年がら年中お盆

田村 利巳

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お迎えを待つ人達

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〈 11 〉

シマモトが二人に
「目を開けて良いよ!
観てごらん
綺麗な夜景が見えるよ…」
と、言うと、
二人は固くつむっていた目を
ソッと開けた。

ユウトとカリンは外の世界を観て、
とっても嬉しそうに微笑んでいる。

生きている時の二人は、
ベランダから見える景色しか知らない。
死んで初めて、
怯えながら、
お爺ちゃんを探しに
表通りまで出たのだ。

利秋はシマモトの耳元で

「ユウト君とカリンちゃんの
お爺ちゃんは……
二人が死んでしまった事を
知らないんでしょうね」

「利さん、実は部屋の中に
お爺さんからの手紙が有りましてね…
さっきそちらに私の意識を
飛ばしたんですけど……
お爺さん、
痴呆症になってしまって、
もう2ヶ月ほど前から
施設に入ってるんですよ…」

「そうなんですか………
あの、ところでお姉さん達
って言うのは、
もしかして…
お亀さん達の事ですか?」

「利さん、正解!感がいいですね!」

「いや何となくそうかなぁって
思いまして」

「もうお亀さん達って
本当に優しいんですよ…
淋しい死に方をしてしまった子供達を、
献身的にサポートして下さるんです。
今までも、
お姉さん達の
愛情をタップリと受けた子供達は、
自信を持って
次の世に
生まれ変わって行きました。
この二人も絶対に大丈夫です!」

シマモトの言う「絶対」は本当に
その通りに成るのだ。
利秋は心の底から
安心する事が出来た。

四人は
人柱のお姉さん達の家に到着した。

利秋は、
(おぉ…庭園の後ろに見えた白壁の
向こう側って…
こう成って居たんだ…
家と言うより…
レトロちっくな学校の様な
建物なんだなぁ…)と思った。

玄関先には
お亀さん達が並んでくれて居る。

ユウトとカリンは、
お亀さんの前に立つと…
ペコリと頭を下げた。
お亀さんは
二人の頭を撫ぜながら

「お利口さんね、
ちゃんと御挨拶が出来るのね…
お竹ちゃん、蓮根ちゃん…
二人を頼むわね!」

指名された二人は
満面の笑みを浮かべ

「はい!お亀姉さん!」

二人は声を揃えて
自分の胸を軽く叩き、
そして…

「おいで、ユウト君、お姉さんが
抱っこして上げる!」
と、お竹が言うと、
蓮根は…
「カリンちゃん、おいで!」
そう言って両手を広げた。
モジモジしながら
抱き締められる二人…

すると…
ユウトとカリンは、
命で何かを感じたのか?
お竹と
蓮根の首に
いきなり抱き着き…

「ママだ!」
と言いながら、
力いっぱいにしがみ付いた。

ママではない。
生前、お竹さんと、蓮根さんは、
子供を産んだ事がない。
その前に殺されて居るのだ。
しかし…
二人から溢れ出る母性本能に…
ユウトとカリンは
お竹と、蓮根を…
母親だと認識したのだ。

子供を産んだからと言って
母親に成ったと思ってはいけない、
愛情を持って育てる人が母親なのだ。

ユウトとカリンは
お竹さんと、
蓮根さんに抱っこされたまま
家の中に入って行く…

既に安心しきった
嬉しそうな顔。
すると二人は突然に振り返り、
自分達を助けてくれた
シマモトと利秋にたいして
一生懸命に手を振り出した。

お亀はそんな二人を見ながら

「シマさん、利さん…
ユウト君とカリンちゃんは
私達が責任を持って育てますから…
お二人の御節介活動…
これからも
頑張って下さいね!」
と言ってくれた。

お亀を筆頭に、
22名のお姉さん達は、
とにかく優しい。

優しいがゆえに、
何百年も「この世」に滞在して、
母親から捨てられた子供の
面倒を見て居るのだ。

自分達が殺された恨みだけで、
「この世」に居るわけではない。

二人は
お亀達に頭を下げて
家の外に出て行った。

利秋はシマモトに…

「シマさん…聞いても良いですか?」

「はい!何でも聞いて下さい!」

「ユウト君とカリンちゃんは…あの…」

「利さん、大丈夫ですよ!
あの二人は、
お姉さん達からの
愛情を沢山受けて、
ちゃんと生まれ変わりますよ!
前に何度か
見た事があるんですよ!
抱き締める、
本を読む、
一緒にお風呂に入る、
一緒に食事をする、
一緒に遊ぶ、
一緒に寝る…
その他にも色々な項目があって、
一人のお姉さんが、
一つの項目を最低でも
100回繰り返すんです。

項目の数×100…それ掛ける事の
23人のお姉さん。
かなり甘える事が出来ますよ。
そして、
身体いっぱいに愛情を受けた
子供達は、
自らが
大人に成ることを決めて、
三つのスベリ台に向かうんです。

子供達は希望を胸に抱いて
前に進み…
お姉さん達の方は…
別れが寂しくて
大泣きして居ました!」

利秋は涙を拭いながら…

「良かったね…
いっぱい愛して貰えるんだね…
いっぱい甘えるんだよ…」
そう言って
自分の頬を
パンパンと2回叩いた。
そうでもしないと、
涙が止まらなかったのである。


《 18…愛されない 》


次に2人が向かったのは
京都である。
国道1号線…
横断歩道の横に
花が供えられている。

正確に言うと、
ガードレールの足の部分に、
小さな花束が一つだけ…
ビニール紐で縛られて居た。

沢山の人が行き交う交差点だが、
その花に立ち止まる人は
誰もいない。

(あぁ…誰かが事故で亡くなられたんだ…
お気のどくに…)
知り合いで無ければ、
その程度である。

しかし、
その花を見つめながら、
一人の女性が泣いて居たのだ。

「シマさん…あの方の周りに、
何だか淋しそうな…
弱々しい、
光の輪が見えますね」

「利さん、私達の出番です!
御節介をしに行きましょう!
そして、
あの方に幸せに成って貰うんです!」

利秋は微笑みながら
シマモトに向かって親指を立てた。

二人で女性の後ろ側にソッと降り立つと…
シマモトは女性の肩に
いきなり手を置き…

「こんばんは、お嬢さん。
私はシマモトと申します、
隣は利秋さん。
お互いに、
利さんシマさんと呼び合って
います。
あの、
今夜は月が綺麗ですね…」

シマモトの第一声は、
軽い挨拶と自己紹介から始まる。

相手が泣いて居ても
お構い無しで話しを進めていく。
少し…強引かも知れない。

いきなり肩を触られた
三十代の女性は、
少し驚いた様な顔で…

「えっ!…あっ!はい…
こんばんは……
あの…私が見えるんですね…?」

彼女はそう言って
涙をぬぐいながら
小さく会釈をしてくれた。

シマモトは満面の笑みを浮かべ

「見えますとも、
私達は同じ幽霊同士じゃないですか。
其れともう一つ、
貴女が…
どれだけ苦労して来たか、
どれだけ一人で家族の方達を
守って来たか…
ちゃんと見えました!」

シマモトの言葉に、
女性は一気に困惑した表情を
浮かべた。

すると横から利秋が慌てて

「待って待ってシマさん!
いきなり女性の
人生を観ちゃダメです、
彼女がビックリしてるじゃ
無いですか」

「だって肩に手を置いたら
見えちゃったんですよ、
彼女は本当に健気なんですよ」

「見えても言っちゃダメです!
ドン引き!
彼女ドン引きですよ…」

「でも…」

「でもじゃないの!」

そんな2人のやりとりを見て居た
女性は、
とうとう噴き出してしまった。

(何なのこの二人…
二十代と
六十代の男性が
派手なアロハシャツを着て
親子?
其れとも漫才のコンビ?
其れとも…
ただの変な人達…)
そんな風に思っていた。

女性の笑顔を見たシマモトと利秋は、
顔を見合わせ…

(つかみはOK…)

