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マナの『マ』の字は魔法の『ま』 (こんどは7話)
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しおりを挟む「ほんま、せっしょでやで……いきなり二階に連れ込むなんて」
お袋は間違っている。日本人離れした口調ではなく、純粋な日本の大阪弁だ。しかも船場言葉と言われる、最もコテコテの口調。もはやドラマか落語の中でしか聞くことはなくなった古典言語なのだ。
なのに見た目は極美の少女だ。宝石のような澄んだ光を放つ瞳。ぷにんとした桃色の頬。細く長い金髪に近い栗色の髪。小ノ葉よりも金色に近いな。そしてほっそりとした肩から視線を下ろすと、突然動けなくなるドンッドンッと盛り上がった丘陵地帯。まあるいヒップに続いて現れる長い肢体は、健康的で白く滑々と……。
〔小ノ葉と出会った時と同じ衝撃を受けるよな〕
《ああ。小の葉も究極の美少女だと思ったよ。でもこっちも捨てがたい。おい、究極ってやっぱ一つに絞らないといけないよな》
そうだな。究極って言うぐらいだからな。
〔そうなったらやっぱ小ノ葉だろ〕
そう。この言葉遣いはいかん。究極の地位から一気に地獄の底に落ちるようだ。
「なんだってその言葉遣いなんだ……」
唸るような俺のセリフに、
「しゃぁないやろ。ワテは生粋の生駒うまれや」
「ワテって言うな。そんな澄んだ目で言われると蕁麻疹が出るほど違和感があるんだ」
「ベッピンさんにしてももろたからな、けっこう気に入ってまんねんで」
「だからその口調をやめてくれよ。おかしくなりそうなんだ」
「でもすごいね、キャサリンさん。どうやってそんなにキレイなオンナの子になれたの?」
キャサリンはサクラ色した頬を少し赤らめ、
「そないにキレイキレイ連呼しなはんな。テレまんがな……。せやけど元々女子(じょし)やからな、そない大きく変わった気は無いねんデ」
「変わってないのは口調だけだ。全身全霊、髪の毛から足の先、それからお前のポヨヨンのプロポーションは、そんな言葉遣いをしたらいけねえヤツだ」
「なんやて! オマはん大阪を敵に回す気か? 明日からタコヤキ売ってくれへんようになるデ」
「タコヤキなんかいらん」
「なんでや。世界に通じる食べモンや。フランスでは結構有名なんや」
「ナデシコがフランスなんか知らねえだろ、ばーか」
「知っとるワイ。グランホテルのヤシの木がゆうとったやろ。大内さんや、おおうち、忘れたんかい」
「そうか。根を張ってる限り、地球上が一つになるって話か……」
「ねえ。そんなことよりどうやってキャサリンさんがオンナの子に変身できたかまだ聞いてないよ」
「そうだ。それだ。お前は口数が多いからすぐに話が逸れるんだ」
「オマはんが絡んでくるからやろ」
「このっ!」
〔ちょっと落ち着けよ、オレ〕
《だぜー。可愛いからって興奮しすぎだって》
わ、わかった。でもこのギャップが激しくてどうも苛立つんだ。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして尋ねた。
「いったいどうやって女の子になれたんだ?」
「これはな、サンタナさんのお力や」
「またサンタナか……」
と言ってから、キャサリンは清澄な瞳で俺の目の中を覗き込んでから、重々しげに口を開いた。
「オマはん……妖精って知っとるやろ?」
「ちょっと待てよ。まさかそれがお前だと言いたいの?」
こみ上げる笑いを必死で抑えつつ、
「お……お前が? うぷぷぷ。マジで?」
「ねえ。ようせいって何?」
「え? ああ。俺の腕から知識を吸い取っていいぜ。説明するのに笑っちまってできねえよ」
小ノ葉は俺の腕に抱きつき、潤んだ目をした。
「なるほど…………。精霊のことかぁ……。あ、お店の名前、フェアリーテールも妖精のお話って意味なのね。へえ、メルヘンチックねー」
「何がメルヘンだよ。大阪弁とメルヘンは一緒にしたらいけないヤツなんだ。だいたい妖精なんかいねえぜ、実際」
「何とでも言うたらええねん。せやけどワテは正真正銘のナデシコの妖精や」
「妖精が『ワテ』って……」
再び笑いがこみあげる。
「だいたい妖精って羽が生えてて、もっと小さくて可愛いもんだぜ」
「あんな。時代は移り変わるモンや。サンタナさんが新たな生成方法を編み出してくれたおかげや。今やどんな人間にでもしてくれるデ」
「ちょっと待てよ。世界中に広がる妖精伝説はまさか……」
「せや。サンタナさんのお力や」
「ということはマナのパワーね?」
「正解やコノハはん。地球にとっては負のパワーであるオドを生気のパワーに戻すのがサンタナさんであり、我々植物族や。地球にとって人類はオドを垂れ流すゴキブリや。害虫とおんなじなんや」
「くそーっ。お前が可愛い顔をしてなかったらこの場で叩き潰してやるんだが」
「はーっ。ほらみてみい、それがお前の真の姿や。野蛮で短気でアホときとる。ついでに……」
キャサリンは自分の豊満な胸を意味ありげにポヨンポヨンと揺すって見せて、俺の視線を固着させた。
《すっげぇおっぱいしてんぜ、こいつ……》
〔妖精ってこんなに色っぽくていいのか?〕
「ほらな。スケベときとるやろ」
