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第一巻・我輩がゴアである

 ヨドノバシカメラは大騒ぎ

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 疾走する電車は数駅に止まり、そのつど乗客を吸収し、満席状態で終点埋田駅に到着すると両扉を一斉に開(ひら)いた。

 どっと流れ出す人ごみに押されて、アキラとキヨ子はホームを改札へと歩き出す。
「うほぉぉ」
 桜園田駅とは人の数が異なっておる。なんだこの人ごみは……。地球外生物が少々混じっていても誰も気づかんだろうな。実際我輩がここにおるしな。

「すごぉぉい。イケメンがいっぱいよぉ。あっ、あの男の子可愛い」
 マイボにいたっては、リュックから半身を乗り出してアキラの頭越しにキョロキョロするが、やはり誰も気付いていない。この調子だと、ゾンビが数匹うろついていおっても気づく奴はいないな。

「あ、あたしのタイプめっけ。アキラさんもっと近寄ってよ」
「嫌だよー。ちょっとお前ノリ過ぎだって」

「チャラ系の男子なんぞに興味を示すのでありません、NAOMIさん」

 人ごみに流されてはまずいということで、インターフェースが起動されたキヨ子は、早速く厳しい目でマイボを見上げるが、
「だってさ。こんな大勢の男子を見るの初めてだもん。いいなぁ……都会って憧れるわ。ほんと家の近所は子供か年寄りしかいないのよ」

「どっかの田舎から出てきたみたいな会話やめてよ、恥ずかしいからさ」

 無理やりマイボの頭をリュックに押し込みながらアキラは眉根を寄せ、キヨ子は青年の手を握る力を強める。
「さぁ、ヨドノバシカメラはこちらです。アキラさん手を放さないでくださいね。迷ったら後がたいへんですから」

 地下街を流れる人ごみに上手く乗り、キヨ子はアキラを誘導して進んで行く。
「ほら、人の流れに乗るのです。モタモタしてると後ろから蹴り倒されますわよ」
「ちょっと、待ってよ、キヨコ……」
 もはやどちらが年上なのか……情けない青年である。

 一行は……と言ってもほとんど幼い妹を連れて大都会に初めてやって来た田舎の青年みたいにしか見えないのだが、黄色のワンピースに身を包んだキヨコはしっかりとした足取りで、アキラは奴隷市場に向かう囚われの身、みたいに頭を垂らしてショボショボと地下街を歩んでいた。


 ヨドノバシカメラはこの都市で最大規模の家電量販店である。店舗へ向かう人は相当な数で、何もしなくても自然と店内に流れ込むことができるものの、これだけの人出である、ひとたび二人が離れてしまうと、もう合流するのは難しいのだろう。

 キヨコにとっては好都合なのか、嬉しそうにアキラにしがみついていた。
「ちょ、ちょっとキヨコ。もう少し離れてよ」
「何を言ってるのです。私はか弱き女です。この人ごみに流されてしまったらもう二度とアキラさんの前に現れないかもしれません」
「そうなって欲しいよ……痛ててて」
 アキラの手の甲に噛み付くキヨコと、
「あぁ~。あの女の子の服、可愛いぃぃぃ。あっ、ひゅ~ぅ。彼氏ぃぃ、今日ヒマ? お茶しない? お茶?」
 リュックから乗り出す、サイバー犬。

 なんなんだ、お前ら……。




 ヨドノバシカメラは地下1階がパソコン売り場で、店内に入ると幾分人ごみは緩むが、スムーズに前進できるとは言いがたい混雑だった。

 店員が張り叫ぶ謳い文句と、同じメロディを繰り返す音楽の喧騒に我輩の脳髄がズキズキしてきた。アキラも同じ気分だったのであろう、眉をしかめて文句を漏らしていた。

「こんな騒々しいところ長居したくないよ。さっさとパソコン選んでよ、キヨコ」
「ですわね。……にしても、この人たちみんなパソコンを買いに来ているのですか。信じられません。こんな玩具みたいな装置を……」