そう目で合図を取り合うと…

「お嬢さん、
たぶん…色々な事を
思い浮かべながら
此処に居られるんでしょうけど…
一人で…寂しく無いですか?
もし宜しければ、
私達と一緒に
上の世界に行きませんか?」

シマモトの言葉に
女性は小さく微笑みながら

「ありがとうございます。
あの私…小畑ゆかり
と言います。
私…男の人に声を
掛けられた事が無くて…
今…少しビックリしていて。
でも私、
33歳なんですよ、
私よりも10歳くらい若い方に…
お嬢さんって…
内心は少し
嬉しいんですけど…」

すると横から利秋が…

「お嬢さん、
私は見ての通り…
還暦越えのオジサンなんですけど、
シマさんは生きて居れば
90歳を超えている、
私達よりも先輩なんですよ」

利秋の言葉に、
ゆかりは
両手で自分の口を押さえ

「あっ…ごめんなさい、
戦争で…
お亡くなりに成られた
方なんですね」

するとシマモトは明るい声で、

「いやいやいや、
謝らないで下さい、
若いうちに死んだので
外見がこれで…
中身は90歳越えのジジイなんです!
お嬢さん、
外見に、
騙されちゃダメですよ!」

するとゆかりは…

「あぁ…私…外見に騙されました。
シマさんって本当に…
私の人生を観ちゃたんですか?」

「はい!結婚詐欺にあって
80万円を騙し取られたんですよね」

「…はい…その通りです…」

ゆかりは自分自身の愚かさに
落ち込んで居たのである。

結婚と言う二文字に
いとも簡単に騙されてしまったのだ。

シマモトは更に…

「ゆかりさんは、
18歳で福井県から
京都に出て来て、
15年間ズッと親子さんに
仕送りしてて…
着たい洋服も買わず、
外食にも行かず、
休みの日には図書館がよい、
好きな男性に声もかけれず、
告白も出来ずに失恋の繰り返し…

そして気が付けば33歳、
そんな貴女に声を掛けて来たのが
結婚詐欺師の福島イサオ、38歳。

3回デートに
誘ってくれて、
高級なレストランで
美味しい物を食べさせてくれて…

でも4回目のデートの時に、
自分のミスで会社に
迷惑をかけてしまった…
ゆかりちゃん助けて!
でっ、
貴女はコツコツ貯めた
80万円を渡してしまって。

でも福島はもっと
お金をとりたくて、
お金の無い貴女に
銀行から借りて欲しいと
言い出して…
お金がないと
嫌われると思った
貴女は
銀行にお金を借りようと…
この横断歩道を渡っている時に、
トラックに跳ねられて
亡くなったんですよね」

淡々としたシマモトの説明を
聞きながら、
ゆかりの足は震えている…

「…私…本当にバカだから…
男性を見る目が無くて…
生まれて初めて
「好きだよ」
って言って貰って……
でも、
この場所で死んで…
自分の遺体を上から見ていたら
福島さんが来てくれて…
あの…私の…
聞き間違いかしら…」

ゆかりは此処まで言うと、
涙で、言葉を詰まらせてしまった。

するとシマモトが
ゆかりに変わって、

「聞き間違いじゃ有りませんよ。
福島は、
「使えない女やなぁ…
銀行で金借りてから死ねや!」
って、言いました」

ゆかりは両手で
顔を押さえ…

「私、本当にバカなんです…」
そう言って泣き出した。

シマモトは利秋に向かい、
口パクで…
(優しい声を掛けてあげて下さい)
と、合図を送って居る。

利秋は頷きながら…

「ゆかりさんは、
バカじゃないですよ、
ゆかりさんは優しい方です。
その優しさに付け入る福島が、
人間として最低であり、
バカなんです。
ゆかりさん…
出来れば気持ちを切り替えて…
上の世界に行きませんか?」

ゆかりは頷かない…

まだ心残りがあるのだ。

シマモトには分かっている、
利秋も何となく分かっている。

置いてある花は,
警察の方が供えてくれた物で、
身内の
花の供えて方ではない、
ましてや友人、知人の花もないのだ。

シマモトは突然、
驚く様な事を言い出した。

「利さん、今から二人で…
ゆかりさんを間に挟んで
ギュッと抱きしめましょう!」

「えっ!シマさん、
急に何言ってるんですか?
セクハラとか痴漢みたいに
成っちゃいますよ!」

「構いません、私が許可します」

「えっ~、
シマさんの許可で良いんですか?
ダメでしょ…
マジですか…」

「さっ、早く…」

「えっ~…」

二人のそんなやり取りを聞いても
ゆかりはジッとして居る。

シマモトが、自分の両親や、
妹弟の事を聞かせて
くれると思ったからである。

2人はゆかりの左右に立った。

「利さん、しっかりと抱き締めて
下さい!」

「はい!」と言ったものの…
抱き締めて居るフリで、
ゆかりの体には
指一本触れていない。

「ゆかりさん、しっかりと聞いて
下さいね!
貴女は、両親と妹弟から
愛されて居ない!」

ゆかりの足から
力が抜けてしまった。

利秋とシマモトは、
ゆかりの両腕を
左右から抱き止めた。

ゆかりも
薄々は分かって居た。
年に一度、
正月に実家に帰っても
大事にされた事がない。
家に車が有るのに
駅まで
迎えに来てもらえない。
当然帰る時にも
送っても貰えない。
バスに乗って一人で
電車の駅まで向かうのだ。

食事の時も家族の会話に入れない、
話しを振っても貰えない。

「毎月の仕送り、ありがとうね」
そんな
御礼の言葉も
何も無いのだ。

シマモトは更に…
「家族の方達は、
ゆかりさんが死んだ事を
警察から
聞いているのに、
誰も田舎から出てこない!

それどころか警察に対して、
そちらで勝手にやって下さい、
私ら夫婦は体が悪くて
行けません。
他の子供達も忙しくて
無理なんですと言いました。
警察官が
「ご自分の娘さんでしょう」
って言ったら

「もう無理言わんで下さい」
そう言って電話を切ってしまい…
結局…
ゆかりさんの遺骨は
無縁仏扱いです!」

ゆかりは声を上げて泣き出した。

「子供の頃から…
ズッとそう何です…
私は…
要らない…
子供だったのかなぁ…
私の存在って…
なんだったのかしら…」

するとシマモトが大きな声で

「ゴメンね、ゆかりさん、
辛い話をきかせて!
でもね、
私達は死んで居て、
もう肉体が無いんです。
だから、
綺麗事とか体裁とか、
嘘の話しとか、
なんの意味も無いんですよ!
有るのは、現実に行われて来た事!
自分が生きて来た記憶、
其れだけが全てなんです。

良いじゃないですか、
そんなクソ親!
こっちから願い下げで!
良いじゃないですか、
そんな弟や妹、
くたばれバカ野郎ですよ!
ゆかりさん、
実は…
嘘の話も考えて
居たんですけど、
でも、今後のゆかりさんの事を
考えると…」

「私は…誰からも…愛されないんだ!」

ゆかりの顔は、
涙と鼻水でグチャグチャに成っている。
利秋はポケットとから
ハンカチを出し…
ゆかりの涙を拭き…
鼻をかませると、

「そんな事ないです、
大丈夫ですよ
ゆかりさん!
シマさんがきっと、
貴女の事を大事にしてくれる
男性を紹介してくれますよ、
私、あの世で
そう言った御夫婦を
紹介して貰いましたから、
とっても幸せだと
言っておられました。
だから先ずは、
上の世界に行きませんか?」

此処で
ゆかりは……
やっと小さく頷いてくれた。

〈 12 〉



シマモトから真実の話を
聞かせて貰い、
辛い話ではあったが、
家族に対してのモヤモヤとした想いが、
やっと吹っ切れたのである。

そして、
利秋の言葉に、
少しだけ「あの世」に対して
希望を見出せたのだ。

 もう「この世」に、
何の未練も無かった。

二人に挟まれているゆかりは、
少しだけ作り笑顔を浮かべ…

 「私………
こんな人生だったんですけど…
33年間…
自分なりに頑張って
生きて来たんですよ。
でも…
最後は事故で死んじゃって…
田舎の同級生達は…
私の事を…
どんな風に思うのかなぁ…
会社の同僚や…
後輩たちは…
どんな事を言うんでしょうね…
あっ………
そうか、
私には…
友達が居なかった…
誰も、私なんかに興味ないか…
そっか…
何も言われないか…
なんだか私…
自分が…
とっても惨めです…
……
シマさん、利さん
私…自分の夢を…
誰にも聞いて貰った事が
無いんです…」

