愛しているんだ。
「アッ、ぁ……オリヴァー」
「クリス、好きだ」
 何度も囁きながらキスをして、クリスを強く抱きしめた。







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