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第三巻・ワンダーランド オオサカ
大阪上空は晴天なり
しおりを挟むしかしなんだな――。
天気はいいし、いい香り満載だし、そして何よりこの心地良い柔軟な揺れはどうだ。アキラのあばら骨が織りなすガラクタな振動とは異なり、ふんわりと膨らんだ超柔軟材をマイクロコットンで包み込んだ、"ふわもこ" な感じに歩く振動が上手に盛り込まれて、いっそ快感であるぞ。
あ~。気持ちいい。このままどこまでも歩き続けて欲しいものだな。
「さっきから何を言っておるのだ、ゴア?」
「あわぁ――っと、申し訳ない。任務を忘れて、ちと妄想しておった。失敬。失敬。それより……この田んぼの横を行くと駅前に早く出るぞ」
爽やかな秋風に金髪をなびかせながら、クララは遠くを見遣る。
「このへんは都会と田舎が入り混じっておるな」
「まぁ。大都会から程よい距離にあって通勤しやすい街であるからな。それでもほんの少し前までは田んぼと畑しかなかったそうだ」
「宇宙でも稀有な存在の電磁生命体がこんな宇宙の果てでおとなしくしておるとは……」
クララは高い青空へ思いを馳せるように遠望。
「ワタシも人のことは言えぬな。泣く子も黙るキャザーンと言われておったのに、気付けばこんな田んぼの脇道を歩いておる」
心地よさそうに一息吸い。また吐く。
「はぁぁ。心地良いな。この緊張感の削げ落ちた日本。甘々の体制。異星人の侵略を受けたら数秒で制圧されるはずなのに。どの星の連中も見向きもしないのはなぜだ?」
「クララどのは知らないのであるな」
「何を?」
「銀河の中心部ではこの辺りを立ち入り禁止区域にしておるのだ」
「ほぉお。そうなのか。ま、知っておってもキャザーンは無視するだろうな」
「であろうな。ギアが呼び寄せなければ、あんたはまだ銀河を漫遊しておったはずだ」
「漫遊ではないぞ。NANAに言われて地球の捜索はしていたが、全く見当違いの方向へ飛んでおったからな。まああいつのおかげと言ってよいかも知れぬな」
感慨にふける刻(とき)が過ぎたのか、クララはしばらく沈黙していたが、
「誰が流したのか、デタラメなウワサが独り歩きして、地球の存在を隠していたのか」
「そうである。しかも観光産業では、宇宙でも稀にみる狂暴凶悪な人種が住む星としてガイドブックに書かれておる。我輩も旅行会社の連中から絶対に近づいてはいけない星、ナンバーワンだと、口をすっぱくして言われたぞ」
「ふっ…………。ふはははははははは」
唐突にクララが笑い出した。
「何かおかしなことを言ったかな?」
「ふはははは。ゴアよ。なにも間違ったことは言っておらん」
「…………?」
「宇宙でも稀にみる狂暴凶悪な人種が住む星。まさにそのままではないか」
「え?」
思わずクララの胸ポケットから上を見上げた。透き通った青空をバックに優美な面立ちが逆光を浴びて煌めいていた。
「この星。キャザーンが頂くぞ。ふははははは。おまえら宇宙に戻ることがあったら、噂通りの星だと告げて回れ。地球はキャザーンのものだ。何人たりとも近づく奴はぶちのめされる、とな。ぐわははははははは」
クララは豪快に笑うと遠くへ向かって手を掲げた。
「ドルベッティ! ここだ!」
「…………さすが女王様。迫力が半端ないのだ」
午後12時半。駅前にあるパチンコ屋。
ただでさえハデハデ電飾が施されたパチンコ屋である。しかしそれが色あせるほどに、店舗前が華やいでいた。