ゆかりの話しを聞きながら
シマモトと利秋は必死で
涙を堪えている…

「ゆかりさん、
私と…利さんに聞かせて下さいよ…」
シマモトの声はうわずっている。

「笑わないですか?」

「私もシマさんも絶対に
笑いませんよ、
夢を…
聞かせて貰えませんか…」
利秋の声もうわずっている。

ゆかりは小さく微笑むと…

「…スっごく体の大きな男性が、
私の主人なんです。
その人は…
自分がソファーに座る時、
必ず私を呼んで…
膝の上に抱っこするんです。

何度も私にキスをして、
なんで、ゆかりは
こんなに可愛いんだろ、
大好きだよ!
愛してるよ!
絶対に君を離さないよ!
そう言って私の背中を
何度もさすって
くれるんです…
私は、
わざと甘えた様な声で
「ねぇ、ついでに背中もかいて…」
って言うと
主人は笑いながら
背中をかいてくれて…
そして、
たまにワキをくすぐってくるんです。
私は悲鳴を上げながら
主人に甘えて…
とにかく私…
滅茶苦茶…
主人に愛されているんです!
とっても…
大事にされて居るんです!
……
自分勝手な夢でしょ…
バカげた妄想でしょ…
本当は誰からも、
相手にして貰えなかったクセに!
愛して貰えなかったクセに!
何時も一人ぼっちで
立ってたクセに!
変な夢ばっかり見て…
部屋の壁を見つめて、
一人で…
ヘラヘラ笑って居ました。
バカみたい。
自分で言ってて…
本当に恥ずかしい…」

そう言って…
ゆかりは下を向いた。

たくさんの涙が落ちている…
ゆかりは
誰かに
愛されたかったのだ。
誰だってそう思っている…
そう願っている。

人間の持って生まれた
本能の中で、
一番大きくて、
一番強いモノは、
もしかしたら…
誰かに愛されたい!
なのかも知れない。

「ゆかりさん、
最高の夢ですね!
私もシマさんも感銘しましたよ!」
そう言いながら
利秋は泣いている。

「ゆかりさん、
私も利さんと同じ意見です。
ただ私は
お節介者なので…
必ず「あの世」で、
ゆかりさんにピッタリの、
素敵な男性を探します」
そう言ってシマモトも泣いている。

ゆかりは、
泣きながら
満面の笑みを浮かべた。
自分の事を気遣い、
両方からギュッと抱き締めてくれた
60代のオジサンと、
見た目20代だけど
90代のお爺ちゃん…
二人の優しさが本当に
嬉しかったのだ。

ハッキリ言えば、
本当に淋しい人生だった。
でも最後に…
とても素敵な思い出を貰った。

ゆかりは心の底から
そう思った。

あの世に行くのに
瞬間移動も出来るのだが、
シマモトはあえて
3人で手を繋いで空に上がり出した。

利秋は、
きっと意味のある事なんだと思ったが、
ゆかりは高い所が苦手なのか?
少し震えていた。

100mほど上がった時、
何台ものパトカーと
救急車の音が聞こえて来た。

ゆかりは内心
(…あぁ…この世で最後に聴く音が
サイレンか…)
そう思っていると
シマモトが…

「ゆかりさん…
アソコを観て下さい…」

ゆかりは、
シマモトが指差す方向に
目を向けた。

「ゆかりさん、
下に見える事故は、
単独事故です。
制限速度を30キロもオーバーして
橋桁に当たりました。
両目が潰れて、
顔面陥没、右手右脚切断、
右肺破裂、
命は助かりますが、
全治は不可能な、
大変な事故です。
いま救急車で運ばれている
人の名前は…
…福島イサオ、38歳です!」

ゆかりが
「えっ?」
と一言発した時、
利秋が…

「ゆかりさんは優しいから…
きっと胸が苦しく成ったと
思います…
でも、悪い行いをした人は
必ず最後は…
この様な結果が待っているんで
しょうね」

ゆかりは小さく頷いた後に、
ポツリと呟いた。

「シマさん、利さん、
ごめんなさい…
私いま…
ざまぁみろ、
と思ってしまいました。
嫌な女ですよね…
お二人をガッカリさせて、
本当に
ごめんなさい。」

すると
シマモトが
「あっはははは」と笑いながら

「ゆかりさん!
OKです。
最高の答えです!
何も悟り切った様な言葉を使う
必要はありませんよ!
本音の発言は
本当に素晴らしい!
ゆかりさん、
これからは
其れぐらいの思いで
行きましょうよ!」

「シマさんの言う通り!
あんな男、バチが当たって
当然ですよ、
さぁ3人で、
上に行きましょう」

ゆかりは頷きながら、
心の中で…
(なんでだろ~
おかしいなぁ…
死んでしまったのに、
何だか…ワクワクしている。
何で…?
おかしな話しよね…
妙に…清々しいのよね…)
そんな風に思っていた。

〈 13 〉


シマモトは上の世界に到着すると、
ゆかりに
「あの世」のシステムを
細かく教えてあげた。

特に大事なシステム、
心で強く念じると、
目の前にそのモノが現れる
という事。

ゆかりが初めに手に入れたのは
マイホームである。
嬉しいのだろう、
現れた
自分の家に向かって拍手をしている。

「ゆかりさん、
何か困った時とか
不安に感じた事が有りましたら、
利さんと
私の名前を呼んで
下さいね、
直ぐに飛んで来ますからね」

「何から何まで、
本当にありがとうございました」

「ゆかりさん、
大きな御世話ですけど、
シマさんが本当に、
素敵な方を
紹介してくれますよ!」
すると
シマモトは、

「ゆかりさん、任せてください…
私けっこう顔が広いんです!」
そう言って自分の胸を強く叩いた。

「ありがとうございます。
楽しみにして居ますね!」
ゆかりは、
例え冗談でも嬉しかった。
今まで実の親にも
何もして貰えなかったのだ。
其れが、
今日初めて会った二人の
壮年に
自分の事をこんなに
親身に成って考えて貰えるなんて…

(…なんだか…本当に幸せに成れたら
どうしよう…
その時は…泣いちゃうかも…)
ゆかりは、
そう思いながら…
小さく微笑んだ。

笑顔を取り戻した
ゆかりに見送られ、
二人はまた、
現実社会に降りて行った。



《 19…私の息子 》


次に向かった先は
岡山刑務所……
利秋は思わず首を傾げてしまった。

「シマさん…刑務所に何かを
感じるんですか?」

「お婆さんが泣いてるんですよ…
何度も何度も
清志ごめんねって
謝りながら…」

狭い独房の中で、
清志と言う
その名の壮年は、
壁にもたれて座って居た。

虚な目で、
ジッと壁を眺めているが、
時折り涙を溢している。

その前で
お婆さんが座り込み、
泣きながら
「ゴメンよ…本当にゴメンよ…」
と、謝っているのだが…
残念な事に
懺悔の言葉は
清志の耳には届いていない。

「お婆さん、今晩は、
私はシマモトと言います、
隣は利秋さん、
お互いに利さん、シマさんと
呼び合っています。
どうされたんですか?
ご存知だとは思いますが
私達は死んで居ますので…
あの…
上の世界に行く気には
なれませんか?」

