バラのおうち

氷魚(ひお)

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第1話 肖像画

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 ブロンドの髪に、青い目。
 どこにでもある組み合わせ。
 けれど、決して忘れられない、強い眼差し。

「オリヴァー?」

 街角の画廊で目についた、新緑を描いた風景画。
 思わず足を止めたのは、なつかしい記憶がよみがえってきたから。

『ノア』

 オレの名前を呼ぶ、優しい声を思い出す。
 それはオリヴァーじゃなくて。
 黒い髪の、穏やかに微笑むクリスだった。
 クリスはオリヴァーと一緒にいたのに、どうしてこの絵にはオリヴァーしか描かれていないんだろう。
 そんな小さな疑問から、引き寄せられるように足を踏みいれる。
 店の奥には、懐かしい、あの頃のオリヴァーがいた。






 + + +






 イギリスの片田舎から街へ出向くのは、一年に一度だけ。
 馬車を使い、鉄道で移動して、やっとロンドンにたどり着く。
 今年で20歳になるけど、家族もいなければ、恋人もいない。
 そもそも、結婚するつもりもない。
 祖母と両親が残した財産を頼りに、田舎の小さな村で暮らすことを選んだ。
 こうして、たまに都会に出て来るのは、育てたバラの苗を売るためだ。
 オレが育てたバラは、上流階級の人達にも人気がある。
 もちろん、ガーデニングを楽しむ一般人たちにも。
 今年のバラは高く売れたので、しばらく生活に余裕ができそうだ。
 オレは仕事を終えた後、久しぶりに街を歩くことにした。
 そして、懐かしい顔を、絵の中に見つけたのだ。







 近づいてみると、20センチくらいの大きさで、男性が描かれいている。
 少し不機嫌そうな表情で、椅子の側に立っているタキシード姿の青年。
「オリヴァー、だよね?」
 目を凝らしてみても、オリヴァーによく似ている。
 眉間のしわなんかそっくり。
 でも年号を見るとずいぶんと古い。
 他人のそら似?
 それとも、オリヴァーのご先祖さま?
「その絵が気に入りましたか?」
「わ!」
 とつぜん声を掛けられて、飛びあがった。
 振り返ると、店主らしいお爺さんがニコニコと見ている。
「すみませんっ! かってに触って!」
「いいんですよ」
 お爺さんは優しい顔で話しかける。
「その肖像画が気に入りましたか?」
「あ……この人が、オレの知り合いに似てて」
「あなたのお知り合いに?」
「はい。オリヴァーっていうんです」
 オリヴァーは美男子だったけど、目つきが鋭くて、ちょっと怖かった。
 オレにも、クリスにも、きついことを言う人だったけど、同じくらい、大事にしてくれた。
「オリヴァーは、オレの恩人なんです」
「そうでしたか」
 お爺さんはニコニコと嬉しそうな笑顔で、椅子を勧めてきた。
「どうぞ。おかけください」
「え? いや、オレは客じゃなくて!」
 ふらりと立ち寄っただけの店で、美術品を買うつもりはない。
「今からティータイムなんです。よかったら一緒にどうぞ」
「いや、あのっ」
「年寄りの世間話に付き合うと思って、一杯付き合ってください」
 お爺さんはそう言うと、オレの返事も聞かずに奥へ行ってしまった。
 画廊には他に客はなく、オレ一人だけ。
 ここで黙って立ち去ったら、お茶を淹れにいったお爺さんは、がっかりするかもしれない。
 祖母との二人暮らしが長かったから、年配の人にはどうにも弱い。
 仕事も終わって、急ぐ用事もなかったので、勧められた椅子に腰かけた。









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