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第四巻・反乱VR

 救世主はピンボケのタイラント

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「ほんで……キヨ子はん。アキラの捜索はどないなってまんねん?」
「難航しています」
「しかしである。捜索などせずにラブマシンを止めたらいいのではないのか?」
 我輩の意見がもっとも当たり前だと思うのだが。

「それができたら捜索などしません」
「そうよねぇ、キヨ子さん」
 この子に同意を求めるNAOMIさんの言葉は何であろうか?

「ちょっと待ってや。もしかしてあんたらもここに捕り込まれたクチでっか?」
 キヨ子はこともなげに答えた。
「現時点では、出ることも止めることもできません」
「え~~~~~。ほなどないすんねん」

「だから言ってるじゃない。アキラさんを探してるって」
「アキラを見つけたら? だから何だと言いたいのだ?」
 カウンターの中でピョコピョコするNAOMIさんに尋ねる。

「ラブマシンのハーレムクラスオブジェクトは、源ちゃんがアキラさんのために作ったシステムなのよ」
「ごっついもんを貰いよってんなー」

「それが何なのだ?」
「アキラさんがブレーカーとして働くよう設計されています」

「だから何だ?」
 我輩はこればっかである。

 しびれを切らしたのか、キヨ子どのは怖い顔をして、
「同じ質問ばかりするのではありません。あなたバカですか!」
「い、いやすまない。しかし、お二方(ふたかた)の会話が難解すぎて言葉が浮かばぬのだ」

「どのようなことが起きても、アキラさんがいればこの世界はその通りになるのです」
「ということは……」
 ピョーたん島の人形がピョンピョン飛び跳ねながらやって来ると、
「そ。たとえハーレムクラスオブジェクトが拒否をしようとしてもアキラさんの命令には絶対服従なのよ」

「うそだろっ!」
 我輩は息を飲んで、
「キングや王様や。いや皇帝やがな」
 ギアは目ん玉をひん剥いた。

「そうです。北野博士は孫にとても弱い方なのです。話せば長くなりますが。博士はこのシステムを作り上げた時、案に違わず女の園を作り、そこにどっぷり浸かるうち、コントロールを失い。危うく外に出られなくなったバカです」
 バカって……。
「幸い、NAOMIさんと私が気付いて停止させたのですが、懲りずに改良を重ね、孫のためにコツコツと仕上げたのです」

「スケベ道も極めたらそこまで行くんや。ごっつい人やで」
「ここは感心するところか?」

「そこで必ず同じ道を歩むであろう孫にだけは従順なシステムとして機能し、いつでも緊急脱出ができるようにしたのです」
「やっぱりなー。天才とアホは紙一重とはようゆうたもんや。考え方がごっつい歪んどるやないかいな。アキラが元の世界に帰りたくないと念じたらどうするつもりなんや?」

「キヨ子どのの言いたいことが解ったぞ。我輩、すごく嫌な予感がしてきた」
「お解りのようですね」
 キヨ子の目が鋭い光を帯びるのを見た。
「へたをすると独裁者の誕生なのだ」
「そうです。暴君となり得る可能性を秘めております」
「ま、まずいがな。タイラントトゥーヤングや!」

「そんなにびっくりすることないわよ」とはNAOMIさんだが、
「世界を思いのままにできるのであるぞ。ここのシステムは本物以上に本物な世界なのだ。そんなものを好き勝手にされたら……とんでもないことになる」

「心配ないわよ」
 再びNAOMIさんが言うと、棒付きの手が高々と掲げられ、
「ほら。何も変わってないじゃない。いつもどおりの桜園田の町でしょ。アキラさんはたぶん別の世界にいることに気付いてないわ」

「せや。あり得る。人間的にピンボケのアキラのことや。たぶん日常の土曜日やと思って、その辺で遊んどるんや」
「そうだな。ここが穏やかな町である限り、アキラがその能力に目覚めてない証拠だ」

「でもくやしいやないかい。ワテらは1回こっきりの能力やのにあいつだけは無限に持ってるんや」
「悠長なことを言ってる暇があるのなら、あなたたちも早く探し出しなさい。アキラさんが気付いて一人で元の世界に戻られたら、我々は永久にここから出られなくなります。さっさと見つけて説得せねばなりません」
 と言うとキヨ子どのは椅子から飛び降りてどこかへ行こうとした。

「ど、どこへ行くのであるか?」
「女性が席を立つのです。それぐらい察しなさい」
「あ、じゃあ、あたしもお付き合いするわ」
 NAOMIさんもその後をピョコピョコついて行く。唖然とする我輩に振り返ってこう言った。
「失礼なこと訊いたらだめよ。女子特有の行為、連れションよ」
「なっ……」
 それって男子の言葉ではないか。と言うより、すごいな、この世界。こんな肉体的自然現象までシミュレートするのである。

 そう言えば。我輩もさっきから感じる、この落ち着きの無さは……。
 ギアも同感らしく。
「ワテらも連れションに行かへんか?」
「そうかー。これが連れションかー。生まれて初めての行為だよな。ああ、感激なのだ」