老婆は黙って下を向いたまま、
聴こえないフリをして居る。

シマモトは老婆に
ワザと聴こえる様な声で

「清志さんに、殺されたんですか?」
と、尋ねた。

老婆は肩をビクンと動かした後に、
しゃがれた弱々しい声で…

「全て…私が悪いんです…」
と呟いた。

シマモトは壁にもたれて居る
清志の肩にソッと
手を添えた。

「…あっ~…そう言うことか…
利さん、聞いて下さいね…
清志さんが26歳の時に
お父さんが58歳で亡くなりました。

清志さんが30歳の時に
お母さんが骨折が原因で
寝たきりに成ります。

清志さんが34歳の時に
婚約者を連れて来ますが、

「私が死ぬまで、
私のシモの世話が
貴女に出来るの?」

お母さんの一言で婚約が
破談に成りました。
そして
清志さんが50歳の時…
77歳のお母さんの首を絞めて
殺害しました」

利秋は鎮痛な面持ちで

「辛かったですね…」
そう呟く事しか出来なかった。

老婆に対してではない、
息子に対して言ったのだ。

老婆の名前は清子、
一人息子の清志をズッと
溺愛して育てて来た。

清子が重い口を開いた…

「…私が56歳の時に、
家の中で尻もちをついて、
腰を圧迫骨折しました。
病院の先生は
リハビリをすれば
遅くとも3か月くらいで
ちゃんと治りますよ、
そう言ってくれたんですけど…
私は、
痛いから嫌だ!
疲れるから嫌だ!
そう言ってリハビリを
受けずに…
自分で自分を病人に
仕立て上げました。

きっと優しい息子が私の世話を
してくれる…
ズッと私の側に居てくれるはずだ…
清志が彼女を連れて来て
結婚したいと言いました。
私は、
大事な息子を
こんな女に
盗られてたまるかと思い…
無茶苦茶な事を言って
婚約を
破談にしてしまいました。
清志の幸せを考えもせずに…
自分の事ばかりを考えて…
……
清志は私の首を絞める時
泣きながら
お母さんゴメン…
もう疲れたよ……
私が息子を、
追い詰めたんです!

リハビリを受けて
自分で歩いて、
息子夫婦を
影から見守らなければ
いけなかったのに、
全部…
私が悪いんです!」

シマモトも利秋も、
(…その通りですね!)
と、思った。

利秋は生前、
家の近所に住んで居た、
また店の
お客様でもあった
一人の婦人の事を思い出していた。

その婦人は
夫を68歳で亡くされた後、
83歳で亡くなる
前日まで
清掃の仕事をして居たのだ。

痛い足を引きずって買い物に行き、
知り合いが居れば
趣味の俳句の話をしたりして、
自分一人の生活を、
楽しんでいる様にさえ見えた。

息子が一緒に暮らそうと言っても
ズッと
一人で暮らして居た。

「若い夫婦の間に
婆さんが入って、
楽しい生活の
邪魔をしてはいけないのよ」
其れが婦人の口癖だった。

子供が孫を一日見ていて欲しいと
頼めば
足を引きずって子供の家に行き、
孫と遊びながら
一晩の
お泊まりコースをして来る。

「田口さん、孫がね
『パパとママ…もう目のやり場に
困るくらいに仲が良いんだよ…』
って聞かせてくれたのよ、
もう嬉しくて、
これで子供の老後は…
寂しくはないと思うの…
本当に良かったわ!」
利秋は、

(貴女は…寂しくないのですか?
一緒に暮らさなくて良いのですか?)
そう聞きたかったが…
「嬉しい話しですね」
そう言って微笑んだ。
とにかく、
その婦人は
亡くなる間近まで…
息子の家庭の話しを、
嬉しそうに
聞かせてくれたのだ。

その婦人と
目の前の老婆は、
真逆のタイプであった。

息子の人生を滅茶苦茶に
してしまったのである。

清志は母親を殺した罪で、
死んだ後は
必ず、
下の世界に行く事に成っている。
老婆はたぶん、
息子について行くだろう。

シマモトは老婆に向かい

「お婆さんの気が済むまで…
息子さんの側に…
居て上げてくださいね」

老婆は小さく頷いた。

きっと上の世界には来ないだろう…
シマモトと利秋は…
そう思った。




《 20…部長じゃないと… 》


次に、
二人が向かったのは
名古屋市内にある
15階建てのビルの屋上だった。

社員の息抜きの場所なのか、
屋上には
ベンチが5列並んで居る。

そのベンチの真ん中に
一人の女性が座り…
鼻歌を歌いながら
足をプラプラと振っている。

見た感じが
40代くらいの女性であろうか?
こんな時間に、
こんな場所で…
幽霊以外の何者でもない。
二人は女性の前に向かうと…

「今晩は、今夜は月が綺麗ですね!」
シマモトの明るい挨拶に、
女性は小さく首を傾げて居る。

「すみません突然に…
私はシマモトと言います、
隣は利秋さん、
お互いに利さん、シマさんって
呼び合っています」

女性はクスクス笑いながら…

「御二人も私と同じ幽霊なんでしょ?」

「あっ、わかりますか?」

「分かるわよ!
だって空から降りて来るんだもん」

「なるほど、
ちょっと失敗しましたね!」

「私に何か、用かしら?」

「あっ~、そうですね、
もし宜しければ、
私達と一緒に、
あの世に行きませんか…
みたいな感じの、
話を言いに来ました!」

「気に掛けてくれて
ありがとうございます。
でも…
私の事は、
ソッとして置いて欲しいんですけど」

「そうですか…
でも最近…
「この会社に幽霊が出るらしいわよ、
私達の会社が
心霊スポットに成ってる。」
なんて
言われてますけど…」

「あっ~そっか、
私は皆んなに
迷惑をかけているんだ…
でも…
この会社には
色々な思い出があるの…
どうしても
出て行かなきゃダメかしら…」

「あっ、あの…どうしても
と言う訳では無いんですよ、
でも、
一人で会社に居ること自体
なんか、淋しくないですか。
実は私、
あの世では
チョッとした
御節介野郎って
呼ばれて居るんですよ…
もしかしたら私達…
お嬢さんの
力になれるかもしれません。
あの、
お嬢さん!
御名前と、どう言った事情なのか…
伺っても宜しいですか。」

すると
女性は嬉しそうに微笑みながら

「お嬢さん、って
貴方の倍くらい
私の方が歳上だと思うわよ、
でも…ありがとう、
こんなオバサンに向かって
お嬢さんだなんて…
何だか照れ臭くて…
とっても嬉しいわ!」

すると利秋がシマモトの横から
会釈をしながら

「あの、お嬢さん、
私は見たまんまの
還暦越えの壮年ですが、
シマさんは生きて居たら
90歳をゆうに超えて居る
方なんですよ」

女性は
すぐさま頭の中で計算すると.

「あっ、ごめんなさい…
戦争で亡くなられたんですね…」

シマモトは微笑みながら

「ドレッドヘアーにアロハシャツ、
誰が見ても
軽いノリの青年ですよね…
でも、
中身はジジイで堅物なんですよ~」

女性は小さく笑いながら

「私の名前は尾形礼子と言います。
2か月前に心筋梗塞で…
46歳で亡くなりました…」

「礼子さんは、
上の世界に行く気にはなれませんか?」
利秋の問いかけに
礼子は寂しげな顔で…

「この会社には
楽しい思い出と、
胸が苦しくなる様な
せつない思い出が
いっぱい詰まっていて、
なかなか
離れる気にはなれないんです……
ごめんなさい、
こんな話し
つまらないですよね」

利秋は首を横に振りながら…
「つまらなく無いです、
ぜひぜひ
聞かせてください」
そう言ってシマモトと顔を見合わせた。

礼子は小さく微笑みながら…

「私は生前、
総務課だったので、
この本社ビルの事は
何でも知っているんですよ。
電気、ガス、水道、
それぞれの会社には
私が電話を掛けて
メンテナンスのやり取りをして
居ましたし、
15階全部の部屋の蛍光灯は、
私が全て一人で変えて
いたんですよ。
私は……
総務課の中の…
雑用係だったんですよ。
でも…
他の女性社員と同じ制服を
着せて貰って居ましたし…
自分的にはかなり、
満足してたんですよ」