金髪ロングヘアー、紺色のミニタイトとホワイトブラウスのモデルみたいなクララと、背は幾分低いが、一流のスタイリストが飾りあげたファッションで包んだダイナミックなボディ。深い緑色で髪先が明るい松葉色のショートヘアの少女とが向き合った光景。何かのイベントでも始まるのかと、そろそろ野次馬が集まりつつあった。
少女はクララを見つけると、深碧(しんぺき)に光る濡れた瞳を煌かせて、びしっと挙手をする。
「アヴィリル・ドルベッティ。ヒトニサンマル出動完了であります」
切れ味のいい振る舞いで揺すぶられたサラサラの緑のヘアがたゆみ、クララは満足げに腰に両手を当てて立派な胸を反らした。
「うむ。ご苦労。楽にしていいぞ」
少女の髪の毛が染められた緑でないことを知っておるのは、クララと我輩だけであろうな。
「今日もヨシザワさんが入ってるのか?」
「衣装の打ち合わせに来てて、今からクララお姉さまと会うと言ったら、この格好に仕立てあげてくれたんだ」
外野の視線が二人のあいだを行き来するが、二人は完全無視。
「可愛い! 似合ってるぞ~」
と言う男の声に、ドルベッティは野次馬の前でくるっと回ってヒラヒラのドレスの裾を膨らまして見せた。専属のスタイリストが選んだ衣装である。民衆の鼻の下が伸びたのは当然なのだ。
「いいか。本日の作戦を言い伝える」
ドルベッティの目の色があきらかに変わった。相手を鋭く射竦める眼光は戦闘モードに入った証し。
「これから尾山遊覧飛行サービスへ向かい、軽飛行機を一機奪う。その操縦をオマエがするのだ」
「っしゃぁ!」
ドルベッティは元気に握り拳を作り、クララはニタリと不敵な笑みを浮かべた。
「どこへ向かうんだい、お姉さま?」
「なにイオン嵐の中を飛べと言うのではない。見ろ……」
空を仰ぐクララ。つられて見上げる集まった群衆が数十人。
「タイミングを見計らって、ある施設に空から侵入する。そこでお尋ね者を見つけて……」
「殺せばいいんだな」
「ちが―――う」
思わず我輩は大声を出してしまい、野次馬が驚いて半歩下がった。
クララの胸ポケットに入った我輩に気付いたドルベッティは、答えを導き出して行く。
「電磁生命体……ということは…………ジュノン・アカディアンか」
「ああ。お前とキャロが随行する任務の打ち合わせをメルデュウスが聞いていたらしく。同じルートを遊び回っておる。しかも、お前の私服を着て、そこに入っていたソニックシェーバーをかざしたもんだから大騒ぎだ。地球人はもろいな」
それを聞いてもドルベッティは眉一つ動かさない。
「お姉さまの言うある施設って………UFJだな」とつぶやき、少しトーンを落して続ける。
「マズイな。あそこは別世界なんだぜ」
人だかりが注ぐ熱い視線が、ドルベッティからクララに移動。
「ああ。知っておる……」
言葉を溜めたクララ。外野の視線は返事を待って釘付けに。
「我々の任務は……」
ずさっと艶めかしいボディを旋回して野次馬と対面。群衆もその妖艶な空気に深く巻き込まれて息を飲む。
「……空から施設に潜入し、メルデュウスを誘い出して人気のないところで捕獲するのだ」
「おおおおぉ」
とざわめくのは外野。
「了解した。アタイにまかせとけば成功間違いなしだ!」
「ドル……」
「ん?」
「たった今より、第二種対地球人態勢だ!」
クララの切れ長の目がギンと光り、ドルベッティがしゃんと背筋を伸ばすと、踵(かかと)をそろえて空に向かって唱えた。
「地球の男どもを翻弄し、ケツの毛まで毟(むし)り取る、第二種、対地球人態勢に切り替えまぁーす!」
