バラのおうち

氷魚(ひお)

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第9話 ひどく憎い

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「クリス、ちょっと来い」
ノアを寝かしつけた後、オリヴァーが呼びに来た。
不機嫌さを隠そうともしない、怒っている時の顔。
ノアを起こさないようにベッドから離れてリビングに行くと、オリヴァーにうながされて椅子に座る。
「どうしたの?」
何も分からない振りを装って、尋ねてみる。
向かい側に座ったオリヴァーは、苛立ったようにテーブルを指で叩いた。
「お前、ノアにルディのことを話しただろう?」
「ああ……うん、聞かれたから」
「余計な情報は与えるなって最初に言ったよな?」
「ごめん」
うつむいて謝ると、オリヴァーは舌打ちした。
「本当に分かってんのか?」
「分かってるよ」
「クリス!」
張り上げた声と共に胸ぐらをつかまれて、オリヴァーの手が乱暴にシャツの襟を開く。
ずっと身につけているロケットのチェーンを引っぱられて、苦しさに顔を顰めた。
「いい加減に外せ! いつまでもこんなものに縛られてるから、お前はダメなんだよ!」
「ッ……離せよ!」
立ち上がって抵抗してみるが、僕がオリヴァーにかなうはずがない。
チェーンを引きちぎられて、無理やりロケットを奪われる。
「返せ!」
「ルディのことは忘れろ!!」
「できるわけないッ!!」
オリヴァーからロケットを取り戻そうとするけど、逆に両腕をつかまれて、間近に睨まれる。
「クリス」
「できない!」
「忘れた方がお前の為だ!」

「ッ……忘れられないのは、オリヴァーの方だろう!」

「!?」
「僕をルディの代わりにして! そうしなきゃ生きていけなかったくせに!」
叫びながら涙がぼろぼろとこぼれる。
でも忘れろなんて酷いことをいうオリヴァーは大嫌いだ。
「ルディのことを覚えてる奴が欲しかったんだろ? 一人じゃ生きていけないから……僕みたいな出来損ないでもいいって、……ずっと、今までそうだっただろッ!」
「クリス……」
「何年経ってると思う? ルディが死んでから……もう、50年だよ?」
「……」
オリヴァーは苦しげな表情で目をそらした。
だけど僕は、もう耐えられなくて。
ずっと言いたかった言葉を、オリヴァーを責める言葉を、とうとう吐き出した。
「……後悔してるんだろ? 僕を仲間に入れたこと!」
「ッ!」
「僕がいなければ、ルディは死なずにすんだんだから!」
「黙れッ!!」
「んッ……ふ、ぅ……ンンッ」
噛みつくようにキスをされる。
都合が悪くなるといつもこうだ。
オリヴァーには逆らえないから、僕はいつも流されるだけ。
僕は一族に加わった時、オリヴァーの強すぎる血が合わなくて、不完全な状態で仲間になった。
体が弱いのも、雨の日が苦手なのもそのせいだし、狩りもほとんどしたことがない。
いつもオリヴァーが与えてくれる精気をもらうばかりで、足手まといなのは分かっている。
だけどそれはオリヴァーのせいでもあるから……。
僕に、負い目を感じているんだろう。

でも僕は……オリヴァーの足かせになるくらいなら、死んでも良いと思っているのに。

「っ……ん、オリヴァーっ」
こんなに愛してるのに、僕を愛してくれない。
ルディが生きていたら、今の僕に、なんて言っただろう。


―――クリス、ここに隠れててね。後で迎えに来るから。


脳裏によみがえるのは、ルディの優しい笑顔。
ハンターに撃たれて、動けなくなった僕は、ルディに言われるまま森の茂みに隠れていた。
うずくまって、息をひそめて、苦痛に声がもれるのを、必死に堪えて。
ルディが迎えに来るのを、ずっと待っていた。
何時間も、待っていたのに。
ルディは、迎えに来てくれなかった。
あの言葉を最後に、永遠にルディを失ってしまった。
「ふっ……ぅっ……ルディ、」
「クリス?」
「ルディ……ルディ、……ごめんっ……!」
「泣くな、クリス」
大きな手のひらが頬を包みこんで、眦の涙をすくい取ってくれる。
オリヴァーは泣きそうな顔をしているけど、僕の前では涙を見せない。
ルディの名を呼びながら泣いている僕を抱きしめて、耐えるように動かなかった。
深く、後悔しているんだろう。
悔やんでも悔やみきれない思いで、ルディを思い出して苦しんでいる。
僕がオリヴァーを責めたから。
だけど。
心の奥から、黒いどろどろした感情がわき起こる。

……苦しめばいいんだ。

こんなオリヴァーを見るたびに、強く強く願う。
ルディを忘れられないなら、気が狂うほど苦しめばいいのにって。
苦しむのが嫌なら、忘れてしまえばいいのにって。

僕は、僕を愛してくれないオリヴァーが、ひどく憎い。

オリヴァーの心はルディのものなのに、ルディは死んでしまった。
どんなに想っても、どんなに願っても。
僕もオリヴァーも、ルディにはもう二度と会えない。








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