シマモトは頷きながら…

「この会社を陰から
支えて下さって居たんですね!」

そう言って手を差し出した。
礼子は
急に握手を求められても…
と、一瞬はそう思ったが、
「陰から支えて」
と言う言葉が嬉しくて、
思わずシマモトの手を
握ってしまった。

シマモトは礼子の手から
過ぎし日々の記憶を、
一気に読み取っていった。

礼子は…
親に捨てられて施設で
育っている。
友達は順番に
里親に引き取られて行ったが…

礼子は、
誰からも声を
かけて貰えなかった。
なので、
施設のお手伝いをしながら
高校を卒業したのだ。

18歳、
有難いことに
卒業と同時に就職先が決まり、
1DKのマンションに
一人で暮らせるように成った。

本来なら大卒しか入れない会社だが、
何年かに一度
高卒の社員を入れてくれるのだ。
嫌な言い方ではあるが、
要は、
雑用係の補充である。

其れでも、
15人が面接を受けに来て、
5人しか入れないと言う…
3倍の難関を突破しての
就職である。

礼子は…
その面接の日の事を、
今でも鮮明に覚えていた。

礼子の身の上話しを聞いた
当時33歳のエリート面接官が…

「きっと辛い事が沢山有ったと
思います…
でも、貴女の表情からは、
悲壮感が
まったく感じられないくらいに
明るい!
貴女なら
どんな課に配属されても、
きっと
頑張ってくれると思います!」

ほぼ、
採用決定みたいなセリフである。

すると横から
人事部長が
耳を疑いたくなる様な事を
言い出した。

「彼女には両親が居ない…
何かあった時に
どうする!」

その言葉でエリート面接官の
表情が一変した。
彼は書類でいきなり机を叩き!

「杉本部長!くだらない事を
言わないで下さいね!」
既に
彼の怒りは頂点に達している。

部屋の中に居る10人は、
恐怖で体が固まってしまった。

彼は更に…
「会社に何か不利益な事が
あったとします…
例えば、
杉本部長が取り引きで失敗をしたとします、
その時、
杉本部長と、
部長の親御さんの家を
売り飛ばして
解決すると思いますか?
何の足しにも成りませんから!
我が社の取引は数十億、
数百億の取り引きですよ、
ならば両親が居るとか
居ないとか、
なんの関係もないですから!
お願いします、
私をガッカリ
させないで下さい!
人事面接は
その人をよく観て
判断して下さい!
彼女は…
私の独断で採用しますから!
宜しくお願いします!」

と、言い切ったのである。

当時52歳の人事部長は
この青年に頭を下げて謝った。

普通では考えられ無い事である、
役職も年齢も上の人に
物申すなんて…
しかし、
とにかくこの青年は、
エリートなのだ。
会社の営業売上の70%以上を
たった一人で海外に飛んで行き
契約を勝ち取って来るのだ。
新規開拓どころの話では無い、
桁外れのエリートなのだ。

更に、
彼は今、
他の大手商社3社から
ヘッドハンティングを受けている。

社長以下、誰もが思っている…
今や彼は、
会社の顔であり、
会社の宝なのだ。
それが、
海外から220億円の契約を勝ち取り、
たまたま
帰って来た時に
彼が立ち会った面接だったのだ。
エリート社員の名前は山本。

礼子の就職を決めてくれた人物である。

総務課に入社した女性社員は
だいたい5年から8年くらいで
辞めて行く…
ほぼ寿退社である。

しかし礼子は結婚をせずに
気が付けば…
28年間勤めていた事になる。

シマモトは礼子の記憶を読みながら
一つだけ
引っかかった事がある。
礼子にアプローチした男性が
三人居たのに
自分から断って居るのだ。

つまり、礼子には片思いの
好きな男性が居た事になる。

礼子の記憶の世界には
何度も
(…山本部長…山本専務…)
と言う名前が登場する。

(まさか…あの山さん…
いやいや山本と言う名字の人は
沢山居るだろう…
まさかね…)

シマモトは思わず利秋の顔を見つめ…
愛想笑いをしてしまった。

〈 14 〉



利秋はシマモトの耳元で……

 「…シマさん…どうしたんですか?
何か引っかかる事でもありましたか?」
シマモトは
利秋の問い掛けに
首を傾げながら、

「利さん…山さんは海外に
単身赴任してましたよね?」

「はい…そう言って居ましたけど……
どうしたんですか?」

「礼子さんの心の中に…
山本部長と言う方が
いっぱい出て来るんです。
その方との思い出があるから
この場所から
離れたくないそうなんですよ!」

二人は
初めは小さな声で
喋っていたのだが、
段々と声が大きく成ってしまい…

礼子からいきなり
お怒りモードのツッコミを
入れられてしまった。

「えっ?…チョッと待って下さい!
シマさんって、
人の心の中が
見えるんですか?」

礼子の怒った様な声に…
シマモトは(まずい)と思ったのか

「えっ?なんの事ですか?」
とぼけてしまった。

礼子はムッとした顔で
利秋の顔を睨みつけ、

「利さんも
私の心の中を見たんですか?」

と、詰問をして来た。
礼子は利秋の返答次第によっては
(暴れるからな!)
と、思っていた。

ところが利秋は謝るどころか、
逆にストレートに

「えっ?礼子さんは、
山本部長が好きなんですね!」

と、確認を入れて来たのだ。

ハッキリと
言い切られてしまった礼子は
たまったものでは無い。
心の底に隠している、
自分だけの
大事な秘密なのだ。
真っ赤な顔をして

「えっ?いや…あの…
だって…
今シマさんが…
私の心の中を…
読んだんですよ…
私だけの…
私だけの大事な…
秘密なのに…」

そう言いながら、
ベソをかいて、
涙をぬぐって居る。

なのに
二人は
礼子の顔をジッと見つめながら、
返答を待っている。

礼子は、
「もぅやだぁ~…」
と、言いながら
両手で顔を隠し、
座り込んでしまった。

シマモトは利秋の耳元で

「利さん、礼子さんの言う
山本部長は…たぶん、
山さんの事ですよ
…でも、山さんは
どう思っているんでしょうね…」

利秋は腕組みをしながら

「山本は、三回の離婚で
生きた女性は、もう
懲り懲りだと言ってましたよね…」

「生きた女性はダメでしょうけど…
礼子さん…
もう、死んでますしね…」

利秋はシマモトの屁理屈に、
思わず
笑いそうに成ってしまったが、
腹の底に力を入れて

「チョッと上に行って、
山本に聞いて来ますね」

そう言って利秋は
あの世に上がって行った。

シマモトは、
しゃがみ込んで居る礼子に
どうしても
尋ねたい事があった。
まず、三人の男性からの求婚を
断ってまで
何故…
山本に固守したのか?

なにせ山本は、
三回も結婚と離婚を繰り返し
して居るのだ…

「礼子さん…
勝手に心の中を覗いて
ごめんなさい…
下を向いたままで
良いですから…
少しだけ、
聞きたい事があるんです…
なんで、
三人の男性の
アプローチを断ったんですか?
…あっ…嫌なら答えなくて
良いですよ」

礼子…気まずい五秒間の沈黙。

そして、
「…シマさん…聞かなくても
分かってるんでしょ…」

礼子の声は
少し怒っている様な…
また、
すねて居るようにも聞こえる。

「あっ、違いますよ、
私が見えるのは…
礼子さんが過ごして来た、
日々の過程だけです。
心の中で礼子さんが
何を思っていたのか、
そこまでは分かりません!」

「本当に…」

「はい!」

「良かった…
もうビックリしちゃった。
…三人の男性は、
私の事が本当に好きだ!
なんて言う訳じゃ
なかったんですよ…

他の女性にふられた人。

セフレにしようとしていた人。

身寄りの無い私が
お金を貯めている
だろうからって、
私を、
財布がわりに思っていた人。

そして三人には共通点が
あって…
私を捨てても、
親が居ないから気楽でいいって…
そう言ってました。
何だか凄く
馬鹿にしてるでしょ!」

「嫌な男達ですね!
ムカつきますね!
その3人、
今から行って
祟ってやりましょうか?」

「ありがとうございます。
でも断りましたから。
総務課雑談係の私は、
会社中の蛍光灯を
全部一人で取り替えて
いたんです。
とにかく色々な話しが
私の耳に入って
来るんです。
何でも知っている私の事を
バカにしないで欲しいですね。
でも…
山本部長は違っていて、
私の事を何時も守って下さって…」