戦闘女神にも似た厳つい眼光を瞬間にキラキラアイドル路線に切り換えたドルベッティは、顔から不敵な笑みを消し去り、天使のスマイルとも呼ばれるKTN笑顔に表情を一変させる。それが迫真の演技に見えたのだろう。野次馬から拍手が巻き起こった。
「おおおおぉ。ええぞ、ねーちゃんら。ごっつい迫力やんけ」
「どこの演芸場行けば続きが見れるんや?」
大衆演芸の出張コマーシャルと間違われておるぞ。
クララは笑顔を振りまき、
「心斎乃橋にあるKTN48劇場だ。公演は明日の朝10時から。みんな見に来てくれ」
「うぉぉーい。行くぜ」
「よーし。サービス券だ。これを持参すると半額になるぞ」
「やったー。絶対行く~」
「こっちにもサービス券をくれぇ」
「はいどうぞ。はい。見に来てね」
腰を折りながらサービス券を配るドルベッティ。
こ……こいつら……。
我輩は確信した。やはり芸能界を利用して地球を侵略する気満々なのである。危うし、太陽系第三惑星。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
JR大阪駅から電車で十数分。ホームに下り立った一行は、UFJへ向かう人々とは少し異なる方向へタクシーを走らせた。
そしてさらに十数分後、不気味な魔王が潜む魔城にもにた建物の脇を通過中だった。そうここが舞嶋北港埋立地である。
ドルベッティは魂を抜き取られたみたいにそいつを凝視しており、クララもつい漏らす。
「何度見ても不気味だな。まるで惑星リュージュに潜むザグロン族の城のようだ」
とそこへ、
「お客さん。スペースヲォーズのファンでっか?」
声を掛けて来たのはタクシーの運ちゃんであった。
たぶんSFに関してはそれほどの知識は無いのであろう。今クララが漏らしたザグロン族と言うのは、母星である惑星リュージュに隣接するアラビルスと呼ばれる星に住む穏和な種族を、何百年ものあいだ奴隷として支配していた悪魔のような連中のことであり、『スペースヲォーズ』にも『スペーストレック』にも出てこないのだが、運ちゃんは平然と話に参加している。さすがギアの愛する街、大阪であるな。
追加情報として――。
奴隷解放を法外な報酬と引き換えに敢行したのは、言わずもがなキャザーンである。
「法外と言うな。要求どおりザグロンを叩きのめし、そのうえ、二度と宇宙に進出できなくするというオプションは無料にしてやったのだ。あれは大サービスだったな」
運ちゃんは話を聞いていない。
「せやけど、お客さん。あれは魔城とちゃいまっせ。ゴミ焼却施設なんや。スゴおますやろ。地方からクルマでUFJへ遊びに来た人の大半の人が勘違いして、駐車場探してうろついてまんのや」
なんだかギアと会話をいているようだが、それは仕方がない。とかいうより、いかにあいつがこの土地に溶け込んでいるかと言えるな。
気を許した我輩はつい声を出してしまった。
「あ。ほんとだ。大阪市環境局と看板が出ておる……でもこりゃどう見ても、UFJの別ゲートとしか見えない。なんか大阪怖いぞ」
「せやろなぁ。お客さん。たいがいの人がこの道を通ると絶句しまっせ」
運ちゃんは我輩が漏らした声をクララのモノと履き違えたようで、何事もなく説明を終えておった。
声音が全然違うのに……たぶん。ここを通る客の大半が同じ感想を述べるので、機械的に応えておるんだろう。
「へ。着きましたで。尾山遊覧飛行サービスさんですワ」
広大な敷地が伸びる光景はまさにちょっとした空港である。そこの駐車場へタクシーは滑り込み、大きな駐機場の脇にある事務所の前へとクルマを止めた。
「へぇ。おおきに。お釣りと領収書。ほんで、これはこのクルマの携帯番号……」