 ん? そこの青年、変な顔するのではない。この世界は本物以上に本物をシミュレートするのだ。
 おしっこぐらい出るぞ。


 生まれて初めてカレー屋さんの男子トイレで並んで用を足す。電磁生命体にはあるまじき行為なのである。でもちょっとうれしい。同胞に出会ったら自慢できるな、なんて思う。
 
 ギアは隣でゴソゴソしていた。
「ステテコだとしにくいんだろ?」
「せや。意外とムズイで。ええな、オマはん。白衣を開いたら即、ホースが展開や」
「その代わり常にすーすーしてるんだぞ」

 ハズイ会話はさておいて……。
「このことがアキラに気付かれたらマズイぞ。何をするか分かったもんじゃない」
「それや。ゴア。ちょっと耳貸せ」
「この行為の最中はそっちへ近づけない。誰も聞いてないのだ。そこから話せよ」

 ギアは我輩へ小声で囁く。
「この世界の神となるアキラは相当にボケた奴や。横に付いて上手く操縦すれば、それがワテらの手中に入る。せやからキヨ子らより先にアキラを見つけて、こっちにつかせるんや」

「またよからぬことを考えておるな、オマエ」

「アホやな。元の世界に戻ってキヨ子はんに牛耳られて生きてゆくのと、この世界でアキラと共に快楽の道を行くのとどっちがええねん」
 ギアは意味ありげに自分の手足を伸ばし、そして我輩の下半身を顎でしゃくった。
「快楽っちゅうのは食欲を満たすだけやないんや。知っとるやろ?」

「うっ……え?」
「はれ? オマはん知らんの?」
「食欲以外にそんなものがあるのか?」

 こいつの手前、知らないとはとても言えないので、
「し、知っておるぞ、あ……あれだろ?」
「せや。あれや」
 電磁生命体の求める快楽とヒューマノイドのそれとでは全く異なるもので、なにしろタコヤキ一つ食べただけで、我輩は昇天しそうになったのである。下半身を指差すギアの真意はよく理解できないが、食欲以外の欲望がまだあるようだ。

 しばらく我輩を探るような目で見ていたギアは、
「知らんようやな……」
「し、知っとるぞ」
「まあええ。ワテら電磁生命体や。知らんでも恥ずかしいことやない。せやな、たとえ話をしようや」

「な、なんだ唐突に……」

「アニメの女子見てどう思う?」
「可愛い……かな。それだけだ」

「恭子ちゃんはどないや。現実の少女やで」
「ま、同じだな。可愛いし……まあ強いて言えば体の線とかキレイだと思う」

「電磁生命体ではなく、今、ヒューマノイド型になってからはどないや?」
「どないもこないも……」
 自然と湧き上がる情欲的な思考に戸惑う。

「正直に言うてみぃ」

「ま、まぁ、ちょっち触れてみたいと思うわな。なにしろアニメではない本物なのだ。だから……ちょと触れてみたい」
「その先は?」
「えっ? そ……それは言いにくい」
「そや。それが性欲ちゅう新たな欲望や。これは電磁生命体がヒューマノイドに対して絶対に抱かへん感情なんや」

「マジか……そこまでこのハーレムクラスオブジェクトは完ぺきにシミュレートするのであるか?」

「すごいやろ。北野博士は天才や。ワテらみたいな別種族にまでその道を開いてくれとんのや」
 大きく息を飲んだ。
「改めて我輩は感動したぞ」
「その世界を自由自在に操れるのが、この世でアキラだけやという事実や」
「か……神様の……いや。救世主様の登場なのか?」

「ただし、一歩間違えばアキラは暴走してこの世の終わりがやって来る」
「そ、それを正しい方向へ導くのが……」
「せや。ワテらや」
 喉がゴクリと鳴った。

 ギアの言いたいことが解った。キヨ子たちに見つかると、無理やりにでもこの世界を終了させてしまう。そうなったら我輩たちは元の電磁生命体にもどる。それが嫌では無いが、ここでは別種族になれた上にその世界を満喫することができるのである。こうなるとちょっとお得だよな。


 カウンター席に戻ると、キヨ子どのが伝票をピラピラさせていた。
「遅かったですわね。どこかに遁走して、ここの支払いを無かったことにしようと企んだのかと思いましたわよ」

「いや。ギアと一緒にアキラの出没しそうな場所を考えておったのだ」

「よく行くスーパーの喫茶室や。ゲームセンターとかはもう行って来たけどいなかったのよ。他にどこか知ってるの?」
「アキラに関してはNAOMIさんのほうが詳しいと思うのだ」
「そっかー。あとはどこかなぁ。TSUTAYOのアニメコーナーにもいなかったし、ブックオンのアニメの棚にもいないのよ」
 アニメばっかだな。勉強する気はあるのか?

「あと行くところと言ったら……」
 思案に暮れるNAOMIさんは、上手に腕を操られて考え込むポーズ。キヨ子は我輩の前に伝表を滑らし込んだ。
「支払いは頼みましたわよ。私たちは持ち合わせありませんからね」

 ギアへ視線を振るが、
「ワテは神急ソバで出したからな。次はオマはんの番や。とうぜんやろ!」
 たったの480円のクセに、750円も出す我輩よりもでかい態度で噛みつきやがって。

「ありがとうございましたぁ」
 プリンを食べ損ねた上に支払いは我輩である……。

 急激に虚しい風が吹き荒れた。
 我輩はしょぼくれながら、プリンしか出てこないカレー専門店を後にした。

「はぁ。やれやれ……。残り540円である」
 満腹感などどこ吹く風。腹の虫が三部合唱をしておった。
  
  
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