「例えば…どんな事ですか?」

「…私の発注ミスで
大量のボールペンが
会社に届いてしまった事が
あったんですよ。
沢山の上司の方から叱られて、
何度も頭を下げて…

中でも経理部長には…
130人ほど居る
皆んなの前で叱られて、

「使えない社員は要らないな!
ボチボチ辞めた方が
いいんじゃないか、
幾つまで会社に居るつもりなんだ?」
そう言われて…

一生懸命に
お腹に力を入れて、
泣かない様に頑張って
居たんですけど、
何だか涙が出て来て、

その時、海外から帰られた
山本部長が…

「経理部長!
何を大声で
尾形さんを怒鳴っているんですか?
えっ?なにボールペンを入れ過ぎた。
腐る物じゃないでしょ!
社員に
一人二本づつ配れば
いいじゃないですか!」

そしたら経理部長が
オドオドしながら…

「や、山本営業部長、
く、口を…挟まないで欲しいね!
経費削減は社長からの厳命
何だけどね!」

「社長がそう言われたんですね?」

「あぁ…そうだが…」

「分かりました!」
そう言って
山本部長は
皆んなが居る前で社長に電話を
掛けられて…
でも、雰囲気的に社長から
文句を言われている様で、
そしたら山本部長が片手で
パソコンを触り出して…
しばらくすると
突然に…

「よく分かりました!
…お前、社長クビな!
お前が個人的に会社の経費を流用
している事、
会社の所得をごまかしている事、
全部知っているからな…」

経理部長は真っ青な顔に成って、
座り込んでしまって。
その他の部長も、課長も…
とにかく…
皆んなが
もうビックリして声が出なくて、
2分後
社長が真っ赤な顔をして
部屋に入って来て

「山本、貴様クビだ!
大口の契約を取るからって
図に乗るなよ!
何様だと思ってるんだ!」

そしたら山本部長が、
ものすごい怖い顔で、
怒鳴られたんです

「さっき俺が言った事が
分かってねえのかよ!
お前がクビなんだよ!
本当に
遊ぶ事しか考えてねぇんだな!
経費をどれだけ
個人で使ってるんだよ。
今、弁護士にも、
株主様にも
証拠資料を送った。
直ぐに訴えを起こすだろ。
三年前から株主様達は、
私に、
社長の座につく様にと言ってる、
たった今!
お前は
全てを失ったんだよ!」

社長は青い顔をして座り込んでしまい…
其れから山本部長は、
各課の部長に
色々な指示を出されて、
そして
1時間後に
警察の方達が沢山来られて
社長を連れて行かれました。

山本部長は私に向かって

「大丈夫だよ、君が頑張っている事を
僕はちゃんと知ってからね、
クビになんて絶対にしないからね」

そう言って下さって…
誰もが次の社長は
山本部長だって思っていたら、
元専務の中岡さんが
地方の倉庫番から
帰って来られて…
皆んなが首を傾げて居たら
山本部長が

「今日…
皆んなの前で、
大声を出して、
暴言を吐いてしまった事を
許して欲しい。
此処に居られる
中岡元専務は、
本当に真面目な方です、
社長と違って
私服を肥さず、
社員の給料を
増やしてくれる人です。

私は社長にはむいては居ません、
そうは言っても株主様達から
叱られますから…
一応…私は専務の座について、
世界中を飛び回って、
仕事の契約を取って来ます。

其れから経理部長!
バカ社長は居なくなりました。
もう二重帳簿を付けなくて
良いですから…
脅されて帳簿をつけて居た事、
ちゃんと分かって居ますから、
もっと早く
助けたかったんですが…
証拠集めに時間が掛かって、
すみません、
守って上げれなくて」

経理部長は座ったまま

「山本専務…
本当に申し訳ありませんでした。
死ぬまで専務に着いて行きます…
助けて頂き、
ありがとうございました!」
そう言って頭を下げて
泣いていました。

もう男女関係なく
社員全員が山本部長を
「かっこいい!」って言ってました…」

「礼子さんも、
その内の一人だったんですね」

「はい!…でも私が山本部長を
好きに成ったのは
その武勇伝では無くて…
海外から、
日本に帰って来られるたびに
必ず声を掛けて下さるんです。

「礼子ちゃん、
誰かに、イジメられてないかい?
体調の方は大丈夫かな?
素敵な恋はして居るのかな?」

私は…
「ありがとうございます!
皆さん優しいですし、
体も健康で、
素敵な恋も…
ちゃんとして居ます…
叶わない恋…
何ですけど、
彼の事を思っているだけで
幸せなんです」

そしたら山本専務が、
「そうか、難しい恋なんだね…
恋愛は相手が居る事だからね、
でも…もしかしたら
叶う恋に成るかも知れないから…
諦めないでね!
礼子ちゃんの恋愛が上手く
行くように、
祈っているからね!
頑張ってね!」

山本専務!
貴方に恋してるんですよ!
なんて……
口が裂けても言えないし…

山本専務は三回離婚されて居て、
その後に
社内の四美人と言われた
女性から求婚を迫られたんですけど、
仕事に専念したいからと
全てを断られて…
60歳で会社を定年退職
されました。

その時の私は…
44歳の
推しも押されぬ、
立派なオバサン!
沢山の人達に囲まれて居る
山本専務を…
開け放たれたドアの外側から…
見送って居ました…」

「礼子さんは最後まで
告白しなかったんですか?」

「シマさん……
四美人がダメだったんですよ、
不美人の私に
告白する権利は有りません…」

「そうなんですか?
ところで今…
後悔していませんか?」

シマモトからそう聞かれると、
礼子の目から涙が溢れ落ち…
首を小刻みに
横に振りながら

「…とっても後悔してます…
山本専務……1年後に…
癌で亡くなられたんです………
シマさん、
私…もう死んでるんだから
何を言っても
構いませんよね!」

「はい!大丈夫です!
大声で叫んで下さい!」

「山本専務!
大好きです!
私を奥さんにして下さい!
料理は得意です、
毎日美味しいご飯を食べて
頂きます!
私バカだから何時も笑顔で居ます…
暗い顔なんて絶対にしません!
だから…
私を…
私を奥さんにして下さい…
お願いします!
….……
断られるのは分かっているけど…
伝えれば良かった…
私の46年間の人生って…
なんだったんだろう…
自分で自分の事が
よく解って無くて、
何をどうすれば良いのか…
ぜんぜん分からなかった……
私って本当にバカなんですね」

「礼子さん、今も山本さんに
対する思いは変わらないの?」

「…生きている時よりも強く
成ってしまって…
だから会社から
離れられなくて…
最近会社の中に
幽霊が出るって言う噂…
ごめんなさい…
わたし本当は知っているです…
皆んなを
脅かすつもりじゃなかったんですよ…
私は…
いったい
何をしてるんでしょうね」

「私と利さんと一緒に、
上の世界に行きませんか?」

「行けません…
山本専務に対する思いが
大きくて、
私の体が重くて…
浮びません…」

「そんなに山本さんが好きなの?」

そのシマモトの言葉に、
礼子はとうとう
子供の様に
声を上げて
泣き出してしまった。

「えっ~ん、えっ~ん…
山本専務じゃなきゃい嫌だ~
えっ~ん、山本専務…
会いたいよ~
えっ~ん…
山本専務…」

その時…
礼子は後ろから
ギュッと
抱き締められた。

礼子は泣きながら

「シマさん、離して、
慰めてくれなくていい…
私は山本専務じゃなきゃ嫌なの…」

するとシマモトは
礼子の真ん前に立ち

「礼子さん、礼子さん!
私は貴女の、
目の前に居ますよ!」

そう言って微笑みながら、
小さく手を振って居る。

礼子は
「えっ…?」と言いながら
振り返ると…

礼子を抱き締めて居るのは
山本だった。

礼子は目を大きく見開き、
口は酸欠状態の金魚の様に
パクパクして居る…

「礼子ちゃん…16歳も歳上の
オジサンで良いのかい?
しかも三回も
奥さんに逃げられた
つまらない男だよ。
其れに
死んじゃったから
何の肩書もない、
専務なんていうのは過去の話…
本当に
ただのオジサンだよ…」