「なぜに、電話番号など?」
首を捻るクララ。
「帰りのタクシーにお困りやったら……でんがな。こんな広い埋め立て地でっせ。そう簡単にタクシーは止められまへんで。またご用命がありましたら電話掛けてくれまっか。十秒で飛んできまっせ」
さすが大阪のタクシーである。商売がスマートだな。
いやしかしあれだな――。
クララの美貌爆弾の威力は大したもんで、我々が事務所に入るまでも無く、気さくな感じの背の高い男性が飛び出して、待ちわびたとでも言いたそうに駆け寄って来た。
「やー、クララさん。光栄ですな、ヲガワです」
長い腕をクララに差し出し、クララも飛びつき握手する。
「オガワさん。お久しぶり」
「また会えてうれしいです。ヲガワです」
「オガワさんではないのか?」
「いろいろ大人の事情がありまして……たった今からヲガワと呼んでください」
オもヲも大差ないが、それならそういう事で。
「今日は無理を言ってすまないな」
「とんでもない。KTNプロモーションの社長さん直々のお願いですよ、断る人間がいるはずがないでしょう」
そのとおり。いずれ侵略が完了した暁には、断ったが最後、首がふっ飛ぶことになる。
「事務的な手続きはしなくてもよいのか?」
「全然オッケー。経費の面もカミタニさんのお支払となりゃ。問題まったくなしですよ」
知らぬからな……。
「ほおぅ。このお嬢さんが軽飛行機の操縦経験のあるアイドルさんですね。はぁ~さすが芸能人。何かオーラが出てますなー」
それは別のオーラだ。翻弄されるなよ。
「アタイ……あ、いや。ワタシ、うれしくって昨日眠れなかったんですよー。飛行機大好きなんです」
とくに戦闘機な。
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大人の事情で、急きょオガワからヲガワになった尾山遊覧飛行サービスの社長さんは、となりの駐機場へクララとドルベッティを案内した。
「うわー。すごいですねー、ヲガワさん。ヘリコプターもたくさんあるんだぁ」
なんだか尻がモゾモゾする口調だな。尻は無いけどな……。
「遊覧飛行ならヘリのほうが自由に飛べて、意外と機敏だし、こっちのほうが良いかと……」と促すヲガワさんには聞こえない声で、何かを告げるドルベッティ。
「ヘリは機動性が抜群だけど、動きがタルイぜ。やっぱり速度の点で固定翼のほうが好きだ」
クララはひとうなずきし、
「ヲガワさん。軽飛行機でもドルベッティが操縦するとヘリより機敏な動きをするらしいぞ」
「わ――はっはっはっはー」
ヲガワさんは豪快に笑い飛ばし、
「さすが。KTNのアイドルさんだ。ムチャクチャなことを言うのに可愛いねぇ。じゃあ予定通りセスナ172にしようね」
ドルベッティのことだ。たぶん事実を述べたまでだと思うが――。
「あれが大阪湾だよ」
「え? へ~。すっご~い。お船があんなにちっさ~い」
ヲガワさんが左の機長席に座り、右側はドルベッティである。
「あ~~。UFJだわ。ヲガワさん。あれがそうですよねぇ?」
「そうだね~。このあいだのプロモーションビデオでもこの上を飛んだよね」
「ワタシは下で踊っていたので、上空から見るのは初めてなんです」
窓にしがみついたドルベッティは、濡らしたガラス玉のような瞳で地上を見下ろして感嘆の声を上げる――というクソ演技を続け、クララは後部座席で退屈気味。込み上げるアクビを上手く隠していた。
「じゃあ。このまま直進しま~す」とヲガワさん。
「え~~。どこ行くんですかぁ~」
おいおい。もうその口調はよさないか?
