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料理が好きだ。

 

皿を彩り、食する者を見た目から楽しませて、更には舌を弾ませ皆の心を癒せる料理が好きだ。

 

まるで魔法のように色々な道具を使って食材を見事な料理に変える。

 

私はその見栄えの良さ、味の良さを自分でも作り出してみたいと思い幼少期から家で雇っている料理人に教えてもらい料理を始めた。

 

料理人も最初は「お嬢様がする事ではありませんよ?」って断っていたけれど、私が「どうしても料理がしてみたい!」と毎日毎日厨房へ見学に行き、そういい続けたので根負けして教えてくれる事になった。

 

簡単な卵料理やサラダから焼き菓子、軽食や晩餐の一部など10年ほどの間、少しずつ着実に作る事のできる物が増えた。

 

我が家がそこまで格の高い貴族では無かった事も良かったのだろう。

両親や兄も「それは貴族のやる事では無い」と言わず、貴族教育をしっかりと修めていれば好きなようにやらせてくれた。

 

周りの令嬢から見れば「わざわざ手が汚れるような、人に任せればいい事をするなんて物好きなのね」といった感じではあったが、勉強はまだしもダンスや刺繍が余り得意では無い私にとって唯一の趣味であった。

 

残念ながら婚約者には全く理解されていなかったようではあるけれど…

 

「おい、またこんなもの作ってきたのか。そんな物よりハンカチでも刺繍したらどうだ」

 

「お前の物なんて食えるかよ。普通に有名店の物用意してくれよ」

 

「料理するより見た目に気をつかってくれよ。他の令嬢のようにさぁ」

 

確かに私の見た目は平々凡々だし、清潔感あるように爪など手入れしているが他の令嬢のように綺麗なネイルやマニキュアはしていない。髪だって料理する時に邪魔だからある程度でカットするようにはしている。

 

彼の家は私の家より格が高いので、恐らく一生料理なんてしなくても困らないと思っている。実際彼の家どころか私の家もそうだしよほど貧乏でも無い限りほとんどの貴族は、料理する必要なんて無いのだけれど…私にとっては趣味である訳だし別に彼に迷惑かけているわけでも無いし…

 

昔から私が料理する事を馬鹿にしてきて本当に嫌い。

そんなに気に食わないならいっそ婚約解消してくれたらいいのに。

 

彼の家に嫁いだら、うちの家としては繋がりが出来て嬉しいだろうけど私は結構窮屈しそうで、本当は嫌だなぁ。

両親は格上の相手との婚約で喜んでいるから言い出せないけれど。

 

幸い、気の合う友人達は私の趣味を馬鹿にする事なく、美味しそうに私の作ったお茶菓子を食べてくれるので、友人には恵まれたなぁと我ながら思う。

 

 

 

作ってきたバターケーキを持って友人達と待ち合わせしている中庭に向かっていると、今日は運悪く婚約者の彼に出会ってしまった。

 

「おい」

「…何でしょうか」

「それは何だ」

「貴方には関係無いです」

「うるさい。…また、こんなマズそうな物を作ってきたのか。学ばないやつだ」

「急いでいますのでしつれ「そんなゴミは俺が処分してやるよ!」えっあっ!」

 

悪い顔で笑う婚約者に作ってきたバターケーキを奪われ、窓から投げ捨てられた。

折角作ってきて友人の皆さんに食べてもらおうと思っていたのに…

 

気に入らないとはいえそこまでされなくてはいけないのかと、

私が時間をかけて作った物に対する仕打ちがこれかと涙が溢れますが、彼はにやついた邪悪な笑みのまま。

 

なんでこんな人が婚約者なんだろう。

なんでこんなに非道い事が出来るんだろう。

そっとしておいてくれたらいいのに。

そんなに嫌いならわざわざ声かけてこなければいいのに。

なんでなんでなんで…

 

そう思いながら彼に笑われながら泣いていると…急に後ろから

「うるせぇ!」

と言いながら走ってくる赤い髪の少年がいました。

 

「えっ…」

 

「泣くな!これ投げてきたのお前か?当たったんだけど!」

「いや、その作ったのは私ですが…投げたのはあの人です」

訳もわからず、投げたのは私じゃない。婚約者の彼だと指を指すと少年はぐりんと怒り眼で、

 

「お前か!俺に喧嘩うってんのか?」

「あぁん?クソガキが。婚約者の不始末は婚約者の俺がつけるべきだろーが」

「うるせえええ!俺に喧嘩うったこと後悔させてやる!」

 

