アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第一章】旅の途中

世紀末オンナは田んぼで踊る

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「ソイやぁぁぁぁーっ!」
 俺の視界に玲子の横っ飛びが映り、ようやく回想から覚めたことを知らされた。


 新たに突進して来たドロイドの頭部が木っ端微塵にふっ飛び、破片が遠くまで散乱。
「むぅ……」
 相も変わらず玲子のパワーは落ちることを知らない。

「どっ、ぐわぁおぅ!」
 いきなり何の断りも無く横からナナに足蹴にされて、すっ飛んだ。

 次の刹那、パワーレーザーの熱い輝線が誰もいなくなった地面に撃ち込まれた。
 何しやがんだ、と言おうとした口をぽかんと開け、レーザーが開けた黒い穴から立ち昇る薄煙を凝視する。つい今しがたまで俺が立っていた場所だった。

 そこから視線を外して俺を蹴り倒した張本人の足下を見る。そこからゆっくりと視野をもたげていくと、細くてスタイルのいい足が見え、やがてミニスカ風の貫頭衣を着た少女の朗らかな顔へ行き着いた。

 そいつが言う。
「なにしろコマンダーは指名手配中れすからねー」
「ニコニコして嫌な言い方すんなよ」

「ほら来ますよ!」
 バシュッ、と鋭く乾いた音がしてナナの開いた手から煙が上がった。
 今度は額の真ん前だった。狙いの正確さよりも、撃ってくる気配がまるで無いのだ。

「何なんだこいつら?」
 固唾を飲むしかあるまい。

 今回の接近戦で再確認できた。やっぱりパワーレーザーや索敵ビームは不格好な赤い目玉から発射されるのではなく、肩に取り付けられた短銃みたいな突起部から放たれていた。

「裕輔が来てくれてよかったわ」
 と言う玲子の甘い声を聞いて急いで起き上がる。

「そうか。俺もたまには役に立つだろ?」
「立つ、立つ。だってみんながあなたを狙ってくれるから、こっちは楽勝なのよ。もっとその辺でウロウロして囮(おとり)になってちょうだい」
「ば……、よかねえ。どわぁぁ!」
 またもやナナに体当たりされて左へ吹っ飛ぶ。まるで彼女に弄ばれるオモチャみたいだが、ドロイドはレーザーの照準を俺に合わせることに夢中のようで、ジュジュの母親から興味を失った反面、マジで俺が指名手配されていることに確信が持てた。

 俺へ照射ポインターを合わせようと、こっちへ体を旋回させたドロイドの腕の付け根を狙って、玲子が蹴りあげる。
「せぇいっ!」
 ショックで腕が根元から折れて地面に転がった。
 主宰が言うように確かにボディが華奢だ。なので弱点をカバーすべく連中は殺人兵器を身に着けたんだ。

「今よ。逃げて!」

 ドロイドから解放された母親が玲子の指示で立ち上がったが、力強く首を振る。
「まだ。うちの子が!」

「あたしたちに任せて、あなたは逃げなさい」
「嫌です。ジュジュを取り戻します」
 母親の毅然とした態度に、ため息混じりでうなずいた玲子はドロイドに向き直った。

「じゃあ。ちょっと頭下げてて。あたしがジャマ者を散らすから」
 ジュジュを連れ去ろうとするドロイドの周辺をうろつく雑魚を玲子は誘い出す作戦に出た。
「ほら。ほら。ダルマさん。こっちよ」
 俺たちの動き遮ろうとしていたドロイドが放つ索敵ビームが一斉に玲子を狙うが、素早い動きについてこれず、赤いビームが右往左往するだけだ。

 そのうち暴れ馬の動きに業を煮やした一体が、殺人ビームをめくら滅法な方向へランダムに連射。一本の閃光が玲子へ飛んだが、ヤツは俊敏に横っ飛びでかわした。地面の上で体操選手顔負けの側方転回を見せた後、多方向から連射してくる輝線をことごとく後方倒立回転跳びで逃げ切った。

 パワーレーザーの連射を俊敏に避けるその姿の美しいこと。結っていたリボンが解け、長い黒髪が綺麗な扇型を描いて広がった。それはまるで咲き誇る満開の桜が夜風になびくようにしなやかでいて、かつ優美で美麗な舞いだった。

「あたしを狙うなんて、百年早いのよ!」
 と玲子は振り返りざまにドロイドへ息巻き、
「あいつすげえ運動神経してやがるな。うぎゃぁ!」
 呆気にとられていた俺はナナにひっくり返されて、変な悲鳴を上げる。

「痛ってぇなぁ。ナナっ!」
 やり場のない悔しさを地面へ拳を打ちつけることで発散する俺。

 玲子はそのナナに命じる。
「いい? あなたも体が軽いみたいだから、手足を使って避けなさい。いちいちまともに相手してたら傷だらけになるわ」

「どうやるんですかぁ?」
「よく見てなさい。相手の隙を狙うのよ!」

 体操競技に格闘技を混ぜたような動きは、俺だけでなくドロイドも戸惑いを隠せない様子。パワーレーザーの焦点が定まらず四苦八苦している。人間で言えばキョロつくとでも言うか、