かなりきしょいぞドルベッティ。
「もう見えるでしょ。あれが、あべのハルルカスだよ」
「すっご~い。はや~い。機長さん、えら~い」
速いとエライって意味不明なのだ。
したって――、
操縦桿を握るヲガワさんの腕にしな垂れつくドルベッティ。ちょっとはしゃぎ過ぎではないのか。
寝た真似をしていたクララどのは、薄く片目を開けてから鼻を鳴らす。
「忠実に対地球人戦闘態勢を維持しておる。あれでよい」
と言って、再びタヌキ寝入りに入った。
「ここで左旋回だぁ。ほ~ら、大阪之城が見えてきた」
「ほんとだぁ。いま秒速何キロですか?」
「え? 秒速では言わないなぁ。航空機の場合はノットだな。えっとね。今、だいたい110ノットだから……時速203キロメートルかな」
「けっ! タルイな」
「え?」
今のはノイズですよ、ヲガワさん。
クララはあくびを噛み殺しつつ、
「さて。ヲガワさん。ちょっとドルベッティに操縦桿を触らせてやってはくれまいか?」
「まだ免許証を見せてもらってないんだけど……」
後部座席のクララに首を捻るヲガワさん。
「ねぇ……?」
クララは腕を組んで下から豊満な胸の膨らみを持ち上げていた手を解き、ワザとらしく襟元を広げた。
「なんだか暑いの。窓開けられないかしら?」
「あ……開けられるよ」
小さな窓を開けてクララはわざとらしく胸元に風を送る。これが対地球人戦闘態勢か? 対男性ではないか。
「ま、教官免許もある僕が乗ってるから。ちょっとだけならいいことにしようっか」
「ありがとうございますぅ。うれしいぃぃ」
執拗に機長の腕をタッチをしていた手を放し、黄色い声ではしゃぎ倒すドルベッティ。
「はい。そっちの操縦桿持って」
機長のヲガワさんが顎で示すとおりに、最初はたどたどしい演技で操縦桿を握る、ドルベッティ。
「ゆっくりね。右に旋回してみようか」
「こうですかぁ?」
「そうそう。お――素質あるねぇ。うまいうまい。ちゃんとできるじゃない」
当たり前だ。連邦軍のパイロットが舌を巻く腕前であるぞ。
「高度少し上げてぇ……」
「こんな感じですか?」
「おお。もう立派なもんだ。明日からうちで働かない? アイドルの専属パイロットって売れるんじゃない。クララさん」
鼻の下を伸ばして後ろに振り返るヲガワさんへ、クララはにんまり。
「それがカミタニさんの戦略なんだ」
「そっか。考えることは皆同じかぁ」
「それにしても……」
クララどのは右手をシュッと伸ばし、腕の内側に付けたレディース用の小さな腕時計を滑り出し、
「おそいな。キヨ子は……」
「え? どうしたの」とはオガワさん。
「あ、いや。知り合いの女の子が地上から手を振ると言っておってな……。ドルベッティの雄姿を見せてやりたいのだ」
「なるほど。どのへんだい?」
「舞嶋の悪魔城近くに来ると言っておった」
「へぇ。可愛いね。で、何歳ぐらいの子?」
「小学校一年生なので6才だな」
「一番可愛い時だよね」と言うのはオガワさんだけで、この作戦を裏で仕切っておるのがその子だとは思うまい。
その時、我輩のスマホがブルルルと震えた。アキラの胸ポケットではあり得ない気持ちいのいい揺れ返しを感じながら、
「キヨ子どのから準備完了の合図であるぞ」
我輩の小声は軽飛行機のエンジン音に消されて、クララの耳にしか入らない。すぐにドルベッティの真後ろから耳打ちをする。
「いいぞ。ドル。作戦開始だ……」
うなずき返したドルベッティが、粘りつくような猫なで声を出した。
「オガワさぁ~ん♪ 今度は高度を下げつつ右旋回してもいいですかぁ? もうちょっと海に浮かぶお船に近づいてみたいのぉ」
「いいけど……」
オガワさんは鼻の下を伸ばしてニコニコ顔。
「キミ、免許持ってんなら解るでしょ。旋回と降下を連続させる動きは難しいからね。そっとだよ。急激な操縦は禁止だからね」
「あ。はぁ~~い」
緑色のつぶらな瞳が切れ長に尖り、にたりと笑(え)んだドルベッティが取った行動とは――。