 キヨ子さん、我輩も同感です。ネットを見るだけならスマホでじゅうぶんですよね。
「どうせネット表示機としてか使用しないくせに」

 おぉぉ。とれびあ~ん。
 思いが通じた爽快感に浸る我輩を胸に収めたキヨ子は、ひとりの店員を呼び止めた。

「そこのあなた。この男性がパソコンを求めています。お相手なさい」

 その居丈高い口調が騒音にかき消されてよく聞こえなかったのであろう、店員は屈むと膝に手を当てた。
「どうしたのお嬢ちゃん。迷子?」
「なに言ってんですか。この男性がパソコンを求めています。店員なら職務を全うなさい」
「あっ。ごめんなさい。お客さんでしたか。どんなパソコンをお求めでしょうか?」
 店員はアキラに視線を合わせて会釈をし、アキラは途端にオロオロ。
「あ、あの。パソコンです。コンピューター」
「は?」
 きょとんとする店員。だがそれは仕方がない。ここの一角に並んだすべてがパソコンであり、コンピューターと呼ばれるものであるからな。

 店員は瞬時に、こいつ素人だなという目つきに変わった。それがキヨ子にカチンときたのであろう。
「この男性は量子ビットを処理できる次世代パソコンを求めていますわ」

「ハァ……?」
 ひとまず疑問の吐息を落としてから、
「ノートパソコンでしょうか? デスクトップですか?」

「d・waveシステムのマシンで結構です」
「ディウェーブ? 聞いたことがございませんでして……」

「この店では、量子チップを扱っていないと?」
 おかっぱ頭を派手に揺すって、リュックの口から覗いていたマイボに向かって、
「NAOMIさんでさえ64Qビットの処理能力があるのですよ」
「このあいだ源ちゃんが強化したから、今は128量子ビットになったわ」

「うぉ。玩具(オモチャ)が!」
 目を丸め仰け反る店員さん。

「オモチャって! 失礼ね。あたしはオンナです!」
 噛み付きそうな勢いで口を開くマイボ。

「ワァァァ。ちょっとごめん」
 アキラは慌ててリュックの口を締めようとするが、
「ちょっと、やめてよアキラさん……今日はいい機会だから懇々と……」
 マイボが憤然として体をよじった。

「………………」
 素直にリュックに収まろうとはせずに暴れる姿を戸惑いながら見つめていた店員の目が、豆粒よりもちんまりとなったのは致し方がない。

「そ、それって、なんですか?」
 不可思議な物体を眺める目で尋ねた。

「いまスイッチを止めますから。このワンちゃん、この子のお気に入りでして、いつも持ち歩かないと泣いちゃうもので……」
 体を凝固させる店員に向かってアキラは必死に弁解するが、今度はその言葉にキヨ子が眉をひそめる。
「失礼な。人を子供扱いしないで頂きたいですわ。私はこの人のれっきとした妻ですのよ」
「あたしも玩具なんかじゃないわ。成人した一人の女性なんですからね」

「あのさ。お店の人が誤解するからさ。お前たち黙っててくんない」
 こういうのをしっちゃかめっちゃかと言うのであろう。唖然とする店員の前で三者はそれぞれの主張を繰り返している。

「……それで。パソコンはノートですね」
 ワケのわからない客は排除すべしと判断したらしく、さっさと仕事を片付けてこの場を去ろうとする店員。イヌが量子コンピュータで動作していようと、そのマシンと電子的精神結合をして、6歳児でありながら工学博士並の頭脳に変貌した幼児が怒っていようと、お構いなしで処理を進めようとした。

「この辺りが一般的でございます」
 ずらりと並んだ二つ折りのパソコンを指差してほほ笑んだ。

 ママさんの持っていたのと同じタイプではあるが……。
「HDD320ギガバイト(GB)、RAMは4GBフル搭載でございます」
「ハードディスク? 今はSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)の時代じゃございませんの?」
 アキラはキヨ子の横で息を潜めて成り行きをうかがい、マイボは鼻をスンスン。続いてビーグル犬特有の大きな耳をはためかせていた。