 やっぱアンドロイドは玲子のほうだろ?
 いつかあいつの衣服を剥ぎ取って、体を念入りに調べてみる必要があるな。殺されるだろうけど。


『このアンドロイドは動体予測機能が不完全です』
 と声を落としてきた風船野郎を睨み上げた。
「フワフワ飛んで……。ご主人様が危機だと言うのに、お前どこ行ってた!」

『ユースケとは主従関係を結んだ覚えがありません』

「わぁおーう」
 綺麗に伸びた玲子の脚が、俺の目の前でドロイドの首を蹴り飛ばした。

 ヤツは瞬時に体勢を変えて、後方へ長い脚を突き上げる。
「そいやぁ!」
 ボディのど真ん中に猛烈な蹴りを喰らったドロイドが後ろに尻餅をついた。その頭を踏み潰し、世紀末オンナは数メートル先を逃げて行くドロイドの肢に飛びついた。

 ドーーン。

 片手でジュジュを高々と上げて、戦利品を掲げた海賊みたいなダルマ野郎は体勢を崩して前屈みに崩れた。反動で捕まえていた幼女を土の上に解放。
「今よ──っ!」と玲子が叫び、
「ジュジュ!」
 泣き叫ぶ女の子に飛びつく母親。その背後から二体のドロイドが両手を広げて襲いかかった際どい寸前。ナナの右足が宙を回転した。踵(かかと)が一体の首筋に直撃。肩から首が切り離され炎上。

「お母ちゃまはジュジュちゃんを連れて常にワタシの後ろに回ってくらさい」
 と告げつつ、ナナの片足は遅れて襲ってきた一体の顔面を蹴り倒し、体勢を変えて横に飛び。片手で地面を突き上げ、後ろから襲ってきたドロイドの腕をすり抜け、母子を狙って発射された複数のビームを片手と片足で弾き飛ばす、ってまるでアクロバットだ。

 俺は驚愕した。連続技で攻撃を捌き、最後はバック転をして自分の身と母親たちも守る俊敏な動き。もう玲子の動きを学習し終えたというのか?

「お。お前ら、すげえな」
 二人の玲子がそこにいた──そう見えたんだからしょうがない。

『管理者製のアンドロイドは動体予測機能が完璧ですから』

「訊いてもねえのに、こんな時に自慢すんなよ、タマ」
『自慢ではありません。事実を述べているにすぎません』

 ここでタマと言い争いをする時間は無い。やっぱ俺だって何かすべきなのだ。
「タマっ! 俺でも何かできないか? お前はアドバイザーなんだろ?」

『ドロイドの弱点は肩のレーザー照射エミッターです。取りつけ部分の剛性がありません』

「それが簡単にできるならとっくにやってらー。近づく前に撃ち抜かれちまうんだよ!」
 俺の情けない声に、玲子は「なに言ってんのよ」と憤慨し、

「よーく考えてみなさい。相手はあたしたちだけを狙ってんのよ。光ると同時に逃げたらいいだけじゃない」
「簡単に言ってくれるねぇ。俺にはできねえって」
「なら後ろで見てなさい」
 弱音を吐く俺を後ろに押しやり、玲子は黒い軍団に立ち向かい、さらに間合いを詰めた。

「さぁ。大まかなクセは把握したわ。ここからが本番よ!」

 思わずズッこける。
「ここまではリハーサルだったのかよ!」
「決まってんじゃん」
 こいつにはまだ余裕だというのか。平気の平左だ。

「さぁ今のうち、ジュジュちゃんをつれて逃げて」
 娘と抱き合い茫然としていた母親へ告げる玲子。

「で、でも……」
 まだ躊躇する母親を見て、
「あなたがこの二人を村まで無事に帰しなさい」
 玲子はナナに厳命し、ナナは挙手をして答える。

「了解しました」

 ってコマンダーは俺なのに玲子の命令を聞くとは、何か腑に落ちんぞ。

 そして玲子は決意みなぎる面持で俺へと言った。
「道を開けるわよ。裕輔!」
「へ、へいっ」
 って、俺は海賊の手下かい。

「あたしのリボンを探して」
「……へ?」
「屁じゃ無いワ。さっきそこらでりボンが解けて落ちたはずよ」

「お前の綺麗な顔から、まさか『屁』が出るとは。何だか知らないが、俺、感動してるぞ」
「バカ言ってないで早くしてよ!」

 玲子が視線を外すと一斉に襲って来る気配が濃厚なため、ヤツは軍団を睨み倒すしかない。というワケで俺は田んぼの真ん中に落ちていたリボンを拾ってくると玲子の手に渡した。

「こんなもんが何の役に立つんだよ?」

「これね、カーボンナノチューブ入りなの」
 俺に向けられた黒い瞳の奥で妖しげな光が揺らいでいた。

「それは聞いてる。だからなんだよ?」
 機械音痴、科学音痴のクセに口からそれに関する言葉を自信ありげに放つ時は、要注意だ。

「ちょっと離れててよ。今から使い方を教えてあげる」
「嫌な予感がするぜ」
 玲子はリボンの片方を手に巻きつけ残りを風に回した。

「みんな。ちょっと下がってて」

「お、おう……」
 玲子を盾にして俺とナナ、そしてジュジュをぎゅっと抱いた母親が数歩後ろに下がった。
  
  
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