「見てな機長! これが本気の急降下だぜ!」
荒っぽい口調と、あり得ない角度に回し切った操縦桿。
「んがっ!」
「どわぁ――――――っ!」
長く叫んだのは我輩で、オガワさんなど最初の重力変化で窓の角で頭を打ちつけていた。クララはもちろん平然としている。
「反応がおせえなー。軽飛行機は、よー」
ドルベッティは嘲笑し、ぞんざいに言い捨てる。
「けっ! アビオニクス(航空機用の電子機器)がオモチャみたいだぜ」
「うぐぐぐ」
ヲガワさんが意識を戻しそうであった。
「けっこうタフなオッサンだな。なら、これでどうだ!」
ドルベッティは躊躇なく、機体をさらに下降させ、地面スレスレに迫った後、急峻な上向き角度に切り換えた。
「この方法が最も浮力を得られるんだぜ」
彼女は平気の平左。それどころか。
「みてな!」
そのまま機体を垂直に立ててエンジン全開。
「き、キミ。そんなことやると機体が持たない……」
意識を戻したヲガワさんが、息も絶え絶えで腕を伸ばそうとするが、猛烈な下向きの加速度で、座席にべたんと張り付いた。
我輩が入るスマホの加速度センサーが振り切っておるところをみると、凄絶な重力が圧し掛かっているのは瞭然である。
「ど、ドルベッティくん……大丈夫であるか」
恐々尋ねる我輩。少女は泡を吹くオガワさんを横目ちらりと見て笑う。
「こんなGに耐えられないって。こいつ本当にパイロットなのかい?」
「まぁ地球ではこんなものだろうな」クララもけろりんこ。
グングン上がっていく飛行機。そろそろ地球が丸く見えてもいい高度。
「いくぜ!」
一気にエンジン停止。
突如として、重力が消え失せた。
クララの長い金髪がふんわり舞い上がり、なんともゆったりした感じがした次の刹那。
「ぐわは―――――――――――――っ!」
尾翼を下にして真っ直ぐ落下を始めた。遊園地のフリーフォールの安全装置無し版である。
マイナスGは地球人にはきついのであろう。オガワさんはついに白目を剥いてダウン。
それを見て、鼻を鳴らすドルベッティ。
「へっ。これから面白くなるっていうのにな」
フリー降下を始めた飛行機は垂直に立っていた姿勢を徐々に下向きに変えたものの、依然として墜落姿勢を維持。
ドルベッティは機長席のヲガワさんを蹴り倒し、
「お姉さま。こいつジャマだ。後ろの席に放り込んでくれ」
「よし。まかせろ」
クララはヲガワさんの首っ玉と腰のベルトを掴んで、後部座席の足下に引っ張り込むと、ドルベッティが機長席に移動する間、後ろから体を乗り出して操縦桿を握り、落下する機体を立て直した。
「クララどのも操縦できるのか?」
「当たり前だ。ドルほどではないが戦闘機ぐらいは操れる。侮るな! 我々はキャザーンだ!」
ついでに計器類を探り、
「この機には戦術データリンクも無いのか!」
無い無い。遊覧用の軽飛行機であるぞ。戦闘機ではない。
「ドルっ! トランスポンダを切れ!」
「あいよー」
「トランス? それ、なんであるか?」
「どこの星でも管制系統は小うるさいかならな。自由に飛ぶにはこれを切るしかない。これでしばらく空港管制からこの機が消える」
「…………………………」
我輩はいま確信した。こいつらマジで慣れておる。連邦軍を蹴散らした話はガセネタではない。
唖然とする我輩をポケットに入れたまま、クララは苦しい体勢で後部座席から操縦桿を握り、さらに自分の足下を顎で示しドルベッティに尋ねる。
「スタンキーは持って来たか?」
「抜かりはねえ!」
それは我輩の驚き度を上昇させる物だった。用意周到にもほどがある。
強張る我輩の前でドルベッティがポケットから取り出した小型のスプレー缶にみたいな物。それをヲガワさんの鼻先でシュッとひと吹きさせた。
「な、なんだ。物騒な物ではないだろうな」
慄(おのの)く我輩にドルベッティは言う。
「安心しな。ただの頭痛薬だ。数時間分の記憶が飛ぶだけのな」
そんな頭痛薬は地球には、無ぁ―――い!