 店員は擦り手でキヨ子に近づき、
「さすがお嬢さまお目が高い。SSD搭載の機種もございます。こちらですね」
 隣のノートパソコンに手を差し伸べた。

 ふむ……。相手が何であろうと商品を販売しようとする姿勢は見上げたものである。

「こちらもRAMはフル実装でございます」
「4GBでフル実装ならば、それは32ビットシステムですね」

「さようでございます。お嬢さま」
 店員は6歳児と会話をしているという現実から逃避していた。

「ねえマイボ。キヨ子は何の話をしてるの?」
 アキラは金属でできたビーグル犬に首を捻り、
「あたしとしては、あっちのロボットパーツの売り場のほうに行きたいな。同じ仲間として気になるじゃん」
 イヌっこは、場違いなアクチュエーターや電子部品が並ぶショーケースに興味津々だし。
「ねぇ。キヨ子。SSDって何?」
「ヘンタイ北野博士の開発した光メモリは販売してませんの?」
 また好き勝手に喋り出した三者。会話が混雑してくる。

「光メモリ?」

「そうです。北野源次郎ヘンタイ博士知りません?」
 キヨ子はあくまでもヘンタイの部分を切り離そうとしないし、店員も真剣には聞いていない。

「ヘハァ……」
「知らないんですか? 電子工学では世界的に権威のあるヘンタイですよ」
 もう名前の部分が消えているし。

「この人はその博士の孫、そして私(わたく)し……」
 キヨ子はちっさな頬っぺたをポッと赤らめ、
「私たちまもなく祝言をあげますのよ」

「ハァァ。さようで……」

「よろしければ、お式に出席なさいません? ついでに祝辞を述べていただいても……」
「す、すみませんそのパソコンでいいです。ください。すぐに包んで」
 慌てて取り繕ったアキラは店員にすがりつき。店員も早くこの場を去りたかったのであろう。
「かしこまりました。すぐにご準備させていただきます」
 ほとんど逃げるようにして店の奥へ飛び込んだ。

「もう。恥ずかしいからそういう変なことを言わないでよ」
「何も恥ずかしがることはございません。事実を言っただけです」

 青年……。
 気の毒な人生を送っておるのだな。同情するぞ。


 しばらく待っていると、奥から箱詰めされたパソコンが運び出され、店員がそれを持ちやすいように紐で梱包し、青年はママさんから預かってきたお金を払う。
「それではこれがお釣りで……もしよろしければ、この応募券も入れておきますのでご参加ください」
「おにいちゃん。それなぁに?」
 お釣りと一緒に店員から紙切れを受け取る青年に、キヨ子がしがみ付いた。
 ちなみにスーパーキヨ子は、もう限界と察したアキラによって命じられて今は停止中である。

「クイズの応募券みたいだよ」
「優勝者はNASAへご招待という賞品を賭けて、この埋田店でクイズ大会が行われます。ぜひご参加ください」

 説明する店員にキヨ子が小首をかしげた。
「なさ、ってぇぇ?」
 アキラは店員に頭を下げてカウンターを離れると、キヨ子と手を繋ぎながら、
「アメリカのね……ねぇなんて説明したらいい?」
 背中に尋ねるアキラ。それに応えるマイボ。
「キヨ子さんの好きなロケットがあるところよ」
「へぇぇ。キヨコ、ロケットすきぃぃ」

 プリンはどうしたんだい?
 ま、ロケットも好きだろうな。毎朝欠かさず打ち上げの録画を見るぐらいだし、そのワンピースだってロケット柄だし……。それより、どこで売ってんだ、そんな柄のワンピース。ママさんも大変だな。

 その時であった。
「うぉぉぉぉ。なんだ?」

 続くぞ~。
  
  
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