礼子は此処でようやく…

「はい!肩書の無い
ただのオジサンが大好きです!
ただの…山本さんが大好きです!」

そう言って礼子が山本の首に
両手を回すと…
山本は…

「ありがとう…
実は、
僕も、礼子の事が大好きだったんだよ!」

そう言いながら
更に強く抱き締めると、
礼子はまた
声を上げて
泣き出してしまった。

 〈 15 〉




あの世から山本を連れて来た
利秋は、
シマモトの横に行くと

「シマさん…
山本も三回目の離婚の後ぐらいから、
礼子さんの事が
好きに成っていたみたいなんですよ、
ただ…
『三回も奥さんに
捨てられた自分が、
まさか15、16歳も年下の女性に
付き合って下さい、
結婚して下さい!
なんて、
言えると思うかい』
そう言ってました」

「そうだったんですね…
其れにしても
山さんは
優しいですね…」

「学生の時に聞いたんですけど、
お母さんが子供の頃に
施設で育っておられて、
周りから
イジメられても
誰も助けてくれなかったそうで…
その話しが
山本の心の中に強く残って居て

「俺はイジメが大嫌いだ!」
って言ってました…
事実
山本が在籍した三年間、
高校内にイジメが一切無かったって、
校長先生が卒業式で言うぐらい
でしたからね、
山本は全てにおいて、
僕達のヒーローでした!」

「なるほど…山さんカッコイイですね!」

そう言って居るシマモトの横で…

願いが叶った礼子の魂は、
既に軽くなって来て居るのか?
身体がもう
宙に浮き始めて居る。

山本はしっかりと礼子を
抱きしめると

「礼子!
僕達が出逢った会社に
サヨナラをして…」

先程まで
会社から離れられ無いと
泣いて居た
礼子だったが…

「…今まで
ありがとうございました。
山本専務に会わせてくれて…
本当にありがとう!
最高の会社でした。
さようなら!
私…山本さんの奥さんに
成ります!」

普通はここで手を振るモノだが、
礼子は振らない。
山本の首から、
自分の両手を離したく無いのだ!
やっと願いが叶ったのだ。
手を振るどころか
山本の胸に、
顔を埋めてしまっている。

山本は礼子の頭に頬擦りをした。

思い出深い会社に
別れを告げた2人は、
シマモトと利秋に付き添われ、
四人で仲良く
「あの世」に登って行った。

あの世に着いたのに、
礼子は山本から離れない。
幸せそうに満面の笑みを浮かべ、
抱き着いたままである。

シマモトは、
そんな礼子を見て…

「夢って、
ズッーと持ち続けて居ると…
叶うモノなんですね!
現世がダメでも、
あの世で!
みたいな…」

シマモトの何気ない言葉に、
礼子の頬は、
更に真っ赤に成ってしまった。
そして…

「シマモトさんと田口さんに
声をかけて貰って…
大好きな人と結ばれました。
なんて御礼を言えばいいのか…」

するとシマモトが.
「御礼を言いたいのなら、
たくさんのノロケ話を
聞かせて下さい、
あんな所に旅行に行った、
こんな手料理を主人に
食べて貰った…
とにかく仲良く、
ベタベタ引っ付いて居て下さい!」

シマモトはそう言いながら、
利秋の顔を見た。

利秋はシマモトからのフリを
受け止めると…

「山本…前に会った時にさ…
お前の勝ちだな、
なんて言ってたけどさ…
僕は高校の三年間ズッと
山本に助けて貰って
どれだけ感謝していたか…
だから、
山本に、
勝てたなんて…
そんな事を思った事
一度も無いから…
山本は僕にとってのヒーロー何だよ」

「…田口、ありがとう…
そんな風に
思ってくれて…
何だか照れくさいけど、
本当に嬉しいよ。
そして
シマさん、ありがとうございます。
今日から独り言は
もう絶対に言わないです。
色々な話しを全て、
礼子に聞いて貰います。
礼子を離しません。
ズッーと一緒にいて貰います」

そのセリフを聞いた
礼子の嬉しそうな顔。

数時間前まで
独り言をブツブツ言いながら、
未練を抱いて会社の中を
寂しげにウロウロと
歩き回って居たのだ。
子供の頃から独りぼっちの
自分には…
こんな時間の過ごし方が
お似合いなんだと思っていた。

其れがどうだ、
今、長年想い続けた人に
抱きしめられているではないか!

礼子は心の中で
(私の未来って
捨てたもんじゃ無いぞ!
前途洋洋だ!
さぁ、今から幸せの巻き返しだ!)
そう大声で叫んでいた。

もう会社の中に幽霊が出る事は、
二度とない。

シマモトと利秋は、
新婚の山本夫妻に見送られ、
また地上に降りて行った。



《 21…半分道連れ 》



生駒山から見下ろす
大阪の夜景の綺麗な事…
日本の三大夜景には入ってないが、
シマモトは此処から見下ろす
夜景が大好きである。

シマモトは、
両手を大の字に広げながら…

「利さん、
夜景って…
何だか、胸に迫って来る
モノが有りますよね…
一つ一つの明かりの下に、
それぞれの家族が、
カップルが、
個人が生活をして居て……
なんて言えばいいのか……」

すると利秋が、

「皆さん、どうか…お幸せに、
そんな風に思いますよね…」
と言葉を続けた。

シマモトは満面の笑みを浮かべ…

「利さん、100%同じ事を
考えていました!」
そう言いながら、
親指を立てた。

其れからわずか
5秒もしない内に、
二人の耳に銃声音が聴こえた。

「えっ?…シマさん…いま銃声が…」

「利さん、私にも聴こえました!」
そう言いながら
シマモトは静かに目を閉じた…
その時、
また銃声が…

「……居た!
利さん、私の肩に手を置いて下さい!」

利秋がシマモトの肩に
手を置いた次の瞬間、
二人は鬱蒼と木が生い茂る、
広い公園の中に立って居た。

街灯は20m間隔でついては居るが、
何となく薄暗い公園である。

そこで
二人の目に飛び込んで来た光景は、
ギラギラした目つきの
男が2人…
肩で息をしながら、
ふてぶてしく
仁王立ちをして居る姿だった。

その5mほど手前の芝生の上に、
ほぼ裸に近い状態で
破れた服を胸元に抱えて、
泣きながら
震えて居る女性。

その横に
腹部にナイフが刺さったままの状態で
うずくまって居る警察官。
更に
もう一人の警察官の胸にも、
ナイフが刺さったままで
仰向けに倒れて居る。

シマモトの目に
女性のカバンの中から
はみ出して居るスマホが見えた。

シマモトはサッと近寄ると、
全体が映る場所にスマホを
設置し…
「ビデオ」のスイッチを押した。

うずくまって居る警察官が

「海野…大丈夫か?…
海野……返事をしてくれ…」
絞り出す様な声で
お腹を押さえながら
同僚を探している…

その時、
二人の犯人が大声で叫んだ!

