バラのおうち

氷魚(ひお)

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第2話 最初の記憶

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 ティーセットを用意して戻ってきたお爺さんに、紅茶のカップを渡されてひと口飲んだ。
「セイロンですか?」
 ストレートだが、クセが少なくマイルドで飲みやすい。
 そういえば、あの家で出される紅茶もセイロンだった。
「これもどうぞ」
「ありがとうございます」
 勧められた皿にはクッキーが山盛りになっている。
 はたから見れば、ティータイムを楽しむお爺ちゃんと孫に見えるだろう。
 それに、こうして誰かとティータイムを過ごすのは久しぶりだった。
 そういえば、オリヴァーはティータイムの時間にいることは少なかった。
 オレはいつもクリスと一緒にいて、食事もティータイムも、寝る時だって、ずっとくっついていた。
「彼は、どんな人だったんですか?」
「え?」
「あなたのお知り合いが、あの青年に似てるのでしょう?」
「あ、はい」
「よければ、ぜひ私にも聞かせてください」
「でも、そんな大した話じゃないですけど」
「構いませんよ。ティータイムのおしゃべりなんてそんなものです」
 お爺さんは穏やかな口調だ。
 のんびりとした雰囲気が、オレの緊張をほぐしてくれる。
 あの頃の思い出は、ばあちゃんにしか話したことがない。
 とても大切な思い出だけど、他人に聞かせてはいけないと、ばあちゃんに言われたから。
 だけど、オレは、ずっと誰かに話したかった。
 ばあちゃんが亡くなってからは、独りで、寂しくて。
「オレ、小さい頃に両親が死んじゃって。その後、ばあちゃんに引き取られるまで、二人がオレを育ててくれたんです」
「二人というと?」
「オリヴァーと、クリスです。オリヴァーは、この絵にそっくりで」
 オレは、先ほどの肖像画を指さした。
「で、クリスは黒髪の灰色っぽい目で。物静かで、すっごく優しかったなぁ」
 荒々しい感じの金髪のオリヴァーと、静かで穏やかな黒髪のクリスは、見た目も性格も対照的だった。
 どうして一緒にいるのか、子供のオレでも不思議に思ったくらいだ。
「君は、その二人がとても好きだったんですね」
 お爺さんがニコニコしながらそう言った。
 オレは迷わずうなずく。
「はい! 大好きですっ」
 思い出すと本当に懐かしい。
 あの頃の気持ちまで、よみがえってくる。
 ふつうは、子供の頃の記憶なんて忘れてしまうものだ。
 でもオレは、二人との時間をちゃんと覚えてる。
 大切な思い出だから。
 そんなオレの気持ちを汲み取ったのか、お爺さんが続きを促した。
「二人とは、どこで出会ったんですか?」
「えっと。オレが最初に二人に出逢ったのは、森の中です」
「ほう。森ですか」
「そうです。雨が降ってて……暗かったから、たぶん夜だったのかなぁ」






 + + +






 3つのときに、両親が死んだ。
 雨の夜道で視界が悪かったんだろう。
 馬車の車輪がなにかに引っかかって、倒れて。
 馬車から投げ出されて、ガケに落ちたんだろうって。
 オレだけが助かったんだって、後でクリスが教えてくれた。
 嘘だって気づいたけど、オレは黙っていた。
 言ってしまったら、きっと、クリスは悲しい顔をするって思ったから。






 初めて二人に会った日のことを、オレは覚えてる。
 その夜は、雨が降っていた。
 森の中は真っ暗で、スピードをあげて走る馬車の揺れと激しい音に怯えていた。
 それから、急に馬車が止まって。
 悲鳴みたいな声が聞こえて。
 幼かったオレには何も分からなかったけど、とにかく怖くてずっと泣いていた。
 そうしたら、クリスの声がしたんだ。
「子供?」
 オレを見つけたクリスは、目線を合わせるように屈みこんだ。
 ランプの灯りで、クリスの顔が見えた。
「ふぇっ……だれ?」
「しまったな。子供がいたのか」
「どうした、クリス」
「オリヴァー、ここに子供がいる」
「何だと?」
 怒った声が響いて、肩を震わせる。
 怯えていると、大きな手が伸びてきて、首を絞められた。
 苦しいのに声も上げられなくて、バタバタを手を振って暴れた。
「やめろよ! まだ子供じゃないか!」
「黙れ、クリス」
「オリヴァー!」
 悲鳴のような声と共に、息苦しさがなくなった。
 オレを奪い取って抱きしめたクリスが、オリヴァーに訴える。
「こんなに小さいんだ! 見逃してくれ!」
「ここで始末した方が安全だ。お前だって分かってるだろ?」
「でも!」
 クリスが、オレの顔をのぞきこむ。
 暗くて、クリスの顔はよく見えなかったけど、泣き出しそうな顔をしていた。

「―――と、同じなんだ」

 クリスはオレを腕に抱いたまま、オリヴァーを見上げた。
「オリヴァー。この子を連れていってもいいだろう?」
「面倒事はナシだ」
「僕が、ちゃんと面倒みるから」
「へえ? お前に何ができるって言うんだ?」
「それは……」
「何ひとつ満足にできないくせに、偉そうな口をきくな」
「……頼むからっ」
 オリヴァーの意地悪な言葉に、クリスは顔を歪める。
 だけど、オレを手放したりしなかった。

「お願いだ、オリヴァー。この子を連れていきたいんだ」

 クリスがそう言うと、オリヴァーは黙った。
 雨の音が辺りを包んで、オレは寒くて怖くて、震えながらクリスの胸にしがみつく。
「……勝手にしろ」
 舌打ちと共に、オリヴァーは背を向けた。
 クリスがホッと息をつくのが分かる。
「ありがとう、オリヴァー」
 それから、クリスはオレの目を見つめて、優しく問いかけた。
「名前は?」
「……のあ」
「ノア。もう大丈夫だよ」
 優しい声と、抱きしめる腕に安心して、オレはクリスに抱かれたまま、いつの間にか眠ってしまった。
 これが、二人と出会った、最初の記憶。








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