しかも薬事監視員が絶対に首を縦に振りそうもない効能だ。
「邪魔者は寝たし。次の行動に移すぜ、お姉さま!」
ドルベッティは後部座席から、ぴょんと機長席に飛び移り、
「よかろう。ビラまき作戦開始だ。キヨ子のいる場所に降りてチラシを積み込んでからUFJへ向かう」
クララも補助操縦席に乗り込んだ。
「ヲガワさんはどうするのだ?」
「着陸した先の草っ原にでも転がしておいて、帰りに拾って帰る」
手荷物扱いなのか……。
すまないな、ヲガワさん。これも地球の平和のためだ。許してくれ、なのだ……。
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海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間1位、月間2位、四半期/年間3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
やる気が出る3つの DADA
Jack Seisex
SF
強欲カルロス三田&オメガの野望を挫くために立ち上がったフェイスルックだったが、行く手に立ち塞がる山本と鈴木の魔手。手に汗握る熱血 DADAコラージュ小説。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『特殊な部隊』の初陣
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
地球人が初めて出会った地球外生命体『リャオ』の住む惑星遼州。
理系脳の多趣味で気弱な『リャオ』の若者、神前(しんぜん)誠(まこと)がどう考えても罠としか思えない経緯を経て機動兵器『シュツルム・パンツァー』のパイロットに任命された。
彼は『もんじゃ焼き製造マシン』のあだ名で呼ばれるほどの乗り物酔いをしやすい体質でそもそもパイロット向きではなかった。
そんな彼がようやく配属されたのは遼州同盟司法局実働部隊と呼ばれる武装警察風味の『特殊な部隊』だった。
そこに案内するのはどう見ても八歳女児にしか見えない敗戦国のエースパイロット、クバルカ・ラン中佐だった。
さらに部隊長は誠を嵌(は)めた『駄目人間』の見た目は二十代、中身は四十代の女好きの中年男、嵯峨惟基の駄目っぷりに絶望する誠。しかも、そこにこれまで配属になった五人の先輩はすべて一週間で尻尾を撒いて逃げ帰ったという。
司法局実動部隊にはパイロットとして銃を愛するサイボーグ西園寺かなめ、無表情な戦闘用人造人間カウラ・ベルガーの二人が居た。運用艦のブリッジクルーは全員女性の戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』で構成され、彼女達を率いるのは長身で糸目の多趣味なアメリア・クラウゼだった。そして技術担当の気のいいヤンキー島田正人に医務室にはぽわぽわな詩を愛する看護師神前ひよこ等の個性的な面々で構成されていた。
その個性的な面々に戸惑う誠だが妙になじんでくる先輩達に次第に心を開いていく。
そんな個性的な『特殊な部隊』の前には『力あるものの支配する世界』を実現しようとする『廃帝ハド』、自国民の平和のみを志向し文明の進化を押しとどめている謎の存在『ビックブラザー』、そして貴族主義者を扇動し宇宙秩序の再編成をもくろむネオナチが立ちはだかった。
そんな戦いの中、誠に眠っていた『力』が世界を変える存在となる。
その宿命に誠は耐えられるか?
SFお仕事ギャグロマン小説。
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