赤い髪の少年…恐らく私達の学年の数個下であろう彼は私の婚約者に一歩も引かず対峙しています。

 

一色即発の雰囲気。とうとう貴族らしからぬ喧嘩が始まってしまうのかと思いきや、

 

「こるああああ!何をしとるかああああ!」

 

先生です。結構騒いでいましたから、誰かが気を利かせて呼びに行ってくれたのでしょう。

 

「やべぇ!お前も来い!」

「えっ!?」

 

理由はわかりませんが、赤い髪の少年は先生から逃げていきます。

私の手を掴んで私を連れ去って。

 

いつの間にか涙はもう止まってました。

 

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫だな」

「はぁ、はぁ…ここは、どこですか…」

「俺の秘密基地だ」

「はぁ…」

 

学園内でも決まった校舎の往復しかしない私達にとってここは全く知らない場所です。

恐らく旧校舎では無いかと思うのですが…、

 

「なぁ。これ食ってもいいか?」

そういえば私の作ったお菓子はこの人が持っていたのでした。

「包みに入っていたとは言え、投げられたのでぐちゃぐちゃになっていると思うんですけれど…」

「別にいいよ。で?食っていいか?」

どうしたのでしょう。そんなにお腹が減っているのでしょうか?

「ま、まぁ構いませんけど…」

言い終わる前にはもう包みを開けて私の作ったバターケーキを口に入れてしまいます。

 

もぐもぐと無言で食べ進める赤い髪の少年と、静かに見ているだけの私。

家族や友人以外が私の作った料理を食べる事なんて本当に久しぶりでした。

 

 

「……」

「あの、ど、どうでしょうか…?」

「うまい!アンタがこれ作ったのか?よくこんなの作れるなあ!」

「えっ?」

「アンタ料理上手なんだな!よし、結婚しよう!」

 

えっ?

急に何?結婚?ええええええ

 

「きゅ、きゅうに何ですか!?私一応婚約者もいるんですけど!」

「それは問題ないから結婚しよう」

 

怖い怖い怖い。

何この子。

 

美味しいって言ってくれたのは嬉しいけど、なんでいきなり結婚なの!?

 

「なー結婚しようぜー。お前の飯が毎日食いたい」

「あぅ」

 

毎日食べたいって…本気で私の作ったバターケーキが気に入ったんだ…。

 

「か、考えさせてくださいいいい」

 

私は逃げた。

 

 

 

 

 

 

後々、この赤髪の少年が遠く離れた国の王子である事。

遠く離れた国ではこの国より豊かな資源が採れるが、

そこではまだ文化がこの国ほど発展していない事。

国賓として招かねているついでに学校に留学している事。

学ぶ事は既にほぼ学び終えており、今はもう暇つぶしに学園に来ている事。

あまり外で自由に遊べる身分では無いので、バターケーキは初めて食べたらしい事。

着飾るだけのきゃぴきゃぴしてウザイ(本人談)令嬢ではなく、どちらかといえば地味だが美味い料理を自分で作れる私の事を気に入ったらしい事を知る。

 

結果として、国王陛下から私の父へ。父から私へもたらされた言葉は。

「今の婚約者との婚約を解消し、彼の国に嫁げ」

という事であった。

 

言葉のみだと人質、人身御供のような扱いにも聞こえるが、彼の直情的な言葉や屈託無く美味いと笑顔を見せる姿は正直ちょっと嬉しかったし可愛かった。と思う。

 

また、今の婚約者の彼よりは大事にしてくれそうな気がするので私は了承した。

 

 

婚約者の彼は仮にも国賓である友好国になる予定の王子に暴言を吐いたので、暫く軟禁生活となるようだ。

 

 

 

 

 

数年後

ある国では赤い髪をした王子とその妻となる友好国から来た貴族令嬢の結婚式が行われた。

 

妻となる貴族令嬢はその料理の腕前や食材の知識を持って国の食育に貢献、食事情、食生活の改善に努め後年「食の女神」として祀られる。

 

また赤い髪の王子は妻を溺愛し、彼女の作る美味な料理を好み、国を更に豊かにしようと大々的に第一次産業の発展を進める事となる。

 

それはほぼ狩猟民族のようであった彼らにかなり戸惑いを与えるが後々それが身を結ぶと「賢王」として国の歴史に名を遺した。

 

貴族令嬢は、元々の生活より少し発展が遅れている環境で生活する事にはなったが愛する夫と子供に囲まれ、笑顔で日々を過ごした。

 

 

 

お わ り

 

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