キャサリンは柔らかげで豊満な胸を隠すようにして腕を組み、ダイヤモンドみたいな輝きの視線を射し込んで来た。
「見てみぃ。これがコイツの本性や。ぎょうさんオドを背負い込んどるワ」
「でもオドが完全に無くなったら、それはそれで困るんでしょ?」
「さすがコノハはん、痛いとこを突きまんな。そのとおりや。オドはワテらのエネルギーでもあるんや。ちゅうことでバランスが問題なんや。バランス」
悲しげに目を潤ませると、小ノ葉は栗色の髪の毛を左右に振る。
「そう言っちゃうと、人間って必要悪みたいだけど、あたしはそうは思えないよ」
「まぁ、あんたはそっち側のお人や。言い分はいろいろあるやろ。ワテも否定はせえへん。そうでなければ、こんな奴をサンタナさんは大目にみるワケないんや」
「黙って聞いてたら好き勝手なことを言いやがって……だいたいお前の目的は何だ。何のためにそんなカッコして、俺の前に現れたんだ」
「それは言われしまへん」
「おーい。カズト、ひとまず痴話喧嘩はそれぐらいにして、その子、今日はどうすんだ? どこかホテルにでも泊まるのか? ブラジルから来たんだろ?」
と階段の下から聞こえてきた親父の声に目の色を濃くしたのはキャサリンで、
「カズト。しばらくお世話になりまっせ」
「ちょ、ちょっと待て。うちには余った部屋なんか無いぞ」
「コノハはんと同じとこでエエで」
「ずうずうしいな。小ノ葉は女性だぞお前とは違うんだ」
「なにゆうてまんねん。コノハはんが流動生命体やゆうことをワテは知ってまっせ。二人で着替えを覗いた仲やろ」
「あ、しーしーしー。覗いてない。見てただけ……って、なに言わせんだ」
「おーい。カ、ズ、トぉ。聞こえてんだろ?」
しつこな。親父のやつ。
「とにかく返事したほうがいいよ」
と小ノ葉に促され、扉の隙間から顔だけ出した。
「今から降りるって……」
「ちょっとカズトはん……」
俺の袖を引くキャサリン。滑々した白くて小さな手がヤツの口調と合わない。
「ちゃんと両親に紹介してや。しばらく一緒に暮らすんやからな」
「マジかよ!」
「カズくーん」
ったく、ガキみたいな親父だぜ。
親父は、先陣を切って下りてきた俺に駆け寄って、
「ほらオメエは、かあさんの手伝いに行け」
俺を引き倒す勢いで押し出すと、揉み手になってキャサリンにとろけた顔を向けた。
「で、喧嘩は終わりやしたか?」
「喧嘩なんかしてまへんで。ワテとカズトはんはエエ仲でっせ」
「ワテ……? でっせ……?」
「へぇ。そうでおま」
「おま……?」
親父の目が点になったことだけは言わずもがなであった。
「イッチはキャサリンさんをテーブルに案内してあげて、あたしはお母さんのお手伝いをするから」
我が家に来てから二月目(ふたつきめ)を迎える小ノ葉は、さっさと慣れ親しんだ台所へ向かい、お袋の横から手を出し、俺は棒立ちになった親父とキャサリンの背を押してテーブルについた。
「それで? キャサリンさんは小ノ葉ちゃんとどういう関係なんだ?」
席にに着くなり、訝しげに訊ねる親父だが、その目はキャサリンの胸に固定されていた。
〔あの野郎……わざと胸を強調させてやがるぜ。ふつう、テーブルの上におっぱいは載せないだろ?〕
とつぶやく天使の言葉に答える悪魔。
《でっけぇ~》
〔柔からそー〕
俺の人格は右往左往さ。
こら、俺ら! じろじろ見るな。野郎はそれをエサに俺たちを弄んで楽しんでるんだ。
《あのさ。あいつオンナって言ってんだから、野郎はねえんじゃね?》
〔アイツに関しては野郎でいいんだ。だいたいもともとはナデシコだぞ。たとえオンナだとしてもあのおっぱいはねえべ〕
いつまでも胸に固執したくなるほどの、たわわな物体を見つめながら思案する。
今日は無理だが、明日のバイト帰りにキヨッペの家へ寄って調べてもらおう。小ノ葉の時もあいつは冷静だったし。やっぱ理科系男子は頼れるよな。
〔だよな。こういう時の筋肉って何の役にも立ちゃしない〕
とにかく明日行こうぜ。
《おお。行くべ、行くべ》
どこの言葉だよ……ったく。
理解不能の状況に付いていけない俺は、大いに戸惑っていた。
その頃、俺の思考の外では――親父のしつこい質問が舞っていた。
「で? きみはカズトとどこで知り合ったの? あ、いや疑ってんじゃないよ。こんな奴に何で次から次へと可愛い子が寄って来るのか知りたいんだ」
親父の疑問はキャサリンがどこの誰というよりも、あわよくば自分も仲間に入りたい、入れて欲しいと言いたいようだった。
「キャサリンさんを見つけたのはイッチなんだよ」
とんでもない説明を始めた小ノ葉を睨みつけ、
「変な言い方するな。見ろ親父の頭から煙(けむ)が出るぞ」
「カズが見つけるって、やっぱりどこかで拾ったんだな。オレも探しに行ってみるかな」
ついに脳みそがショートしやがったな。
「十円玉みたいに言うな」
「で、十円玉は見つかったのか?」
「はぁ? 何の話してんだよ?」
「このあいだ、アーケードの隅で探してたろ」
「ああ。ガールズバーへ行く時に出会った、あれか……」
「ばっ! バカヤロ。変な空想を混ぜるな」
親父はお袋の目を探りながら、わさわさソワソワ。
「で……いったいこの子はお前らとどういう関係なんだよ」
話を元に戻しやがった。
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