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第三巻・ワンダーランド オオサカ

 北野家のいちばん長い日・眠らない街、大阪(中編)

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 話を戻そう――。

「焼肉屋さんの前にいたわ……」
 パラパラと切り替わった映像の右端に、焼肉屋の看板が映り、店の入り口から中を窺う少女の姿。キャップ帽を深めに被ったミニスカで濃紺のオーバーニーソ。間違いなくメルデュウスであった。

「この看板は有名なチェーン店だよ……。店の中を覗いてるけど……お腹すいてんのかな?」

「パルルがひもじいはずは無い。イレッサはキヨ子に教えられた鰹節ぶっ掛けご飯をドンブリに三杯食べておる」
「それなら満腹のはずなのに、さっきから肉系の店の前にばかり現れるって。何か理由あるのかな?」
「わからぬ……それよりワタシが行って捕まえてくるとする。いったいここはどこの店だ?」

「えーっと。勤鉄大阪線鶴の端駅の近くにある商店街だから、ここからバスと電車で一時間半ね」
「その頃には逃げておるわ!」
 力強く振り返って突っ込むクララ。なかなかどうして、宇宙人のクセして突っ込みが上手くなっておるのだ。

「あ――。だれか男の人が近づいてきた」
 画面を指差すアキラ。背後から近づいたのは二人組みの……正直言って人相のあまりよくない、つまりお馴染みのヤバ系の人種である。

「ヤバイな………」
「だわね。相手は強そうな男だものね」
「違う。心配しているのは男たちのほうだ」
「あー。視界から消えたよ」
「早く探せ、どこかの路地に連れ込まれたぞ」

「ちょっと待って。カメラが無いところに入ったのか。周辺に見当たらないわ」
 次々と商店街内の画面に切り替わるが、どこにもそれらしいものが映っていない。

「あー。ギリギリ顔認証スキャンに反応があるわ」
 薄暗い路地を視野の隅に映した監視カメラの映像に切り替わった。

 先ほどとは逆方向になるが、角に映る焼肉屋さんの看板は同じもの。その脇に立てられた一方通行の標識の真横。どこの道にでもあるカーブミラーに人影が動いている。その部分をずいーっとアップするNAMOMIさん。

「う~ん。カメラの解像度が悪いわ。一度静止画にしてシャープ処理を通すと鮮明になるから、ちょっと待って」
 路地を避けるように行きかう人々の動きが停止。静止画に固定したようであるが、そのミラーに映り込んだ光景は黒っぽい物しか見えない状態だ。

「こんな荒れた画像を鮮明にするだと?」
「ミラーの反射率、湾曲率、輝度と湿度と温度などから逆算するとね、可能なのよ」
「マジでそんなことができるのか、オマエは……」
 クララが嘆息めいた声を上げる画像の上部から、とんでもなく鮮明に処理されたカーブミラー部分を拡大にした映像がゆっくりとだが展開してきた。

 元画像の端に立つミラーだけでもぼやけたモノなのに、そこに映り込んだ映像の拡大画だ。不鮮明きわまりないモノが、目が覚めるようなシャープな画像となって上から順に切り替わって行く。

 眺めていた者が一斉に息を飲んだ。
「こ、これって」
 鮮明な画像に驚いたのではない。

 はっきりと映し出されたメルデュウスの姿。まっすぐに伸びた上半身が妙な角度で下方向に傾いており、どういう姿勢だろうか、と最初は首をかしげていたのだが、スキャンアウトされていく画像が次々と伸びるほどに全貌がハッキリとしていき、
「クリーンヒットでんがな……」
 男の顎下に、斜めに蹴り上げたメルデュウスの踵(かかと)が直撃しており、片足を軸に、頭から蹴り先までがぴんと綺麗に伸びていた。
 つまりカタカナの『イ』の字を描いたと言えばわかるであろう。それを驚愕の眼差しで見開いた目で固まるもう一人の男。

「やばいな」と、再び漏らしたのは、やはりクララ。
「この蹴りはドルベッティ得意の技だ。このあと蹴り上げた足を地面に下ろすな否やそれを軸にし、反対の足で回転蹴りが炸裂するのだが、切り返しの早さは娘子軍の中で最も優れている。避けられる奴はまずいない」

 それをこの子はマスターしておると?

 次に出された映像は、今の説明を裏付けるモノとなった。
 最初の男の顎を強打した足は地面についており、代わりに突き出された残りの足の先が空間を切り裂いていた。相手の男がとても窮屈そうな角度で反り返っているところを見ると、回し蹴りがヒットした直後のようだ。

「ほんまマズイでんな。ドルベッティはんの蹴り技を完璧にコピーしてまっせ」

「宇宙船では……」
 クララは言いにくそうに、
「ドルベッティはメルデュウスの前で蹴り技の練習をしておったのでな。見て覚えたのだ。何しろ運動神経はネコだ。計り知れないと言っても過言ではない」

 ネコなんだから、ミケみたいにキヨ子に振り回されてお遊戯の相手でもしてりゃいいものを……。ま、あんなことをするから、ミケはキヨ子の大切な金魚に手を出すんだろうけどな。

