バラのおうち

氷魚(ひお)

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第16話 伝えたい

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 駅のホームに入ると、人でごった返していた。
 ちょうど到着した汽車と、今から出発する汽車とで、ホームには人があふれている。
 切符は買ってあるから、とりあえず乗ろうと入り口を目指す。
 けど、人が多くて両手も荷物でふさがっていたから、押された拍子にカバンが転がって、中身が飛び出してしまった。
「うわ~やっちゃった!」
 慌ててしゃがみ込んで中身を拾うけど、周りを歩いている人に踏まれたり蹴飛ばされたりして、なかなかぜんぶ拾いきれない。
 出発の時間も近づいるので焦ってしまう。
「えと、あと、これと……」
 カバンの中に無理やり詰め込みながら、他に転がってないか見わたす。
 行き交う人々の足下が無数に入り乱れて、物を探すだけでも大変だ。
「これでぜんぶかな?」
 一通り集めてカバンの中を覗きこむ。
 汽車に乗らなきゃと思って立ち上がったとき、声が聴こえた。


「早くしろ。乗り遅れるぞ」
「待って、オリヴァー」


 懐かしい声が耳に飛び込んできた。
 ハッと顔を上げて辺りを見わたすけど、人混みの中では見つけられない。
 さっきの声……!
「オリヴァー? クリスっ!」
 大声で読んでみるけど、近くにいた人が迷惑そうに眉をひそめただけで、姿は見つけられない。
 でも、間違いなくあの二人の声だった。
 どこにいるんだろう?
 もう汽車に乗った?
 探そうとして一歩踏み出したところで、発車のベルが鳴り出す。
「やばっ!!」
 これに乗り過ごしたら間に合わない!
 オレはすぐに近くの車両に乗り込んだ。
 混み合う時間帯だったけど、何とか窓際の席を見つけてそこに座る。
 荷物を上の棚に入れて、窓の外を見た。
 汽車がゆっくりと動き出すところで、向かいのホームが見える。
「え!?」
 ホームに、クリスが立っていた。
 別れたときと変わらない、青年の姿のクリス。
 茶色のコートを着て、辺りを見渡している。
 オリヴァーは見当たらないけど、きっと近くにいるはずだ。
 オレは急いで窓を開けると、大声で呼んだ。

「クリスーーッ!」

 声を張り上げてクリスを呼ぶと、声に気づいたのかクリスが振り向いた。
 そして、驚いた顔でオレを見つめる。
「クリスっ!」
 叫びながら、泣きそうになった。
 クリス……ずっと会いたかった人が、そこにいる。
 だけど汽車は動き始めていたから、ゆっくりとホームが遠ざかって……。


「ノア」


 クリスが、オレを呼んだ。
 声は届かなかったけど、たしかに、ノアって言った。
「クリスッ!」
 涙を流しながら叫ぶと、クリスはにっこりと微笑んでくれた。
 オレの大好きな笑顔。
 その隣に、オリヴァーが姿を現して、オレに視線を向ける。
「オリヴァー!」
 あの日、別れたときと変わらない姿で立っていた。
 涙で視界がぼやけたのと、ホームを完全に離れたのは同時だった。
「クリスぅ……オリヴァーッ」
 小さくなるホームを見つめながら、涙が止まらなかった。
 窓を閉めて座っても、二人の姿が脳裏から離れない。
 クリス。
 オリヴァー。
 あんなに会いたいと願っていた人たちが、やっと現れてくれた。

 別れたときと変わらない、若い青年の姿で。

 あの頃は、二人はとても大人に見えたのに。
 今は、オレと同じくらいの歳に見えた。
 そして、オレだけが、これからも歳を重ねていく。


『幸せになるんだよ』


 クリスの言葉を思い出して、涙があふれた。
 いつかは、別れなくちゃいけなかったんだ。
 オレと二人は、生きる時間が違うから。

 でも……三人で過ごしたあの日々も、すごく幸せだったんだ。

 二人と別れた後も、楽しい日々を過ごした。
 ばあちゃんは優しくて大好きだったし、友達もたくさん作った。
 好きな子もできたりして、オレは当たり前の平凡な人生を歩んできた。
 今は一人で暮らしているけど、大好きなバラを育てて、村の人達とも仲良く過ごして、幸せだって胸を張って言える。
 だけど、いつだって、忘れたことはなかった。
 クリスは、忘れろって言ったけど、忘れられるわけがないんだ。


「クリス……オリヴァー……会いたいよぉっ」


 三人で過ごした日々がよみがえる。
 懐かしくて愛しくて、二人を想うたびに痛みが胸を突きさす。
 もう一度……。
 もう一度だけ、あの二人に会いたい。

 オレがどれだけ、二人を愛していたか。
 オレがどんなに幸せだったか。

 伝えたいんだ。
 二人に会って、直接言いたいんだ。
 伝言なんかじゃなくて。
 大好きだって。
 ありがとうって。
 ただ、それだけの想いを、伝えたいんだ。







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