「おいポリ公、脅かすなや!
空に向かって撃つ鉄砲は当たらんねん!
ボケが!
日本のポリ公は人を撃ったら
あかんねん!」

「おい女!
警察で俺らの事言うたら
報復に行くからな!
お前の人生を、
滅茶苦茶にしたる!
覚えとけよ!」

そう男達が言い放った
次の瞬間である。
胸にナイフが刺さって居る警察官が
いきなり
ムクっと立ち上がり、
無表情のまま
二人に向けて銃を発砲した。

3発の弾は
一人の男の両ひざに当たり、
もう一人の男の
左太ももに命中した。

悲鳴を上げて倒れ込む犯人。
警察官は、
横に倒れて居る
先輩のガンベルトを外し…
口から血を噴きこぼしながら
二人の犯人の元に、
ヨロヨロと進んで行った。

「海野…何をする気だ…やめろ…」

「江藤先輩…今まで…
あの二人に…どれだけの女性が
襲われたか…
大丈夫です…
殺しませんから…」

海野は二人の側に来ると
4発の弾で
犯人の両ひじを撃ち抜き、
そして、
残った1発を…
左太ももに弾を食らった男の、
右膝に撃ち込んだ。

「何すんねんボケ!
お前、警察官やろ
こんな事をして
ただじゃ済まへんぞ!」

「痛いやんけアホンダラ、
「訴えたるからな!」

海野警察官は何も言わずに
犯人を睨み付けて居る。

「畜生!お前の顔
覚えたからな!
俺らの体が治ったら、
お前も、そこの女も
絶対に
ぶち殺したる
覚えとけよ!」

海野警察官は、
犯人の「覚えたからな…」
と言う一言が引っかかった…

(…コイツらは、
絶対に犯行を繰り返す…
被害者の女性が、
また襲われる!
きっと他の女性も…)
そう思った海野は、

身動き出来ない
犯人の胸の上にまたがり…
二人の両眼を順番に
えぐり出した。

「ちくしょう!…コイツ頭おかしいやろ!」
「ボケ!痛いやないか!
やめろや!
ちくしょう
何も見えへんやないか!」

「アホンダラ!
どないしてくれんねん!
アホー
痛いやんけ!」

そう怒鳴りながら犯人は
泣いて居る。

その横で海野は、
4つの眼球を
銃のグリップで叩き潰した。

遠くの方から
パトカーと救急車の音が
此方に近づいて来た…

遠くから見て居た目撃者が、
通報をしてくれたのだろう。

「海野……応援が…
来てくれたぞ…
海野……頼む…
返事をしてくれ…」

シマモトと利秋は、
その状況を
ただジッと見守っていた。

海野は
最後の力を振り絞り…

「江藤先輩…今まで…ありがとう…
ございました…」

そう言った後にひざまずき…
口から血を流しながら、
ゆっくりと
後ろに倒れていった…
彼の今生最後の言葉である。

海野警官の肉体から
魂が起き上がって来た。
シマモトと利秋は、
海野の前に進むと…

「今生の御勤め、
ご苦労様でした。
私はシマモトと言います、
隣は利秋さん。
お互いに
利さん、シマさんと呼び合って居ます…
海野さん、
もう分かっていると思いますが
たった今、
亡くなられました…」

海野はシマモトと利秋に
一瞬は驚いたが、
小さく頷きながら、
胸にナイフが刺さったままの
自分の遺体を見つめ…

「…やっぱり俺…死んだんやなぁ…
良かった…俺の判断…
間違ってなかったわ…」
と呟いた。

シマモトは小さく首を傾げながら…

「海さん、どう判断されたのか
聞いてもいいですか?」

海野は二人の事を「あの世」から
自分を迎えに来てくれた人だと
認識したのか
小さく微笑みながら

(いきなり、海さんって、
なかなかフレンドリーな
人達だなぁ、
其れにしても
二人でアロハシャツって…
あの世も、悪くない所かも知れんな…)
そう、思いだして居た。

海野は警察官らしく、
直立不動で、
事の成り行きを二人に
説明してくれた。

「…あちらで震えて居る女性は、
この二人から強姦されたんです。
私と先輩が犯人の二人を
引き離そうとした時に、
いきなりナイフで
刺されました。

恥ずかしい話しですが、
油断して居ました。

先輩は腹部を刺され、
私は胸を刺されました。
犯人は逃げ出す時に女性に向かい

「警察に話したら報復するからな!」
そう捨て台詞を言いながら…
奴等は、
今までどれだけ多くの
女性を襲って来たか、
しかし報復を恐れた女性は
訴える事が出来ず、
泣き寝入りです。

中には訴えて裁判にした
女性も居ましたが、
奴等に着いた
弁護士の腕が良いのか…
しばらくしたら社会に出て来て
また女性を襲って…
中には自殺された女性も
居ました。
私自身、
胸を刺された時、
直感で
助からないと思いました…
その時に
奴等の捨て台詞を聞いて、
人を殺すのは嫌だけど…
一生涯、コイツらが
人に迷惑をかけられない様な
体にしてやろうと思い…
自分の銃と先輩の銃…
全弾10発、
其の内の8発を
奴等の手足に
撃ち込んでやりました。

そして奴等の目に
被害者の女性が
怯えぬ様に、
奴等の両眼をくり抜いてやりました。
ただ……今……
冷静になって考えると
警察官として…
してはいけない事をしました…
たぶん警察全体がマスコミから
叩かれるでしょうね…
しまった~……
ホンマにあかん事や~……
軽率な事を
してしまった…」

そう言って
うな垂れる海野の手を
シマモトはギュッと握りしめ…

「海さんは悪くないですよ!
さっき二人(犯人)の過去を
観たんですけど
被害者の女性は全部で73人!
この二人は人間として
ダメでしょ!
海さんがした事は
間違ってないと、
きっと世間も
分かってくれますよ」

利秋は二人の姿を客観的に見て
少し笑いそうに成った。

アロハシャツを着た24歳(見た目)の
シマモトが、
30代半ばの警察官を
慰めて居るのだ。

海野自身の顔も
若干困惑気味に見える、
(絵面がとっても面白い…)
と、思いながら、
利秋は海野に向かい

「海さん…私は見た目通りの
62歳なんですけど、
海さんの年齢は…?」

「私は35歳です」

「そうなんですか、
実は
シマさんは24歳なんですけど、
其れは74年前の話しで、
生きて居られれば98歳なんです」

海野の驚いた顔…

「私よりもズッと先輩なんですね」

シマモトは首を横に振りながら
「いえいえ,
海さんの先輩は
ズッと貴方の事を心配されて居る
江藤さんです。
私は皆さんより
たまたま
早く産まれ、
たまたま早く死んだ
シマモトです」

海野は先輩に視線を向けると

「江藤先輩は助かりますか?」
と聞いて来た。

「大丈夫です、助かりますよ」

海野はシマモトの返答を聞き…

「良かった…
私は結婚もして無いし、
両親も10年前に病気で
亡くなって居るんですけど、
江藤先輩の子供さん、
まだ幼稚園で…
其れに、
奥さんのお腹の中には
二人目の子供さんが居て、
だから…
死んだのが私で…
本当に良かったです…」
と、言った。

シマモトと利秋は顔を見合わせ
(海さんは、優しい人だなぁ…)
と、思った。

その時…
被害者の女性が自分のカバンの
横に落ちてる
スマホを取り上げた。

「あれ…?ビデオ撮影に成ってる?」
少し首を傾げた後に、
まず、
自分の身体を映し、
江藤警察官を映し、
そして20m歩いて
倒れている海野警察官を映し、
さらに
両眼をくり抜かれて
もがき苦しんで居る
二人の犯人を映した。
生々しい呻き声まで
しっかりとムービーに
撮り貯めた。
その後
画面に
何かを一生懸命に打ち込んでいる…

そこに通報で駆けつけた8台の
パトカーと、
3台の救急車が到着した。

婦人警官は、
震えている被害者の女性に
毛布を掛けてくれた。

男性の警察官達は
江藤警察官と
海野警察官の元に駆けよると…

「ちくしょう!なんでこんな事に
成ったんや、海野さん!
海野さん!」

「ナイフが刺さったままやないか!
江藤さん、目を開けて!
江藤さん!」

江藤警察官は
うっすらと目を開けると
海野の事を同僚に
尋ねていたが…
多量の出血の為に
途中で気を失ってしまった。

そして救急車に乗って来た
医師から海野の死亡を
聞かされると、
駆け付けた警察官全員が、
顔を隠して泣き出してしまった。

気さくで、
謙虚で、
真面目で…
何よりも人間的に優しい
海野の事を、
誰もが尊敬し、
愛していたのだ。
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