 三枚目の静止画には。すでにメルデュウスの姿は無く、画像は地面の上に二人の男がぶっ倒れた状態で終結していた。皆が避けて通る裏路地である。救助の手は入るのだろうか。

「女子を甘く見るからよ。いい気味だわ」
 あなたはイヌですから……。




「いったい全体。メルディウスはどこへ行く気なのだ? 想定できないと先回りできぬな」
 焦燥めいた言葉を吐いたのはもちろんクララであり、
「これが現時点での出没地点よ」
 慰めるかのような優しげな声はNAOMIさんである。

「大阪のほぼ中心部を歩いてるのは解るんだけどね」
 そろそろ眠そうな声に切り替わって来たのはもちろんアキラ。その前に設置してあるディスプレイに映し出されていた監視カメラの映像が大阪市内の地図に切り替わり、その中心辺りに赤い点が点滅している。

「まだデータ不足だな。これではただのランダムな点に過ぎん」
 クララはキャザーンのクイーンに戻った気でいるのか、尊大な態度で地図を睨みつけ、腕を組んでいる。

「NAOMIはん?」
 と尋ねるのはギアだ。なにやら策があるのか?
「空から行ったら、あの場所まで何分ぐらいで行けまっか?」
「どいうことだ?」と訊くクララに、
「へぇ。ドローンで飛んで行ったろか思ってまんねん」

「ドローンって、あの空撮で使うやつか。KTNのPVでもよく使っておるぞ」
「基本的なボディはどこの会社のを使ってるの?」
「ワテはよう知らんけど、DJJ社ちゅうてましたデ」
「なら時速50キロ以上は出るわね。だったら直線コースで15分ってとこかな……」

 何でも詳しい人……あ、イヌであるな。

「どこにあるのだ?」
「いま準備中やねんけどな。なぁゴア、恭子ちゃんに連絡してドローンはどうなったか聞いてくれまへんか」
「かまわんが……」

「なんでゴアが恭子ちゃんの電話番号知ってんのさ」
 アキラは不服そうだ。

 いまだに恭子ちゃんから電話番号を聞きだせないでいるアキラであるから、さぞかし悔しいだろう。
「別に……我輩は教えてくれとは頼んでおらんぞ」
「なんかさ。差を感じるんだよな」

 ちょっと憮然とするアキラに、クララは叱咤色の濃い言葉を掛ける。
「おい、そこでいがみ合うな、恭子も重要性を考慮してのことであろう。アキラも小さなことで腹を立てるな」
 さすが160名の娘子軍を率いるリーダーであるな。

「とにかく今はメルディウスを見つけることに専念しよう。ゴアよ連絡してみるがよかろう」
 カワイコちゃん捜索隊の隊長然とするクララに従うことにして、さっそく電話を掛けた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「困ったな。何とか先回りする方法が無いものか……」
 長い時間、腕を組み、地図の赤点に睨みを利かせたクララが我輩の前で固まっていた。

 先に詳細を述べておこう。
 電話をした我輩に恭子ちゃんはこう答えたのだ。

『ごめんなさい。ジャイロの制御部分がまだ実装されていないの。今からがんばるけど、ギアさんにセッティングできるのは明日の午前中が精一杯だわ』

 ――であった。



「こうも発見場所が点在していては、予想も立てられないわね」
「天神ノ橋筋商店街から鶴の端までを転々と……だいたい、中心から5キロ圏内でっか……」
「ワタシとアキラ二人で現場に向かったところで大した成果は得られぬし……せめて次の出現場所の特定ができぬかな」

「ねえ。発見ポイントの近くに必ずお肉屋さんが無い?」とNAOMIさん。
「そう言われればそうかもしれへんけど鶴の端ちゅうたら焼肉の街やで。石を投げたら必ず焼肉屋に当たりまっせ」
「臭いに釣られてるんじゃない?」
 それは酔っ払いであろう?

「とにかく、これまでのデータを分析して予想を立てみるわ」
 しばらく目を閉じて黙り込んでいたNAOMIさんが動いた。

「大阪は食べ物屋さんが多いから難しいわ……」
 128Qビット量子コンピューターが予想した次なるポイント近くの映像に切り替わる。
「ここはどこであるか?」
 そろそろ夜もふけたと言ってもいい時刻なのだが、人々でごった返した光景が我輩たちの前に映し出された。

 我輩は大阪の町に疎い。監視カメラの映像だけでは特定できないのだ。

「あたしの分析では鶴の端から西へ行くと予想してみたのよ」
 NAOMIさんのことだから直感ではないとは思うが。

「西へ行くとどこに出るのだ?」
 尋ねるクララに、案の定、ギアが自慢げに言う。
「食い倒れでんがな」
「食中毒か!?」
 目を剥いて驚くクララにギアは呆れる。
「アホな……。あのな、大阪は食い倒れの街って言われてまんねん。美味しい食べ物が目白押しや」

 お前、大阪の親善大使になれ。結構活躍できるぞ。

「今度、カミタニさんに紹介してやろうか?」と言うクララに、
「遠慮しときますワ。バレたら見世物小屋行でっせ」
 いやー。今の日本なら得体のしれんゆるキャラが闊歩しているので、バレるとは思えん。
「なら、ギア。『おっきいオッチャン』でいけ」
「真似はあかんて……」

 そろそろ眠くなってきたかも知れぬが、まだまだ続くのだ。
  
  
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